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117話 娘だけは

「くくく……。楽しみだねぇ、レスティちゃーん」


「うっ……」


 奴隷商は、猫獣人の奴隷候補レスティとその母親を連れて、地下室へとやってきた。

 ここならば、思う存分好き勝手できると考えたからだ。


「ひぃっ!?」


 レスティが思わず悲鳴を上げる。

 その地下室には、怪しげな器具が並んでいたからだ。

 明らかに人を苦しめることを目的に作られた拷問器具の他、使い方がよく分からない器具もある。

 それが余計に、レスティの恐怖を増大させた。


「お、お願いします。私はどうなっても構いませんから、娘だけは……許してあげてください」


「母さん!? 何言ってんだよ、ダメだってば!」


 母親は、娘のために自分の身を捧げる覚悟だ。

 奴隷商はニヤリと笑う。


「良いだろう。貴様が試練を乗り越えることができたら、娘だけは解放しようじゃないか」


「本当ですか?」


「本当だとも。約束するよ。ただし……」


 そこで言葉を切って、再び嫌らしく笑ってみせる。


「もしもクリアできなかった時には、二人で儂に奉仕してもらうがなぁ?」


「……はい、分かりました」


「ああっ、母さん、待ってって!」


 レスティが止める。

 母親を信じていないわけではないし、自分が危機に陥ることも覚悟はしている。

 だが、この男が言う試練とやらを乗り越えたところで、約束が守られる保証などどこにもないのだ。

 そう考えると、母親の行動が心配でならなかった。


「大丈夫よ、お母さんに任せなさい」


「でもっ……」


「それより、今は生き残ることを最優先にしなさい。私のことは気にしなくていいから――」


「ッ! 分かったよ」


 母の気持ちを無駄にしないためにも、レスティは泣くのを必死に堪えた。


「それでは、始めよう」


 奴隷商が合図する。

 すると、彼の部下が何やら怪しげな道具を持ってきた。

 それは、注射器のような見た目をしていた。


「ひっ……。そ、その針はいったい何を?」


「安心しろ。これは毒ではない」


 奴隷商にとって、レスティとその母親は一種の財産だ。

 辺境の村からさらってきたので狭義の仕入れ値はゼロである。

 だが、さらうための人手、さらった後の食費、万が一帝都の騎士団に嗅ぎつけられた場合のリスクなど……。

 総合的に見れば、それなりのコストを払っている。

 レスティたちをいたぶるためだけに、毒を盛るような真似はしない。


「この薬液には、少し特殊な使い方があるのだよ」


「特殊な使い方ですか……?」


「くくく。すぐに体験させてやろう」


 奴隷商は笑みを浮かべながら、レスティの母親の腕を掴んだのだった。

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