ユリアーネ、王城に行く
読んでいただければ嬉しいです。
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
目にも鮮やかな素晴らしい茶器で紅茶をいただきながら、ユリアーネはニコニコと笑うアリスティドに愛想笑いを向ける。
「どうかな? 隣の大陸から取り寄せた茶葉なんだよ。ユリアーネは紅茶に詳しいと聞いたから、是非とも意見が聞きたくて」
アリスティドはいつも通り縋りつく視線を向けてくるが、ユリアーネは紅茶どころではない。
ローランに王城は気をつけろと言われた翌日に、まさか王城に来ることになるとは……。
言い訳ではないが、急な誘いだった。教室で帰り支度をしていると、今日は休みだと思っていたアリスティドがひょっこり顔を出した。
そして、いつもの頼りなさ気な様子を更に倍増させて近づいてきたのだ。もはや完全に情けないと言い切れる顔で、アリスティドはユリアーネに懇願してきた。
「父が仲の良い貴族を招いてお茶会を開くんだ。準備を僕が任されたんだけど、お茶の選定で行き詰まってしまって……。母親がいたら相談できるんだろうけど、ほら、僕の母は既に亡くなっているから……。お願い、ユリアーネ。こんなお願いを聞いてくれる友達は君しかいないんだ」
友達の少ないユリアーネは、友達に頼られる機会が圧倒的に少ない。だから頼られたら悪い気はしないし、期待に応えたくなってしまう。
後はズルズルと引きずられるように、アリスティドによって王城に連れて来られた。
通常であれば侍女や侍従は、面会中の主と一緒に部屋に入るのが一般的だ。しかし、王族との面会となると話は別だ。王族の安全を守るため、侍女や侍従は別の部屋で待機させられてしまう。
学園では王族しか侍女や侍従をつけることを許されていないので、学園から連れて来られたユリアーネは単身で危険な王城にやって来たことになる。別の部屋でユリアーネの帰りを待つ者は、もちろんいない。
この部屋にはユリアーネの他には、アリスティドと近衛兵である護衛と紅茶を持ってきた侍女だけだ。部屋の外では近衛兵が警備しているので、ユリアーネにつけられた護衛もやすやすとは近づけないだろう。要するにユリアーネの味方は、誰もいない状態だ。
こうして、王城に着いてからローランの言っていた意味を思い知ることになってしまった。
アリスティドを疑っている訳ではないが、味方がいない状況で出された紅茶を飲んでもいいものかと思うのは仕方のないことだ。特に今は、異常事態なだけになおさら注意が必要だ。
かといって、王族であるアリスティドに出された紅茶を飲まないという選択肢は、当然だがユリアーネにはない。
既に同じポットから注がれた紅茶をアリスティドは飲んでいる。毒か何かが仕込まれているならカップだが、座るなり紅茶を注がれたので、こっそりカップを拭いておくことはできなかった。
しかも、アリスティドに泣きそうな顔で見られると、小動物でもいじめている気分になってしまう。
もう、飲むしかない!
ユリアーネは優雅さなど微塵も感じられない動作で、ガッとカップを掴むと紅茶を一気に飲み干した。
いつも美しい所作を見せるユリアーネからは考えられない飲み方に、アリスティドも目を丸くしている。
「……、ユリアーネ、喉が渇いていたんだね」
「……そうなんです。もう喉が渇いて、渇いて。とても美味しかったですが、ミルクティーにした方が風味を生かせる茶葉かと思います」
とりあえず血を吐くことも、眠くなることもないので安心したユリアーネは、まともな感想を述べることができた。
「さすがユリアーネだ。僕には全然分からなかったよ。じゃあ、次はこの紅茶はどうかな? クリステンス国の紅茶だよ」
「わぁ、殿下、このティーカップも素敵ですね! 内側の模様が素晴らしい!」
思ってもいないことを言いながら、こっそりカップの内側と縁を拭うことに成功した。これがずっと続くかと思うと、ユリアーネは早くもうんざりだ。
次の紅茶は安心して飲めたので、しっかりと吟味できる。
「……」
確かにクリステンス国の高級茶葉だ。淹れ方も完璧だ。しかし……。
適当なお世辞を言ってカップを拭き紅茶を飲むを繰り返したが、出された茶葉を選ぶ理由がユリアーネには理解できなかった。
「殿下、他の候補の茶葉を見せて頂いてもよろしいですか?」
「もちろんだよ、ユリアーネから意見をもらえれば嬉しいな」
ユリアーネは侍女が控える場所に置かれた茶葉を一つ一つ確認した。どの茶葉も、各国の最高級品であることは間違いない。
「この茶葉を用意したのは、貴方ですか?」
ユリアーネが側に控える侍女にそっと尋ねると、後ろからアリスティドが「違うよー」と答えてくれた。
「良かった。貴方みたいな本当に美味しいお茶を淹れられる方が選んだ茶葉でなくて、ホッとしました」
ユリアーネが微笑みかけると、侍女は目を見張って驚いた。ユリアーネの評判はすこぶる悪い。まさかお茶を淹れて褒められるとは思わなかったのだろう。
「殿下、大変言いにくいのですが、この茶葉を選んだ者には、もう一度紅茶について学ぶチャンスを与えるべきだと思います」
「えっ? どうして? ユリアーネ、美味しいって言ったよね」
「美味しいですよ。各国の最高級茶葉ですからね。でも、王弟殿下主催のお茶会で出すには相応しくありません」
「どうして? 最高級なのに?」
「今は新茶が多く出ている時期です。今の時期しか飲めない茶葉が各地にございます。ここに置かれた茶葉をお茶会で使用したら、王弟殿下が新茶を出すほどの相手ではないと思っていると取られかねません」
余程ショックだったのかアリスティドは青い顔で、へにゃへにゃと机に突っ伏してしまう。
もしアリスティドがユリアーネに相談せず、この茶葉をお茶会で使用していたら大変なことになっていた。アリスティドの側にも足を引っ張ろうとする者が潜んでいるのかもしれない。ユリアーネの背筋を冷たいものが駆け抜けた。恐ろしい場所に来てしまった……。
「ユリアーネは凄いね。あのローランが婚約者に望む理由が分かるよ」
「……。いえ、恐れ多いです……」
「僕も、結婚するならユリアーネがいいって言ったんだよ。それなのに、僕の時はパワーバランスがどうのこうのって言われてうやむやにされたんだ」
アリスティドが悔しそうに机を叩くが、ユリアーネは王族との婚約話は正直言ってウンザリだ。
ローランとの婚約話は、囮になるための嘘にすぎない。黒幕を見つけ出し罪を暴けば、なかったことになる話なのだ。
ローランは『婚約したわけではなく、世間の噂だった』と言えば痛くも痒くもないが、令嬢であるユリアーネは違う。今後ずっと『第一王子殿下に棄てられた令嬢』というレッテルがついて回るのだ。ユリアーネ自身が結婚に興味がないので気にしていないが……。
そもそも王族との婚約話など、ローランだろがアリスティドだろうがユリアーネにとっては面倒以外の何物でもない。
既に多くの茶葉を試したユリアーネは、さすがにお腹がタプタプだ。茶葉については再考する必要があるので、一度お手洗いに行かせてもらうことにした。
「せっかく来てもらったから、王族専用の中庭を侍女に案内させるよ。ローランに焼きもちを妬かせる訳にいかないから、僕は部屋で待ってるね。楽しんできて!」
トイレは個室といえど、危険な王城なだけに気は抜けない。窓や天井をビクビクしながら確認し続け、何事もなく出てこれた時は安堵した。
紅茶も問題なかったし、トイレも大丈夫。後は中庭を探索させてもらって、アリスティドに挨拶をして帰るだけ。山場は切り抜けたと、ユリアーネは気を抜いていた。
王族専用の中庭は本当に素晴らしくて、危険な王城にいるのに心が晴れやかになるほどだった。
「王妃様もここに立ったのかな?」
中庭は中心部分に美しいタイルで作られた円形のテラスがあり、そこから放射線状に広がって展開している。中心に立つと、ぐるりと全てが見渡せるのだ。
記憶によると、ここはヴィルヘルミーナと庭師が協力して作ったと言っても過言ではない場所だった。
円形のテラスから放射状に広がる中庭は、テーマに沿って六つに区分けされている。テラスから細く伸びるタイルによって区画が分けられているのだ。
ユリアーネは一直線に伸びるタイルの道の一つを選ぶと、器用にちょこちょこと歩いていく。一つの区画の前に着いたユリアーネは、あるはずのものを捜してキョロキョロした。
「ここにハナミズキがあったと思うけど、どうしたのかしら?」
初めて来たはずのユリアーネがする質問ではないので、侍女は目を丸くするも答えてくれた。
「十五年前に陛下が処分されたと聞いています」
「そう……」
「あのローリエは王弟殿下の木よね?」
「はい。王家を守るという王弟殿下の気持ちを象徴する木だと、アリスティド殿下から伺いました」
侍女は嬉しそうに教えてくれた。
造園を度外視したフリーな場所が中庭にはあり、そこは王族が自分の気に入った草木を植えられる。ピンクの花が咲くハナミズキは国王がヴィルヘルミーナのために植えた木だった。
ハナミズキを国王が処分していた事実がショックで、何も考えられないまま侍女についてきてしまった。そんな馬鹿な自分の背中を蹴り倒したい。絶対に来た道と違う道を歩かされている。アリスティドの部屋がある場所は、こんなに遠いはずがない。
これは絶対にまずいと鳥肌が止まらないユリアーネは、自分を騙す侍女の背中に話しかけた。
「どちらに向かっているのでしょうか?」
侍女はユリアーネに向き直るも、慌てた様子もなく冷静な顔だ。
「お伝えし忘れてしまい、申し訳ございません。アリスティド様がいつもお世話になっているお礼をしたいと、王弟殿下がお部屋でお待ちです」
王族の侍女を務めるほどの人が、伝え忘れるはずがない。行き先は本当に王弟殿下の所なのだろうか? もう嫌な予感しかしない。
ユリアーネがいる場所が王城内なのは間違いないだろうが、アリスティドの部屋があった場所より廊下は薄暗いし壁も古びてひびが入っている。
しかも、さっきから誰ともすれ違わないし、温度も低くて人がいる気配がしない。ここは使われている建物ではない。こんな寂れた場所に、王弟殿下の部屋がある訳がない。誰だって容易にそう結論付けられる場所だ。
引き返そうとユリアーネが決めたのと同時に、古い大きな木の扉の前で侍女が止まった。
アンティークの扉というよりは、朽ち果てる寸前の扉だ。かつては重厚さを感じられたであろうこの扉のおかげで、ここが使われていない棟だと改めて確信した。助けを呼ぼうと逃げ出しても、叫んでも、誰もいないという訳だ。
「こちらで王弟殿下がお待ちです」
侍女はユリアーネにそう告げると、自分は一歩下がった。一緒に部屋に入るつもりはないようだ。
腐ってないか心配しつつ扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえる。
この声が王弟のものなのかは、ほとんど面識のないユリアーネには分からない。しかし、後ろには抜け目なさそうな侍女が控えていて、逃げ出すのは無理そうだ。ユリアーネには、中に入るしか道がない。
緊張で乱れる呼吸を整えて、飛び出しそうな心臓を何とか体内にとどめて、ユリアーネはドアノブに手を掛けた。
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