第34日目 身勝手な男達
『おはようございます。34日目の朝がやって参りました。『白銀のナイト』達全員の好感度が下がりました。6日以内に好感度を奪い返して下さい。クエストが発生しました。迷宮『マターファ』に住むモンスターを討伐して下さい。それでは健闘を祈ります。』
「・・・。」
固いベッドの古臭い宿屋で目が覚めた私は思い切り朝っぱら気分が悪かった。昨夜は下で喧嘩して1階の食堂を破壊した若夫婦たちが口喧嘩をしながら一晩中後片付けをする音や声が騒がしくてろくに眠れなかったし、挙句にこの固いベッド、おまけに目の前で表示されている液晶ウィンドウ画面の文字。
「・・・何?ひょっとしてまた好感度を下げられてしまったの?ひょっとすると・・
今はもうマイナスになってるんじゃないの?」
しかし・・もうここまで来たらどうにでもなれと言う気分になってしまった。フフフ・・。大体、コンピューターウィルスというバグが発生してしまったゲームの世界。例えゲームクリアの基準を満たしても、果たして無事に元の世界へ戻れるかどうかも分かったものでは無い・おまけに『白銀のナイト』全員の好感度を思い切り下げらえれただけではなく、後残り6日以内に全員の好感度をオリビアから奪い返さなくてはならないなんて・・・。
「そんなの無理。絶対無理に決まってる。」
私はいつの間にか口に出していた。
「そうよ、しかも敵のモンスターはどの位強いかも分からないし、仮にモンスターを無事に倒せても、魔鉱石で全員の好感度を上げる事が出来るかどうかも分からないのなら・・・いっその事このままゲームの世界で生きる・・?。」
そこで私はガバッと起き上がった。
「そんな事できるはずないでしょうっ!そうよ、私はリアルの世界で生きる生身の人間なんだから。一生ゲームの世界で生きるなんて冗談じゃ無いわっ!」
そして持って来たボストンバッグから前回『アルハール』へやって来た時と同じ服を取り出して着替えを始めた—。
ドンドンドン。
男3人が眠っている部屋のドアをノックする。
し〜ん・・・。
しかし、待てど暮らせど部屋の中から応答は無い。
「おかしいな~もう8時なのにどうしたんだろう?」
もう一度気を取り直しドアをノックするも返事は無い。試しにドアノブを掴んでノブを回してみると、何と鍵がかかってないのか、部屋のドアは開いている。
「え・・・?ひょっとして鍵を掛けないで眠ったのかな・・?」
言いながらそっと部屋の中を覗き込むと3台のベッドが並べられている。
「あの~起きてますか・・・?」
「・・・・。」
妙に静まり返った部屋にそして何故か人の気配を感じない・・・。
まさか・・?
私はベッドに近寄ると思い切り布団をはいだ。
「え・・?空っぽ・・・?」
慌てて隣のベッドの布団をはいでもやはり空。そして最後の1台も空である。
「う、嘘でしょうっ?!何で誰もいないの?!」
そんな馬鹿な・・・確かに昨夜はこの部屋の前で3人と別れたのに・・・何故誰もいないの?!
「あ・・・もしかしてもう下の食堂に行ってるのかな?」
慌てて階下に降りてみても、そこはまるで内装工事中のような有様の状態で、テーブルも椅子も何も置かれていない。
「え・・・?それじゃ、一体皆は何処に・・・?」
呆然と佇んでいると、この宿屋の店主が店の奥から出て来た。
「おや?お客様。おはようございます。ゆっくりお休みになれましたか?」
私は店主を振り返ると言った。
「はい・・・と言いたいところですが、それは無理ですね。一晩中怒鳴り声や掃除の音がうるさすぎて・・・とてもねむれたものでは無かったですよ。」
「はあ・・・・やはりそうでしょうねえ・・・。だからお連れの男性客様達は夜中の内に別の宿屋へ行ったんですよ。」
「え・・・?」
今の店主の言葉に私は思わず凍り付いた。
「あ、あの・・・今何と言われたのですか?」
「え?ええ・・・。お連れの男性客様達は夜中に別の宿屋へ行きましたが・・?」
「はああああっ?!な、何なんですかっ?!その話はっ?!」
「ハア・・・実は夜中の0時過ぎの事ですが・・・3人の男性客たちが階下に降りて来たんですよ。煩くて眠れないから何とかして欲しいと。でももう既にこの宿に部屋を取られて、一時的とは言え宿泊されたので、それは出来ないと伝えた所、ここの宿代も支払うので別の宿屋に行かせてくれと懇願されたので、斜め左側のホテルを紹介したんですよ。」
店主が窓の外を指さしながら言うので、私は外に出てその宿屋を確認すると絶句した。
その宿屋は正にホテルとでもいうべきレベルの白くて大きな石壁の宿屋だった。
「あの宿屋は最近出来たばかりの宿屋で、特に人気があるんですよ~。しかも1階はレストランになっていて料理も美味しいんですよ。ほら、夜食事したじゃないですか。」
店主に言われ、私は昨夜の事を思い出した。うん、そう言えば部屋に運ばれて来た料理・・・確かに美味しかったなあ・・・。って・・・ま、まさか・・?
「あ・・あの~。ひょっとして・・私達がここで、食べた食事って・・・?」
「ええ。あのホテルで注文をお願いしたんですよ。」
ブチッ
私の中で何かがブチ切れる音が聞こえた。そしてまるで凍り付かせるような冷たい目で店主を見つめる。すると店主は私の中に眠る激しい怒りに気付いたのか、ヒッと小さな悲鳴を上げた。
「あの・・・・一体どういう事なのでしょう?何故連れの3人の男性が素敵な宿屋に宿泊し、私一人がこんなぼろくて狭い部屋に宿泊させられたんでしょうね?大体、宿屋がこんな状態で営業する方がどうかしてると思いませんか?貴方はあの素敵な宿屋に昨夜空き部屋があるのを初めから知っていたと言う訳ですよね?それなら初めからそこを紹介するべきでは無かったのですか?挙句に宿泊代だけ取って、別の宿を案内する・・・これっておかしな話ですよね?」
笑みを浮かべながら私は息継ぎをしないで一気に早口でまくし立てた。
「う・・・うう・・・そ・そ・それは・・・。」
テンスはすっかり震え上がり、床の上に座りこんで情けない顔で私を見上げている。
「大体、あんな状態の部屋で眠るのが無理だと思ったなら、私の部屋を訪ねて、彼等と同じ宿を紹介してくれても良かったのではありませんか?」
私は床の上に座ってガタガタ震えている店主にどうしても激しい怒りが込み上げて来てならない。
そして店主の襟首を両手で掴み。自分の方へ引き寄せたその時・・・・。
「あれ〜エリスさん。もう起きていたんですね?」
宿屋の入口から呑気そうなノッポの声が聞こえて来た。
「ああ。エリスさん。良かった・・・。起こしに行く手間が省けましたよ。」
続けてベソの声が聞こえて来た。しかし、次の瞬間2人の顔が氷ついた。
「あ・・・エ、エリスさん・・・?」
「い、一体今なにを・・・?!」
ベソとノッポの目に映る私は凄い形相で店主の襟首を掴んでいる。その姿が相当恐ろしかったと見え、彼等の顔色はみるみる内に青ざめていく。
そんな2人を前に私は店主の襟首をパッと離した。
「グエッ!」
突然手が外され、床の上に倒れ込む店主。そんな彼を冷え切った目で見下ろす私はゆっくりとベソとノッポに視線を移す。
「ベソ・・・ノッポ・・良かった。丁度2人に大事な話が合った所だったのよ。それでオリバーは今何処にいるのかしら?」
「あ、あの・・・オ・オリバーさんは・・ランニングに行ってますけど・・・?」
ガタガタ震えながら話すノッポ。そうか、オリバーはいないのか。なら丁度良い。
「ベソ、ノッポ。そこに正座して頂戴。」
私の余りの迫力に押されて、大人しく床に座る2人。そして私は2人が泣きだすまで説教を続けるのであった—。