ユリアーネ、王子の書庫に行く
読んでいただければ、嬉しいです。
本日三話目の投稿です。
少し短めです。
カリスタとキエイマという友達ができて、ユリアーネは学園生活を満喫していた。勉強は知っていることばかりだが、優秀な教師陣と議論を交わすこともできる。それに図書館の蔵書がとても充実しており、書物を読み漁るのを楽しんでいる。
しかし、もう一歩先を知りたいと思うと、次に続く本がないのが不満だ。ユリアーネの求める内容は専門機関に行かないとないのだが、諦められないユリアーネは図書室の隅から隅まで確認して回ってしまう。
今日も目当ての本を見つけることができず、額を本棚に当てて意気消沈していた。すると背後から「さっきから、何を探しているんだ?」と声をかけられた。
何冊も読みたい本に出合えない結末を繰り返しているユリアーネは、つい藁にも縋る思いで「ガリストン鉱石の転用方法について書かれた研究結果の本が見当たらないのです」とため息交じりに答えていた。
「あぁ、それなら読んだことがあるな」
「……」
ユリアーネは本がある事実に驚いて背後を振り向き、声の主がローランであることに、飛び上がって驚いた。
「何だ、俺が図書館にいるのが、そんなに驚くことか? 凄いな、目玉が落ちそうだぞ……」
「いえ、本があることに驚きました! どこにありましたか? 図書館は全て探したつもりだったのですが、場所を教えていただけませんか?」
ローランはユリアーネより二十センチは背が高い。そのローランによじ登る勢いで、ユリアーネはローランに迫った。ユリアーネの読書欲に押されて反り返ったローランは、やっとの思いで体勢と紅潮した顔を元に戻す。
「……。普段のマナーは完璧なのに、今のは食い殺されるかと驚いたぞ」
「食い殺すって、そんな立派な歯は持ち合わせていません。調べていた結果を記す本が、全て図書館に存在しないのです。殿下が読んだことがある本も、その内の一冊です。なので、存在するのであれば是非とも読みたいと、気持ちが逸ってしまいました。お見苦しくて申し訳ありません。でも、本の在り処は教えて下されば、すぐに消えます。お願いします!」
そう言ってローランを拝み倒した。
「……。お前は意外にも、子供みたいだな」
お前が言うか! とは思ったが、何としても本が読みたいユリアーネは、不満が顔に出ないようグッと堪えた。しかし、今のユリアーネは全神経が本に集中していて、自分の表情の制御まで手が回らない。自分では堪え切ったと思ったが、顔に出ていたらしくローランは声を上げて笑い出した。
「殿下、図書館では静かに、が基本です」
ローランは笑いを堪えるのが辛く身体を震わせながら、周囲を気にして慌てるユリアーネの手を引いて図書館の奥へ進んでいく。
「そっちは行き止まりですよ」
相変わらず笑いが堪え切れないローランは、ユリアーネの言葉にもただうなずくだけだ。ズンズン進んで突き当りに来ると、ローランはポケットから鍵を出して本に突き刺した。
「!……」
本棚がスライドし、見たこともない書庫が現れた。二人が書庫の中に入り本棚が閉まると同時に、目尻に涙まで溜めたローランが堪え切れずに声を上げて笑い出す。
自分を笑っているのだから腹は立つが、部屋一面に並ぶ書架に目を遣ると、ローランのことはどうでも良くなってしまう。ユリアーネが今まで諦めていた本が、ここにあったのだ!
部屋は小屋のように狭い場所で、書棚も図書館みたいにゆったりと置かれていない。人が一人歩けるスペースだけ確保して書棚が所狭しと並べられており、まるでドミノ倒しのようだ。ひしめき合って並んでいる書棚の中心に、無理やり閲覧用の深緑色のソファと木の机がちょこんと置いてある。
そんな小屋同然の場所なのに、置いてある本が一目で重要であると分かる物ばかりだ。ユリアーネから見れば、間違いなく夢の部屋だ。
本に吸い寄せられるようにフラフラと歩き回るユリアーネを、ローランは面白そうに見ている。
「いつもの取り澄ました態度が嘘のようだな。完全に俺を無視して、子供みたいに目を輝かせて本しか見てない」
「あっ、すみません。読みたいと思っていた本や、見た事もない本ばかりで大興奮です! あの……、やっぱりここは、私が入ってはいけない場所なのですよね?」
実は誰でも入室できるのでは? と期待半分、これだけ重要な本ばかりなのだから無理だろうと諦め半分の気持ちだ。
「ここは、王家の書庫で、歴代の王族たちの息抜きの場だ。ちなみに入れるのは、鍵を持っている俺だけだ」
恐らく王族しか入れないとはユリアーネも思ったが、これだけの本を前にして自由に閲覧できないのかと思うと落胆を隠せない。
「おい、令嬢が床に膝をつくなよ! 自分が入れないからって、がっかりし過ぎだろ。いつもみたいな気品ある態度はどこにいった? こんなことで取り繕えなくなるなんて、お前は本当に勉強が好きなのだな」
「いえ、勉強も嫌いじゃないですが、単純に知らないことを知りたいのです。きっと知識欲が強いのでしょうね。ですから、全部読みたいのに読めないなんて、これだけの本を前に残念でなりません」
この機会に一冊でも多く読みたいユリアーネは「せっかく連れて来ていただいたので、本を読ませて頂いてもよろしいですか?」と言うと、ローランの答えを聞かずにまた本に吸い寄せられていく。
一心不乱に本を読みふけっていたユリアーネが一冊読み終わり顔を上げると、ローランと目が合った。だらしなく足を組んでソファに沈み込んだ状態のローランに、呆れた顔を向けられていたのだ。
「お前には驚かされっぱなしだ。よく俺を無視して、そこまで本に集中できるな」
「す、すみません……。読みたい気持ちが勝ってしまって……」
「密室に男と二人だぞ、少しは不安に思うべきじゃないか? 警戒心がなさ過ぎだ!」
「それは安心しています。殿下はあえてギリギリまで婚約者を決めない慎重な方です。わたくしなどと変な噂を立てられるような真似をするはずがありません」
ソファのひじ掛けに頬杖をついて、呆れ果てた顔を向けていたローランの目が見開かれる。そして動揺を隠すように深く息を吐くと、ボリボリと頭を掻いた。
「お前には、本当に驚かされるな。何故俺があえて婚約者を決めないと考えるんだ? 第一王子のいつもの気まぐれで、婚約者が決まらず慌てている高位貴族連中を見て楽しんでいると思うのが普通だろう?」
「根拠はないのですが、気まぐれとは思いません」
「ならどうして婚約者を決めないと思う? 怒らないから理由を言ってみろ」
ここまでローランが食いついてくる理由は分からないが、根拠もない自分の想像を王子に話していいものなのかユリアーネは悩む。
「理由を言えば、またこの部屋に連れて来てやる」
「……。殿下のお祖母様であるヴィルヘルミーナ様と、ライサ様の件があったからではないかと思います」
まんまと本につられたユリアーネの返事を聞いたローランは、表情を変えずソファに座り直した。目は話を続けろと促してくる。
「早くに婚約者を決めても、国の情勢次第でひっくり返されてしまいます。それによって起こる悲劇を繰り返したくないとお考えなのだと……」
国の情勢が変わると思う何かをローランは掴んでいるのでは? とユリアーネは感じていたが、それはさすがに口に出さない。
「国を守るためだから、誰が悪いわけでもなかった。だからこそ、怒りの行き場がないよな……」
ローランが誰のことを言っているのかは分からない。だが、国王の結婚は、結果として多くの人を傷つけた。そして、ローランもその一人なのだ。
「爺さんが親父に王位を譲らないのは、浮気者のヴィルヘルミーナの血を残したくないって言われてるけど。ちょっと前まではそれに加えて、親子の仲が険悪だからって言われていたんだ。自分に刃向かう息子に王位を譲りたくないってな」
これは王子とする世間話ではない! 身の危険さえ感じたユリアーネは気が遠くなりそうだ。
「二人の仲が悪いのは本当の話だ……」
「……!」
「親父は祖母さんを恨み続ける爺さんが、許せないんだろうな。祖母さんを殺したのは、爺さんだって、子供の頃に何度も聞かされたよ」
独り言かな? これ以上聞くのは怖いから、別の本を探しに行っても失礼じゃないかな? ユリアーネは顔を引きつらせ、本へ現実逃避をする。
血の気の引いた顔でおろおろするユリアーネを見て、ローランも『喋り過ぎた』と顔を顰める。
「お前と話していると、なぜか口を滑らせるな。五年前も面白い奴だと思ったが、今のユリアーネの方が気になって仕方がない。俺はあの頃と変わらずつまらない毎日だが、ユリアーネは五年前と比べると随分楽しそうにしているな」
「そうですね、五年前と比べると毎日が楽しいです!」
一人で世間と戦っている気になっていたあの頃に比べたら、今は心が軽い。家族だけではなく、エリアスも、キエイマとカリスタもいる。
「そう言い切れるユリアーネが、少し羨ましいな。俺もいつか言ってみたいものだ」
「自分の話を聞いてくれて、相手の話も聞きたいと思う、大切な人を見つけて下さい。そうすれば、いつかなんて言わず、すぐに言えますよ!」
余計なことを言ったかなとさすがにユリアーネも思ったが、ローランが「そんな相手……、見つかるかもしれないな」と笑顔でうなずくので良しとした。
「鍵を渡すわけにはいかないから、本が読みたくなったら声をかけろ。約束したからな、俺が連れて来てやる」
「最高です! 毎日声をかけに行きたいところですが、殿下への借りが増えるのでほどほどに抑えます」
感激のあまり涙を流さんばかりに大喜びするユリアーネに「こんなことで喜ぶなんて、本当に変わっているな」と、ローランは眩しそうに目を細めてユリアーネを見ていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。