リボンと騎士・後
こうして二人は幸せになりました。めでたし、めでたし。
クリスタニア王国では、ロックがポラス公爵家のシルバーを殺そうとして失敗、モンスターに襲われて死んだ、とザービの雇った密偵たちが国王に報告していた。図らずもザービが予想した通りになったわけだが金で寝返ったのではない。人を人とも思わぬ、他人を踏みつけにしても当然という性根にほとほと嫌気がさしたのだ。
彼らはまずポラス公爵家にザービとロックの企みを密告し、それをもって家族の寛恕を願い出た。
ポラス公爵は王国乗っ取りの全容にさすがに自分だけで処理はできないと国王に報告し、密偵たちが王城へ呼び出されたのである。
当然大騒ぎになった。
ザービの元に憲兵騎士団が身柄確保のため急行し緊急逮捕。ザービは罪状を認めず、ロックの死に動揺すらせず、ひたすら息子に責任を押し付ける罵倒を繰り返した。
密偵は雇われたとはいえ悪事の実行犯だったことから無罪とはいかなかった。彼らは平民で、陥れようとした相手は貴族。当然罪は重くなる。しかしザービの悪事を証拠付きで証言した功労者でもあった。
結果、密偵たちは死罪。ただし家族への連座はまぬがれ辺境開拓民としての強制労働という、保護観察処分が下った。強制労働というのは何もない辺境で開拓しなければ生きていけないだけで、住居と土地が保証されている。罪人の家族、ではなく開拓民として扱われるのだ。しかも王都の噂など伝わってこない。恩情といえるだろう。
国王に感謝し王女の無事を祈りながら刑に処された密偵とは違い、ザービは醜悪であった。彼は国王に向かって王位を奪った簒奪者、自分が王になるはずだったと叫び、裏切った密偵と役立たずの息子を罵りながら首を刎ねられた。
国を脅かした悪い大臣がいなくなり、これにて一件落着。とはならなかった。肝心の王女が見つからないのである。
王女の無事を祈る人々に、王と王妃は「実は王女じゃなくて、王子です」と言いだせずにいた。
ここまで大事になってしまっては、王女死亡と発表して王子はよそに匿って育てられていた、とするしかない。が、それも、本人がいなくては話にもならないのだ。
ではその本人であるジェイドだが、現在悩み中だった。
「ヴィーが可愛く見えるなんて……私は男ですのに」
どう見てもか弱い美少女にしかみえない憂い顔でため息を吐く。定宿にしている南地区の宿屋のベッドで、ジェイドは悶々としていた。
シルヴィアとのパーティはギルドが予想した通りエースと称されるようになっていた。
証明のダンジョンを踏破し、一階層のフロア・オブ・エネミーは他のパーティとの連合でなら討伐が可能になるほど成長した。フロア・オブ・エネミーがドロップするアイテムは貴重なものが多く、庭付き一戸建てをぽんと買えるくらいには稼いでいる。
シルヴィアと出会って、世界が広がった。その感謝もあるが、シルヴィアが時々見せる繊細な仕草ややさしい眼差し、ジェイドを見つけてぱっと花開く笑顔、名前を呼ぶ声のすべてが愛おしくてたまらない。そんな自分にジェイドは戸惑うばかりだった。
もしや自分はそっちだったのか!? と思ったがそう感じるのはシルヴィアだけ。他の男、美形と言われてちやほやされている男を見てもそんな気持ちにならなかった。
「これが……恋?」
好きになった人がたまたま同性だっただけ、なんてどこかにありそうな恋愛小説のようなことを思いながらジェイドは窓の外を眺めた。東地区の明かりはまだちらちらと灯っている。
王子だとばれないように人付き合いは最低限。王城では常に気を張って色恋などやっている場合ではなかったジェイドは恋を知らなかった。いまだにジェイドを少女だと信じているギルドの冒険者たちに相談もできない。こんなことを相談すればあのお節介な人たちのことだ、結婚式まで一足飛びに進んでしまう。一人、ベッドで悩むしかなかった。
「本当は男だって知られたら……ヴィーは気持ち悪いと思うよね……」
ロックに襲われかけたジェイドは男がそういう雰囲気を出すのがトラウマだ。あれを思い出すと男を相手にどうこうなんて、想像するだけで鳥肌モノである。
パーティを解散して別の町に行くことも考えた。そうするのがきっと一番良い。ジェイドもシルヴィアも傷つかず、綺麗な思い出で別れられるだろう。
けれど、この想いを抱えたままでいるのはつらすぎた。せめて告白だけでもしたい。でも嫌われるのが怖い。今の関係を壊したくなかった。
「ヴィーが女の子だったら良かったのに」
こんなことを考えてしまう自分が一番嫌だ。シルヴィアの誇りを自分が穢している気分になり、ジェイドは固い枕に顔を埋めた。
ジェイドの想い人であるシルヴィアもまた悩んでいた。
近頃のジェイドはなんだかため息が増えた。もしや誰か好きな人ができたのか、と思うもののそんな相手は見つからない。そして自分がすっかり恋愛脳になってしまっていることに愕然となった。
「ヴィー? ここから二階層だよ、集中して」
「あ、ああ。すまない」
ジェイドが心配そうにシルヴィアの顔を覗き込んできた。
「具合悪いなら引き返しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。少し……不安になっただけだよ」
「そう? 無理もありませんが……。二階層のモンスターは強いですものね。私も気を引き締めますわ」
緊張している二人は、つい使い慣れた言葉使いになってしまっている。特にシルヴィアは強気になりたい時、どうしても男言葉になりやすかった。
ちら、とジェイドを窺う。
ジェイドは月に数日、長ければ一週間も休むシルヴィアを疲れが溜まると倒れる体質だと思っている。
シルヴィアがそう説明したからだが、本当のところはアレ、女の子の日である。こればかりはシルヴィアでも避けようがない、女の宿命だった。
文句を言うでもなく心配し、ならば体力を付けろと言ってくる騎士団の男どもとは違うジェイドに惹かれるのは、ある意味当然のことだった。無意識なのだろうが、ジェイドはまるで姫君を扱うかのようにシルヴィアにやさしくしてくれる。女性を見るように微笑まれてときめかないほうがどうかしていた。
「二階層の入り口付近はブラッディベアーが待ち構えていることが多いそうです。わたく……私が前に出て先制を取りますから、ヴィーはとどめをお願いしますね」
「了解だ」
ジェイドの魔法で編み出される鋼の糸を見て、シルヴィアは気を引き締めた。そうだ、今は恋にうつつを抜かしている場合ではない。
二階層に続く階段を慎重に降り、そっと周囲を窺う。
ブラッディベアーは見えないが、茂みに潜んでいる可能性もある。入り口付近では前もって罠を仕掛けておくわけにはいかないため、一番緊張するのだ。
ジェイドが胸と膝の高さの位置に糸を張り、そこに交差していく。ようやく二人は二階層の入り口に立った。
「ブラッディベアーはいないようね……」
「そうだな」
罠を解除し、先にまた張り巡らせた時、背後の茂みが揺れた。
「ヴィー!!」
咄嗟に手を引かれたシルヴィアが前につんのめり、慌てて体勢を立て直して振り返ると。
「ジジ!!」
ジェイドとブラッディベアーがほぼ相打ち状態だった。咄嗟に鋼の糸を集中させたのだろう、槍状になったそれが見事ブラッディベアーの喉を貫いている。そしてジェイドは肩を爪で抉られていた。あそこから体を捻って攻撃に転じることができたのはジェイドの身体能力あってこそだ。
「あああああぁ!!」
ジェイドの叫びに魔法が膨れ上がり、糸の槍が膨張する。パン、とブラッディベアーの頭部が弾け飛んだ。
ぐらりとブラッディベアーの体が倒れ、ほっとしたのかジェイドの足がふらついた。
「ジジ、しっかり! 今回復薬を……!」
「ヴィー、無事……?」
「無事だ、バカ! どうして私なんかを庇った……っ」
後衛のシルヴィアが油断していたのがいけないのだ。涙を浮かべて回復薬を肩にかけるシルヴィアに、痛みを堪えつつジェイドが笑った。
「良かった、ヴィーが無事で」
「良くない!」
「あなたが傷つくのは見たくないの」
「……っ!」
シルヴィアは息を飲んだ。そんな場合ではないというのに頬が熱くなる。
「なんだよ、それ……」
反則だ、と思った。そんなことをそんな笑顔で言われたら、好きと思う心を止められない。
「言っておくが、ジジより私のほうが強いのだぞ」
「そうね」
ああ、違う。こんなひねくれたことを言うつもりじゃなかったのに。シルヴィアはたちまち後悔した。
うつむいて顔を背けたシルヴィアに、守られたのはプライドに触れてしまったのかとジェイドは後悔した。
ブラッディベアーだとわかった瞬間に体が動いていたのだ。守らなくては、傷一つつけさせない、と頭に血が昇った。
好き。
それだけで胸がいっぱいになる。
「でも、仲間を守るのは当然でしょう? ヴィーが強いのは知っているけど、もっと頼っていいんですよ」
「あ、ああ……」
微笑んだジェイドを振り返ったシルヴィアはいよいよ顔を赤くした。
ジェイドはジェイドで、物凄く恥ずかしいことを言ってしまった、と真っ赤になっている。
「い、行きましょう」
「そ、そうだな」
ぎくしゃくと赤くなりながら、二人は依頼を果たすべく前へ進んだ。
これが終わったら。
このダンジョンをクリアしたら。
本当のことを言って、そしてきっと告白しよう。
互いの性別を誤解したまま、二人はそう決意した。
――後にクリスタニア王国に帰り『可憐王』『勇敢王妃』と謳われ、クリスタニア王国中興の祖と言われる二人の、恋のはじまりだった。
ジェイド(翡翠)
シルバー(銀)
ザービ(錆)
ロック(石)
ザービは書いてから気づいたんですがあのアニメじゃありません。ザービ一党で噴いた。