第ニ章24話 怪物
「あ――――」
言葉通り、ムートがゆっくりと口を開いた。開いた口は無数の牙が並び、今からステーキにでも齧り付くように開いた口の先には、紫電を発する光球が圧縮されていく。
照準の先には悪魔と獣が融合したような人の形を模した怪物がいる。そのまま空気と魔力を胸一杯に吸い込み、光球へと一気に吐き出した。
「ガァ――――ッ!」
轟ッ!と収束された魔力が光線となって怪物へと放たれる。開戦の狼煙となった一撃は木々を薙ぎ払い、獣の動作で避けた怪物が爪を立てて一足飛びに飛び掛かってきた。
ゴキッ、と指を鳴らしたムートが振るわれた爪を紙一重で避けると怪物の顔面を鷲掴み、地面を抉り飛ばして上空へと飛翔する。狂気的な笑みを浮かべたムートがそのまま首をもぎ取ろうと腕を振った瞬間、腕に爪を立てられ引き裂かれそうになり、瞬間的に手を離したムートは左足でゴッ!と豪快に蹴り払う。
弾丸のように吹き飛んだ怪物が空中で身を翻せば背中に悪魔のような翼が生え、壊れた仮面を抑えると肉の再生する気持ち悪い音が響き、仮面を再生させて睨みつけた。
ムートは血の滴る腕を開いたり閉じたりして感触を確かめ、「チッ」と舌打ちを吐き捨てる。
「お前、最悪だギャ……神獣が混じってるギャ?」
「グルルルル……!」
返事はなく、硬質化した尻尾が一気に射出された。同時に翼をはためかせたムートは伸びてくる尻尾を手で弾き、搔い潜りながら再び怪物の前へと肉迫しつつ手の平に生み出した魔力を握り潰す。
キィン!と甲高い音が響き渡り、直後に炎へと変容した魔力はムートの拳を包み込むと、ムートは型なぞ微塵も気にせず思い切り拳を振り上げた。
「せー、の……ギャ!」
轟ッ!と拳の形をした巨大な炎が射出され、反射的に防御した怪物の左半身が根こそぎ吹き飛んだ。左上半身と下半身が真ん中から抉り取られ、致命傷を確信したムートがニヤリと笑う。
その瞬間、ギュルン!と怪物の肉体が再生する。抉り取られた筈の肉体が内側から弾けるように伸びるとより一層逞しくなった獣の腕が生え、一瞬の驚愕を見せたムートの隙を尻尾が文字通り絡めとる。
足首に巻きつけた尻尾で思い切り振り回し、ム-トの身体を玩具のように地面に叩きつけ、バウンドして返ってきた瞬間に生え変わった左腕がムートの腹部へと捻じ込まれる。
「…………ッ!!」
ドンッ!と砲弾のようにソラ達の近くへと叩き落とされたムートが地面を削って数十メートル吹き飛び、クッション代わりになった大木に身を沈めて口に入った木片を吐き捨てた。
「……あの神獣の加護だギャ。最悪だギャ」
「ニャニャ、大丈夫かニャ!?」
「バ……!?大丈夫だからすっこんでるギャ!」
チェシャ猫を言葉で制止して、轟ッ!と放たれた尻尾を躱す。宙から見下ろしながら尻尾を突き刺してくる怪物の足元へと走り寄り、足裏に魔力を集めると踏みしめる。
「――――犬如きが、神龍を見下すんじゃないギャ!」
ドンッ!と地面を凹ませて、爆発的な速度で舞い上がったムートが勢いのまま怪物の腹を殴りつける。肉を抉り、大きく吹き飛ばされた怪物が肉体を再生しながら体勢を立て直した瞬間、背後へと回ったムートが更に蹴り飛ばす。
「グルァ……!?」
上から下へ、下から右へ、右から左へ。殴り、蹴り飛ばし、掴んでは投げ、宙を縦横無尽に駆け巡り四方八方から攻撃を繰り出すムートに怪物はうめき声を上げながら身体を丸めて耐え忍ぶ。
高速で叩きこまれる龍の拳は一撃ごとに轟音を撒き散らし、怪物の肉体が削ぎ落されていく。轟っ!と振りぬかれた拳が怪物の顔面を捉えた瞬間、顔の半分が弾け飛ぶと同時に腕を掴まれムートは目を見開いた。
自身の超速再生を使った捨て身の反抗、怪物はそのまま尻尾を一斉に構え、捉えたムートへと射出する。
「邪魔だギャッ!!」
言葉と同時に龍の咆哮が響き渡り、大気を震撼させるとムートの全身が炎に包まれた。猛々しいオレンジ色の炎が射出された尻尾を焼き払い、灼熱に手を焼かれた怪物が驚愕で手を離した瞬間を逃さず、太陽を思わせる程の高密度の炎を口から吐き出した。
「龍の息吹――――ッ!!」
もはやレーザーと化したその息吹は轟ッ!と強烈な衝撃波を撒き散らして周囲の木々を吹き飛ばし、直撃した怪物ごと巨大なクレーターを生み出すと大地が悲鳴をあげるように鳴動する。
衝撃の余波に吹き飛ばされないようにソラの身体にしがみつくホーンズは、ムートを見上げた。
まさに、超常の戦いだ。神龍の大いなる力が振るわれるだけで、世界がこんなにも震えてしまう。だがしかし、一番恐ろしいのはそこじゃない。
「グルァ……ァアアアァアァアァァアアアァァアッ!!」
「何なのだ、一体奴は……バハムートにアレだけの攻撃をされて、何故死なない!?」
神龍バハムートの大いなる力を以てしてさえも死に至らない、どころか無尽蔵に再生するあの怪物の異質さの方が恐ろしい。世界の理を捻じ曲げているかのような異常な再生力を前に、神龍ですら手に負えない状況だ。
ゴキンッ、と指を鳴らしたムートが面倒そうに叩き落とした怪物を見下ろし、
「(あんまり時間がないギャ。ソラが起きたら力を持っていかれる……その前に)」
チラりと流し見たソラは荒い呼吸を繰り返しながら寝苦しそうにしている。異常な熱による発汗と、身体から放出される膨大な紅い魔力に苛まれて呻き声が止まらない。
自分ですら倒しきれないこんな怪物と、大切な家族であるソラを戦わせるワケにはいけない。
「死なないなら、再生できないくらい消し飛ばしてやるギャ」
真下に頭を向けたムートは水泳のキックスタートのように空気の壁を蹴り、甲高い音を鳴らして怪物へ突貫する。
魔力を燃やして纏わせた拳を振り被り、怪物の身体ごと掬い上げるように直撃した拳は勢いのまま上空へと連れていき、腹をブチ抜いた腕が怪物に掴まれる。
その瞬間、炎と化していたムートの魔力が変異した。
「――――ッ!?」
背筋を走り抜けた悪寒のままに、腕を引き抜いたムートは追撃の蹴りを浴びせて遥か遠くへと怪物を吹き飛ばし、違和感のままに腕を見れば、赤黒い螺旋のようなモヤが腕を絡めとっていた。
指先が徐々に黒ずんでいき、魔力ごとおぞましい何かに浸食されていくムートの腕を見てホーンズが叫ぶ。
「バハムートよ、それは魔神の魔力だ!早くこちらで治療を……」
「フンッ!!」
ホーンズの言葉を無視して、ムートが腕に力と魔力を籠めるとパァンッ!と甲高い音が響き、腕の浸食が追い出された。圧倒的な魔力密度による強引な方法にホーンズが啞然とし、同時に神龍すらも浸食する魔神の魔力を持っているあの怪物の異常さが際立つ。
異常な再生力と神龍すら浸食する魔神の魔力、異常な怪物と対峙しているのだと肌で感じたムートは這い寄ってくる確かな脅威を振り払うように翼をはためかせ、
「ここでぶっ飛ばせば問題ないギャ!」
翼で空気を引き裂きながら再び怪物へと飛翔する。身体の再生が終わった怪物と目が合うと獣の咆哮が響き渡り、同時に拳を振り被ったムートが異変に気付く。
怪物が、構えたのだ。中国武術のような柔らかな構えにムートの拳が一瞬だけビクリと反応する。神龍相手ですら一方的に殴り倒すどこぞの肉屋のオッサンが頭をチラつき、すぐに頭から追い払うと真っ直ぐに拳を突き出した。
世界がスローモーションへと変化する。この感覚は肉屋のオッサンと組手をした時に幾度となく味わった。突き出した拳が流れるような所作で下から絡めとられ、外側へと弾き飛ばされると返しの掌底が顎へと放たれる。ムートは触れることを許さず、サマーソルトの要領で避けながら蹴り飛ばす。
空いた距離を潰すように身を翻すと同時に繰り出したソバットが怪物に受け止められ、黒い魔力が浸食を始めた。
「う、ざいギャ!!」
ボウッ!と掴まれた足から炎が発生し、浸食を止めると同時に怪物の腕が離れる。しかし怪物は炎を無視して体勢の不十分なムートにドゴンッ!と両手のハンマーを叩きつけ、直下に叩き落とされたムートは翼をはためかせて足から着地、急降下してくる怪物の拳をクロスガードで受け止めると轟ッ!と衝撃波が吹き荒れる。
「グルァアアアァアァアアァアアァアアッ!!」
「(まずいギャ、力が……)」
腕を振るって拳を弾き飛ばした瞬間、怪物の尻尾がムートの身体を薙ぎ払い横へと吹き飛ばし、宙を舞うムートへとすぐさま追い付いた怪物が追撃の蹴りを放つ。
ギリギリのところで防いだムートは跳ね上げられるまま身を翻して体勢を整え、下から猛追してくる怪物と対面するとボウッ!と両手に炎を灯した。
目にも止まらぬラッシュの嵐、明らかに訓練された徒手空拳の攻撃にムートは神龍の身体能力と戦闘センスのみで全てを乱雑に弾き飛ばす。
「アアアァアァアァァアアアァァアッ!!」
徐々に弱まっていく自身の力に冷や汗を掻きながら、乱撃を搔い潜ったムートが突き飛ばすように距離を取ると口に魔力を集め、甲高い音を響かせて龍の息吹を――――
「ギャ……!?」
魔力が足りず、息吹は割れた風船のように情けない音を立てて不発に終わる。驚愕の隙を逃さない怪物はムートに飛び掛かり、有り余る膂力で地面を削りながら一気に引きずられ、慌てて怪物を蹴り上げたムートは息を呑んだ。全身から魔力が根こそぎ持っていかれる感覚、同時に訪れる虚脱感。突き上げた蹴りは文字通り、まるで効いていない。タイムリミットだ。
「ガァアアアァアアァアアアアアァアッ!!」
ガパッ!と仮面が割れ、大口を開けた獣が嚙みつこうとした瞬間、ポンッ!とコミカルな音を立ててムートの姿が幼龍の姿へと変化する。身体が小さくなったことで間一髪の所で噛みつきを避けれたのも束の間、懐から抜け出したムートを怪物の尻尾が捉えドゴッ!と大きく吹き飛ばした。
「ギャウ……うぅ……」
「バハムートよ!」
ホーンズ達の近くに飛ばされたムートが腹を強打されてうずくまる。急いで駆け寄ろうとしたホーンズ達の視界の遠く、禍々しい魔力を放ちながら歩いてくる怪物の姿があった。
神龍ですら殺しきれない怪物の存在、こんな事例は多種多様な本を読み漁ってきたホーンズですら見たことがない。
森の防衛機構であるジャバウォックなぞアレと比べてしまえば、犬や猫のような愛玩動物にすら見えてしまう。
アレこそまさに、正真正銘の怪物――――
「――――怪物の定義って知ってるかい?言葉を喋らず、正体不明であり……不死身であることだ」
「貴様は……」
「あの怪物の言葉を聞き、正体を知っており、そして倒す方法もあるとくれば……アレは手に負えない怪物なんかじゃない。そうだろ相棒?」
「当たり前だ、柊はぜってぇ助ける……無茶させてごめんな、ムート。休んでてくれ」
ムートを抱き抱え、赤髪の青年はホーンズにムートを優しく渡すと傷付いた大事な家族を見て拳を痛いほど握り締める。立ち上がり、面倒そうに首を鳴らす相棒――――東雲 神楽の隣に立つ。
「怒ってんのか、赤いの」
「あぁ、めちゃくちゃムカついてるさ。自分の弱さに……俺一人じゃ、助けられねぇ。だから手を貸してくれ」
「あっはっは、ヒーローでもあるまいし何を畏まってるのやら。俺達はそういう契約だろう?好きに暴れろ、お兄さんがフォローしてやるよ」
「おうっ!!」
不知火 ソラは吠える。ムートが時間を稼いでくれたおかげで傷を癒す事ができ、相棒である神楽が駆け付けて隣に立ってくれる。圧倒的な脅威はすぐそこへと迫り、二人の共犯者は身構えた。
怪物と人間の、命の喰らい合いが始まる。




