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2.異世界の日常

が付くと、僕は線路に飛び込んだときと同じ格好で立っていた。

どうやら、無事に転移できたらしい。

周囲360度には、膝丈の草と荒れ地が地平線の彼方まで続いていた。

季節があるのかはわからないが、前の世界より気温は高く感じる。

一通り周囲の状況を確認したあと、僕はため息を吐いて途方に暮れた。

……どの方角に行けばいいんだろう?

目指すような建造物、水場、人影は見つからない。

下手すると、いきなり遭難…?

アウトドアの知識もあまりないし、考え無しの行動はしないほうがいいかもしれない。

とりあえず、自分の持ち物を確認しておくことにした。

まず服装、ダッフルコートの下に学ラン、ワイシャツとTシャツ、パンツと靴下、スニーカーと手袋そしてベルト。

左手首には腕時計、ポケットの中には財布とスマートフォン、そして生徒手帳があった。

バックパックの中には、ペンケース、体操着、ハンカチとティッシュ、宿題の出ていた数学の教科書とノート、ペットボトルのお茶。

確認を終えて、バックパックの中に脱いだダッフルコートと手袋を押し込みながら考える。

周囲の見通しはよく、他の生物は確認できない。

しかし、この世界には魔物がいるはず。

武器になりそうな物を考え、ペンケースの中のカッターを武器代わりにすることにした。

心許ないが無いよりマシだろう。

他に使えそうな物…、そうだ、スマートフォンの地図アプリを起動すれば、もしかしたら地図は使い物にならなくても方位くらい確認することができるかもしれない。

試しに起動してみると、方位の確認どころか地図もこの世界のものになっているようだった。

GPS衛星なんてあるわけないので、おそらく神様のおかげなのだろう。

電池や電波の表示はあるものの、転移前の状態が維持されているのか、暫く地図アプリを使って確認したにも関わらず電池が減ることはなく、何故か電波もフルに立っている。

心の中でレティシア様にお礼を言って、一番近くにある街を目的地に設定して向かってみることにした。


ナビの特徴として、ルートから外れている場合、まずルートに戻そうと案内が始まる。

それは、この世界のナビでも同じようだった。

少し悩んだが、まずはナビに従い、正規ルートを目指すことにした。

遠回りになるかもしれないが、地形などで通行できない箇所があるかもしれない。

しかし、正規ルートならば、そういった心配はほぼないだろう。

ナビに表示された道程は10kmほどなので、神様にお願いした逃げ足の速さを確認しながら進むのにも丁度いいだろう。


地面を踏みしめ、推進力に変えるべく蹴る。

そして驚愕した。

ボッ!という音と共に、景色が一瞬で流れた。

なんだこれ!?

人間の走るスピードじゃない!?

一瞬で正規ルートであるはずの道を通り過ぎてしまったので、ナビで現在地を確認する。

…500mほど通り過ぎてる。

この世界には、このスピードで逃げないと追いつかれる魔物がいるってことなのか?

そう考えた途端、不安が押し寄せた。

不安に押し潰されそうになりながらも、深呼吸をして落ち着けと心の中で繰り返した。

少なくとも、このスピードなら逃げることは可能なはずなんだ。

不意打ちにも、危険察知能力で対応できるはず。

幸い、ここは見通しがいいので、スピードに慣れるためにも、少し走り込んでみよう。


「よし、そろそろ行くか!」

全力疾走でなければ、ほぼ問題無く走れるようになった。

全力疾走したときでも足が縺れたりはしないので、緊急事態のときには全力で切り抜けよう。

ちなみに、全力疾走をナビで確認したところ、およそ秒速1kmだった。

このスピードでないと逃げられないとなると、相手を視認した時点でほぼ間に合わないんじゃないかと思う。

危険察知能力は未確認だが、そちらに頼らせてもらうしかないだろう。

確認と練習も済んだので、少しでも安全を確保するために街を目指そう。

この調子なら、すぐに着くだろうし。


道を歩きながら、これからどうしようか考える。

街に着いたら、働かなくてはいけないだろう。

これまでアルバイトをしたことはないし、やってみたいことも特にない。

足の速さを活かして、配達業とか向いてるだろうか?

そんなことを考えていると、進行方向に馬車の一団を見つけた。

こちらの世界で初めての人類との遭遇だ。

向こうもこちらに気付いたようで、警戒しながら様子をみている。

とりあえず失礼だけはないように、そしてこちらに害意がないことをアピールするために、両手を挙げて声をかけようとした瞬間に、それは起こった。


突然、上空から急降下してきた巨大な青い竜が馬を押さえつけ、首を食い千切った。

パニックになる馬車の一団。

なにあれ!?

この世界、あんなことが日常なの!?

あの一団、大丈夫なの!?

硬直してしまった僕とは違い、一団からは武器を持った人達が竜に飛びかかった。

が、一太刀浴びせることもできず、尻尾で吹き飛ばされてしまう。

…これ、不味い状況だよな?

竜が馬だけで満足するとは限らない。

そう思ったからこそ、剣を持った人達は竜に立ち向かったのだろう。

まだ挨拶すら交わしてない人達だが、見て見ぬ振りをすることなんて僕にはできない。

覚悟を決めろ。

僕が竜の注意を引き、みんなを避難させるんだ。

注意を引いたら少しずつここから離れ、一団が見えない位置まで来たら全力で逃げるんだ!

やってやる!

もう虐げられるだけの僕じゃない!

自分のできることをやるんだ!

「僕が注意を引きます!皆さんは逃げる準備を!」

僕は駆け寄りながら、拳ほどの大きさの石を拾った。

「お前の相手はこっちだ!」

叫びながら、拾った石を力いっぱい竜に向かって投げた。

石は視認することが不可能なほどのスピードで一直線に竜に向かい、ドンッ!という大きな音と共に、頭部を粉砕した。

………えっ?

なんだこれ!?

こんな能力は心当たりがないぞ!?

身に覚えがない異常な力とその結果に、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。


だが、それは僕だけの話で。

一団の皆は、絶叫に近い歓声をあげて駆け寄り、僕を揉みくちゃにした。

初めての経験だらけで、正直脳がパンクしそうだ。

でも、初めて他人に喜んでもらえたのが嬉しすぎて。

肩を叩かれて迎えられたのが嬉しすぎて。

恐怖や不安ではなく身体が震えるのを、僕は初めて体感した。


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