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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第一章 クレナイの兆し
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第一章4話 ベリウスの大森林

――――…


「ごめ、なさ……ごめん、なさ…っ」


 とある森の中、深い深い奥地に整えられた山小屋があった。中には大きな暖炉と手編みのカーペットが敷かれており、木製のテーブルにはコップが三つ。その家に住まう亜人の老夫婦と一人の人間の物だ。中世を思わせる古き良き生活感の感じられる家には明かりが灯っておらず、扉の前で座り込んで泣きじゃくる者がいた。


「僕が、僕が…いるから……こんな事に…!」


 開いた扉から月明かりが部屋に差し込み、その月明かりに誘われるように、真っ暗な部屋から一筋の液体がゆっくりと這い出てくる。赤い、赤い、絨毯のように真っ赤な液体だ。滴る水音が鼓膜を叩き、いっそ夢であれと唇を震わせて見上げれば、残酷な現実が変わらず視界に飛び込んでくる。

 自分を育ててくれたエルフ族の老夫婦は、他種族に厳しいとされるエルフ族の中では一際優しさに満ちた人達だった。人間である自分を本当の家族のように扱い大切にしてくれた、絵に描いたような良夫婦だ。膝を擦りむいただけでパニックになって、家中の薬草をありったけ使ってしまうほどに争いごととは無縁の人達だった。――――ほんの数時間前は。


「おばあ、ちゃ……おじいさ、ん……ごめ…ごめん、なさい……!」


 大蛇のような大きさの茨の蔓に巻かれた二人の姿が、暖炉の隣にオブジェの如く並べられていた。身体中を茨の棘で切り裂かれ、二人の顔は苦悶の表情のまま固まっている。赤い液体がこびり付いた茨のオブジェは一種の美術品かと思うほど異質な美しさを醸し出していた。


「あぁ、可哀想、可哀想に……苦しいのよね、悲しいのよね、絶望してしまったのよね」


 ふわりと優しく包み込む影があった。その影は泣きじゃくり座り込む者の身体を覆い、ヒビ割れた心の隙間にするりと入り込み、甘く蕩ける声が囁く。


「大丈夫、私が全てを包み込んであげる。貴方の悲しみも苦しみも、貴方を蝕む全てから貴方を守ってあげる。私が貴方の代わりに受け入れてあげるわ……何もかもをね」


 隙間に入り込んだ声が、その先の空っぽになった器に注がれていく。毒のように器を汚し、甘い蜜のように濃密に、ゆっくりとゆっくりと注がれて満杯になって――――茨が、巻き付いた。

 

――――…


「この大森林は七賢者の一人ベリウスが現行世界に実在する森を模して作った人工林よ。魔力溜まりになってるこの大森林は動植物の成長が著しく、現在は東部魔術学院の貴重な生活資源となってるの」


「……お前って電子辞書みたいだよな。音声で関連項目出てくるタイプの」


「また右ストレートでぶっとばすわよ?朝斗先生が仕事しないからよ」


「あー、優秀な生徒がいて先生助かるわー」


 口に咥えたシガレット菓子を揺らしながら朝斗は軽薄な笑みを浮かべる。教師、というよりは何処までも友人に近い立ち位置の朝斗を見て、優秀な生徒の優華は大きな溜息を吐き、三人は歩く。

 暖かい木漏れ日が差し込む森、ベリウスの大森林。【東の庭】(イーストガーデン)の花畑とは違う力強い巨木が立ち並び、森の奥に目を凝らせば木々の密度のせいか薄暗い闇が広がっている。一言で言ってしまえば、最早ジャングルだ。そう感じさせないのは視界の端々に人の手が加えられた痕跡があるからだろう。

 大所帯で歩くことを想定してか道は広く平坦に均されて木々が開けている。辺りを見渡せば迷子防止の看板が木の枝にぶら下がっており、所々に歴史を感じさせる木製のベンチもあった。


「なんつーか、ハイキングの通り道みたいだな此処。もっと獣道なのを覚悟してたけどよ」


「それは…」


「そりゃあ森の賢者ケンタウルスと過去の教師達が合同で作った道だからな。管理者の樹精霊(ドライアド)がうちの学院と盟約してるおかげで、ある程度は自由に大森林に手を出せるんだよ」


 言葉を遮られ不快そうに睨む優華に、遮った朝斗は渾身のニヤケ面で意地悪く笑って見せた。見えないように拳を握り締めている優華からそっと離れつつ、ふと視線を感じて左側の森の中を横目で確認する。

 視界を小さな虫が横切るような、些細な引っ掛かりだ。だがこういった感覚は一度気にしてしまえば納得するまで気になってしまうのが人間というもの。


「いっでぇ!?おま、教師を殴るなんてどういう神経してんだ!」


「フン、精神性は重視されないと言ったのは先生ですよ。生徒の模範になるべく教師を正すのもまた生徒の義務です」


 あの二人は相変わらず水と油のようで、今はこちらを見ていない。さっきの引っ掛かりが気になる、非常に気になるのでこっそり森の中へ侵入してやろうと忍び足で二人から離れようとした瞬間、


「なぁ不知火(しらぬい)も何とかしてくれよあの凶暴な生徒!同室だろお前!」


「のわっ!?」


 ガシッ、と乱暴に肩を組まれて侵入は阻止された。非常に口惜しいが頭に大きなたんこぶが出来ている朝斗を無下にすることも出来ず、愛想笑いを浮かべる。というか本当に友達感覚でグイグイ距離を詰めてくるこの男は教師なのだろうか。大人としての威厳がまるで無いのだが。


「俺から離れるな。森の中に入ったら死ぬぞ」


 低い声が耳元で囁く。前言撤回、朝斗はやはり教師らしい。優華が言ったように常に生徒を見ているようで森に入ろうとしていたのもバレているらしい。今度は愛想笑いではなく本心から乾いた笑みが零れ、冷や汗が流れる。

 ありがたい忠告を頂いたソラは素直に受け入れて、優華を宥めることでどうにか誤魔化すのであった。


「ほれ、見えてきたぞ」


 学院から歩いて約三十分。目の前には二本の巨木が門のようにそびえ立ち、大きく開けた場所だった。巨木の門の先には石を積まれて出来た巨大な何かがあり、入口は黒鉄の分厚い扉が塞いでいる。なだらかに左右へ流れていく石壁から、恐らく円形なのだろうと推測した。

 壁沿いをしばらく進み、古びた木製の扉の奥へと身体を潜らせれば中は一気に様相が変わっていた。文明の利器がほとんど存在しない原始的な部屋、蝋燭の灯りが石壁を煌々と照らしまるでひと昔前の牢獄のようにも見える。

 歩くたびに革靴の音が響き渡る部屋の奥、光の洩れている方向から人の声が響いてきていた。それも大勢の声だ。


「此処は訓練場だ。そうだなぁ……お前、ゲームとかやるタイプか?闘技場とかアリーナって言えば大体分かるんだが」


「分かるッスけど……つか、なんでゲーム?」


「バッカお前、亜人も魔術もあるようなこの世の中だぞ?仮想世界の中の話がほぼそのまんま現実なんだ、ぶっちゃけ学院の教科書なんかより優れた教材になるんだよゲームってのは」


 くたびれたように吐き捨てた朝斗の言う通り、ゲームというジャンルは一種の教材と化してきている。魔王を倒すという目的を持ち、レベル上げや武器防具を揃えるという目的の為にプロセスを学び、プロセスの為に自己的な情報収集や検証と実験などを行う。

 これら全ては魔術を学ぶ上で必要な能力だ。強くなるには、効率良くする為には、などの問題を掲げた時にゲームというジャンルは非常に分かりやすく答えが用意されており、尚且つその問題に対して取り組む意欲を損なわない。

 魔術を教える際にもっと便利で分かりやすい例えがゲームである、とまで言われている昨今では日本が誇るサブカルチャー業界を持ってして発明大国とまで呼ばれているらしい。


「例えばプレイヤースキルを実戦経験値、相性や装備などのシステムに関する情報を知識経験値とする。加護や術式が優れている実戦経験値の高い奴は、知識経験値が少なくても純粋なゴリ押しで勝っちまうだろ?」


「あー……なるほど」


「んで知識経験値、つまり装備とか相性とかを熟知してれば実戦経験値がショボくたってあっさり勝ったりもする。逆に不利ならどうするべきかも分かりやすい……とまぁ、こんな感じだな」


 言われてみれば妙な納得感はある。ソラ自身は好んでゲームをやる方ではなかったが、魔術師を目指すと決めてから最初に手にした教材もゲームではあった。世話になったおっちゃんが超良い笑顔で勝手に買ってきてくれたので渋々やったが、流石国民的RPG、ドハマリである。

 亜人達それぞれの個性や特徴、魔術を魔法に置換して実際に見ながら作られるゲームというジャンルはある種知識の宝物庫だ。と朝斗は手放しで絶賛した。

 優華は全く理解していないどころか興味すらないという顔で知らんぷりだ。魔術師の家系だから俗物的な知識の得方は嫌いなのだろうと納得しておくことにする。


「ふざけた話はおしまいよ、ほら」


 長い通路を進み、光の差す向こう側から聞こえてくる声が徐々に大きくなっていく。光を遮っていた扉を開き、目に飛び込んできた眩さに一瞬だけ目を閉じる。

 目が慣れてきた頃、ゆっくりと目を開けばそこは現代日本とはかけ離れた心躍る世界が広がっていた。


「炎よ、散弾となれ!」


「なんの!水よ、壁となれ!」


「この術式は構成が甘いから途中で霧散するんだ、例えばここにこれを足して…」


「でもそうすると今度はこっちが…」


 学校の校庭ほどの広さだ。剥き出しになった地面を中心に、囲むように観客席が設けられているその場所は野球場ドームを彷彿とさせる。ドンッ!と大きな音を立てて火と水がぶつかり合い、沢山の人が中心で魔術を行使する二人を遠巻きに見つつ魔術について議論をしていた。

 非現実の光景、普通に生きていたらお目に掛かれない世界が当たり前のように視界に飛び込んでくる。


「おっ、来た来た……朝斗が付き添ってるってことはお前が噂の不良くん?」


 駆け寄ってくるなり、朝斗へ気さくに話しかける生徒がいた。薄い藤色の短髪、目は翡翠色で顔立ちは日本人ではない。男としては背が小さいヘラヘラとした生徒だ。

 ムートが頭の上からするりと肩へ降りてきて、俺は首だけで会釈して応える。


「先生を呼び捨てにするんじゃねぇよウィル。この赤いのが噂の不良くん……不知火(しらぬい)だ。仲良くしてやれよ」


「へいへい。俺はウィル・L・エルヴィン、三年生でお前達一組の寮長をやらされてる」


不知火(しらぬい) ソラです。よろしくッス」


「ところで、お前もしかして優華ちゃんと付き合ってんのか?ん?どうなんだよ~、俺がお茶に誘ってもグーパンしか返ってこねぇのにさぁ」


「はぁっ!?」


 ニヤニヤと肩を小突かれながらグイグイ来るウィルに全力で否定するが、それでもヘラヘラと追及してくる。ウザい、あまりにもウザい。漫画でよく出てくる酔っぱらったダメ上司並みのウザさ加減に、ソラも思わずグーパンで黙らしてやろうかと思うほどにウザ過ぎる。素知らぬ顔で優華の肩へ飛び立っていったムートが恨めしいほどだ。


「え~、寮長ってばこないだは私とお茶したくせに~」


「寮長のナンパはもう病気だろ、ほっとけほっとけ」


「おいコラそこぉ!これは親睦を深める為のスキンシップだって言ってるだろ!」


 ウィルが振り向き、通り過ぎ様に言いたい放題言う人達へ大声で叫ぶがそれすらもいつも通りなのか、その場に居たほとんどの人達から笑みが零れた。見た目通り女タラシなのだろうが、それ以上に人望が厚いようだ。そこはかとなく朝斗に似た接しやすさを感じる。


「俺達一組は年齢や学年とか関係無しに、仲間を重んじるように言われてる。まぁ朝斗が責任者だから何となく分かるだろ?困ったことがあれば、俺達を頼ってくれて構わねぇさ」


「あ、あざッス…」


 満面の笑みで言い切ったウィルがソラの頭を乱暴に撫でる。本当に、何処までも居心地の良い場所だ。種族も、人種も、まるで違うのに皆が家族のように触れ合い他人を知ることに抵抗がない。そんな場所だからか、自然と人が集まってきてワイワイと声が張り盛り上がる。


「赤い髪なんて珍しいなぁ!染めてんの?それとも地毛?」


「これは地毛で……」


「さっきの小竜、ありゃあ火蜥蜴(サラマンドラ)か?翼があったけど幼少竜(ミニ・ドラゴ)か!?あんな希少な生き物どこで出会えたんだ!?」


「ムートは赤ん坊の頃から一緒で……ちょっ、誰だケツ揉んだの!?」


 人が集まって来すぎてもみくちゃにされる。まるで満員電車のように人波にぎゅうぎゅう詰めにされ、あれやこれやと根掘り葉掘り質問攻めに合い、目まぐるしい人の圧力に目はグルグルで脳みそはとっくにキャパオーバーだ。

 パンパンッ!と大きな音が仲裁に入り、その場にいた生徒達が一斉に動きを止めて振り返る。


「あんまり新人を虐めんなよ……今日は不知火(しらぬい)の親善試合だ。二年生は結界を、三年生は見学に来てる真面目な一年生の隣でレクチャーしながら観戦してくれ」


「「「はいっ!」」」


 朝斗の言葉に生徒達が素早く動き出す。言われてみれば、一年生のカラーである紅いネクタイをした生徒が少ないながらも見て取れる。青いネクタイをした二年生、緑のネクタイをした三年生が五分五分といったところか。

 指示を受けてから実行に移すまで一切の躊躇が無い手慣れた動きで、二年生と三年生は準備を進めていく。直径百メートルはある野ざらしの地面を囲むように生徒達が離れていき、中心には朝斗とソラだけが取り残される。


「相手は……ウィル、お前がやれ」


「へーい」


 軽い返事をして、ウィルが懐から自分専用の武器を引き抜いた。有り体に言ってしまえば、ウィルが取り出したのは田舎の土産物屋に売ってるような木刀である。しかし長さは本来の木刀の半分程で、売っている物と比べればかなり粗削りな見た目をしている。


「意外と好戦的なもん持ってんスね、寮長……」


「いいだろ、俺の手作りなんだぜコレ。訓練用のだからって甘く見てると痛い目見るから気を付けてな」


 魔術師とは、言わば『戦う専門学者』だ。異能を持ち、智慧を極めんとする魔術師達は学院で戦闘経験を積んだり軍事的行動の習得が義務付けられている。主な理由としては自衛の為だ。

 異能を得る以上ある程度の危険が付き纏うのが魔術師である。未熟な魔術師を狙った犯罪は今やどこにでもある話で、誘拐や脅迫、強奪などで完成した術式さえ奪ってしまえば素人でも簡単に異能を扱えてしまう。正式に学んでいない者が扱えば命の危険があるとしても、異能の魅力に惹かれる者は後を絶たない。

 だからこそ、学院の門を越えた生徒達には自衛と自身への戒めとして一定の実戦訓練が施されているのだ。


「ウィル、殺す気でやれ」


「はぁ?何言ってんだよ朝斗……ついにボケたか?」


「いいからやれ」


 真剣な声色で言葉を返す朝斗に、軽い口を閉ざしたウィルは目の前のソラへ目を細める。

 ウィルの木刀のような武器術式は無し。どころか魔力すら感じ取れないほぼ一般人。唯一の懸念はあの幼少竜(ミニ・ドラゴ)だが、精々火のブレスを吐く程度だろうと推測。結果、ウィルにとってあの一人と一匹は絶対に脅威にはなり得ない。

 それでもこの学院の地を踏んでいるとなれば、導き出される答えは一つ。


「お前、加護持ちだろ。それも相当すげぇやつだ」


「………凄いっスね、寮長。俺から魔力の波は出てねぇ筈なのに」


 魔術師は魔力の流れを操作出来ても、意図的に魔力を消す事は出来ない。魔力とは生命力によって生み出される電磁波のような物だからだ。生理現象を我慢し続けられないように、無意識に発している魔力は魔術師として極めるほどにその量は増大していく。

 本来なら魔力を感じ取れない魔術師などもはや魔術師ではない、背伸びした子供だ。しかし、朝斗の言葉で気を引き締めたウィルは見事に見抜いてみせた。

 ソラにとって侮られないのは初めて経験だ。これが魔術師、これが智慧を追い求める者達。胸が高鳴り、そのスタートラインに立てている事に抑え切れない興奮が顔に現れる。


「朝斗先生の言う通り、殺す気で来てくださいッス。全力でやりたいんで」


「ははは……こりゃあ、気を付けないといけないのは俺の方みたいさね」


 腰を落としてウィルが木刀に手を添える。対してソラも腰を落とし、大地を踏みしめて拳を握り締めた。

 試したい。どこまで通用するのか、目指した先がどこまで遠いのか、見てみたい。

 

「危なくなったら仲裁してやるから、全力でやれ。親善試合――――はじめっ!」



 


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