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【完結】王妃様の置き土産  作者: ナベ セイショウ
3/21

王家のお茶会

見て頂きありがとうございます。

このまま読んでいただけると、嬉しいです。

ここから本編です。

本日中にもう一話投稿予定です。

 王城の中庭にある薔薇園では、今が見頃とばかりに多彩な薔薇が咲き誇っていた。

 初夏の爽やかな風が吹き込む気持ちの良い陽気の中、中庭では王家主催のお茶会が開催されている。

 十二歳である第一王子のローランと歳が近い、八歳から十四歳の高位貴族の令息令嬢達が集められた。このお茶会の目的が将来の婚約者候補と側近候補の品定めなのは、子供であろうと誰もが理解している。

 その中に、十歳になるユリアーネ・コーイング伯爵令嬢も含まれていた。コーイング家は、歴史は古いが国の要職には就いたことのない名ばかりの名家だ。

 ユリアーネの父であるトリスタンは商才に長けており、貿易事業に力を入れていて政治には一切興味がない。貴族としては非常に変わった男だが、事業が順調で家はとても裕福だ。

 そして、その娘であるユリアーネも、狭い社交界では有名な存在だった。

 理由は、誰もが振り返るほどの美人だから、ではない。

 ユリアーネの容姿はフワフワと波打つダークブロンドに、オレンジ色が強い茶色の瞳だ。どちらも珍しくもない色な上に、顔立ちも体形も十人並みだ。ならなぜ、有名なのか?

 非常に勉強ができ、とにかく優秀なのだ。

 十五歳から十八歳の貴族が通う王立学園で学ぶ以上の知識を、十歳にして既に有していると言われている。それ以外にも他国の言語を五カ国語は話せるとも言われており、他国からの依頼で遠い異国の古語で書かれた書物を訳したとかしないとか。そんな神童と呼ばれる少女が、ユリアーネ・コーイングだ。

 今日集まっている令嬢達は、第一王子ローランの婚約者候補となる者ばかりだ。子供とはいえ貴族だ、相手を蹴落とす駆け引きは、既に始まっていた。


「ユリアーネ様は、マイスリンガー国の言葉も話せるのですか?」

 ユリアーネと同じテーブルに座っている侯爵家の令嬢が、好奇心を隠さず話しかけてきた。

 十歳で他国の言葉を話せることだけでも凄いが、マイスリンガー国の言葉となればなおさらだ。というのもマイスリンガー国はハイマイト国との貿易が盛んな大国だが、海を渡った別大陸にある国なので、そうやすやすと往来できない。だから、言語をマスターしている者は、大人でも数少ないのが現状だ。それを十歳の娘が流暢に操るのであれば、誰であっても驚く。

「……そうですね。父の仕事の関係で、我が家にマイスリンガー国の方が滞在することがありますので、日常会話に困らない程度には話せます」

 ユリアーネは珍しい言語を話せることを鼻にかけることもなく、むしろつまらなそうに淡々と答えた。

 本当は留学しても問題ないくらい完璧に話せるが、そこは謙遜している。完璧に話せると言うと、余計にトラブルが増えて面倒だからだ。

 それでも令嬢達は、驚いている。どうして驚くのかが、ユリアーネにはさっぱり分からない。他国の言葉を話したければ、勉強して覚えればいいだけだ。そんなの誰でも出来ることなのに、他人を褒め称えて何がしたいのだ? そんな風に考え、それを隠しもしないことが、ユリアーネが社交界で有名な理由の一つだろう。

 ユリアーネは勉強ができる。だがそれには家族しか知らない秘密がある。その秘密が、ユリアーネが頑なに自分の優秀さを認められない理由なのだ。

 既にこの場の空気にうんざりしているユリアーネを、侯爵令嬢は拍手も加えて褒め称える。

「まぁ、凄いわ」

「そうでしょうか? 語学は学べば誰でも取得できます。わたくしは全く凄くなんてありません」

 謙遜でも何でもなく本当にそう思っているユリアーネには、自分の言葉でその場が凍りついたとは気づけない。侯爵令嬢の取り巻き達が目の色を変えていることにも、もちろん気が付いていない。

「サラシュージ様が褒めて下さったのに、何て態度なの? 少し勉強ができるからって、思い上がるのもいい加減にしなさい!」

 そう言った取り巻きは、冷めた紅茶をユリアーネのドレスにぶちまけた。

「あら? ごめんなさい。手が滑ったわ」

 ユリアーネの光沢のある水色のドレスに茶色い染みが広がっていく。

「水色のドレスより、茶色い染みのドレスの方が似合うのではなくて? ユリアーネ様の地味なお顔にピッタリでしてよ」

 クスクスと笑い出す侯爵令嬢と取り巻き達。

 さすがに紅茶をかけられるのは少ないが、ユリアーネがお茶会に行けば大抵こうなる。見飽きたこの光景にうんざりしてしまう。

「あら、ため息をつくくらいなら、文句の一つでも仰ったら?」

 文句を言って良いと許可をされたのであれば、その機会を放棄はしない。なぜなら、『売られた喧嘩は必ず買うものだ』と兄であるフォルカーに言われているからだ。

「何度も言いますが、言語の習得は褒めてもらうようなことではないのです」

「貴方、まだそんなことを言って、失礼にも程があるわ!」

「この程度のことで勝手に怒って、人のドレスに紅茶をかけるのは失礼ではないのですか?」

 ユリアーネの人を食ったような冷静な切り返しは、取り巻きにとっては見下されているようにしか思えない。だから顔を真っ赤にして、ユリアーネに怒りをぶつける。

「ドレス程度でネチネチうるさい子ね。そんなドレスくらい、いくらでも弁償してあげるわよ!」

「このドレスの生地は、マイスリンガー国でも貴重な一の絹を使っているのです。紅茶で見る影もありませんが、糸の染色には宝石の粉も使われています。子供が軽い気持ちで弁償するなどと言える品ではないのです」

 マイスリンガー国の絹は最高級品だ。マイスリンガー国の絹と言うだけで、貴族だってそう簡単に手は出せない逸品なのだ。その絹の中でも選りすぐりを選び抜いたものが、『一の絹』と呼ばれる幻のシルクだ。その上、染色に宝石の粉を使っているとなれば、手にできるのは大国の王族レベルだ。とてもその辺の貴族が手を出せる品ではない。

「い、一の絹なんて、伯爵家ごときで手に入る品ではないわ! そんな嘘をついてまで見栄を張るなんて、貴方おかしいんじゃないの?」

「もういいですよ、弁償してもらえると思っていませんから。貴方の家は、十二年前の洪水の影響で領地が大打撃を受けたまま、治水問題も手付かずですものね。ドレスなんかより、領民を優先してください」

 とても辛辣な言葉だが、本人に嫌味を言っている気は一切ない。自分の知っている事実を述べているだけなのだが、そうだと分かってくれるのはユリアーネを知り尽くしている家族だけだ。

 取り巻き令嬢がカッとなって手にしたのは、熱い紅茶が入ったポットだ。これを投げつければ、さすがに大惨事になる。

 だが、他の令嬢達はとばっちりを受けないよう逃げるのが優先で、誰も止めようとする者はいない。ユリアーネも、これは不味いと顔を強張らせた。


「いくらなんでも、これをぶちまけたら大事になるって分からないのか?」

 令嬢の腕を掴んでポットを回収した少年が、険のある赤い目を令嬢達に向けた。

 耳より少し長めの黒髪で、前髪は目に入りそうだ。顔立ちは悪くなく、むしろ良いのだが、目つきが悪いせいなのか柄が悪い印象が残ってしまう。

 侯爵令嬢が、「で、殿下……」と喉の奥から掠れる声を出してくれたので、ユリアーネにも自分を助けてくれたのが第一王子殿下なのだと分かった。

「コーイング家がマイスリンガー国から、特上の一の絹を手に入れたと聞いて見に来たのだが、酷い状態だな」

「ヒッ……」

 ローランの話で自分の仕出かしたことを理解した取り巻き令嬢が息をのんだ。

「ガーザンスト国とかいう遠い異国の生糸について書かれた古い書物を現代語訳した礼で、マイスリンガーの王家からもらったものなんだろう?」

「!……」

 王家から賜ったものを汚してしまったと知った取り巻き令嬢が真っ青になって震え出すが、他の令嬢達は巻き込まれたくないと目を背けている。

「マイスリンガー国の王妃様は、わたくしがそそっかしいのもご存じですから。誠心誠意お詫びすれば、許していただけると思います」

 大事なドレスが汚されたのに、怒ることも焦ることもないユリアーネをローランは興味深そうに見る。

「ふぅん、異国の書物を訳したのも、誰でも出来るから褒められることではないか?」

「はい。辞書と根気があれば誰にでも出来ることです」

「ふぅん。根気ねぇ、俺はそれが一番嫌いだな」

 眉を顰めてそう言ったローランの赤い瞳が、子供らしい好奇心に染まった。

 実はローランは一の絹を見たかった訳ではない。書物を訳したことについて聞きたくてユリアーネに会いに来たのだ。そして、もっと気になることを聞いてしまった。

「お前は十歳だろう? なぜ十二年も前の洪水のことや、治水問題がまだ解決していないのを知っているのだ?」

 一瞬ユリアーネの瞳が揺れる。しかし、すぐに取り繕い、令嬢用の笑顔を貼り付ける。

「過去の事例を読み解くと、災害は繰り返すものだと分かります。コーイング家の領地にも大きな川が流れておりますので、いつ同じような災害が起きるか分かりません。対策を練るために、過去の事例とその後の対応策を調べただけです」

 普通の十歳児のする発言ではないが、神童ユリアーネから出た言葉であれば誰もが納得してしまう。

 ローランも納得したと思いきや、面白いものを見つけた時の喜びが顔に現れる。そのまま楽しそうにユリアーネを見つめている。

「そうか、面白いな」

 そう言うと、ふわりと黒髪を揺らして去って行った。


 ローランが去った後のテーブルは大惨事だった。紅茶をぶっかけた令嬢は、顔色が真っ青から土色に変わり失神して運ばれて行った。

 侯爵令嬢は「わたくしは関係ないのに、婚約者候補から外されたかもしれない」と、取り巻き相手に繰り返し嘆き続けた。そのせいで励ましの言葉が尽きてしまった取り巻き達はぐったりしている。

 そんな中で、ドレスが汚れたことを理由に先に帰って良いものか、ユリアーネは一人で悩んでいた。




 子供だが高位貴族の集まりだ、騒ぎがあったのはユリアーネのいたテーブルだけではない。

 このテーブルはローランの側近候補最有力が顔を揃えていた。中でも一番有力視されているのが、エリアス・シュスターだ。

 有力視されているのは、彼が優秀だからではなく、彼の家格が一番高いからだ。そして彼の祖父は前宰相で、父は現職の宰相に就いているのも大きい。

 ましてや祖父は宰相の前は、財務大臣をしており数字に強かった。有能な宰相として国を支えたと称える声は今でも大きい。そして最近跡を継いだばかりの父親も、祖父同様数字に強く有能だと評判だ。

 能力の高い祖父や父親には有能な宰相に相応しい、人を凍り付かせる切れ長な瞳と周りを圧倒する大柄な身体がある。そして、近寄りがたい威厳をも併せ持っている。エリアスから見れば、なるべくして宰相になった人達だ。

 しかし、エリアスは祖父や父のように、他を圧倒する威厳や近寄りがたい雰囲気を持ち合わせていない。容姿が祖父や父には全く似ず、祖母に似ているからだ。

 肩まであるサラサラの絹糸のように細く輝くシルバーブロンドに、澄んだ菫色をしたアーモンド形の瞳はまるで大粒の宝石だ。顔立ちは中性的でニッコリ微笑まれると、令嬢のみならず令息までもドキドキしてしまう美少年だ。体格は十二歳にしては背が高い方だが、線が細くひょろひょろしている。そのせいか、気の弱さが目立ってしまい揶揄われることが多い。

 シュスター家の男子は、エリアスの祖父や父がそうであるように『赤髪・緑目』が生まれることが多い。残念ながら一人息子であるエリアスは、シュスター家の色を受け継げなかった。本人が気にしていることもあり、これも周りから軽んじられ揶揄われる要因の一つだ。


 今日も同じテーブルにエリアスを目の敵にしているベルトラン・クライトンがいて、席に着くなりずっと睨まれ一方的に文句を言われ続けている。

 シュスター家もクライトン家も同じ公爵家だが、クライトン家が王家から冷遇されているのは有名な話だ。

 ベルトランの祖父は宰相だったが職を辞し、その後に宰相になったのがエリアスの祖父だ。ベルトランはシュスター家に宰相職を横取りされたと勝手に恨みに思っており、年が同じこともあってエリアスへの対抗意識が過剰になっている。

「シュスター家が宰相なんておかしいんだよ。王妃様が亡くなって陛下が大変な時に、勝手に財務大臣を辞めて国王陛下を裏切ったんだぞ。それなのに数カ月後に宰相になるなんて、どんだけ賄賂を積んだんだよ」

 気の弱いエリアスが顔色を悪くして言い返さないのをいいことに、ベルトランと取り巻き達は面白おかしく笑っている。

 そんなに宰相になりたいのなら、くれてやると叫びたいところだが、気の弱いエリアスには無理な話だ。

 エリアスにとっては宰相職なんて名誉なことでも何でもない。むしろ嫌悪の対象だ。祖父が宰相になったことで、シュスター家は崩壊したのだから……。


「宰相になったお前の爺さんは、王妃の愛人だったんだろ? お前も愛人みたいな面だから、お前が宰相になったらこの国の未来が心配だよ」

 ぎゃはははと品無く笑う連中を前にして、何も言えず唇を噛むエリアス。ここまで気が弱いと、貴族としては欠点でしかない。

「クリステンス国の王家に近いお前の祖母さんに、国王が気を遣ったに決まってる! 王妃が病死してもクリステンス国との同盟を維持したい国王が、クリステンス国に媚びるためにシュスター家を宰相にしたんだよ。国王に利用されているだけなのに、それにも気付けず偉そうにしやがって。本当に馬鹿一家だな」

 エリアスが何とか涙だけは堪えてうつむいていると、ベルトランの背後に人が現れた。自分が影に覆われたことに気が付いたベルトランに、影の主が厳しい声をかける。

「そうか、クライトン家に国の未来を心配してもらうまでに王家は落ちぶれたか」

 影の声を聞き身体を震わせたベルトランは、恐る恐る後ろを振り返り顔を青くした。

 そこには、王家の血筋に多く出ると言われる黒髪赤目の男性が、怖いほどの笑顔を見せて立っていた。

 ベルトランは口をパクパク動かすだけで声も出せず、今にも窒息しそうだ。

 エリアスが目を見開いて「王弟殿下……」と呟き、さっと立ち上がり臣下の礼をとった。他の者達もエリアスに倣う。

「今日は君達のお茶会だからね、私はのんびり様子を窺っているつもりだったんだけど……。王家のお茶会には相応しくない話が聞こえてね。クライトン家は、相変わらず子の教育がなっていないようだね」

 普段は温厚で有名な王弟であるフェルナン・ハイマイトの目が赤く光ると、ベルトランはガタガタと歯を鳴らして震え上がった。

「前宰相が王妃の愛人だって? 自分の発言が王妃や王家を貶めているって、分かっているのかな?」

「……、も、申し訳、ございません……」

 自分なりの誠意を見せようと、ベルトランは地面に這いつくばって頭を下げる。

 しかしフェルナンは、ゴミでも見るような冷たい視線を送るだけだ。

 ベルトランの声はでかいし、エリアスの容姿は目を引く上に、王弟まで登場してしまった。このテーブルの周りは、ユリアーネのテーブル同様に騒然としていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

本日中にもう一話投稿予定です。

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