第ニ章19話 目覚めの時
樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう――――しかし実際には種なのだ。
生という道のりを栄養に、育ち続ける枝が曲がらないように他者が影響を与え、歪になった枝は切り捨て、正しく果実が実るようにと祈りながら育て続ける。しかし種の段階で傷を負い、病を患った種は真っ直ぐに育たず果実もまともに実らない。
今からでも、遅くはないだろうか。これから手を添えても、間に合うのだろうか。
「もう遅い、なんて言わせねぇ……これまでのお前の為に、此処から始めるんだ。俺達とお前でッ!」
「――――っ」
不知火 ソラは叫ぶ。今からじゃない、此処から始めるんだと。間に合うかどうかじゃない、助けたいから手を添えるのだと。
「うるサい、うるさイうルさいウるさいッ!こレ以上、あたシを苦しめないでっ!!」
ハヅキの絶叫が木魂する。うずくまり、身体を震わせて泣き叫ぶ少女とは裏腹に、黒い魔力が膨れ上がるとハヅキを浸食し、感情に反応しているのか黒い杭が形成され勝手に魔術が発動した。
轟ッ!と空気を引き裂いて発射された杭が無数に降り注ぐ中、ソラが両手を翳すと真紅の炎が盾となり飛んでくる杭の全てを焼き尽くしていく。
「あたし、は……沢山ノ人を殺シた!数えきれナい罪を犯シた!こんナ化け物、生きてテいいワケがなイ!もう嫌なノ、もう諦めタのに!あたしの心ニ、勝手に入ッてこないデぇ――――!!」
「んな事知るか!お前が諦めていようと、俺は諦めてねぇ!俺とお前は会ったばかりだろうが!なのに勝手に諦めて、勝手に絶望しやがって……っ!」
振り払うように振るった炎が発射される寸前の杭までをも焼き払い、弾が無くなったのを確認した瞬間ソラは両の掌を背中側に向けて、生み出した炎を推進力へと変換し突貫する。
爆発的なエンジン音と炎の尾を引いて宙を舞うその姿は、翼を羽ばたかせる龍を彷彿とさせた。月光を背に雄たけびを上げるソラは真紅の炎を握りしめ、ハヅキを覆う邪悪な黒い魔力目掛けて拳を振り下ろす。
グンッ!とハヅキの身体が引っ張られ右手の異形の爪がソラの拳と衝突した。盛大な金属音が鳴り響き魔装と爪が文字通り火花を散らすが、ソラは目を見開くと振るわれた左手の爪を逆の魔装で受け止め、両手が爪に襲われている状態のソラは圧し掛かる膂力に身体を潰されそうになりながらハヅキに目を向ける。
大きな瞳からは涙が零れ落ちているが、それ以上におかしな反応をしていた。まるで身体が勝手に動いているかのように、振り下ろした自分の両手に疑問の目を向けているのだ。
ゆっくりと、ソラの顔へと黒い魔力が伸びてくる。下から覗き込むように起き上がった黒い魔力は下劣な笑みを浮かべていて、口を開いた瞬間聞くに堪えないけたたましい笑い声が響いた。
『キヒッ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!』
「づぅ……!?」
鼓膜を揺さぶる汚らしい笑い声に吐きそうになりながら、ソラは必死で顔を上げる。黒い魔力がハヅキの身体を操っているのは間違いないが、ハヅキにはこの黒い魔力が見えていないようだ。見えないものを説明したとしてもにわかには信じられないだろうし、そんな暇もない状況で絞り出せるのはたったの一言だった。
「未来を、捨てるな……ッ!」
ソラの真紅色に染まった瞳が光を灯す。魔力の収束や流れが視覚的に感じられるようになったソラの瞳は、黒い魔力が次に何をしようとしているのかを見逃さない。
周囲に展開された無数の魔力収束に対して、ソラは雄叫びと共に魔装から真紅の炎を巻き上げる。爪を弾き飛ばし、両手から炎を噴射して舞い上がれば一瞬前まで居た場所を黒い閃光が通過した。まだ終わらず、舞い上がったソラに対して照準を定めた魔術円が一斉に発射され、更に飛翔したソラは追うように発射される黒い閃光を飛んで避けていく。
「(見える……魔力の流れが、風のように広がる魔力の動きが目で視える!)」
どうして視えるようになったのかは分からない。そんな些細な事はどうでもいいとソラはより一層目を凝らして集中する。視界に映る魔力の流れが次の魔術の発射口を知らせ、頭で考えるよりも先に魔装が反応して回避できるルートを感覚で伝えてくれる。まるでムートと共に飛んでいるかのような安心感に小さく笑みを零し、ソラは腕に宿る加護に全てを委ねた。
飛翔する先々に魔術円が発生、瞳で魔術の起こりを視たソラはバハムートの加護に引っ張られるまま身体を捻って黒い閃光の嵐を搔い潜ると、大気に流れる魔力が一気に吸い込まれていくのを見た。辺りを見渡せば、眼下のハヅキを中心に巨大な魔術円が紫色の燐光を放って展開されている。
「……ざ、けん、なぁああああああッ!!」
怒りに顔を歪ませたソラがギュワッ!と空気を引き裂いて身を翻し反転してハヅキへと向かっていく。
魔術師が魔術を扱う際、構築した魔術円が自身に触れないように徹底しなければならない。何故ならば、魔術円は魔術の発射口であると同時に魔力の吸引口でもあるからだ。
武器術式やウィルの簡易術式のように物質を媒介にした場合、吸引口はその媒介となった物質に依存する。物質とは、魔力を持っていれば人間でも構わない。むしろ神経や生命エネルギー、魂までをも魔力に昇華した際の人間の魔力量は余りにも膨大で、昇華した人間が一般的な魔術師だとするとその人間が生きる筈だった人生分の魔力が一瞬で収縮されて手に入る。残った寿命が六十年ならば、六十年分の魔力だ。
――――代償として、その魂は燃え尽きて消えてなくなり、二度と輪廻の輪には戻れない。
つまり、あの黒い魔力は媒介として極上の器であるハヅキの魂さえも喰い潰そうとしている。ゲラゲラゲラゲラと、けたたましく笑いながら生命を道具のように弄んでいる。
「……もウ、終わリ。手を差シ伸べらレテも、こんナ手じゃ掴めナい。化け物ニ成り下ガったあたしは、モう――――」
「――――まだ何も、終わってねぇ!始まってもいねぇだろうが!!」
黒い杭と閃光が行く手を阻むように展開される。針の孔程の狭い道のりを縫っていき、杭が頬を掠め、閃光が身体の節々を掠っては焼いていく。一刻でも早く、一瞬でも速く、涙を流す少女の元へと飛翔する。
「間違ってきたんなら正せばいい。罪を犯してきたんなら、償えるぐらい誰かに手を差し伸べればいい!お前のその力は抗う為に、空を見上げる為に手に入れた力だろうが!!」
「――――っ!」
黒い魔力が傷を負いながら突き進むソラをあざ笑い、魔術円がソラを囲むように展開されビュンッ!と格子状に発射される。真紅の瞳は見逃さず、手の平から更に炎を噴き上げたソラは加速を持ってして避けると狙い澄ました黒い杭が眉間に目掛けて発射されていた。
その戦い方はもう、見た。
身体を捻り、回転しながら顔を反らすことで勢いを殺さずに避けたソラの額が通過していった黒い杭に切り裂かれる。そのまま反転し、背後に右手を翳すと放射上に放たれた真紅の炎が戻ってくる黒い杭を焼き潰した。
「がっ!?づ、ぅ……っ!」
背中を向けた一瞬で発射された黒い閃光が僅かに腹を抉り、同時に肩口を黒い杭に切り裂かれる。慌てて振り返ればハヅキを媒介とした魔術円が激しい光を放っていた。伴って近寄らせまいと黒い杭が次々に射出され、ソラは右手を翳して炎の盾を張る。
ガィンッ!と高速で射出される黒い杭が燃え尽きる前に魔装とぶつかり合い、バランスを崩したソラはそのまま身を翻して泳ぐように杭の雨を落下していく。黒い閃光が首元を掠め、杭が身体中を刻んで、尚もソラは真紅の瞳を凝らして叫ぶ。
「……これまでのお前が沢山泣いてきたんなら、これからのお前は泣いた分まで沢山笑うんだ!目を開けろ、お前の見たかった世界はずっと此処にあったんだ!!」
「――――っ」
いつの間にか形を変えていた灰色の世界は、見張られた箱庭のようだった。逃げ出したいのに、竦んだ足は日陰に根を張り、踏み出す勇気さえも出なかった。
歪められた現実はあの日見た炎が吐き出した灰に塗れて、感情という色を覆い隠してしまう。どれだけ歩いても、どれだけ力を得ても、広がっていく灰色の世界に本当の自分さえも見失って泣いていた今――――「思い出して」と世界の外から声が響き渡る。
割れる、割れる、灰色の世界が。不合理と理不尽に絶望した心が閉ざした世界の空を、鮮やかな真紅色が突き破る。
遥か上空から飛来するソラが歪な夜空を背に従えて、翼のような炎が蛍のように溶けて消えていくその景色は――――灰色に変えられない美しい色をしていた。
瞳に焼け付く真紅色へ、ハヅキは無意識に手を伸ばす。
「……し……て……」
掠れた声がゆっくりと、唇を震わせて心を解き放つ。無意識に伸ばされた手が確かな意思を持って、足を縛り付ける根を引き千切って、偽りの自分を脱ぎ捨てる為に、手を伸ばす。
黒い魔力が絶叫を上げる。汚らしい下卑た笑い声ではなく、痛みにもがくような叫び声だ。同時にハヅキと黒い魔力が乖離し、魔力がボロボロと炭のように崩れていく。
「あたしを、化け物……でも、それでも…………愛して、ください――――っ!」
魔力が抜けた影響か、少女が在るべき人間の姿で大粒の涙を零して、本当の自分を曝け出す。ソラは笑みを浮かべて応えるように真っ直ぐに手を伸ばし――――次の瞬間、轟ッ!と激しい地震を伴ってハヅキを媒介とした魔法円が眩い燐光を放ち始めた。依り代を失った黒い魔力が最後の悪足掻きに、ハヅキの生命を道連れにしようと再び下卑た笑い声を上げた。
魔術の発動までおおよそ一分。黒い魔力の迎撃によって押し留められたせいで、ソラとハヅキの距離は数百メートル。
間に合わなければハヅキの生命が喰い潰されて、死ぬ。
「紅蓮・弐式――――崩煉ッ!」
ソラは瞬時に巨大な真紅の炎を生み出し、それを両の拳で乱打する。打ち抜かれた炎はボウッ!と隕石のように降り注ぎ、ハヅキを避けて魔術円の地盤のみを叩き壊した。
眩い燐光が消え去り、魔術の発動を食い止めたと思いきや黒い魔力自体が目の前に立ち塞がる。黒と赤の螺旋のような魔力は本能的に嫌悪感を駆り立て、粟立つ肌が目の前の異物の存在を否定する。
そして、今度はソラを取り込もうと黒い魔力が鞭のように伸ばされた。迫る魔力を真紅の炎で薙ぎ払い、ソラは腰溜めに拳を構える。
この技は風吹とロレナを助ける為に放ったものだ。あの時はまだ名称が無かったが、あの戦いのあと強大過ぎるバハムートの加護を制御する為に、ソラは一定の出力式と動きの型を作り上げ、紅蓮式という技群を生み出した。
その中でもこの技は罪を犯した魂を裁く神の名を冠している。その名は――――
「紅蓮・参式――――炎魔ァ!!」
生み出した真紅の炎にバハムートの加護を乗せて、出しうる最大出力で解き放つだけの武骨な一撃。しかし、それだけで良いのだ。
『――――ッ!?』
放たれたのは太陽と見紛うほど超大で、空さえも焼き尽くすような真紅の炎。神龍の息吹は魂さえも燃やし尽くし、世界に存在する事さえ許さない。
一瞬にして飲まれた黒い魔力は真紅の炎の中で燃えるでも溶けるでもなく、ただただその存在を消されていく。
「うぉおぉぉおおぉぉおお――――ッ!!」
『――――リ――――ウ――――』
発射台となった腕を捻り上げ、振り上げた拳に従って真紅の炎は遠い空へと打ち上げられた。やがて、完全に黒い魔力を消し去ると炎が空中分解して蛍火のような魔力の残滓が気の狂った不思議の国全域に降り注ぐ。
戦いの終わりを告げる雨のように、真紅色の残滓はこの国の歪な夜を彩り幻想的な景色を生み出した。
燃え尽きた戦いの火蓋が、灰なって終わりを報せ始める。
――――…
城下では戦っていたトランプ兵達が続々と武器を落とし、意識を取り戻すと空を仰ぐ。戦いが終わったのだと理解したウィルとハンプティ・ダンプティが揃って尻餅を付き、盛大に息を吐き出していた。
「今回は、最後まで居られて良かったぜ……途中リタイアなんてもう二度とごめんさ」
「吾輩のステッキ、ステッキがぁああああっ!彼の形見だというのに、おのれどいつだ折った奴はぁああああ!!」
「最後まで締まらねぇ奴だな……まっ、今はいいけどよ」
そもそも操られていたのだから誰も覚えていないだろうが、ハンプティ・ダンプティはそんなことお構いなしに怒り心頭だ。ウィルは口元に笑みを浮かべて、味わうように空を仰いで目を瞑る。
同時刻、簡易的な救護室として設けられた部屋でホーンズが窓を覗き込む。包帯で巻かれた胴体を抑えながら、降る真紅色の残滓に目を奪われて茫然と眺め続ける。
「言ったでしょ、熱いバカがいるって」
「…………あぁ。馬鹿も馬鹿、信じられないほどの大馬鹿だな。馬鹿の思考回路は全くもって理解ができん」
大きな溜息と共に吐き出されたのは震えた声の罵倒だった。ホーンズは振り返らず、食い入るように窓の外を眺め続ける。
窓に反射して、とめどなく流れる涙が見えてしまっている事にも気付かずに。
優華は小さく笑みを零して、
「……立ってるのまだツラいのよね。終わりに浸りたい処だけど、私は大人しくベッドに戻るとするわ」
「ふん、脳筋女の癖に軟弱だな……サッサとベッドに戻りたまえ。私はもう暫く、勝利の感慨を味わわせてもらう」
肩を竦ませて優華は宣言通りベッドに腰掛ける。隣で眠る風吹も何かを感じたのか、その寝顔は笑みを讃えていた。
荒れ狂っていた木々達が、暴れていた獣達が、一斉に空を仰ぎ見たことのない美しい景色に見惚れて動きを止める。
こうして、摩訶不思議な国で起きた夢のような騒動は終わりを迎えた。
しかし、物語は未だ続きを綴る。導を得て、筆を振るうのは夢から覚めた少女の役目だ。
――――…
「ぐへぇっ!?」
「わわわ、大丈夫?おにーちゃ……ソラ?」
「いでででで……あぁ、だいじょぶだいじょぶ。魔装が解けたせいでちょっと高いトコから落下しただけだから」
「ちょっと……?百メートルはあるけどちょっとなの??」
恐らく、魔装から魔力を絞り過ぎてムートが限界を迎えたのだろう。空中で強制的に魔装が解けてしまい、そのまま自由落下してきたソラは幸いにもギリギリ残っていた加護のおかげで致命傷にならずに済んだ。
今は大の字になって地面に倒れ伏し、歪な夜を彩る真紅色の残滓と、心配そうに顔を覗かせる様子の変わったハヅキを眺めていた。
「文字通り、憑き物が落ちたって感じだな……ていうか、呼び捨てってどうなんだよ」
「日本では呼び捨てにする方が親密度が高いんでしょ?憑き物に関してはぁ~……自暴自棄になっていたというかぁ、もうどうでもよくなっちゃってたっていうかぁ~……あたし自身、よく分かってないの」
「……そういや、風吹もそんな事言ってたな。自分でも信じられないくらい憎んでいたって。魔神のあの黒い魔力が、そうさせたんだろうな」
よっ、と身体を起こしたソラは傍らで首を傾げる少女の頭を撫でる。こんな少女までもが悪意の喰い物にされてしまうなど、とても許し難い事だ。
あの魔神の黒い魔力は思考を捻じ曲げ、悪感情を増幅し、人間性すらも歪めてしまう。
「……加護の力を憎んでたのは本当だよ、多分そこに付け込まれたんだと思う。だってあたしが喉から手が出るほど欲しかった物は全部、お兄ちゃんが持ってたから。才能も、魔術適正も、加護の力さえも……全部」
「うわぁ、羨ましいなちくしょう。俺なんか生まれた時から魔術は使えないし、加護の力に慣れるまで椅子壊すわ机折るわ友達泣かすわでめちゃくちゃ大変だったんだぞ」
「…………その話を聞くと、加護の力に拘ってたのが信じられないくらい馬鹿みたいだにゃあ。でもそのおかげで、あたしはこーして生きてるし?」
ズイッ、と顔を寄せたハヅキと正面から目と目が合う。パッチリとした可愛らしい緑と青の綺麗なオッドアイが眼前に迫り、身動きが取れないよう覆い被さる形で身体を寄せるハヅキに怪訝な目を向ければ、ペロリと妖艶に赤い舌が覗かれる。
「わからせられちゃったこの身体、ちゃーんと最後まで面倒見てもらうからね、ソラ?」
「お前のそれ、素なのかよ!?おまわりさーん!こいつ変態ですッ!!」
「おさわりウーマンです!ごはんは君ですか!?いただきますっ!!」
「そのノリすげぇ既視感あんだけど!?ちょ、ま、俺にはムートがぁあああああああっ!!」
どっかの情報屋のようなノリで返されたソラは身体をまさぐり始めたハヅキを無理矢理剥がそうとした瞬間、「冗談だよ~♪」と小悪魔な笑みと共に離れていき押し返そうとした手が空を切る。
ついでに勢い余って前のめりに倒れこんで顎を強打し、擦りつつハヅキを見上げればケラケラと楽しそうに笑っていた。
年相応の可愛らしい笑顔に釣られてソラも思わず笑みを零す。
「戦ってる時のあのソラなら相手シてもいいけどぉ、今のソラじゃ石ころ舐めるのと同じだもん。ぺっぺっ」
「俺の場合、元々の魔力がゼロだからなぁ……魔装してる時はムートから魔力供給があるから使えるけど、そもそもデフォルトで魔術が使えないんじゃ意味ないし」
「んぇ?何言ってるの、ソラはちゃんと魔力あるじゃーん?」
サラっと出たトンデモ発言に、ソラは勢いよくハヅキの肩を掴んだ。目は血走り、掴んだ両手はぶるぶると震えていてその振動でハヅキがスマフォのようにバイブレーションする。
「ど、どどどどどどどいうことどゆこと!?俺にも魔力あんのっ!?」
「にゃにゃにゃにゃっ、ああるるよよ~~。ソラの場合は特殊なだけでぇ~」
「詳しくは私から説明させて貰おうかしら。ねぇソラ」
突然、二人の間に声が割り込んだ。気付けば金髪の女性が二人の行動を満面の笑みで眺めており、余りにも場違いすぎる割烹着を着たその女性は、見た目の色気、スタイル、外国人特有の整った顔立ちなどミスマッチのオンパレードだ。
本来ならば即座に警戒しなければならない状況だが、反応が遅れたのは割り込んだ女性がソラの知り合い――――家族のような存在だからだ。
「お、おばちゃん!?え、いや、何でこんなとこに?ていうかどうやって……!」
「――――っ」
目の前に現れたのジゥの妻であり、ソラとムートを甲斐甲斐しく世話してくれた肉屋夫妻の片割れだった。唐突過ぎて状況が飲み込めないソラと、正しく警戒心を最大にしてソラを庇うように立つハヅキの二人を見て、女性は小さく溜息を零す。
「さぁ、お話をするにしても早く場所を変えましょう。気付かれる前に」
「……おばさん、誰。あたしの記憶じゃB.Bのメンバーじゃないでしょ」
「…………そうね。改めて、ちゃんと名乗っておくわ。ソラも聞いてちょうだい」
カツン、と高いハイヒールを鳴らして向き直った女性は割烹着のポケットからある装置を取り出した。試験管のような形状と太さをしたスイッチであり、尖った先端部分で宙に円を描くと薄っすらと景色が歪み、スイッチを押し込むとポンッ!とケミカルな音を立ててあるものが作られる。鏡送りだ。
「私の名前はサリィ・J・タスカー。元黄金の夜明け団特殊武具開発部門局長で他にも色々経験してきたけども……今はしがない肉屋の奥さんよ」
「…………はぁぁああああああっ!?」
そう言って、色気たっぷりにウインクしたサリィにソラの絶叫が響き渡る――――その一部始終を赤い眼が覗いているとも知らずに。
夢から覚めたとて、現実が悪夢じゃないとは限らない。まだ終わっていない、と続きを綴る少女は拳を握りしめた。




