ユリアーネ、密会する
読んでいただければ嬉しいです。
本日三話目の投稿です。
よろしくお願いします。
ローランの行動は早かった。ユリアーネがシルヴェストルとの面会をお願いした三日後に会えることになったのだから、最速で行動してくれたのだろう。
人目に付く訳にいかない会談なので、放課後に図書館の小部屋で密会することになった。当日ユリアーネは授業を上の空で聞き、帰りはアリスティドに声をかけられる前に教室から飛び出した。
逸る気持ちで着いた図書館では既にローランが待っていて、「シルヴェストルは先に着いている」と教えられる。
遂に対面かと思うと、今日一番ユリアーネの心臓が跳ね上がる。
なぜ自分にヴィルヘルミーナの知識と記憶があるのか? その答えを、シルヴェストルが持っている気がする。
自分の未来が左右される。それぐらいの思いでユリアーネは挑むつもりだ。
呼吸を整えつつ、ローランの後に続いて部屋に入った。
部屋の中には、本当にシルヴェストルがいた。身体も大きいが、それ以上に存在感がでかい。
狭い部屋の中でシルヴェストルだけ大きくて、書棚も自分もミニチュアになってしまったと思えるほどの貫録。シルヴェストルは座っているのに、立っているユリアーネが見上げている気分だ。
シルヴェストル・シュスターは、一瞬で周りを圧倒することができる人物だと思い知らされた。
白いものは少し混じっているが真っ赤と言える赤い髪を撫でつけ、眼光鋭い緑色の瞳。整っているが、冷酷さを感じるさせる顔だ。
怒っている訳ではなく無表情なだけなのに、機嫌を損ねたのではないかと不安を煽る威圧感。ヴィルヘルミーナの記憶でも知っていたが、本物の迫力には敵わない。
「シルヴェストル・シュスターだ。殿下から話は聞いているが、私は殿下の話を信じていない」
愛想笑いもないが、特別不機嫌という訳でもない。無表情な上に、感情のこもらない声でシルヴェストルは言った。
そうだ、この人は用心深い人だ。人の話を鵜呑みにするような人ではない。ヴィルヘルミーナの予備知識のおかげで、ユリアーネはシルヴェストルの迫力に飲み込まれずに済んでいた。
ここが正念場だと感じたユリアーネは、今にも飛び出しそうな心臓を息を吸い込むことで抑え込んだ。
「お初にお目にかかります。コーイング家長女の、ユリアーネでございます。本日は急な面会を快くお受けいただき、ありがとうございます」
シルヴェストルの右眉がピクリと動く、ユリアーネの中にヴィルヘルミーナを見たのかもしれない。マナーや立ち振る舞いの知識はヴィルヘルミーナのものなのだから、直接指導を受けたとも言える。
「確かに動きは王妃様に似ているが、当時を知る者がいれば誰だって真似ができる。立ち振る舞いを証拠にユリアーネ嬢の話を信じろと言うのは無理な話だ」
もちろん、すんなりと受け入れてもらえるとは、ユリアーネだって思っていなかった。
シルヴェストルは海千山千の老獪な政治家だ。そんな猛者を捕まえて、初対面の自分の話を信じてもらえるとはユリアーネだって思っていない。信じてもらうには、シルヴェストルとヴィルヘルミーナしか知らない、確固たる証拠を見せる必要がある。
だが、できれば奥の手は使いたくなかったというのが本心だ……。しかし、手段は選んでいられない。意を決したユリアーネの顔が、罪悪感で強張る。
「……そうですか、信じていただけなくて残念です。……ガルス」
「!……………………」
ユリアーネはヴィルヘルミーナの記憶を持っているだけで、ヴィルヘルミーナの人格はない。だから、ヴィルヘルミーナとシルヴェストル二人の思い出を利用するのは、二人の思い出に土足で踏み込むようで心苦しい。
申し訳ない気持ちでユリアーネが見つめる先には、瞳が見開かれ驚愕の表情のまま固まっているシルヴェストルがいた。
静まり返る部屋に、ローランの咳払いが響く。
その音で我に返ったシルヴェストルは、ソファの背もたれに身を預けると、深くため息をついた。両手で額を覆って、「……そうきたか」と言って目を閉じてしまった。
シルヴェストルはそのまま動かず、指の間から時折ため息が漏れてくるのみ。
何度目か分からないため息をこぼしたシルヴェストルが言葉を発するのを、ユリアーネは静かに待った。
「…………記憶、だけなのか? 本当に、王妃様ではないのか?」
「王妃様の記憶を持っているだけで、人格はあくまでもユリアーネ・コーイングです」
「そうか……」
シルヴェストルはソファに座り直し、少しだけ穏やかな表情になった。これが笑顔だと、ヴィルヘルミーナのおかげでユリアーネは知っている。
「信じられないが、信じるしかなさそうだ」
「『ガルス』で、ですか?」
「……。私と王妃様しか知らない話だと、君も知っているのだろう?」
こんがらがった話だが、その通りだ。『ガルス』はシルヴェストルとヴィルヘルミーナの二人しか知らない話だ。だからこそ、ユリアーネは奥の手として使った。
「前公爵様がクリステンス国に留学なさっていた時に、王妃様が付けた渾名ですね。クリステンス国の神話に出てくる『ガルス』という火の神は、前公爵様と同じ燃えるような赤い髪だからピッタリだと」
「そうだ。クリステンス国では赤毛はとても珍しい。子供の頃に本で見た火の神と同じだと王妃様が言われたのだ。っと、知っているんだったな」
シルヴェストルの言葉にユリアーネは、ゆっくりとうなずいた。
「前公爵と呼ばれるのはむず痒い。シルヴェストルと呼んでくれ」
胃に穴が空きそうな非常に恐れ多い申し出だが、シルヴェストルからの頼みであれば、断れるはずがない。ユリアーネはまたも意を決して、素直にうなずいた。
「立ち話も何だから、俺達も座らせてもらうよ」
そう言ったローランはユリアーネの手を取ると、隣り合ってソファに座った。
座る位置は気になったが、狭い部屋でソファも二つだ。今は話に集中する。
シルヴェストルは改めてユリアーネに向き直り、強い意志を感じる緑の瞳を向けた。
「王妃様の記憶を持っているのは、分かった。それで、ユリアーネは、何故、私に会いたかったのだ?」
シルヴェストルの疑問はもっともで、まだメインの話は終わっていない。本番はここからだ。
「語学力や、淑女としてのマナーといった王妃様の知識は、生まれてからずっと認識していました。ですが、王妃様が生きてきた記憶を取り戻したのは、つい先日です。街で金髪碧眼の男性にナイフで襲われた時に、礼拝堂での最期の出来事が頭に蘇りました。それがきっかけで記憶が戻りました」
「殿下から聞いている。怪我がなくて良かった」
「はい、エリアス様に助けていただきました。あの……、金髪碧眼の男性が暴力をふるっているのが許せなくて、わたくしが勝手に争いの中に飛び込んだのです。わたくしの身勝手な行動で、エリアス様を巻き込んで危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「エリアスが助けたのか。だから、か……。しかし、あんな悲劇を体験したのに金髪碧眼を恐れずに向かって行くとは、勝気で弱味を見せたくない王妃様らしいな」
シルヴェストルは単身乗り込んで行ったユリアーネの行動が、ヴィルヘルミーナらしいと言う。
この件に関しては責められるばかりで、こんな反応は初めてだ。自分の意思ではなくヴィルヘルミーナの意思が働いたと分かってくれる人に会えて、嬉しくなったユリアーネはつい身を乗り出してしまう。
「やはり、金髪碧眼に過剰に反応したのでしょうか? わたくしは向こう見ずではありますが、今回は自分でも驚くほどの行動力でした。わたくしの勝手な行動に、いまだに周りの怒りと不安が収まらない状態です」
肩を落としたユリアーネに、シルヴェストルは同情的な視線を向ける。
「王妃様は自分の弱さを嫌う方で、常に強くあれと自分を律しておられた。彼女なら今度は金髪碧眼に怯えることなく立ち向かう道を選ぶだろう。その意思が強すぎて、ユリアーネに影響してしまったのかもしれない」
「私が持っているのは、王妃様の記憶と知識だけです。自分の中に王妃様の意思を感じたことはないのですが、今回の行動は特別だったのかもしれませんね」
騙され失意のまま最期を迎えたヴィルヘルミーナだ、一矢報いたい気持ちが現れたのかもしれない。それに、この行動がなければ、ユリアーネはきっと記憶を取り戻さなかっただろう。ヴィルヘルミーナはユリアーネに記憶を取り戻して欲しかったとも考えられる。
自分の行動の理由も分かり、理解者も得られ、ずっとモヤモヤしていた気持ちが晴れた。喜ばしいことだが、まだ本題に入っていないことに気が付いた。
「すみません。話すのが下手で、別の話になってしまいました。色々と聞きたいことはあるのですが、まずは王妃様の記憶で伝えておきたい話があります」
少し緊張した様子のシルヴェストルがうなずいて、先を促す。
「礼拝堂で襲われた時、嫌がらせの規模が今までとは違い、手が込んでると王妃様は気づかれました。それで、アデライト様も巻き込まれているのではないかと心配したのです。心配するあまりアデライト様の名前を口にしたら、ブリュノにこう言われました。『公爵家の邪魔ばかりする女に罪を擦り付けるんだってあの男は言っていたよ。今頃襲われている頃じゃないかな? 早く死んじゃえば、僕たちの邪魔者が減るね』と」
途中から声が震えてしまったが、何とか最後まで言い終えることができた。この状況でよく最後まで言えたと、ユリアーネは自分を褒めたい。
本当は『あの男』って誰なのか、話をしたかった。それにブリュノの言葉だから信頼性は薄いが、『この国の王が僕に君を差し出したのだから』という言葉も気になる。でも、言えなかった。
ユリアーネの目の前にいるのは、無表情で圧をかけてくる『静』のシルヴェストルではない。誰がどう見ても、全身からマグマのような怒りが噴き出している。感情を露わにしたシルヴェストルだ。この怒りを目の前にしたら、震え上がらない人はいない。言葉も発せられない。
これだけの強い怒りを、まるで火山みたいに体内に溜め込んでいたのだ。あの無表情の下に、ここまで煮え滾った感情を隠していたのかと思うと、シルヴェストルの自制心の強さに感心さえしてしまう。
シルヴェストルの血走った眼球がぎょろりと動き、ユリアーネを捕える。
「ブリュノが、そう言ったのだな?」
「……金髪碧眼の、完全に狂った中年で細身の男性です。記憶では、『ブリュノ』です」
目の前から放たれる殺気で、肌がチリチリと燃えそうだ。自分の発言に誤りがあれば、命が危ないとさえ思える。あまりの恐怖に、ユリアーネは保険でブリュノの容貌も付け加えてしまった。
容貌と名前が合ったみたいで、シルヴェストルがこめかみをピクピクさせてうなずく。命を賭けたクイズに正解した気分で、ユリアーネは少しホッとした。
そんなユリアーネに気づくはずもないシルヴェストルは、怒りの形相で「やっぱり」「ということは」とブツブツと独り言を呟く。シルヴェストルの口から言葉が溢れれば溢れるほどに怒りを超えた殺気が部屋中を覆い尽くし、ユリアーネは息をすることさえままならない。
怒りの炎に焼き尽くされそうなユリアーネを助けてくれたのは、ローランだった。
「シルヴェストル、いい加減怒りを納めろ。ユリアーネが怯えてる」
ローランの言葉でシルヴェストルもハッと気が付いたようで、「……すまなかった」と言ってユリアーネに頭を下げる。
シルヴェストルが正気に戻ると、換気でもしたように部屋から殺気が消えていくのが分かる。
さっきまでの髪が逆立ちそうな怒りの形相とは一転して、シルヴェストルは無表情な顔に戻った。
「アデライトが強盗に襲われた事件は、王妃様の死に関係していると思っていた。私はアデライトを死に追いやった奴を探し出すために、今まで生きてきたと言っても過言ではない。だから、ユリアーネの話を聞いて、当時の怒りと十四年分の苛立ちが込み上げてしまった」
シルヴェストルの言葉からはアデライトへの想いが溢れていて、子供の頃にエリアスから聞いた『冷めきった夫婦関係』が想像できない。
「十四年間ずっと探ってきたが、相手はなかなか尻尾を出さない。正直言って、打つ手がない状態だ。私がこのまま死んだら、アデライトに合わせる顔がない」
そうシルヴェストルは苦しそうに言葉を吐き出した。
「アデライトは花が好きで、私の目につく場所に毎日花を飾ってくれていた。仕事ばかりの私は、それさえ気づけなかった。そんな私にできることは、アデライトの敵を取ることだ。それだけが、私の生きる意味なのだ」
力強く断言したシルヴェストルの話を、ユリアーネが訂正する。
「アデライト様が花が好きだったのではありません。花が好きなのはシルヴェストル様ですよ?」
ユリアーネの言葉に、シルヴェストルが驚く。
ヴィルヘルミーナの記憶には、アデライトとの会話も、もちろんあるのだ。
「いつになく嬉しそうにしているアデライト様に、王妃様が『何かあったの?』と尋ねたことがあります。そうしたらアデライト様が『花が大好きな旦那様の目につくように玄関に花壇を作って、旦那様の好きな花を植えたのです。そうしたら、昨日『この花は良いな』と言っていただきました』と嬉しそうに仰いました」
ユリアーネはヴィルヘルミーナの記憶を探る。
「『執務で疲れる毎日に少しでも安らぎを感じてもらえるように、庭中を旦那様が好きな花で埋め尽くすことにしました。国のために尽くす旦那様は、わたくしの誇りですから』と幸せそうな笑顔で王妃様に仰っていました」
シルヴェストルは両手で顔を覆うと、「花はアデライトが好きなのではなく、私のために……」と呻き、そのままズルズルとソファに沈み込んでしまった。
シルヴェストルは何もできなかったと思っているが、アデライトは幸せだったのだ。それを伝えられ、ユリアーネの肩の荷も下りる。
「俺は祖母さんの不貞を疑っていた訳ではないが、こうやって話を聞くと改めて不貞など無かったのだと思えるな。祖父さんは馬鹿だ。夫婦の単純なすれ違いが、どうしてここまで拗れたんだろうな。王族とはいえ、もっと話し合う環境を作れなかったのかと思うよ……」
「王妃様は国王陛下も王太子殿下も愛していましたよ。ただ感情を表に出すのが苦手な性格が仇となり、二人からは信じてもらえなくなっていたみたいですね」
満たされない心や、行き場のない不満をぶつける相手は、一緒に他国から嫁いできたアデライトしかいない。しかし、シュスター家と関わるだけで、シルヴェストルとの不倫という低俗な憶測を呼んでしまう。それほどにヴィルヘルミーナには不利な状況だった。
「一度離れた心を取り戻すのは、難しいんでしょうかね……」
この状況下でローランが、「エリアスのことか?」と言ってユリアーネを揶揄った。ユリアーネはイラっとしたが、話の邪魔になるので無視してやった。
「私とアデライトの時間を奪った犯人が憎い。アデライトの死は強盗に負わされた怪我が原因だ。王妃が襲われた同じ日に、強盗に遭うなんて偶然が起こるはずがない。ましてやアデライトは、あの日王妃と面会予定だった。絶対犯人に利用されたに決まっている。私の言う犯人は、ライサやクライント家ではない。ライサやクライント家は、王妃の死を操った真犯人によってスケープゴートにされたに過ぎない」
ローランはうなずいた。
「ユリアーネの話を聞く前から、王妃の死がアデライトの死に関わっていると私は確信していた。ならば、アデライトの死の真相を調べるのに、王妃の死は避けては通れない。そして、王妃の死に触れられたくない者は多い。私が王妃の死について調べていることに気づかれれば、妨害や攻撃が始まるのは分かり切っていた」
そう言って言葉を切ると、シルヴェストルは悔しそうに下唇を噛んだ。
「私がしていることを息子が知ったら、あいつは喜んで手を貸すだろう。だが、敵の力は、とても強大だ。シュスター家なんて一瞬で消し去れるほどに……。私の復讐だって許さなかったアデライトが、息子を巻き込むことを許すはずがない。だから、息子とはできるだけ距離を置きたかった……」
思い詰めた表情のシルヴェストルは、節くれだった自分の両手を見つめる。
家族を巻き込まないために、シルヴェストルは息子と仲違いする状況を作ったということか。
「公爵様はシルヴェストル様の不貞を疑い、アデライト様を顧みなかったと思っています。シュスター家を貶めた国王陛下に寝返ったとも思っている。だけどそれは、全て真実ではない!」
ユリアーネの言葉にシルヴェストルが顔を上げた。
「その誤りを訂正せずに、むしろそうだと思わせる言動をシルヴェストル様はなさっています。わたくしはそれが不思議でなりませんでした。だって、公爵様が傷つかれるのはもちろんですが、エリアス様だって幼少期より大変辛い思いをされています。しかしそれは、家族を敵から守るためだったと?」
シルヴェストルは「家族を犠牲にしているのは、分かっている」と言葉をため息と一緒に吐き出した。
シルヴェストルの眉一つ動かさない無表情な顔が、辛く思い詰めたものに変わる。
「家族として手を伸ばせば、息子を巻き込む。息子を巻き込まないためには、家族であることを放棄するしかない」
そう言ったシルヴェストルの緑の瞳が重く沈む。
「エリアスの母は精神的に脆く、アデライトも相手方の家族も結婚自体が負担になるのではないかと心配していた。だが、陛下とシュスター家の確執を心配して下さった王弟殿下からの薦めであれば、私達は断ることはできない。心配していた通りエリアスの母が心を病んだのも、そのせいでエリアスが辛い思いをしているのも知っていた。知っていながら手を伸ばさなかったのだから、私は家族を犠牲にしたのだ」
「……」
ユリアーネは何も言えなかった。
アデライトの死を解明するために、家族と決別したふりをして家族を守った。だが、それはシルヴェストルから見た話だ。家族から見れば、シルヴェストルの行動こそが、家族が壊れていく原因となったのだ。
「……複雑な話です」
「私もここまで複雑になる前に、アデライトの事件に誰がどう関わっているのか暴きたかった。しかし、相手も強かで尻尾を出さない。今一歩の所まで来ているんだが、決め手がなかった」
「なかった? 過去形ですね。今は、ある……」
シルヴェストルが眉を寄せて困ったような顔を、ユリアーネに向けている。
「決め手は、ユリアーネだ。出来ることなら、手を貸して欲しい」
真剣に切羽詰まる表情で、深く頭を下げるシルヴェストル。もう後がないのだという、追い込まれた様子が見て取れる。
手を貸したい。しかし、王妃の死に一石を投じようというのだ、絶対に安全である訳がない。誰だって分かる。これは、危険な危険な、非常に危険な誘いだ。
「ちょっと待て、話を聞くだけだったはずだ。この件にユリアーネを関わらせるのか? 危険すぎる! 絶対に駄目だ!」
危険度の高さを裏付けるように、ローランが厳しい表情と声でシルヴェストルに詰め寄った。
「ユリアーネが、こんな話を聞く必要はない。帰るぞ」
ローランはユリアーネの腕を掴んで立ち上がろうとするが、ユリアーネは動かずに真っ直ぐローランを見上げる。ユリアーネの決意を感じたローランは苦しそうにため息をつき、渋い顔でどさりとソファに座り込んだ。
「王妃様の記憶を取り戻してからずっと、自分には何かやるべきことがあるのではないかと思っていました。記憶と知識を託されたのには、きっと何か理由があるはずだと。それはきっと、ハイマイト国の存亡に関わることなのだと思っていました」
「ユリアーネの言う通りだ。この国は、このままでは、終わりが近い。しかも、破滅に近い形で……。そうなる前に、何としても敵を排除したい。だが、君が理解している通りで、身の危険がないとは言えない。家族を巻き込むのを拒否した私が、ユリアーネを巻き込むなんておかしな話だとも思う。だが、私は、王妃様が命を賭して守ったこの国を救いたい……」
「王妃様がどんな思いでこの国の未来に自分の命を捧げたのかを知っているわたくしが、断れるはずがありません」
シルヴェストルが「申し訳ない」と、辛そうに顔を歪める。ローランは頭を抱えてうずくまった。
ユリアーネだって怖い。何でもないように答えたが、自分の発言に手が震えている。発言を撤回したいと思う自分もいる。それでも、ヴィルヘルミーナの記憶のせいなのか、ユリアーネの性格なのか、使命感が上回ってしまうのだ。
それにシルヴェストルがなりふり構わないのだから、この国は本当に危機的状況なのだろう。
命懸けで国を守ったヴィルヘルミーナの記憶を持つユリアーネだからこそ、国の破滅など容認できない。ヴィルヘルミーナの最期の思いを無駄にすることなど、できない。
ローランが温かい手が、ギュッとユリアーネの手を握る。
「手が震えているぞ。無理する必要はないんだ」
「無理、しています。でも、私は、王妃様の最期の願いを叶えたいのです」
「ユリアーネを危険に巻き込みたくないのに! これしか方法ないのが本当に辛い。絶対に守るから」
そう言ったローランの手に力がこもる。
「協力するに当たって、シルヴェストル様に交換条件があります。聞いて頂けますか?」
ユリアーネは、シルヴェストルに笑顔を向けた。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。