第34日目 迷宮『マターファ』(モンスター討伐)その②
いつの間にか、私とベソ、ノッポの3人は強引にタリク王子の護衛の騎士達によって拉致され、城に連れて来られていた。そしてベソとノッポから引き離された私は今タリク王子の執務室に引き摺り込まれて来たのだった。
テーブルを挟み、ソファの向かい側にタリク王子が腕組みをしながらじっと私の事を鋭い視線で睨み付けている。
うう・・・その無言の圧が非常に嫌なんですけど・・。
「あの・・タリク王子?」
しかし私の言葉が聞こえてるのか、いないのか・・・タリク王子は無言で私を見つめている。
が・・・やがて口を開いた。
「俺は今、非常に困った事態に陥っている。」
「はい?」
突然、訳の分からないことを言い出すタリク王子。
「いくら王子でも国王の言葉は絶対だ。だから俺は何とか状況を打破しようと色々な手を考えていた。」
「はあ・・・。」
さっきから一体何を言っているのだろう?
「一時はこの国を逃げる事も考えた。しかし、この国の正当な王位継承者は俺以外は1人もいない。生真面目な父は側室を1人も持たなかったからな。」
「そうなんですか・・・。」
王位継承問題でも起きているのだろうか?しかし、そんな事は私には一切関係は無いし、今は一刻も早く『マターファ』に行ってモンスター討伐を果たし、魔鉱石を手に入れて一秒でも早く学園に戻りたいのだけど・・・。
「王位継承者の俺がいなくなっては、ここぞとばかりに親戚の者達が権力を奪おうとクーデーターが起きるかもしれない。」
相変わらず腕組みをしながら難しい顔でタリク王子は語る。
「そうですか・・・大変な事情があるようですね。ところでいい加減私を解放してくれませんか?用事があるんですけど・・・。」
駄目だ、ついタリク王子が相手だとぞんざいな口の利き方をしてしまう。
しかし、私の声が耳に届いているのか不明だがタリク王子はまたもや独り言のように語り始める。
「俺は何とか父に頼んだ。政略結婚なんかごめんだと。結婚相手くらいは自由に選ばせて欲しいとな。」
「え・・?」」
何故か今度は結婚についての話になった。
「すると父は言ったのだ。そこまで言うなら『マターファ』に巣くうモンスターを討伐して来いと。それが出来るなら俺の意見を聞き入れて、今回の結婚話を無かったことにしてやると確約してくれたのだ。」
「な・・何ですって?」
思わず耳を疑うようなタリク王子の言葉。
「ひょっとすると・・タリク王子も『マターファ』のモンスター討伐に行く予定だったのですか?」
「ああ、そうだ。」
そこでようやくタリク王子は笑顔で頷き、私を見た。しかし、何たる偶然。きっとタリク王子がモンスター討伐に行くのなら護衛の騎士もたくさんついて来てくれる事だろう。何せ彼はここの王子なのだからっ!
「そうですか。タリク王子が来てくれるなら正に百人力ですよ。これで安心して私達も『マターファ』へ行く事が出来ます。」
「ああ、俺も嬉しいよ。何せ将来の花嫁がまた俺の元へ戻って来てくれたのだからな。それに正直な所、1人だけで『マターファ』へ行かなくてはならないから心細かったのだ。だが、エリス。お前が一緒ならこれ程心強い事は無い。共に戦い、無事に生還して来た暁には、結婚式を挙げよう!」
ガシッ!と両手を握りしめて来るタリク王子の足を素早く踏みつける。
ドスッ!ドスッ!
「うっ・・・!エ、エリス・・お、お、お、お前・・・王子である俺に・・一体何て事を・・・。」
目に涙を浮かべながらしゃがみ込んで両足の甲を押さえるタリク王子を眺めつつ私は言った。
「あら、失礼致しました。タリク王子。そんな所にタリク王子の足があるとは思えず・・・。」
ホホホと笑いながら胡麻化す私。何せ、タリク王子の私に対する好感度は500のマックス状態なのだ。今更どれだけ彼に酷い対応を取っても、惚れた弱み?でタリク王子は私に一切文句を言えないのは分かり切っている。いや・・それよりも肝心な事がある。
「ところでタリク王子・・・。先程気になる事を言っておられましたよね・・?」
「気になる事・・?」
未だに涙目のタリク王子は私をしゃがんだまま見上げた。
「ええ、そうですよ。『マターファ』には1人で行かなくてはならないとか何とか・・・。」
「ああ、その通りだ。」
「嘘ですよね?」
「いや、嘘ではない。本当に1人で行かされることになっているのだ。」
「ええっ?!だ、だってタリク王子はこの国の王子様ですよね?!その王子様を護衛の騎士の1人もつけないで、どんなモンスターがいるかも分からないような迷宮へ討伐に行かせるつもりなんですか?!この国はっ!」
気付けばタリク王子の襟首を掴み、私はガクガクとタリク王子を揺すぶっていた。
「そ、そうだっ!父上が決めた事だから仕方が無いんだっ!父の言葉は絶対なのだからっ!」
私に揺さぶられながら必死で喚くタリク王子。
くう・・・な、何てこと。これでは全く意味が無い。いや、失礼な話かもしれないが前回、ウィルス駆除で『アルハール』へやって来た時、アリジゴクを前にタリク王子は全く持って役立たずだった。彼の戦闘能力はスライムを倒す位のレベルしか無いのだろう。これでは完全にタリク王子は足手まといだ。
あ・・・何だか頭が痛くなってきた。
「あの・・・タリク王子。」
私は痛むこめかみを押さえながら言った。
「うん?何だ?エリス。」
私に呼びかけられて嬉しそうに返事をするタリク王子。きっと彼に尻尾がついてたら、嬉しそうにブンブン尻尾を振っているだろう。
「『マターファ』には私達だけで行きますから、タリク王子は迷宮の入口で待機していてください。」
「何故だっ?!俺では足手まといとでも言いたいのか?!」
「はい、その通りです。悪いですが・・タリク王子のレベルはスライムを倒すくらいしかありませんから。」
「ガーンッ!!」
タリク王子は相当ショックを受けたようだ。何せ自分でガーンッ!!なんていう位だから・・・。あんな台詞を実際に言う人間を私は生まれて初めて見てしまった。
「し、しかし俺だって何か役に立つかもしれないぞっ?!例えば荷物持ちとか・・。」
何やらタリク王子が情けない事を言い出した。
う~ん・・・ひょっとしてこの間のアリジゴクとの戦いで相当自信を失ってしまったのだろうか?
「タリク王子には迷宮『マターファ』に入って貰う事は遠慮しますが・・・その代わり別の事で協力して頂けますか?」
するとタリク王子は笑顔で言った。
「ああ。外ならぬエリスの頼みだ。何だって言ってくれ。」
「それなら私にお金を下さい。」
「え?何だって?」
「どうしてもお金がいるんですよ・・・・。それが無いと本当に困るんです。ねえ、タリク王子。人助けと思ってお金を出して下さいよ。」
傍から見れば、王子にお金をねだるとんでも無い悪女に見えているのかもしれないが、今は緊急事態なのだ。なりふり構っていられない。
「い、一体何に金を使うというのだ・・・?」
タリク王子も何やら勘違いしているのだろうか?若干引いた状態で質問して来た。
「何にお金を使うか?そんなのは決まってるじゃないですか。軍資金ですよ。何せこれから私たちはモンスター討伐へ行かなくてはならないのです。その為には戦闘準備をしていかなくてはならないじゃないですか。その為にはまずはお金です。取りあえず人数分の火炎放射器が欲しいのです・・・ここ『アルハール』では売っていますか?」
「あ、ああ・・・。多分売ってるとは思うが・・?」
なら決定だっ!
タリク王子というスポンサーがバックについたのだ。お金に糸目をつけずに強そうな武器や防具をこれで買う事が出来る。
私は心の中でほくそ笑んだ―。