第ニ章20話 加速する螺旋
「今現在の世界にとって当たり前に存在している魔力というエネルギー。電気、熱、光、核等々の一般的なエネルギーと同等に扱われており、主な特徴としては物質体系に質量及び何らかの作用をもたらす二次エネルギーの役割を担える一次エネルギー、と定義されているわ」
「…………」
「正直に言えば魔力というエネルギーについては永遠の謎ね。一次エネルギーでありながら二次エネルギーの代わりにもなり、魔術のような特殊技術等に必要不可欠なエネルギーでもあるというのに、その逆は在り得ない。学術的には、核燃料でも魔術が発動出来なければ一次エネルギーとして同一視が出来ないのだけれども、現状魔力の代わりになるエネルギーは存在していない事から一部では『零次エネルギー』なんて呼ばれている。そもそも魔力の起源は……」
「ねぇ~、あたし達はおばさんの講義を受けにきたんじゃないんだけどにゃあ。ていうか、ココ何処?」
鏡送りで飛んだ先で、キョロキョロと辺りを見渡したハヅキがぶっきらぼうに言い放つと、目の前を歩いていたサリィが懐から電子タバコを取り出して吸ってみせる。
そう、鏡送りだ。飛んだ先の光景は余りにも突飛過ぎて最初は理解できなかった。何故ならば、絵本の中のようなファンタジー感満載の世界だった、気の狂った不思議の国とは真逆の現実的な場所だったからだ。薄汚れたミルク色の壁、長い廊下の照明は一本の蛍光灯が連なり、左右には無機質なドアと多数の部屋。簡単に言えば研究施設なのだが、ともすれば廃病院のようにも見えるのは薄暗さのせいか、それとも冷たい隙間風が吹いているせいなのか。
「此処は、気の狂った不思議の国の地下にある研究施設よ。家じゃ手狭になってきたところで、古いツテからこの場所を知らされたの。持ち主が死亡したせいでチームが解散し、廃棄されていたこの場所を今は勝手に使っているわ」
「黄金の夜明け団の軍事力拡大や開発に最適だもんねぇ~、此処は時間が狂ってるし……でも、それだけじゃないでしょ?」
「あら……引っかかる事でもあったかしら?」
「さっきのペンだよ?携帯や照明のように、スイッチや操作一つで機能を扱えるのは科学の分野だけど、あれは操作するだけで魔術を扱える。魔術を基盤にして科学を発展させるのは良い事だけど、科学が魔術の領分を侵すのは禁止されてる筈だよねぇ?」
カツン、とサリィの足が止まる。あっけらかんと言い放ったハヅキの言葉は的確に真実を射抜き、同時にソラは言葉で暴かれた事実に背筋を凍らせた。
今現在の世界は、全てにおいて魔術が基盤となっている。先程サリィが説明したように、魔力というエネルギー源が存在するからだ。今では誰でも使える携帯やパソコン、トイレから照明に至るまでありとあらゆる物質が魔術や魔力を含んだ物質を根底にして作られている。何故ならば、魔力や魔術を介して組み上げた方がエネルギー効率や作業工程などを大幅にカットできるからだ。
科学は科学の、魔術は魔術の領分でお互いに発展し合う言わばライバル関係のようなものだが、お互いの領分を侵犯してはいけないという全世界共通の禁足事項がある。
これは神楽から聞いた龍の爪の話と同じで、魔術によって発展してきた世界のバランスが崩れてしまうからだ。魔力や魔術はそれ単体では科学を発現できず、科学は魔術のように事象を引き起こせない。魔術だけで高精度なパソコンを作り上げることはできないように、科学だけで不毛の砂漠に人工的な雨を降らせることは出来ない。それが暗黙のルールだった――――今、この瞬間までは。
「…………素晴らしい観察力と洞察力ね、惚れ惚れしちゃうわ。ソラのお嫁さんになる気はないかしら?」
「はぁ!?」
「にゃはは、あたしの好みじゃないからお断り~。むかーし、どっかの変態教授から聞き出したけどぉ……黄金の夜明け団が裏でそういう危険なアソビをしてるって聞いたにゃあ?もしかしておばさんの事かなぁ??」
言葉とは裏腹に警戒心を最大まで跳ね上げたハヅキは右手を異形化させ、ソラを庇うように前に立つ。ついさっきまでその爪で散々切られたせいで、和解したとはいえ少しだけ身震いしてしまう。
それよりも、サリィは長年育ててくれた大事な家族だ。どうにかして険悪なムードを解こうと声を上げるが、
「ソラは黙ってて。この場所じゃバハムートの加護も大して使えないでしょ?」
「えっ、そうなの?」
「……はい?ソラってば自分の加護なのにそんな事も分からないくらいダメダメのおバカさんなの!?」
うぐっ、と痛いところを刺されたソラはしょぼくれた顔で大人しくすることにした。心底呆れた溜息を吐き出したハヅキが改めてサリィに向きなおれば、笑いをこらえるのに必死なサリィが涙目で覗き見る。
「ふふ……そうね、ソラは生物学にしか興味なかったものね。学院に入ってからはちゃんと自分の事も学習していると思ったのだけれど、相変わらずで気が抜けたわ……安心して、小さなお姫様。危害を加える気はないの……それも含めて、説明してあげるわ」
「……どーだか、ね」
シュイン、と爪を戻したハヅキは警戒心を丸出しにしながらサリィを睨む。突き当りのT字路を右に曲がり、その奥に見えるのは開けっ放しになっているドアと広い研究室だ。室内を照らす無数のモニターの光と古びた手術台が置いてあり、まさにホラー映画のワンシーンのようでソラは思わず嫌悪感を顔に出す。
「暗くてごめんなさいね。ほとんどのリソースを防衛システムに割いているから電力までは気が回らないのよ」
「隠れてイケナイ事してるもんねぇ?」
「うふふ……先程小さなお姫様が言ったように、この場所では身体的な特殊能力以外は加護も魔術も扱えないわ。大気中の魔力含有量が零、つまり魔力の通る道がないもの……逆に、魔術的干渉も一切されないから安心してちょうだい?」
「――――」
サリィは珈琲メーカーを手に取り、人数分のマグカップに中身を注いでテーブルに角砂糖の入ったケースを置くとハヅキが堂々と前に歩き出し、サリィが座る前にドッカリと椅子に座り込んだ。
促されるまま、ソラも隣に座ると「ソラはミルクいるわよね」とミルクシロップを目の前に置かれてしまい、年下のハヅキがニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべた。
「小さなお姫様、お砂糖はいくつ?」
「八つ」
「ミルクは?」
「クリームで」
くすっ、と今度はサリィが笑みを浮かべた。謎のやり取りをした二人はマグカップを手に取るとカチン!と鳴らして合わせて一口啜ると満面の笑みを浮かべ、
「あらあら、本当に聡明な子ね?小さなお姫様」
「ハヅキでいいよ~、おばさんも相当凄いね?B.Bの中でも頭良い方なんだけどなぁ~あたし」
「私のは年の功、ってやつよ。目を見張るのはその年でその知識量を持つ貴方だわ。是非ともスカウトしたい程に」
全く話に付いていけないソラは肩身を狭くして珈琲を啜るだけだ。聞いてみればとある界隈で有名な暗号だそうで、それで意気投合したのかアングラな話が右と左から飛び交い始めてしまいソラは心を無にして聞き流していた。
実際のところ、ハヅキとの戦いが終わってすぐにこの場所へと連れてこられたせいで疲労感と眠気が酷く、手に持っている珈琲がなければ今頃寝入ってしまっていただろう。
一番気掛かりなのはユウ達の事だ。あの時、鏡送りによって分断されてしまってから彼等の安否は掴めていない。憎悪に満ちたあの腕の持ち主が黒い魔力と関係しているのであれば、黒い魔力を焼き尽くした今ユウ達も安全であると思いたい。
「あらいけない。あまり時間が無いのだったわ……お喋りはまた後でしましょうハヅキちゃん」
「は~い。それじゃあ、まずはあたしから言わせてもらうね――――隠れてないで出てきなよ、おばさん」
ジャキンッ!と爪を異形化したハヅキが何もない空間を引き裂くと耳障りな壁を引っ掻く音が響いた。伴って景色が歪み、薄い布がぺらりと剥がれ落ちると切り崩れた壁の向こうから声が聞こえてくる。
「お転婆ね……機材までボロボロにされると搬入が面倒なのだけれども」
「だったら最初から誠意を見せてたら良かったんじゃん?香りが隠せてないよ、エルフのおばさん」
「えっ、えっ?どゆこと!?」
先程まで会話していたサリィがただのマネキンに変わり、壁の向こうから姿を現した長い耳の金髪美人がメガネを正しながら呆れた口調で歩いてくる。
状況が理解できず、困惑するソラを尻目にハヅキが爪を構えるが、サリィは歩みを止めることなくソラに近付くと力強く抱きしめる。
ふわりと香るのは香水の匂いと、その奥には隠し切れない甘い花の香りだ。
「いや、いやいやいや……だっておばちゃんは普通の人間の筈……」
「生身で会うのは初めてね、ソラ。私が本物のサリィ・J・タスカー……あぁ、やっと会えたわ……ずっとこうしたかった。貴方の事は本当の息子のように思っていたのよ、ソラ」
感動の再会、になるのだろうか。ソラとしては数年間見てきた人だが、耳が長いこと以外はほとんど変わらないままのサリィにそう言われてもいまいちピンとこない。
いや、違う。変わってなさ過ぎるのだ。
恐らくは数年、数十年と変わっていないサリィの姿は長命種であるエルフだという事を裏付け、更には鼻腔をくすぐるこの花の香りに意識がボヤけていくのが分かる。
反射的に身をもがき、サリィを突き飛ばす形で離れたソラは距離を取って大きく息を吸う。
「……なに、コレ。本当にエルフ?まるで盛りの付いた男淫魔みたい」
「おばちゃん……この香りは一体……?」
「……ごめんなさいね。この香りが、今まで姿を隠していた理由よ。ハヅキちゃんの推測通り私の身体にはある魔族の呪いが掛かっている――――存在するだけで精神的・肉体的に周囲の人間へ悪影響を及ぼす闇属性の魔力が放出されるという、呪い」
呪い。無数に枝分かれした魔術系統の中でも古の時代から在り、自身や他者の魂を汚す悪辣な効果によって呪術と呼ばれているものだ。一部の魔族のみが扱えると言われる呪術は多大な代償を支払うことで他者の魂に干渉する。
魂への干渉は神であろうとも許されない禁忌の行い、故に呪術を正確に捉えるならば心臓を対象にしたより悪意のある闇属性魔術、と定義されている。
古い時代には魂=生命を司る心臓または血とされていた名残だろうか、現代医学では呪術を紐解くと心臓に直接魔術的な刻印が施されているのが確認されている。
しかし、現代医学を持ってしても呪術に対しての明確な治療方法は見つかっていない。心臓という臓器のせいで一手間違えれば対象者が命を落とし、更には掛けた術者の怨念や支払った代償が大きければ大きいほどに解呪が困難となる為、身体を丸ごと入れ替えるなどの実質的に不可能な方法を模索しなければならないのだ。
「この呪いは年々強くなっていく……それは私に呪いを掛けた魔族が今も何処かで生き永らえ、力を蓄えている証拠よ――――私の目的は、呪いを掛けた魔族を見つけ出し呪いを解除させること。その為には手段を択ばず、禁忌にも手を伸ばすわ」
「おばちゃん……」
「その過程でソラの加護についても、解呪の突破口になればと調べさせて貰ったわ。ありとあらゆる魔術に耐性を持つ龍の鱗……バハムートの加護はその体現。だけど、既に施されていた魔術に対しては効果を発揮しない。私が欲する成果は得られなかった」
淡々と述べるサリィにソラはどんな顔をしていいのか分からず伸ばした手が宙を彷徨う。彼女は確かに愛情を持ってくれている。しかし相反するように身体を覆う呪いが親しい者との距離を遠ざけ、無意識に傷付けてくるせいで疑心暗鬼にさせてくる。
呪い、とはよく言ったものだ。親しいほどに傷付け、感情を抱くほどに傍に居ることを許さないのだから。
「……それでぇ?あたし達を呼んだのは何の用があってなのかなぁ?その程度のお涙頂戴話であたしは感化されないよ。サッサと用件を話して」
「お前……っ!」
「見誤らないでよ、ソラ。実害が無かったとしてもソラはこのおばさんに実験対象にされていた。一歩手前とはいえ、戦争準備中の国で誰にも見つからずに何らかの実験と研究を行っていた。なにより――――あたし達を監視する目を持っていたんだよ」
「それは…………」
ビーッ!!と突然けたたましいアラート音が鳴り響いた。天井に設置された警報ランプが赤い光をぐるぐると回しながら、三人が同時に辺りを見渡すと施設を揺るがす震動が響き渡ってくる。
「そんな……気付かれたというの?周囲一帯に痕跡は残っていないはず……!」
「いいから状況を説明して!このアラートはなに!?」
「……地下十階層からなるこの地下施設の一階入口が破壊、又は侵入されたわ。振動からして、外から物理的にこじ開けられたようね。魔力センサーにもとんでもない魔力放出が感知されて……!?」
壁際のキーボードに走り寄り、タイピングしながら上部のモニターに感知した魔力をグラフ表示させるとサリィは目を見開いた。波状のグラフで表示されるはずのそれは観測できる値を振り切り、ノイズが走っているのか大量のエラー表示を排出させていた。
「在り得ないわこんなの……どの属性の魔力波形にも該当しない?違う、異質な魔力が既存の魔力に寄生して、魔力を変質させてる……!?」
瞬間、ゾクリと背筋に氷が走った。突き刺すような殺気の弾丸に撃ち抜かれたように、ソラは反射的に天井を見上げる。
学院で感じたものとよく似ているが、再び受けた弾丸は余りにも荒々しく込められた感情が剥き出しになっていた。明確な殺意と憎悪が首元を舐め回すその感覚は、先程まで対峙していたあの悪意だ。
「あの、黒い魔力……!」
「黒い魔力……ソラが吹っ飛ばしたんじゃないの?」
「俺もそう思ってたけど……クソ、どうなってんだ!」
パンッ!と大きな発砲音がした。サリィが銃を天井に撃ち放ったのだ。その音を合図に思考を切り裂いたサリィが大きく息を吸うとハヅキとソラの二人へ交互に目を合わせて、
「悠長に分析している時間はないわ。研究データの移送の為、ハヅキちゃんとソラは侵入者を迎撃して時間を稼いで頂戴」
「おばさんの私利私欲のために働けって言うのかにゃあ?」
「私が研究していたのは、亜人と魔族の遺伝子組成についてよ。とある情報屋から、貴方達双子のデータも貰っている……この意味が、聡い貴方なら分かるわよね?」
「――――っ」
目を見開いて息を呑んだハヅキは恨めしそうにサリィを睨みつけると、ふん!と鼻を鳴らして部屋から出ていってしまった。
同時に、ポケットからイヤホン状の機械を取り出したサリィはソラに投げると壊れないようになんとか受け止めて、イヤホンとサリィを交互に見比べる。
「これを持っていきなさい。黄金の夜明け団から依頼されていた、特殊な環境下でも使えるよう開発した通信機よ」
「もう、何が何だか頭が追い付かねぇ……ていうかコレ、貰っていいのかよ?」
「状況が状況だから仕方ないわよ。私達の食費だってこういう依頼のおかげだから断るに断れないし……」
「俺達のメシ代、こういうのから出てたの!?」
「今の時代、精肉屋だけじゃ生きていけるワケないでしょう。経営知識も無いのに、いつも見切り発車でやりたがるんだからあの人は……」
あの人、とは夫であるジゥの事だ。あれがやりたい、これがやりたいとジゥが言い出す度にサリィがド正論で屈服させ、最終的に正座でお説教されるという見慣れた光景が脳裏に浮かびあがりソラは思わず苦笑する。
そんなソラに申し訳なさそうに眉根を下げるサリィが告げる。
「信じて欲しいなんて、今更おこがましいけれども……私は貴方の、貴方達の味方よ。貴方の母親とそうであったように……」
「――――おふくろの事、知って……!?」
「私が語れるのはここまで。さぁ行きなさい……女王のいない今、この国は一時的に支配権が委譲されてるわ。番人である一人に……奴こそが、今回の騒動全ての黒幕よ」
監視カメラに繋がれたモニターが拡大表示され、ソラは目を見開いた。
再生される映像には、ユウ達が鏡送りで拉致された時に見えた禍々しい腕を持った鬼のような化け物たちが廊下に所狭しと密集し、その先に怪しく光る赤い瞳――――青い燕尾服に白色の髪をした兎人族の青年がカメラを閃光でカメラをぶち壊す瞬間だった。
――――…
「ハヅキ、ハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキハヅキ……!!」
「ユウ、落ちついて……!」
「うるせぇ!ハヅキがやられた……シエルもハヅキが連れてかれるのを見ただろ!?ジッとなんかしてられねぇよ!!」
同時刻、施設内の七階に位置する場所でユウ達は足早に廊下を駆けていた。背後から襲ってくる先程の化け物達など目もくれず、ただ前だけを見据えて走るユウは憎悪に満ちておりシエルは表情を曇らせる。
ハヅキとソラがサリィの機械によって鏡送りで転送される瞬間を目撃した後、偶然にも隠蔽魔術で隠されていた施設の入口に迷い込んだ二人は明らかに科学技術で作られたこの場所を調査していた際に、ユウが何らかの通信を受けていた。その後すぐに憎悪を剥き出しにして猛進し始めたのだ。
突如鳴り響くアラートに侵入したのがバレたのかと思ったが、背後から化け物に襲われたことで自分達がバレたのではないとシエルは知ったが、ユウはどうでもいいと言わんばかりに壁から現れる警備システムの銃を壊していく。
「いいから落ち着け、この馬鹿!」
「あだっ!?」
「この事態はもう僕の任務外、だから友人として言わせてもらうよユウ。君は焦り過ぎだ」
「おま、何も銃把で殴らなくても……いってぇ……!!」
銃のグリップ部分で頭をチョップされたユウが涙目で訴える。それでもジッと睨みつけられ、バツが悪そうに目を逸らすと心を落ち着ける為に大きく深呼吸する。
一息付いたのを見計らって、シエルが監視カメラの位置を確認すると口を開いた。
「この際だからハッキリ言おう。僕がこの国に来た理由は賢者の石じゃない……この国の女王に、反乱因子となる存在の排除を依頼されたからだ」
「…………っ」
「安心して、君とハヅキちゃんの事じゃない。女王の推測では、君達がこの国に来てる来てないに関わらず、この国は滅んでいた。その後の反乱因子の処理と楔の保護が、僕の与えられた任務だ。人手が足りなくて僕だけだったから、事が終わるまで静観しているつもりだったけどね」
「……じゃあ、なんで今俺と一緒にいるんだよ」
うーん、と悩む素振りを見せたシエルに首を傾げれば、シエルは小さく笑みを零す。何故笑ったのかは理解出来なかったが、答えを聞く間もなく廊下の先から破壊音が響いてきた。森の中で幾度となく倒したあの鬼の化け物だ。
赤一色の両眼を滾らせて、壁を削りながら突き進んでくる化け物にシエルはナイフを構える。
「間違った道に進もうとしている友達を、見捨てていけないだろ?君は、君ならまだやり直せる――――大切なモノの為に悪になる人は、もう見たくないからね」
「…………そうかよ。お優しいこった」
憎まれ口を叩くユウに苦笑いを浮かべて、同時に飛び掛かってくる三体の化け物にグリップを握り締めた瞬間、ドンッ!と背後から水色の弾丸が狂いなく化け物の頭部を撃ち抜いた。
振り返ればすっかり平静を取り戻したユウが銃を構えており、「どうだ」とばかりに胸を張って見せる。シエルはもう一度笑みを零して、掲げた拳を二人で付き合わせた。
「君が間違わないように、僕が支えてあげるよマイ・フレンド」
「……殴る時があったら、普通に手で頼むぜ」
そうして二人は笑い合うと、再び走り出す。
螺旋を描いて交わる悪夢から抜け出すために、それぞれの想いを乗せて突き進んでいく。その果てに――――未来があると信じて。




