4.奴隷の少女
ロックさんに案内されて、僕は彼の商会を訪れていた。
地上3階の予想以上に立派な建物。
もしかしてロックさんって、凄い人なのかもしれない…。
ロックさんが商会の入口のドアを開くと、奥から従業員らしき人が出てきた。
頭の上に、犬のような耳がある女性だ。
獣人、というやつだろうか?
「いらっしゃ…あれ、若?おかえりなさいませ!エルザの街の支店に行ったんじゃありませんでしたっけ?」
「ただいま、メリダ。実は馬がスカイドラゴンに襲われてしまってね。」
ロックさんは、メリダと呼んだ従業員の女性に苦笑いしながら答えた。
「はぁぁぁぁ!?スカイドラゴン!?よく逃げられましたね!?」
「いや、倒したんだよ。」
「えっ、いつもの護衛パーティーがですか!?」
「いや、こちらのレイさんが倒してくださったんだよ。」
ロックさんは、後ろにいた僕に身体を向けて言った。
「ふぁぁぁ!?そうでしたか!若を救って頂き、ありがとうございます!」
ピョコンと頭を勢いよく下げたので、パタパタ揺れる尻尾までよく見えた。
「スカイドラゴンはウチに売って頂けることになったから、金貨300枚を用意してきてくれるかい?」
「はい、すぐに準備します!」
言い終えると、メリダさんはすぐに裏に引っ込んでしまった。
「まったく、確かに用意するよう言ったが、お客様にお茶を出す方が先だろうに…」
ロックさんは文句を言っていたが、顔は笑っている。
ロックさんの人柄が知れて、そして2人の良好な関係も見れて、僕まで笑顔になってしまった。
いつか、僕にもこんな関係を築けるような人ができるだろうか?
不安もあるが、僕は期待で胸が熱くなるのを感じていた。
ロックさんから金貨を受け取り、オススメの宿屋を聞いた僕は、街を探検しながら宿屋へ向かっていた。
街は石壁の家が並び、日本の祭りのような飲食系の露店が多い。
もちろん店舗を構えているところも多く、雑貨屋、鍛冶屋、飲食店、食材店や魔道具店、日本では見かけないような店舗も多々あった。
中でも驚いたのが…
「奴隷商…」
この世界には、奴隷が存在するのか。
店の前では、手枷をつけた女性が俯いて座り込んでいた。
着衣も、ボロボロな布に穴を開けて頭から被っただけの粗末な物のようだ。
虐げられて生きてきた僕にとって、この光景は嫌悪感が強い。
立ち去ろうとしたとき、建物の中から従業員らしき人物が出てきた。
「はぁ、やっぱり売れないな…。やっぱり、見た目が綺麗じゃないと買い手がつかないか…。この金額でも赤字だってのに売れ残りやがって…。」
従業員の言葉に、カッと顔が熱くなった。
あの娘は、昨日までの僕と同じだ。
「その娘、いくらです?」
従業員を睨みつけながら僕は言った。
「あぁ、お客さんでしたか。見た通り、器量が悪いので夜伽には向きませんが、一応処女でしてね。まだ15歳なので、家事等させれば長く使えると思いますよ?二世奴隷なので教育もバッチリですしね!売れ残りなので、金貨100枚でいかがです?」
こいつの言い方に、いちいち腹が立つ。
完全に物扱いだ。
彼女の気持ちなんて、一切考えていないんだろう。
「………買います。」
怒りで震える拳をきつく握りしめ、僕は貰ったばかりの金貨を100枚渡した。
「ありがとうございます!では手枷の鍵を外しておきますので、その間にこちらの奴隷譲渡書を確認しておいてくださいね!」
従業員から、1枚の紙を渡される。
内容を確認して、更に気分が悪くなった。
奴隷は主人の持ち物であり、奴隷の権利は一切認めないことを徹底して教え込まれていること。
主人は奴隷を長く使えるようにするために、三日に一度、最低限の食事を与えること。
罰を与えて死なせてしまったとしても、主人は罪に問われないこと。
……他にもあったが、続きを読む気分にはなれなかった。
「準備できましたよ!またのご来店、お待ちしてますねー!」
2度とくるか!
声には出さず、心の中で叫んだ。
一気に疲労が押し寄せた気分になり、街を散策するのはやめ、宿屋に向かうことにした。
「宿屋に向かおうと思うけど、必要な物があれば買おうと思ってるんだ。何かある?」
僕の後をついてくる少女に声をかける。
「あの…私は必要な物などないので、ご主人様の御都合を優先してください。」
少女は俯いたまま、悲しくなる答えを返してきた。
……やっぱり、この娘はこの世界の僕だ。
僕がこの世界で幸せになれるなら、彼女も同じくらい幸せにしたい。
全ての奴隷を解放するなんて無理だけど、せめて彼女くらいは。
「…………わかった、宿屋へ行こう。」
僕は、彼女と共に宿屋へと向かった
宿屋に着き、カウンターで料金を確認したところ、金貨1枚でも、しばらく宿泊できることがわかった。
資金は暫く余裕がありそうだ。
ほんと、ロックさんには感謝だな。
ロックさんからのオススメだけあって、宿屋の設備は悪くない。
風呂とトイレも部屋についているし、テーブル、ソファー、ベッド、どれもこの世界の文明レベルを考えると品質が良さそうだ。
彼女といろんな話をしたいと思いつつ、気持ちの整理をつけたいのと、よく考えたらトイレ掃除用のバケツの水を被ったままだったことを思い出し、ひとまずお風呂に入ることにした。
ついでに制服も洗ってしまおう。
「着いて早々に悪いんだけど、風呂に入ってくるよ。のんびり待っててね。」
「………かしこまりました。」
彼女は深く頭を下げた。
…お風呂から出たら、彼女に優しくしてあげよう。
美味しい物を食べ、可愛らしい洋服で着飾ってもらい、楽しい毎日を送ってもらいたい。
そう伝えよう。
服を脱ぎながらそんなことを考えていると、その服を半裸の僕の後ろにいた彼女が畳んでいた。
………なんでここに?
「………!!!??どどどしたの!?!?向こうで待ってていいよ!?」
「あの、お風呂に入ると伺ったので、ご一緒してお身体を洗うのをお手伝いするべきかと思いまして…」
「大丈夫!ホント大丈夫だから、向こうで待ってて!」
彼女を風呂場から追い出し、ため息を吐いてから気付いた。
「風呂の入れ方がわからない……」
結局、彼女に魔道風呂の使い方を教えてもらった。
その魔道風呂だが、実に素晴らしかった。
魔石に触れながら、お湯の温度と量をイメージするだけ。
それだけで、10秒ほどで快適な風呂が用意され、冷めることもないらしい。
風呂に関しては、現代日本よりもこちらのほうが上だった。
そんなこともあってか、先程までより気分は持ち直せた。
体操着に着替えた僕は洗った制服を干し、入れ替わりに彼女に風呂に入ってもらった。
同じ部屋で寝ることになるけど、変に意識しないようにしよう。
彼女に警戒されるようなことはしないように気をつけないとな。
風呂から出てきた彼女を見て、僕は固まった。
ダークブラウンで緩いウェーブのある肩下までの濡れた髪、アイドルグループのセンターにいても不自然でないほどの整った顔、少し痩せすぎではあるが、前の世界なら話しかけるのもはばかられる程の美少女だった。
でも、一番の問題はそれじゃなかった。
僕の前に立っていたのは、真っ赤な顔をした全裸の少女だった。
見ちゃいけない!
頭でそう理解したときには、既にマジマジと見てしまった後で。
そこでようやく、彼女の着る物を準備していなかった事に気付いた。
お風呂で綺麗になったあとに、汚いボロ布を着るわけにもいかなかったのだろう。
自分の配慮の足りなさに、本当に申し訳なくなる。
「ごめん!何か着られる物を準備する!」
たしか、バックパックにダッフルコートがあったはず…
とりあえず、それを着てもらおう。
「あの、伽を先にするのならば、服はなくても…」
「なんで!?しないよ!?」
「では、夜に寝る前でしょうか?それでしたら、私は部屋から出ませんから、このままの格好でも…」
「夜もしないよ!?」
「えっと、伽をするから奴隷の私をお風呂にいれさせて頂いたのでは…」
「違います!」
「申し訳ございませんでした…。それでは、私の体臭が酷かったでしょうか…?」
「嗅いでないけど、たぶん問題ありません!」
「………あの、私が醜いから、伽を拒まれるのですか?」
「違います!魅力的すぎて、目の遣り場に困るんです!」
「………ご主人様、お望みでしたら、私の頭に布を巻き付けて、顔を見えないようにしてお楽しみ頂けば…」
「だから違いますってば!君はとても綺麗です!でも、そういう目的で君を買ったんじゃないんだ!早くこれを着て!」
彼女にダッフルコートを押し付ける。
彼女は素直に着てくれたが、僕のダッフルコートを、こんな美少女が着てるとか…しかも、その下には何も着てないとか…なんというか、ありがとうございます。
ダメだ、意識しないよう、違う話をしよう!
「…さて、まずは自己紹介だね。僕のことはレイって呼んで欲しい。遠い国からきたばかりで、いろいろ常識がないから知ってることはなんでも教えて欲しい。それと、僕が生まれた国では奴隷制度が無かったんだ。だから奴隷制度に抵抗があるので、君のことは友人として扱うよ。できれば、君も友人として僕を見てくれると嬉しい。」
「奴隷制度に抵抗あるのに、なぜ私を買われたのかお聞きしてもよろしいですか?」
「………奴隷商の男が、君を物扱いしていたのが嫌だったんだ。僕も以前、奴隷ではないものの、酷い扱いを受けていたことがある。全ての奴隷を解放することは僕には無理だけど、せめて君1人でも救うことができるならと考えたんだ。」
「なるほど…。お優しいのですね。」
そんなんじゃない。
ただ、自分と重ねてしまっただけなんだ…。
「……じゃ、次は君のことを教えてもらえるかな?」
「はい。私のことはククルとお呼びください。私が産まれてすぐ、両親が犯罪を犯したために、私も一緒に奴隷となりました。夜伽の経験はありませんが、知識はあります。ご必要ならお声掛け下さい。あとは、簡単な料理や掃除などの家事をお任せ下さい。」
……色々と言いたいことはあるが、彼女自身には罪はないということなのか?
「両親の罪で、ククルも奴隷になってしまうの?」
「はい。母は母乳の出が悪かったため、私のミルクを買う為に両親は窃盗を繰り返していたそうです。そして、窃盗がバレて追い駆けられたときに、誤って人を殺してしまったと聞きました。」
ククルは顔を伏せて、辛そうに語った。
「それなら、やはりククルには罪はないんじゃないの?」
「そうなのかもしれませんが、両親が犯罪を犯した場合には、子供も罪に問われるのが決まりです。親が子供まで罪人にしたくないから、と思いとどまらせるためにそう決められたと聞きました。」
……なるほど。
そういえば、奴隷商が二世奴隷と言っていたな。
納得はできないが、理由はちゃんとあるんだな。
あと、どうしても気になったことを聞いておこう。
「ククルは、なんで夜伽にこだわるのかな?興味があるの?」
僕みたいなコミュ障童貞男が、こんな美少女にエッチなことを誘われるってのは、とても危険だ。
今だって、さっきの全裸を思い出すと理性が砕け散りそうなのだから。
「奴隷商の方から、そうするように教えられました。ご主人様の情が湧いて、扱いが良くなるそうです。」
………これも納得できないが、間違ってもいないのかもしれない。
「ご主人様……レイ様が私を求めないのは、やはり私が醜いからでしょうか?」
「違うよ。ククルは綺麗だよ。僕が君を求めないのは、後々、ククルに後悔してほしくないからだよ。」
「私は、レイ様が喜んで頂けるなら…」
「ククルに本当に好きな人ができたときのために、初めてはとっておくといいよ。」
僕は、笑ってククルの頭を撫でた。