3.人との縁
「助太刀ありがとよ。俺の名前はライル、パーティーリーダーをしている。商隊の護衛の最中だったが、こんなところでスカイドラゴンに遭遇するとはな…。戦闘中に獲物を横取りするのはマナー違反だが、スカイドラゴンが相手となると、俺達だけじゃ勝てなかったろうから助かったぜ。倒したのはアンタだからスカイドラゴンはアンタの好きにしてくれ。 」
僕は素直に礼を言って、彼から差し出された手を握った。
ライルと名乗った人物は、大きな剣と、恐らく何かの皮でできた鎧を着た、見た感じ20代前半の青年だ。
「それと、ウチのメンバーの弓使いのワズ、神聖魔法使いのリロだ。俺は前衛で剣を使っている。
あんたは見たところ騎士のようだが、黒い騎士服ってのは初めて見るな?」
ワズと呼ばれた弓を持った大人しそうな青年と、リロと呼ばれた杖を持つポニーテールの少女が僕に会釈した。
学ランって、騎士服に見えるのだろうか…?
でも、言われてみればそんな気もしなくもない。
とりあえず自己紹介を返さなくては、と思い、そして困ってしまった。
どこまで事情を話して大丈夫だろう?
嘘を吐くと、収拾がつかなくなるかもしれない。
となると、ある程度濁して乗り切るほうがいいだろう。
「えーと、僕のことはレイと呼んで下さい。騎士…とかではないですね。遥か彼方の国から来ました。この辺りのことはよくわからないので、とりあえず街を目指しているところです。」
「ブハハハハハ!お前、メチャクチャ怪しいな!なんだ、『遙か彼方の国』って!?」
…上手い事言ったと思ったのだが、笑われてしまった。
「怪しさ満点だが、命の恩人には違いないからな。話せない理由でもあんだろ?野暮なことは言わねぇよ。」
ライルはニカッと笑って言った。
良かった、なんとか乗り切れた…。
「あの、質問あるんだけどいいかな?」
ライルの後ろにいたリロが話しかけてきた。
「スカイドラゴンを倒したのって、魔法よね?何かが物凄いスピードで頭部を粉砕したのは見たけど、投擲であんな威力はありえないし…。でも、あんな魔法は見たことないわ。」
「………えっと、魔法ではありません。秘密ってことで、納得して頂けませんか?」
「……そうよね。会ったばかりで手の内をさらけ出す訳ないものね。ごめん、私が考え無しだったわ。」
そっか、やっぱり、あれは異常なんだ…。
「…あと、あなた特定の彼女とかって、その、いるのかしら?」
「えっ!?いえ、今まで特定の女性とお付き合いとかはありませんけど…。」
動揺して答えると、顔を赤らめたリロは嬉しそうに笑った。
「そうなのね!よかったら、あの、私が帰ったら、一緒に食事でも…」
「レイ、注意しろよ?一服盛られて責任とれとか言われるかもしんねーぞ?ぐぁッ!?」
ボソッと言ったライルの後頭部に杖をフルスイングしたリロは、キラキラした目で僕の返事を待っている。
フフフ、僕は知っている。
これは社交辞令というやつだ。
異性として誘われたと勘違いすると、死ぬほど恥ずかしいアレだろう。
「お誘いありがとうございます。では、今度都合の合う時にでも、皆さんとご一緒させて下さい。」
完璧な受け答え!
のはずだけど、リロの目から生気が消え、ライルとワズはゲラゲラ笑ってた。
………あれ?
何か間違えたか?と思ったところで、ワズからも質問がきた。
「俺も気になったことがあるんだが…レイ、武器はないのか?お前が強いのは疑ってないが、丸腰は不用心じゃないか?」
…痛いところを突かれた。
魔物のいるとこに、丸腰ってありえないよな…。
カッターはあるけど、あれで魔物と戦うとか、頭おかしいと思われるだろうな…。
とはいえ、他に武器もないし、正直に話して呆れられよう…。
「武器は、これを使っています。」
刃を仕舞った状態のカッターを見せる。
「随分と小さいが、これはなんだ?」
ライルが不思議そうにカッターを見る。
「えーと、仕込みナイフ、ですかね?」
チキチキと刃を出し、近くにあった草を薙ぐと、3人が目を見開いた。
「…なるほど。しかし、そんな秘密まで話してしまって良かったのか?お前が、その、暗殺者だったとしても、俺達は態度を変えるつもりはないが…。」
なんで暗殺者!?
「いや、そんな物騒なことしたことないですよ!?」
「いや、そうは言ってもよ…。胡散臭い自己紹介、闇に溶け込む黒い騎士服、ドラゴンさえ一撃で倒す正体不明の遠距離狙撃攻撃、そして武器が仕込みナイフって…。どこぞの国直属の暗殺者とかしか考えられないんだが…。」
たしかに!!
国の暗部組織所属とか言われても納得する!!
「………えっと、怪しいのは自覚しましたが、人に危害を加えるつもりはありません。確かに話せないことも多々あるんですが…」
必死で言い訳していると、3人が堪えきれずに笑いだした。
「まぁ、暗殺を生業にする奴が、自分から暗器をバラす訳ないからな。信用するよ。さっきも言ったろ?お前は命の恩人だからな!これ以上詮索しねぇよ!」
…助かった。
後で自己紹介するときのテンプレを考えようと、密かに思ったのだった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした。私はこの先にあるラリオスの街で商いをしているロックです。馬を失ったことは痛手ですが、この出会いを得る機会になったと思えば安いものでしょう。あなたのような凄腕の方と知り合う機会など、地方都市に居を構える私には、滅多にありませんからね。」
ライル達と一通りの挨拶を終えた後、彼等の雇い主から挨拶をして頂いた。
べた褒めすぎる。
そういうの、免疫ないから程々にしてほしい…。
恥ずかしくて顔が上げられない…。
「ありがとうございます。僕のことは、レイと呼んで下さい。まだまだ修行中なので至らない点もありますが、今後も仲良くして頂く機会があると嬉しいです。」
生活に必要な物も、少しずつ揃えなければいけないだろう。
買い物するときは、ロックさんのお店を頼らせてもらうのが良さそうだ。
知り合いなら、足元見られたりしないだろうしね。
なにせ、この世界の金銭感覚が全くないのだ。
少しずつ勉強させてもらおうと、こっそり考えていた。
「ところでレイ様、スカイドラゴンの死体の販売先はお決まりでしょうか?」
…さっきライルから所有権を貰ったけど、やっぱりこれ売れるのか?
ゲームなんかだと素材が売れたりするが、ここでも売れそうで安心した。
もちろん相場なんて知らないので、ロックさんに引き取りできないか聞くと、あっさり引受けてくれた。
「金額なんですけど、この辺りでの相場がわからないので、ロックさんの提示する金額で構いません。宜しくお願いします。」
「かしこまりました。頭部がないのは惜しいですが、他の部分には傷のない1級品です。金貨300枚でいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。宜しくお願いします。」
良かった、とりあえず現金が手に入る。
お腹も空いてきたし、野宿も魔物がいる場所では怖い。
どれくらいの価値があるかはわからないが、数日くらいはなんとかなる金額だと嬉しいのだが…。
大きなドラゴンだとしても、素材に需要がなければ高額にはならないだろう。
無駄遣いせず、暫くは節約しようと僕は心に誓った。
みんなで話し合った結果、ロックさんは一度街まで戻り、スカイドラゴンに殺された馬の代わりの馬を連れてくることとなった。
スカイドラゴンは大きすぎて運べないので、街で運搬用の馬車を雇い、一緒にここまで戻って来るそうだ。
僕も街まで一緒に向かい、そこでスカイドラゴン売却の金額を頂けることに決まった。
ライル達は、馬車の荷物とスカイドラゴンの死体が盗難されないようにここに残ってロックさんを待つこととなり、戻って来たらロックさんと当初予定していた街まで移動。
ロックさんと共に来る運搬用馬車は、スカイドラゴンを積み込んだら、再び街まで戻ることとなった。
4人共、本拠地はこの先のラリオスの街らしいので、また後で顔を合わせることもあるだろう。
ライル達とは再会を約束して、僕はロックさんとラリオスの街へと向かった。
ラリオスの街へは1時間程で到着した。
街は周囲を防壁で囲まれ、出入りには決まった場所に行かないといけないようだ。
ロックさんと出入り口の1つを訪れ、門番さんに挨拶する。
「ロックさん、もう帰ってきたのか?」
「いえ、先程スカイドラゴンに襲われましてね。」
「なにっ!?スカイドラゴンはどこに!?」
「あぁ、この彼が倒してくれたんですよ。」
「こいつが…?あんたは、ロックさんの知り合いか?」
門番さんが僕を見て言った。
「はい。といっても、つい先程知り合ったばかりですが…」
「ふむ…騎士なのか?」
「騎士ではありませんし、誰かに仕えているわけでもありません。ニホンという遠い国出身で、旅をしているんです。」
嘘は言ってない。
………怪しいとは思うけれど。
「ほぅ…聞いたことのない国だな?まぁいい、ロックさんの知り合いなら大丈夫だと思うが、決まりなんで協力頼むぞ。そこの水晶に手を乗せてくれ。」
水晶…?
目の前にある、子供の頭くらいの大きさの球型の透明な玉、恐らくこれだろう。
片手を乗せたが、特に何も起こらない。
「じゃ、質問していくぞー?殺人、窃盗、強姦をしたことはあるか?」
「ありません…。」
なんて質問だ!?と思ったが、水晶が青く光ったのを見て理解した。
なるほど、これは嘘発見器なのか。
「次の質問だ。この街へは、犯罪目的で入るのか?」
「いいえ。」
再び青く光る水晶。
「他の街で犯罪を犯したことはあるか?」
「いいえ。」
「以前に指名手配されたことはあるか?」
「いいえ。」
水晶は青く光り続けている。
「最後の質問だ。女の子とエッチなことしたいか?」
え!?
その答え、街へ入るのに必要なことなのだろうか…?
「………あの………興味は………ですけど、その……無理矢理とかじゃなく………」
相変わらず、水晶は青く光り続けている。
真っ赤な顔をしている僕とは対照的に。
「ガハハハハ!!最後の質問は冗談だ!相手の同意があるなら自由にしろ!ただし、無理矢理は犯罪だからな!行っていいぞ!」
よかった、冗談か…。
でも、冗談を言い合える関係って、ちょっと憧れてたから嬉しかったりもする。
これまで出会った人はいい人ばかりだし、この世界に来てからは容姿で蔑まれたりしない。
でも、いいことばかりが続くと、その後に悪いことが立て続けに起きたりする。
そう思いつつも、僕は今のこの気持ちに頬を緩めた。