6.カッコいいとこ見せたくて
どうやら、それなりに眠ってしまったらしい。
頬の違和感で目が覚めると、部屋はだいぶ暗くなっていた。
違和感の原因は、ククルだった。
何か頬に当たっていると思っていたが、ククルが寝ている僕の頬に繰り返しキスしていた。
まだ眠っていると思っているのか、止める気配がない。
一気に頭が覚醒したが、この状況をどうしたらいいのか悩んだ。
もっと続けて欲しいけど、起きてるのがバレると
気不味くなりそうだし…。
かと言って、いつまでも寝ている訳にもいかないし…
考えている間にも、ククルのキスは続いている。
……ちょっとだけ、意地悪しちゃおうかな?
「ククル、頬だけなの?」
僕が言った途端、ククルがベッドから落ちた音がした。
「うわっ!?ククル、大丈夫!?」
「ごごごごごごめんなさいすいませんもうしわけありませんしつれいしました!!」
「ククル、落ち着いて?」
再びベッドに戻ってくるククルに手を貸す。
他人が慌てていると、何故か冷静になれるものだ。
さっきまで美少女にキスされまくっていたのに、それほど動揺せずに済んだのは助かった。
「あっあの、寝顔が可愛くてつい、でも私みたいな醜い女が…」
「ククル、ストップ。これからは、自分を醜いとか言うの禁止ね。それと、ククルは可愛い。いっぱいキスしてくれてありがとね。凄く嬉しかったよ。」
「……はい。あの、本当に嫌じゃありませんでした?」
「嫌だった。唇にしてくれないんだもん。」
ニコッと笑い、唇に人差し指を添える。
ちょっとだけ、からかったつもりだった。
「………します。」
言い終えた瞬間、ククルは僕を押し倒し、唇を重ねた。
ククルの舌が、僕の口の中を侵略していく。
キスしちゃってる!
こんな美少女からキスされちゃってる!
頭の中がとろけそう!
そんな僕の思考なんてお構いなしに、彼女の舌は暴れまわった。
そして、たっぷり時間をかけて唇を離したククルは僕に抱き着いた。
「………失礼しました。婚約者ですから、あの、これくらいも普通ですよね?」
普通、なのだろうか?
よくわからないが、初めてのキスを美少女に奪われて、されるがままだった情けない自分が腹立たしい。
それに…まだ足りない。
「婚約者なら、普通、なんだよね?」
ククルを抱き寄せ、今度は僕からキスをする。
舌を絡めて、味わって、抱きしめて、頭を撫でて。
もっと、もっとキスしたい。
されるがままだった最初のキスと違い、今度は僕も参加した。
たっぷりククルを堪能して唇を離すと、唾液が糸を引く。
ヤバい、止まれなくなるかもしれない…。
「こっ、婚約者ですから!レイ様からしてもらうのも嬉しいっていうか、もっとして欲しいっていうか、それ以上でも……」
キスの余韻と、真っ赤になって目がグルグルしているククルの可愛さに、理性が崩壊しそうになる。
だめだ、一旦落ち着け…。
僕が望んだら、さっきの僕からのキスのように、ククルは絶対に断らない。
僕からククルの選択肢を狭めてしまうことはしたくないから、ククルから求められない限りは自制しなくてはいけないんだ。
………気をつけなきゃな。
「ところでククル、寝ている人に勝手にキスするのはどうかと思うよ?ククルからなら、僕は大歓迎だけど。」
「………申し訳ありませんでした。あの、婚約者なのだから、頬ならいいかな、と思って…。唇は、あの、私は見た目が…なので…でも、レイ様が……」
さっきまで暴走気味だったのに、急に落ち込んでしまった。
「ごめんね。怒っているわけじゃないんだよ。言ったでしょ、ククルからなら大歓迎だよ。」
「………本当に嫌じゃありませんか?」
「うん。ククルも、僕からされて嫌じゃなかった?」
「……はい、嬉しかったです。」
お互いに照れまくりながら、特に意味もなく笑い合ってしまった。
さすがに僕にも気が付く。
勘違いじゃなく、ククルは僕を、確かに好いてくれている。
それが嬉しくて、けどもどかしくて。
あぁ、僕もククルを好きなんだなと、今更ながらに自覚した。
ククルがいつまでもダッフルコートだけでは可哀想なので、制服はまだ少し湿っていたものの、僕は我慢して着替えた。
さっきまで僕が着ていた体操着をククルに着てもらい、やっと目のやり場に困らなくなった。
これなら外にも出かけられる。
「お腹空いたね、ご飯食べに行こうか?」
「私はさっき食べたばかりですから、どうぞレイ様いってらして下さい。」
「ククル、これからは、僕が食事のときはククルも一緒に食事をとるんだよ。ククルは痩せすぎなんだから。」
「レイ様は、もっと太っていたほうが好みでしょうか?」
「うーん、そうだね。痩せすぎはちょっとね。」
「………もっと太ります。」
「うん。まぁ、あまり太っちゃうのも問題だけどね。」
「そんなっ!?どうすればいいんですか!?」
なんでこの娘、いちいち反応が可愛いんだろうな。
「今より多少太ったほうが、僕は好きかな。」
今のままでも、ククルはとびきりの美少女だ。
でも、もう少しふっくらして、痩せた身体に肉が、そして胸も大きくなって、しかも僕を好って……マズい。
恐らく僕は自制できなくなる。
「わかりました。レイ様の好みに近づけるよう頑張ります!」
胸の前で両手を握りしめるククルを見て、ちょっと先の未来が楽しみで、少しだけ怖くなったのだった。
宿屋は食事が含まれていないそうなので、僕達は飲食店の並ぶ通りを歩いていた。
デートみたいで、凄く緊張する。
「なにか食べたいものとかある?」
ククルに聞いてみたが、ククルは首を横に振った。
「私は何でも美味しく食べれます。レイ様のお好きなお店で大丈夫ですよ。」
「………そっか、じゃあこの店に入ってみよう!」
あまり混雑していない静かなお店に2人で入ってみると、すぐにウェイトレスがやってきて、テーブル席に案内してくれた。
「ご注文は何になさいます?」
にこやかにメニューを渡してくれたが、どうせ見てもわからないだろう。
「人気の料理を5品、お願いします。」
実は言ってみたかったセリフ。
今はお金に余裕あるから、ククルの前で少しカッコつけたかったのもある。
でもククルの反応は、緊張してオドオドしてるだけ。
………空回りでかっこ悪くたって、きっとククルは見捨てないさ、たぶん!
などと考えていたら、最初の料理が運ばれてきた。
………どう見ても、大きなダンゴムシだった。
拳ほどの大きさのダンゴムシを素揚げにしたもの。
パリパリして美味しいらしい。
かなり抵抗があるけど、こちらの文化に慣れる意味でも食べたほうがいいだろう。
ククルの皿に半分取り分けたが、中身は空洞になっていて、形が崩れてしまった。
………つくづくかっこ悪い!
ククルは僕が食べるのを待っているので、覚悟を決めて口に運ぶ。
!!!
味はポテトチップだ!
あっさりした塩味で、なかなか美味しい。
お酒を飲む人にはツマミにいいのかもしれない。
二品目以降も、大きなナメクジの姿煮とか、オタマジャクシが泳ぐスープとか、僕の常識からかけ離れた物がでてきたが、味だけはは満足できた。
それにしても……この世界の料理って、みんなこんな感じなのだろうか?
「ククルは家事が得意なんだよね?料理も作れるの?」
「えっと…、私が教え込まれたのは、一般的な料理なので、今日のような特殊なものは作れないですね…。」
特殊な料理…?
「はい、ここは変わった料理を出すお店みたいですね。あまり食材として扱わない物を料理しているようです。」
ゲテモノ料理専門店ってことか!?
そんなとこにククル連れて、カッコつけたけど空回りして、あげくに無理矢理食べさせたの!?
「ククル、違う店に行く?」
「いえ、大丈夫です!私は少し太りたいので!」
うぅ、カッコ悪い…。
ククルの態度に救われたけど、次からはちゃんと確認してから店に入ろうと反省した。
ククルが食べ終わるのを待っていると、隣のテーブルにいた3人組みの1人が、ニヤニヤしながらこちらを見て話しかけてきた。
「兄ちゃんよ、なんでこんなブサイクな女連れてんだよ?この女、金でも持ってんのか?」
3人がゲラゲラ笑う。
「ブサイクな嬢ちゃん、この優男に騙されないよう気を付けろよー?」
再び笑う3人。
僕が言い返そうとする前に、ククルが3人に告げた。
「………私は奴隷です。ご主人様を悪く言うのはご遠慮ください。」
顔を伏せ、やっと聞こえるくらいの小さな声。
胸の奥が熱くなってくる。
ククルにこんなこと言わせたこいつら、絶対に許さない。
「僕の大切な人の悪口言うの、やめてもらえますか?」
3人を睨みつけ、キッパリと言い放つ。
「ギャハハハ!兄ちゃんみたいな色男が、なんでブサイク奴隷を大切とか言ってんだ?なんだ、このブサイクとやったのか!?悪趣味な奴だな!」
………もういい、黙らせよう。
これ以上、ククルに嫌な思いをさせたくない。
「お前ら、頼むからもう喋るな。息が臭いんだよ。」
僕が煽った瞬間、最初に話しかけてきた奴が僕に飛びかかってきた。
僕は軽くいなして、内ポケットからカッターを取り出し、少しだけ刃を出して服だけを切り刻んだ。
スピードなら、僕に敵う相手はいない。
みるみるズタズタになる服。
飛びかかってきた奴の仲間も、呆然と見ているだけで動けない。
調子に乗った僕は、最終的には飛びかかってきた奴が全裸になるまで服を切り刻み、ニヤッと笑った。
「下に見て侮辱した相手に、ボロクソにされた気分はどうだい?教えてくれよ?」
「てめぇ!!冗談も通じねぇのか!?」
「あれって冗談だったのか?それにしちゃ、全く笑えなかったぞ?むしろ不愉快だ。冗談言うセンスもないなら、今後その臭い口を開くなッ!」
カッターの刃を全裸男に向けると、実力差を理解したのか、全裸男は後ずさって僕を睨んだ。
「くそっ、覚えてろよ!」
そのまま外へ飛び出していく全裸男を、同じテーブルにいた2人も追いかけて出ていく。
「……すみません、お騒がせしました。」
店内の雰囲気を悪くしてしまったので、ウェイトレスに謝罪と少し多めの金額を渡し、そのままククルと共に店を出ることにした。
「レイ様、凄くカッコよかったです!!ズババババッ!って切り刻んで、でも怪我はさせなくて!
あの店員さんも見惚れてましたよ!?」
顔を赤らめたククルが、キラキラした瞳で僕を見る。
飲食店ではカッコ悪い場面が多かったので、少しは挽回できて良かったのかもしれない。
まぁ、あいつらは許さないけど。
「あいつら、ククルをバカにしたからね。でも、ちょっと大人気なかったかな…。」
「私もレイ様が侮辱されて気分悪かったです!でも、レイ様がやっつけてくれたから気分良かったです!」
フフフ、ククルご機嫌だな。
頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「あの、レイ様、手が寒いので繋いでもよろしいでしょうか?」
「うん、日が落ちたら寒くなってきたもんね。帰ってお風呂で温まろうか?」
湿った学生服が、確実に僕の体温を奪っている。
痩せ我慢していたが、寄り道せずに早く帰ってお風呂に入りたい。
「はい!早く帰りましょう!」
寒くて震えそうでも、ククルの手はとても温かかった。