第34日目 迷宮『マターファ』(モンスター討伐)その③
「おい・・・まだ買い物を続けるのか・・?」
タリク王子がうんざりした表情で私の後をついてくる。そしてさらにその後ろには大きなリヤカーに荷物を積んで運んでいるベソとノッポの姿があった。
「ええ、当然では無いですか。いいですか?今回のモンスター討伐には頼みの綱の『白銀のナイト』達の手助けは一切受ける事が出来ないのですよ?そうなれば必然的に強い武器や防具、それにお助けアイテムが必要になって来るとは思いませんか?」
するとリヤカーを引っ張っているノッポが言った。
「何言ってるんですか。こんなに沢山の荷物・・・背負って歩けるはずも無いのに。大体何処の世界に迷宮のモンスター討伐へ行くのにリヤカーを引っ張っていく冒険者がいるって言うんですか・・・。」
さらにその後ろ・・・リヤカーを押しながら嘆いているのはベソである。
「ああ・・・お終いだ・・・。俺達は迷宮へ入って50mも進まない内にレベルがたった1しかないモンスター達に襲われて、逃げようにもレベル1のモンスターに回り込まれて退路を断たれ、なぶり殺しに遭って全滅するんだああああ〜っ!」
ベソが空を見上げながら喚いた。
するとタリク王子が言った。
「大丈夫だ。レベル1ならせいぜいスライム程度のモンスターだ。それ位ならこの俺が全部倒してやるから安心しろ。」
胸を逸らせながら何とも情けない台詞を堂々というタリク王子。だけどスライム程度なら恐らくベソとノッポだって倒せる範囲だと思うのだけど?
そしてタリク王子の話はまだ続く。
「それにお前らは知らないかもしれないが、スライムと言うモンスターはとにかく美味なのだ。喉の渇きも癒せるし、あの何とも言えず清涼感のあるすっきりした味わい、口の中でとろけるゼリー・・全てが完成しつくされた味だ。出来ればスライムを養殖して、生きている状態で市場で売って、『アルハール』の特産品として世界中に輸出したいくらいだ・・・。」
何ともうっとりした表情で語るタリク王子に私は背筋が寒くなる思いがした。その証拠にベソとノッポは完全にドン引きして、さらに顔まで青ざめている。
スライムゼリー・・・私なら余程の状況じゃない限り、はっきりってノーサンキューだ。あの時スライムを食べてしまったのはきっと飢えと喉の渇きで頭がどうにかなってしまっていたのかもしれない。
「と、とに角どんなモンスターが潜んでいるか分からないので、色々な武器や防具は持って行くべきだと思うんですよ。それで、急遽予定を変更します。」
私は立ち止まってタリク王子を見ると言った。
「タリク王子!荷物運搬係として『マターファ』の洞窟に同行願います!」
「おう!任せておけっ!」
こうしてタリク王子を荷物運搬係に任命したのであった。ところで何故タリク王子を運搬係にしたかというと、一応ベソとノッポはシューティングゲームが得意である。そして彼等は連射機能が搭載されている機関銃を両肩から1丁ずつ装備し、腰にはサバイバルナイフ、ポケットの中には手榴弾が入っているからである。お陰で2人の怯えようは半端ではない。
「うううう・・・。どうしよう。もし足場が悪い洞窟で転んでしまったら手榴弾は爆発してしまうのだろうか・・・。そうしたら俺達はもうおしまいだ・・・。」
ベソはベソベソ泣きながらリヤカーを押しているし、ノッポに至っては・・・。
「天にましますわれらの父よ・・・。」
等と顔面蒼白になりながらぶつぶつお祈りを捧げている。う~ん・・ひょっとしてノッポはクリスチャンだったのだろうか?
こうして『マターファ』に向けて珍道中?が始まった。
「それにしても、何故『マターファ』行きの魔法陣があるって事もっと早く教えてくれなかったんですか?」
私は『マターファ』の洞窟前で恨めしそうにタリク王子に言った。
「いや〜『マターファ』には足を踏み入れた事が無かったから忘れていたんだ。考えてみれば鉱石を発掘する重要拠点だから、当然移動が簡単に出来るように町のあちこちに魔法陣があってもおかしくないな?」
タリク王子は笑って胡麻化しているが、私達はどうにも腹の虫が収まらない。
話は2時間程遡る・・・
結局、あの後私達はランニングに行ったきりのオリバーとは完全にはぐれてしまい、やむを得ず、彼を抜きにして4人だけの即席パーティーを組んで『マターファ』に挑む事にしたのだが・・・。
タリク王子が『マターファ』まで簡単に飛べる魔法陣の存在を完全に忘れていた為に町の出口まで重いリヤカーを押しながら5k近く歩いてしまっていたのだ。
その時、町をぐるりと囲むように建てられた城壁に五芒星が描かれているのに気が付いた。
「タリク王子、この五芒星は一体何ですか?」
「五芒星?何の事だ?ああ・・・これの事か。これは魔法陣だ。この魔法陣は迷宮と呼ばれる『マターファ』と繋がって・・いて・・?」
タリク王子の顔色が青ざめていく。
何故なら私や、ベソ、ノッポが恐ろしい形相でタリク王子を睨み付けているからだ。
「お、おい・・・。お前達・・・な、何故俺を・・そ・そんな目で睨み付けているんだ?」
顔を引きつらせているタリク王子に私達は声を揃えて言った。
「「「それを早く言え〜っ!!!」」」
洞窟前に立っている私達は互いに顔を見合わせた。
「さて、どうする?」
タリク王子が腕組する。
「うん、どうしましょう?」
ベソが言う。
「どうしたらいいんでしょうね・・・?」
そしてノッポは私を見る。
う・・・な、何よ・・・。私にこれからどうすればいいか決めさせようって訳・・?
そう言う事なら・・・。
「そ、それではまずはここで食事をしてから中へ入りましょうっ!」
私の提案に全員が頷いた―。
そして私達の前には食事が並べられたのだが・・・。
「タリク王子・・・これは何ですか?」
私は紫色の皮に包まれた手のひらサイズの楕円形の物体を手にすると尋ねた。
「ああ。それはサボテンだ。」
「え?サボテン?」
「それではこの緑の物は何ですか?」
ベソが尋ねる。
「ああ。それもサボテンだ。」
「え・・?そ、それでは・・・これもサボテンなんですか・・?」
ノッポが声を震わせながら焦げ茶色の物体を指さした。
「勿論、サボテンだ。」
タリク王子は腕組みすると言った。
するとついにあのベソが切れてしまった。
「ふ、ふ、ふざけないで下さいよっ!我々の最後の食事になるかもしれなという時に、な・何故サボテンばかり買って来たのですかっ?!あ、貴方は仮にもこの国の王子でしょう?!王子なら美味しい食べ物を知っているだろうと思って・・わ、我々は王子を食事買い出し係に任命したと言うのに・・そ、それがよりにもよってサボテンなんてーっ!!」
サバイバルナイフを振り回しながら泣きわめくベソを必死で宥めるノッポ。
「お・お・おちつけっ!ベソッ!王子が役立たずなのは俺も十分知っているっ!だが、何かしら食っておかなければ体力が持たないかもしれないっ!王子に対する罵詈雑言はここから無事に帰ってこれれば、幾ら言ってもいい!この俺が許可するからっ!」
すると遂に我慢できなくなったのかタリク王子が立ち上った。
「おい!貴様らっ!さっきから王子の俺に向って何て口を叩くんだっ!それになあ・・サボテンをなめるなッ!栄養価も高くて、美味しいっ!中には水分たっぷりで喉の渇きを癒してくれるサボテンだってあるんだぞっ?!サボテンは最高の食べ物なのだあっ!」
「・・・・。」
私はいがみ合おう3人を無視して、取り合えずサボテンを1個手に取り、剥いてみる事にした。おおっ!まるでミカンの皮の様に簡単に剥けるっ!
そして口に入れて食べてみる。
ムシャムシャ・・・ゴクン。
「美味しい・・・。」
すると私の一言で、今にもつかみ合いの喧嘩になりそうだった3人はピタリと動きを止めた。
「え・・?ほ、本当ですか・・?エリスさん・・?」
ノッポが尋ねて来た。
「うん、本当においしい!早くみんなも食べてみてっ!」
するとベソが黒いサボテンの皮をむいてパクリ。
「本当だ・・・美味しい・・・。」
「ふん。だから言っただろう?サボテンは最高の食べ物だって。」
偉ぶるタリク王子。
「「ははあ〜っ!!」」
何故かひれ伏すベソとノッポ。
そして私達は最後の食事?になるかもしれないサボテンを食べつくすのだった—。