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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第一章 クレナイの兆し
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第一章5話 魔術師の戦い



 ゆらりと揺れる木刀の切っ先がソラの喉元に狙いを定めた。薄い笑みを零したウィルは目を輝かせて相対するソラへと意識を集中させて、注意深く観察する。

 武器を媒介にした術式は未だ手に取られていない。そしてあの幼少竜(ミニ・ドラゴ)も傍におらず、好奇心に震える少年が一人立っているだけ。だというのに、その佇まいだけは妙に様になっていた。

 右手を後ろに、左手を前へ。拳は握らず開いたままで、身体を半身にして重心を整えて固定。日本空手のような構えだが身体は脱力しており、独自のアレンジが加えられているのが見て取れる。


「(相手は加護持ち、幼少竜(ミニ・ドラゴ)を従えていることから火属性系統の耐性か爬虫類系統の加護だと仮定。だが学院に入れるほどになると……特殊技能系の加護か、圧倒的な耐性の二択だな)」


 一瞬の分析を終えて、ウィルは木刀を引き絞る。何はともかく、情報が足りない。足りないなら実際に見て集めるしかない。どれから当たりを付けるかはもはや勘だ。あとは流れを読むしかないのであれば、


「まずはお手並み拝見といこうか……炎よ、奔れ!」


「うげっ」


 引き絞った木刀が地面を這うように振るわれる。その瞬間刀身が赤く淡い光に包まれて魔術を発動する。甲高い音を響かせて、その光は木刀の形をなぞるように大きな炎へと変貌し、言葉通りに宙を奔ってソラへと放たれた。

 空気を焼き千切る不快な音を残して、真っ直ぐに突き進む炎の一閃をソラは慌てて横に飛んで回避。ごろごろと地面を転がりその勢いのままウィルへと一気に駆けだす。


「(避けた?ってことは火属性系統の耐性じゃねぇな。他属性の耐性か、特殊技能の二択。あぶり出してやる…!)」


 再度木刀を引き絞り、視線で照準を定めたウィルは木刀に手を添えて魔力を流し込む。水色に淡く発光し応える木刀に詠唱で命令を授け、横へ切り払って発射する。


「水よ、散弾となれ!」


 人の頭一個分はある大きさの水球が周囲に出現、言葉のままに無数の弾丸となって射出される。走り抜けるソラへ向かってドンッ!と連鎖的に地面を砕き、不規則に動き回って回避するソラの分析に思考を割く。


「(水属性も避ける、そして接近してくることから特殊技能の線は高まった。となりゃあその特殊技能が何なのかバラしてみようか)」


 魔術師は思考を止めない、それを顕著に表したのがウィル・L・エルヴィンという存在だ。彼は人望や実力で寮長になったワケではなく、戦いの中でも冷静に分析して解析する、魔術師の模範として選び抜かれた者だ。なにより、自身の実力が劣っている事を自覚している。

 まともにやり合えば、実力に優れた同学年の誰かにあっさりと負けるだろう。しかしウィルはその足りない実力を違う部分で補うことができる存在だ。

 一の力は足りない。だからこそ十の手段を行使し百の閃きをもって千の策を巡らせる。

 しかし、相対する者はただただ笑っていた。


「すげぇ、すげぇ…!」


 ソラは歓喜に満ちていた。水の散弾を避けきれたのはウィルが手加減して弾速を遅くしてくれていたおかげだと知りもしない。否、そんな些細な事よりも目の前に広がる現実に心が震えてどうしようもないのだ。

 これが魔術、これが魔術師の世界。火は熱く、水が弾けて地面を穿ち、それらを生み出し操る魔術師が本当に目の前にいる。もっと見たい、もっと知りたい、もっともっと――――


「――――もっと、魅せてくれよ先輩!!」


 これが魔術師、異能と非日常に魅了された探求者の姿だ。何処までも澄んだ瞳で、迫る命の危機なんて度外視して、目の前に在る知らない世界に手を伸ばす。

 ゾクリッ、とウィルの背筋に氷が走った。飽くなき探求心と子供のような純粋な欲求、それらが合わさり反射的に恐怖する。ウィルにはその恐怖が何なのか理解出来なかった。出来なかったが、明確な敵意を向けるには十分だった。


「(コイツは、やべぇ…!) 土よ、壁となれ!」


「うぉおおおおおおっ!」


 淡く黄色に発行した木刀を地面に突き刺し、詠唱を乗せて大地が盛り上がり四角い壁を二重に生成。対してソラは、迸る力の奔流を拳に乗せて、裂帛の気合と共に壁へ向かって拳を振るう。

 ドンッ!と爆音を響かせ、拳大の大きさの空洞が二重の壁を突き抜ける。危険を察知したウィルが慌てて首を逸らせば、砕けた破片が耳を掠めて背後の結界に衝突し、結界を揺るがせた。

 

「おいおいおい……洒落にならねぇぞ…」


「あっ、やっべ……すんません、先輩なら全力で殴っても大丈夫かなって思って」


「なんでさ!?こんなん喰らったら身体が爆発するっつーの!!」


 土の壁は粉々に砕け、土くれになって地面に落ちていく。その先に佇むソラは申し訳なさそうに頬を掻いていた。全力でツッコむウィルは大きく息を吐いて、静かに肺に空気を送り込むと木刀を構えなおし、冷や汗を拭う。


「そういや、言ってなかったな……この試合、先に一発入れた方が勝ちだ。なるべく手加減してくれよ?いやマジで」


「了解ッス!先輩も、出し惜しみ無しでお願いするッスよ!」


 バシンッ!と手の平を拳で叩いたソラはにこやかに言うと、ウィルが乾いた笑みを浮かべた。今の一撃でハッキリと分かったことは、ソラは耐性や特殊技能の加護ではなく、純粋な身体強化系の加護を受けているという事。だから武器術式を持っていないのだと納得できる。

 二年生や三年生にも身体強化の魔術が使えたり多種多様な加護を持っている者がいるが、ソラの加護は今まで見たことが無いほど圧倒的なものだ。しかし速さが上がったワケでもなく、感覚が優れるワケでもない、ただ力が向上するだけという単純な加護。


「(いや、まだ決め付けるのは早いか。こんだけのパワーが出る加護なら他の副次効果も絶対あるはずだ、それを見つけねぇと決定打を当てる策が浮かばねぇ……)」


 止まらない冷や汗を拭って、バックステップでソラから大きく距離をとって後退。考えても仕方がない、と木刀を構えなおして大きく息を吐いて止める。

 あの強烈な一撃を目の当たりにしたせいで、ウィルは回避に専念せざるを得なくなった。まともに受けようものなら武器術式どころか腕ごと吹き飛びそうである。直接的なダメージを与えようにもカウンターを貰ったらダメージ差で圧倒的にソラが上だ。


「(術式はあと風が一発と土の防御が二発、攻撃用の火と水が一発ずつ。一対一(タイマン)だと術式を書く時間がねぇのがつれぇな)」


 分析しきるには手札が足りていない現状に歯噛みしつつ、最善策を頭の中で構築する。倒すためではなく勝負に勝つための策だ。これで駄目なら素直に負けを認めるしかない。しかないが負けるつもりは毛頭ない。


「全く、今年の一年はやべぇ奴ばっかだな……!」


「(来る…ッ!)」


 ウィルの雰囲気が鋭くなり、直感したソラはつま先に力を込める。次はどんな魔術が出てくるのか、止まらない興奮で笑顔を浮かべたままウィルの一挙手一投足を見逃さないように注視していた。

 直後、視界にありえない物が飛び込んできた。額に向かって全力で投げられたそれがウィルの木刀だと一瞬理解出来ず、淡く発光していることを見逃してしまう。


「っ!?」


「土よ、壁となれ!」


 瞬時に首を捻って投擲を回避、木刀が頬を掠めていった瞬間ウィルが魔術を発動する。背後にせり上がる土の壁に木刀が突き刺さり、同時にソラの前に同等の土壁が出現した。

 

「目眩まし……セコいぜ寮長!」


「言うなよ、自覚あんだから!」


 拳を握り、ドンッ!と目の前の土壁を吹き飛ばしたソラの懐にウィルが潜り込んでいた。歯を食いしばり、来る追撃に対して反射的にバックステップしたソラを背後の土壁が逃がさない。

 ウィルの本当の狙いはコレだ。わざと目の前に壁を配置して視界を遮り、距離を詰めて逃げる方向を限定する。しかしそれはウィルにとっても賭けだった。


「やっ、べ…!」


 ソラは咄嗟に拳を握り、突っ込んでくるウィルに振るう。だがその行動によってウィルは賭けに勝利したことに笑みを浮かべる。

 手慣れた構え、実戦に対する怯えはソラから感じられなかった。その事からウィルはソラが場慣れしているものだと思っていたが行動の端々には違和感を感じていた。

 それが今確信に変わり――――ソラは魔術師の戦いに慣れてなどいないと、ウィルは分析結果を叩き出す。


「風よ、爆ぜろっ!」


「んな……ッ!?」


 土壁に突き刺さっていた木刀を起点に、言葉通り風が爆散してソラを背中から強く吹き飛ばした。前のめりに飛んだ身体は軸を失い、振るうはずだった拳が紐解かれていく。驚愕に染まったソラの目に映るのは、妖しく光る銀色の糸だった。

 糸に釣られて、木刀がウィルの手元へ吸い込まれるように戻っていく。そのまま地面を這うように木刀が逆袈裟に振るわれ、ソラは咄嗟に両腕で頭を防御した。


「残念、これもセコい真似の一つさ」


 来ると思っていた衝撃は来ず、ソラが腕の防御から覗き込めばウィルの姿は見当たらない。攻撃のフェイク、木刀という見た目を利用した小細工でウィルは距離を取りながら側面に回り込み、


「魔術師の戦いはケンカじゃねぇんだぜ、覚えとけ赤いの」


「――――がはっ」


 向けられた木刀の切っ先に大きな水の弾丸が生み出され、発射された。不安定な射線で放たれた水弾が高速でソラの腹を穿ち、身体を跳ね飛ばして弾け飛んだ。


「……そこまで。勝負はウィルの勝ちだ」


 湧き上がる歓声と賞賛の声が全身に降ってくる。地面に背中をついたソラは茫然と青い空を見ていた。

 これが魔術師、これが魔術の世界。荒い息を吐き出しながらそっと自分の心臓に手を当ててみれば、うるさいくらい心臓が脈打っている。


「……ははっ。すげぇ、すげぇ…!」


 この高鳴りは嘘じゃない、本物だ。見たことも無い神秘だらけの世界に足を踏み入れて、確かにこの世界に生きているんだとようやく実感が追い付いて来る。

 親父はこんな世界を生きていたのか、とソラは実の父親に嫉妬した。複雑な感情が一気に押し寄せてきて言葉にできない。それでも掴んだ実感だけをじっくりと噛み締めて笑った。


「終わったギャ?だったらおやつの時間にするギャ」


「……ムート」


 顔に影が落ちて、視界には見慣れたムートの顔が覗き込んできた。フンと鼻を鳴らすムートが傲岸不遜に言い放てばソラはゆっくりと身体を起こして、頭についた砂埃を乱暴に払う。


「お前なぁ、おやつの前に頑張った俺へ一言あるだろ……」


「フン、あちしの加護を持ってるクセに負けたんだギャ。言うことなんて何もないギャ」


「ははっ、悪かったよ……でも、すげぇよ魔術って。学院に入って本当に良かったって思えるくらいな」


 ウィルの方へ目を向ければ何故かもみくちゃにされて、全員が良い笑顔で笑いあっていた。その流れで何故か胴上げが始まっており、敗者であるソラは口元を緩めてその光景を眺めていた。


「……ソラがそう思うなら、あちしはそれでいいギャ」


 意味ありげなことを言ったムートへ向きなおれば、露骨に顔を逸らされてしまう。痒くも無い頬を掻いて、視線を戻せばウィルが高く飛ばされ過ぎて涙目になっているところだ。

 記憶に焼き付けるように、ソラはその光景が終わるまでずっと眺めていた。



 


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