平行世界の自分に合って一緒に飲みする話
「はぁ〜......ようやく仕事終わったぁ」
夜の十一時を回る頃、俺は自分しか残っていない職場でポツリと呟いた。
俺の名前は津川翔紀。今年で二十六歳になる。
この会社に入社して四年目になるが、未だに業務を効率良くこなすことが出来ないでいる。
俺は仕事を切り上げ、タイムカードを切って会社を後にした。
「はぁ。毎日、毎日......何だかつまんねぇな」
電車の音や人々が話している声が耳障りな雑音のようである。
俺は就活時代に地元の公務員試験と並行して、親に内緒で東京で就活していた。
親の勧めで公務員試験を受けていたのだが、俺は狭い人間関係で形成される地元が嫌で嫌で仕方なかったのである。
一応は公務員試験も合格したのだが、親の反対を押し切り今の会社に就職することにした。
上京当初はとても楽しかった。東京でのおしゃれなカフェ、面白いスポットを巡り歩いた。
しかし、仕事が忙しくなってくると東京での日々も段々と楽しさを見出せなくなり、時間に追われる毎日を過ごすようになった。
家賃6万円の一人暮らし用のアパートに帰宅し、本能的にパソコンを開いた。
『小説をかこう』という小説投稿サイトにアクセスし、マイページにアクセスする。
最後に投稿した小説は二年前に書いた短編小説であった。
「そういや、もう長らく小説書いてねぇな......」
就職が決まった後、趣味で小説を書いていたのだが二年前から仕事の忙しさを言い訳に小説書くのをやめてしまっていた。
あらゆる展開と脳内に膨れ上がるキャラクターを自由気ままに動かすのが好きで堪らなかったのに今の俺は全く書けなくなっている。
「あーーー、もう死にたい!」
俺はどうにも未来に希望を持つことが出来ない。
今の年収は三百万程度で俺一人で暮らすのがやっとだ。
このまま彼女も出来ずに死ぬのかと考えると死にたくなる。
やはり俺は選択を誤ったのだろうか。
もしもあの時、地元で公務員になるという選択肢を選んでいたらそれなりに幸せな生活を歩むことが出来たかもしれない。
『もしもの世界』というのがあるのなら、もう一人の自分がどうしているのか見てみたいものである。
「ん.....な、なんだ?」
ふと自分の隣に光り輝く扉が現れた。
一瞬、幻覚でも見ているんじゃないかと思った。椅子から立ち上がり、恐る恐るドアノブに手を掛ける。
ゆっくりと捻り、力を込めて手前に引くと『ギィ』と音を立てて扉が開いた。
眩い光に思わず目を瞑り、目を開けると見知らぬ部屋にいた。
その部屋は俺が住んでいる部屋よりも広く、大型テレビやデスクトップ型のパソコンなど今の俺では到底買うことが出来ない家具や家電が置かれている。
部屋には布団に蹲り、『う.....う.....』嗚咽を漏らして泣いている男性がいた。
「あ、あの.....えーと」
状況が全く読めない俺はひとまず泣いている男性に話しかけた。男性は「へ?」と呟き、顔を上げた。
俺はその男性の顔を見て驚愕した。
「「え、えーーーー!?」」
そう同じだったのだ。自分の顔と。
ドッペルゲンガーかと疑うレベルで似ていた。生き別れの兄弟とかだろうか。いや、まさかな。
「だ、誰だお前?」
「津川翔紀だ。お前は?」
俺は名前を答え、自分と同じ顔の男性に名前を訊いた。
「お、俺も津川翔紀だ.....」
やはり目の前にいる自分も俺ということか。考えるに『もしもの世界』とやらに辿り着いたということか?
「そうか。なぁ、ここはどこなんだ?」
「えっと、ここは.....」
もう一人の自分から今いる場所を訊いた。どうやらここは俺の地元のようである。
やはり、俺は平行世界にやってきてしまったようである。
平行世界とは元の世界とは異なる世界、簡単に言えば『もしもの世界』である。
ちなみに『小説をかこう』でおなじみの異世界とは似て非なるものである。
「そうか。俺はさっきまで自分の部屋にいたんだ。東京のな」
「東京? お前、東京で働いてるのか?」
「え、そうだけど.....」
もう一人の自分は何故か目を輝かせた。何をそんなにワクワクしているのだろうか。
「マジかー! いいなぁ、東京って。メチャクチャ楽しいんだろ? ヘラヘラ超会議とかコミックエチケットとかさ。俺もやっぱり東京で働けば良かったなぁ.....」
安易に東京で働けば良かったなどと言うもう一人の自分に腹が立った。こちとら毎日、身を削るような思いで働いているのである。
楽しいことばかりだと思われるだなんてあまりに心外だ。
「そんな楽しいことばかりじゃないんだぞ! 上司はクソ。クライアントは俺のことなんて人間扱いしていないし、残業だってザラにあるし。それにクソみたいな給料だから彼女なんて到底作れそうにないし.....」
つい声を荒げてしまった。もう一人の自分は申しわけなさそうに顔を俯く。
「そ、そうだよな.....お前も大変だったんだよな。東京で働いてるってことはさ、親とめっちゃ揉めたんだろ?」
「まぁな。もう二度と帰ってくるなって言われたよ」
上京して以来、親とは連絡を取っていない。果たして親は元気にしているだろうか。
気にはなるものの、こちらから連絡する気にはなれない。
「そうか。俺はまぁ親とはそれなりにうまくいってるんだけどさ.....俺の親が原因で彼女と別れたんだよ。それでさっきまで大泣きしてたんだ」
「俺の親が原因? どういうことだ?」
「ほら、俺って長男だろ? 相手が長女で一人っ子の家でさ。婿養子になるんだったら絶対に結婚はするなって言われたんだ.....」
俺は状況を察した。俺の親はそのことについて、とてもうるさいのである。
この令和の時代に長男は家を継ぎ、親の近くで面倒を見るものと考えている。
「そっか。お前も辛かったんだな。なぁ、飲みに行かないか? 『俺』同士でさ」
「お、いいねー。いくか」
もう一人の自分と共に近くに居酒屋に入った。二人用のテーブル席に座り、まずは生ビールを注文する。
「よし、まずはもう一人の自分に出会えたことに、乾杯!」
「乾杯!」
グラスとグラスがぶつかり合う音が響く。グイッと生ビールを流し込むと酔いが回ってきた。
ビールの後には地元の美味しい料理を嗜み、これまでの社会人生活を赤裸々に語り合う。
「東京での生活ってマジで金が掛かるんだよな。家賃に食費に.....マジ東京の物価下がって欲しいわ」
「そっかぁ。俺も公務員になってから何だかんだ色んなことがあったな。彼女と大ゲンカしたり、上司にクソ怒られて仕事辞めたくなったり.....けど、一番は彼女と別れたことがキツイかな」
もう一人の自分の目からポツポツと涙が溢れていた。これまで独身だった自分に失恋した時の苦しみを理解するのは難しいが、かなりしんどいということは何となく分かる。
「そうか。そうだよな.....」
もう一人の自分は手の甲で涙を拭った。
「けど、ま。これからは一人の時間を楽しむよ。とりあえず、小説で賞取るのを目指そうかな」
「え、お前。まだ書いてるのか?」
驚きであった。今の俺は全く書けていないというのに。仕事もしていて、彼女もいて、さらには小説を書いていたのか。
すごいな、こいつは。同じ俺なのに、今の俺とは大違いだ。
「まぁな。ちょくちょくだけど.....お前は書いてないのか?」
「書いてない。忙しくて書けてなかった。いや.....それは言い訳かもな」
俺は自嘲気味に笑った。日々の生活に忙殺され、どこか自分自身を見失いかけていた。
どうして自分が上京したいと思ったか、もう一度思い出し、今後どう生きたいか考えていきたい。
「ま、お前もさ。また書こうぜ小説」
「うん、俺もまた書くよ。東京で体験した出来事を作品にぶつける。どっちが先にデビューできるか勝負しようぜ!」
「おう! いいぞ!」
俺ともう一人の自分は好きな漫画やアニメ、小説について話しだした。
もう一人の自分は俺よりもたくさんの作品に触れているようで、その知識の量に驚かされた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
お酒を飲みすぎた俺はトイレに行き、扉のドアを開けた。
トイレに中に入ると俺はいつの間にか自分の部屋に戻っていた。
さっきまで確かにお酒を飲んでいたと思うのだが、全く酔っていなかった。
やはりさっきのは夢だったのだろうか。
俺は椅子に座り、新規小説作成のボタンを押す。
長らく小説を書いていないのでひとまず新しい短編小説でも書くことに決めた。
「タイトルはそうだな.....平行世界の自分に合って一緒に飲みする話っと」




