ユリアーネ、王子に助けられる
読んでいただければ嬉しいです。
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
「お願い、ユリアーネ。教えて欲しい」
子猫みたいなアーモンド形の大きな目を潤ませたアリスティドに頼まれたら、誰も断れないと思う。それくらい完璧な可愛い仕草だ。
「ここと、ここと、ここ、あとここも分からない。って、全部だよ。どうしようユリアーネ……。また成績が悪いと陛下に怒られちゃう……」
勉強があまり得意ではないアリスティドは、ユリアーネに教えて欲しいと頼ってくる。入学初日に頼りになる人認定を受けてしまったせいだとユリアーネは思っている。
「ごめんね、ユリアーネ。家庭教師に教わると、すぐに僕の馬鹿さ加減が王城内で噂になるんだよ……」
「私は構いませんよ。お気になさらないで下さい」
「ありがとう、ユリアーネ!」
ユリアーネも噂には事欠かないが、王城での足の引っ張り合いには到底及ばないだろう。この子猫のように純真で汚れを知らないアリスティドでさえ、蔑まれる対象になるかと思うと王城とは恐ろしい。
「ユリアーネの説明は分かりやすい。教えるのが上手だよね」
目をキラキラさせて褒めてくれるアリスティドに、「ありがとうございます」と笑顔で返す。
さすがに、『一年半領地にある学校の先生をしたので鍛えられています』とは、ユリアーネも言えない。
必死に問題を解くアリスティドに、彼の侍従が「殿下、時間が……」と声をかける。
アリスティドがため息をついて「せっかく教えてもらっているのに、ごめん。行かないと」と寂しそうに言うと、バタバタと帰って行った。
一緒に勉強したのは短い時間だったが、これくらいの時間も作るのがやっとなほど王族は忙しいのだなと感心してしまった。そう考えると、ローランは自由だなと笑ってしまう。
「シュスター様が駄目になれば、次はアリスティド殿下を誑し込むつもり?」
「計画通りに進んで、さぞや楽しいのでしょうね? 随分下品な笑い方だわ、貴族とは思えない!」
「地味なくせに、男狂いなんておぞましいわ!」
「伯爵家ごときで、王族の一員になろうなんて身の程知らずにも程があります。弁えなさい!」
ユリアーネを貶める言葉がバンバン続く。
気が付けば、四人の令嬢に取り囲まれていた。学年はバラバラだが、公爵家を筆頭に高位貴族の令嬢達だ。ローランやアリスティドとの婚約者を狙っている人達だと、容易に想像がつく。その彼女達が、アリスティドと親しいユリアーネを牽制しに来たのだ。
しかし、「婚約者なんて狙ってません」と言ったところで信じてもらえないどころか、余計に文句を言われるだけに決まっている。この不毛な意見の押し付けは一体いつ終わるのかと思うと、ユリアーネは途方に暮れてしまう。
「ちょっと、貴方、わたくし達の話を聞いているの?」
ユリアーネの真正面に立つリーダー格の令嬢が、そう怒鳴った時には頭上から手を振り下ろそうとしていた。あぁやられるなと思ったユリアーネは、姿勢は伸ばしたまま目を閉じた。
「……?」
くると思った衝撃がこないので、不思議に思って目を開けると……。
「殿下?」
ローランが令嬢の右腕を掴んで立っていた。当然四人の令嬢達の顔色は真っ青だ。腕を掴まれている令嬢は、ガタガタ震えていて、ローランが手を離すと床の上に崩れ落ちてしまった。
「馬鹿共が、つまらない真似を……。『お前達が王族の一員になることはない』と帰って親に伝えろ!」
赤い瞳からは激しい怒りが見て取れる。その目で睨まれた令嬢達は、金縛りにあったように身動きが取れなくなっている。ユリアーネも同じような状態だったが、ローランに手を取られて無理矢理図書館の部屋へ連れて行かれた。
ユリアーネの手を離したローランは、ソファにどっかり座ると深いため息をつき、右手でこめかみの辺りを押さえた。
ローランが苛立っていることは間違いないが、助けてもらったお礼をしていない。怒られる前に感謝の気持ちは伝えておかなくては。
「五年前もですが、殿下には助けて頂いてばかりですね。五年前は火傷、今回は平手打ちを回避出来ました。ありがとうございました」
深々と頭を下げるユリアーネに、またため息をついたローランは自分の前のソファを指差して「座れ」と指示を出す。
ローランは不機嫌だ。何を怒られるのかとユリアーネは不安になった。アリスティドに勉強を教えていたこと? あの令嬢達に捕まったこと? しかし、ローランの話は、ユリアーネが思いもしないことだった。
「ユリアーネは普通にしていても目立つのだから、自ら目立つ行動をとるのは控えた方がいい」
苦り切った顔でそう言われたユリアーネは、キョトンとしてしまう。
「目立つ? 地味な私が?」
「確かにユリアーネは目立つ容姿ではないかもしれない。だが、ユリアーネは立っているだけでも美しく知性が感じられ、人の目を引く。自分で思っているより、よっぽど目立つんだ!」
そう言ったローランは、「こんな恥ずかしいこと言わせるな」と言いながら顔を赤らめた。
自分が地味で目立たないと思っていたユリアーネは、ただただ驚くしかない。昔から地味で平凡な容姿を馬鹿にされ続けてきたユリアーネは、自分が目立つなどと考えたことがなかったのだ。
「ユリアーネは昔から目立っている。俺やアリスティドの婚約者を狙う貴族共がユリアーネを貶めようとするのも、ユリアーネが他の令嬢達の二歩も三歩も先にいると分かっているからだ。これからも同じように絡んでくる奴等はいるから、行動は気を付けた方がいい」
「……はい」
今日のようなことが続くのかとユリアーネがガッカリして答えると、ローランは慌ててフォローを入れる。
「別に行動を制限しろって言っているんじゃない。今まで通り、自由で伸び伸びしているユリアーネを見ているのは楽しいからな。だが、一人にならないよう気を付けた方がいい。放課後に一人になるのは駄目だ、図書館に来るか真っ直ぐ家に帰れ。いいな?」
「はい」
「ユリアーネが殊勝な態度だと、気持ち悪いな」
軽口をたたいてローランがユリアーネを揶揄うが、令嬢達のことで気持ちが落ち込んでいるのを元気づけようとしてくれているのだ。
「私は、そんなに自由で伸び伸びしていますか?」
「自由で伸び伸びしてない令嬢でなければ、金髪碧眼の泥棒にしがみ付いたりしないだろう?」
「あれは本当に特別なんです! いつもなら衛兵を捜したり、助けを呼びます。あの時はなんか変な力が湧いてきたというか……」
「変な力って……。もうちょっと、上手い言い訳があるだろう。それでは誰も納得させられないぞ?」
呆れながらも笑い出すローランに、ユリアーネは意地になって食い下がる。
「言い訳ではないです! 金髪碧眼を、ブリュノを倒さないとって思ったんです!」
自分の言葉が耳に届いた瞬間に青くなった。自分が令嬢達にライバル視されているとか、また言いがかりをつけられるかもしれないとか、平常心ではなかったせいで口が滑った。
ローランがヴィルヘルミーナの死について何も知らないことを願った。が、目の前にあるローランの顔は、目を見開き口も開いたままだ。これは、不味い!
ローランが呆然としたのは一瞬だった。逃亡させまいとがっしりと腕を掴み、テーブルを超えてユリアーネの隣に座った。
頭上から焦ったような低い声が攻めてくる。
「どういうことだ?」
そう言った赤い目が鋭く光る。王族らしい支配者の目だ。
赤い目に捕らえられたユリアーネは、言い訳は絶対に通用しないと覚った。
ユリアーネは自分がヴィルヘルミーナの知識と記憶を持っていること、記憶が戻ったのは強盗騒ぎの時であると、またもローランに洗いざらい話した。
「だから、ブリュノを知っているのか。ブリュノが金髪碧眼の狂った中年であることも、『淑女の証』の模様までも知っている……」
そう言ってローランは考え込んでしまう。もちろん逃亡防止の手はきつく握ったままで……。
こんな話を信じてくれる人は、誰もいないと思う。自分が不敬罪に問われるのは仕方がないが、家族は巻き込みたくない。
「家族は私の記憶や知識が、王妃様のものだとは知りません。家族を巻き込みたくなくて、記憶の話はしていないのです。家族は私が産まれた時から文官程度の知識があると言う風にしか思っていません。ですから、罰するのであれば、私だけにして下さい。お願いします!」
家族だけは守ろうと捨て身で願い出るユリアーネに、ローランはキョトンとした目を向ける。
「どうしてユリアーネを罰するんだ?」
「王妃様の記憶や知識があると言った不敬罪で……?」
「ユリアーネは下らない嘘を言う人間ではない。それに『淑女の証』は祖母の私物で、表に出るものではない。持つ者によって模様は異なるし、鞘から出した刀身の模様なんて実際に見た者以外分かるはずがないんだ。分かるのは、祖父か父上か、遺品をこっそり覗き見た俺だけだ」
クリステンス国の王女達は『淑女の証』を使うことがないように、国を守り己を律して生きろと教育されるのだ。
『淑女の証』が使われる時は、使用者の力不足が露呈するに等しい。自分がその器ではないと証明するための道具を好んで人前に晒す者はいない。それゆえに、『淑女の証』は本人以外は目にすることがないのだ。
ヴィルヘルミーナが使った『淑女の証』は国王によって封印に近い状態だ。王家のいざこざに翻弄されているローランが、日々の不満と悪戯心を発揮して見れたのも奇跡に近い。
それなのにローランよりも模様を正確に覚えているなんて、ユリアーネの立場では有り得ない。だからこそ、ヴィルヘルミーナの記憶を持っていると納得ができる。
模様を知っているのがそれ程のことと思っていないユリアーネは、とりあえず罰せられずホッとした。
「殿下は王妃様が亡くなった当時のことをご存じなのですね」
「俺も一応、この国を担うかもしれない王族だからな。ライサとクライトン家が起こした馬鹿みたいな陰謀で、祖母さんが自殺したと教えられている。俺はその説明された事実に納得ができなかったけどな」
「えっ?」
「祖母さんの死だけではなく、俺自身の評判もずっと誰かに操作されていた。俺を傲慢で我がまま王子として失脚させたい奴が、俺のすぐ側にいるのは明らかだった。だから、相手を油断させるために噂通りの傲慢で我がまま王子を演じて、俺を蹴落とそうとする奴が誰なのかを調べることにしたんだ」
厳しい目で遠い過去を思い出していたローランが、急にクシャっと照れて笑った。
「なんて偉そうに言っても、子供のやることだ。そう簡単にいくはずがない。早速危ない目に遭った俺を助けてくれたのが、当時宰相だったシルヴェストル・シュスターだ。それ以来シルヴェストルとは協力関係だ」
ローランの話を聞いたユリアーネは叫んだ。
「目に見えない力を感じます! 王妃様の力でしょうか?」
ヴィルヘルミーナの死について隠さずに伝えられ、ユリアーネの記憶と知識の事実を信じてくれ、当時を知り話を聞いてくれる人。ユリアーネにとって、その人はシルヴェストル・シュスターだった!
シルヴェストル・シュスターは、ユリアーネがヴィルヘルミーナの記憶について相談したいと思っていた人物だ。何とか連絡を取れないかと思っていたところで、ローランのこの発言だ。ヴィルヘルミーナの助けがあったと思ってしまうのも無理ない。
ユリアーネの事情が分からず眉を顰めたローランに、力いっぱいお願いをする。
「殿下、シルヴェストル・シュスター様にお会いしたいのです。どうにかなりませんか? お願いします!」
「どうにか、できるけど……。会ってどうするんだ?」
「お伝えすべきことがあるのです!」
ユリアーネの勢いに飲まれたローランは「……なるべく早く会えるよう、手配する」と約束させられてしまった。
「あの、殿下、最初から私は逃げる気はありませんので、そろそろ手の拘束を……」
ユリアーネの視線の先には、ローランにガッチリと握られた右手がある。
ローランは慌てて手を離し「悪かった。予想外の事態で、俺も動揺した」と、とても落ち着かない様子で弁解してくる。
ユリアーネ本人だって信じられないような話だ。ローランが動揺するのは当たり前だ。むしろ、ローランが自分の話を受け入れてくれたことが、ユリアーネからしたら驚きだ。
「祖母さんの記憶があるということは、俺のことは孫に思えるのか?」
珍しくおずおずと聞いてくるローランに、ユリアーネはあっさりと返事を返す。
「記憶と知識があるだけで、人格には王妃様の影響は全くないです。だから、殿下は、殿下です。孫だなんて思いません。そう考えると、金髪碧眼の強盗に反応したのは何だったんですかね? 特例かな?」
ブツブツ言いながら悩んでいるユリアーネを見て、ローランはホッとしたように笑った。
読んでいただき、ありがとうございました。
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