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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第ニ章 双子の忌み子
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第ニ章15話 約束


「バカ、降ろし、て……!降ろしなさいっ!」


 城の廊下に悲痛な叫び声が響き渡る。姫抱きにされる形で抱えられている優華は力の入らない手で抵抗を試みるが意味を成さず、自分を抱き抱えている者に必死な目を向ける。

 身体中を鋭利な爪で切り刻まれながらもその身を盾にして優華やホーンズを庇っていた彼は、優華を安心させようと額から血を流しながら優しい笑みを浮かべて応えるだけだ。

 ひゅうん、と風切り音が響くと同時に、二人を抱えて逃げていた彼――――風吹の背中から鮮血が飛び散った。


「……あ、ぐっ」


「貴方一人なら何とかなるでしょ!?私達はいいから、早く……!」


 優華の言葉を無視して、風吹は痛みで食いしばった顔のまま膨大な魔力を放出する。ブオッ!と吹き荒れる旋風が廊下を一気に走り抜け、弾丸の形となって三人を追う追跡者に発射されるが、


「あはっ、魔力操作がへたっぴだにゃ~。ていうか、こんなショボイのじゃぜんっぜんお腹一杯にならないんだけど?」


 ザリッ、と爪で引っ搔いたような耳障りな音と同時に風の弾丸は引き裂かれた。荒い息を悟られないように視線だけを後ろに伸ばして確認すれば、悪魔の角を一本だけ生やした少女が弾丸を引き裂いた爪をペロリと舐めとり、妖艶に輝く眼を楽しそうに歪めて言う。


「ねぇ、早く次を頂戴?じゃないと……喰い殺す(たべちゃう)よ?」


 音が鳴るほど歯を噛み締めた優華は震える手に意識を集中させて魔力を練り、雷に変換するが指先から零れるのは静電気程度の微弱な電流だけだった。眉根を寄せて、不甲斐ない自分に苛立ちを隠せないまま優華は状況を理解しようと頭を回転させる。


――――…


 ホーンズの後に続いて、隠し階段を登り切った先は女王の部屋に繋がっていた。煌びやかな装飾と天蓋の付いたピンク色のベッド、巨大なドレッサーには色鮮やかなドレスが敷き詰められており、歴代の女王の絵画が至る所に飾られたその場所は確かに王の部屋に相応しい荘厳さがあった。

 端に寄せられた化粧台には豪奢なアクセサリーが陳列されており、その隣には部屋に似つかわしい手書きの絵やボロボロになった帽子が置かれてあったりと生活の一旦が見て取れる。

 ベッドの色のみならず床や壁紙の色までもが鮮やかなピンク色に染まっており、その強すぎる少女趣味に引っ張られたせいか部屋中に充満する甘い匂いに疑問を抱かなかったのが最初の失敗だった。

 

「あれ?なんでお姉ちゃん達がこんなトコにいるの?」


「ハヅキちゃん!?」


 ベッドの方から掛けられた言葉に勢いよく振り返れば、双子の転校生の片割れであるハヅキが両手足を拘束されてベッドに寝かされていた。目には涙を浮かべ、今にも恐怖で震えだしそうなのを堪えている、という表情で。

 ハヅキの拘束を解こうと優華が慌てて駆け寄り、ホーンズが周囲を見て回りながら警戒していたが、すでに過ちは起こっていた。

 二つ目の失敗は、その部屋自体が罠である可能性を考慮しなかったことだ。


「待て、そいつは……!」


「えっ?」


 一瞬の躊躇、優華の腹にハヅキの小さな手が押し当てられていた。優華が視線を落とすよりも早くハヅキの手から黒い魔力が流し込まれ、胃の中をぐちゃぐちゃにかき回されたような不快感が一気に喉へとせり上がっていく。

 ここでようやく優華は気付いた。部屋に充満した甘ったるい匂いと、体の中を洗濯機のように掻き回すこの不快な魔力の感触は、魔族にしか扱えないとされる生命に有害な効果をもたらす魔術――――闇属性の魔術なのだと。


「うぶ、ぶ、ぇ……!?」


「バイバーイ、お姉ちゃん♪」


 状況が全く読めないまま、吐しゃ物を出さないように口を押えた優華だが、同時に引き絞られたハヅキの手は瞬く間に異形の爪を伸ばし軽い言葉を引き金に優華の腹へと向かっていく。

 その時だ。神の奇跡かはたまた只の偶然か、遥か下から城を揺るがすほどの震動がした。誰よりも早く身を飛び出したホーンズと、合わせるようにホーンズを風の力で押し出した風吹、そして謎の震動。偶然に引き寄せられて重なった三つの行為は、優華を突き飛ばしてホーンズが身代わりになるという結果を生み出した。

 三つ目の失敗は、この時にすぐ逃げるという選択をしなかったこと。


「ぐ、ぁ、ぁああああぁああ……!」


「あれ?何だろ……すっごい下の方で、魔術が発動した?何があるのかなー、ねぇねぇこの城の地下に何があるのー?」


「が、ぐ……言うと、思うか、馬鹿め……!」


――――…


 その後は、数回の問答をしている間に見たこともない魔術で風吹が重傷を負い、不利と判断した風吹が加護の力で部屋全体に竜巻を生んで隙を作って何とか部屋から脱出した。

 その気になればすぐに距離を詰められるだろうに、ハヅキは悠長に追っては抵抗させ、力の差を見せつけるように捻じ伏せて見せる。

 もうどれだけの時間、城の中を移動していたのか分からないほどに弄ばれていた。


「ハッ……ごめ、ゆうか、ちゃ……」


「えっ?」


 ガクンッ、と風吹が膝を付き優華とホーンズの身体が前に投げ出された。突然のことに「きゃっ!?」と短い悲鳴を上げた優華が風吹に振り返れば、今にも倒れこみそうな風吹がギリギリのところで抵抗して這いつくばっている。

 異常な量の汗と、無数に切り刻まれた身体から滴る血液。朦朧とする意識を繋ぎ止めようとしたのか唇の肉が嚙み切られており、立ち上がることすら難しいのだろう。

 一目で分かるほどに、風吹は限界だ。そんな状態で一歩でも遠く、一瞬でも遅くなるように優華とホーンズを逃がそうとしたのだ。


「ありゃりゃ……折角すんごい魔力を持ってるのにこんなので終わり?つまんないなぁ~、本当に殺しちゃうよ?」


 ケラケラと笑い、異形と化した爪を壁で研ぎながら近付いてくる悪魔の少女――――ハヅキは風吹の前で倒れている二人を流し見た。

 ホーンズは胴体を貫かれ出血多量で放っておけばそのまま死に至る致命傷。優華は魔力の循環不全を起こしており身体を動かす事すらままならない状態だ。

 そして目の前に転がる風吹に歩み寄り、顔を覗き込めば美形が苦痛に歪んでいる。


「まぁでも~、お姉ちゃんだけは本当に凄かったよ?変なバリアであたしの魔術も効かなかったし、この爪でこんなに切られてもまだ正気なんだもん。普通の人ならとっくに発狂して廃人になってるレベルなのに」


「貴方、やっぱり……魔族なのね」


 側頭部から生えた一本の角、異形と化した爪、そして優華の言葉に反応するように悪魔の尻尾が顔を出して振られる。浮かべた薄ら笑いから見えるのは発達した犬歯だ。

 しかし、優華の知識の中にはハヅキのような魔族は見たことがない。吸血鬼のような犬歯を持っているが、吸血鬼のほとんどが魔術を扱えないとされている。それは吸血鬼の特性や体質が肉体面の強化に大きく割り振られているせいで魔術を扱う為の魔力が全く無いからだ。

 だがしかし、身体を変質させて硬化させたり高度な闇属性の魔術を戦略的に使えるハヅキを見れば吸血鬼とは思えない。何よりも、吸血鬼は角を持っていないのだから。

 魔族の中でも角を持つ種族は魔界中を探しても限られているが、片角だけという特殊な種族は聞いたこともない。つまり、彼女の持つ魔族の特性は現存しうる魔族のどれにも当て嵌まらないのだ。


「…………やっぱり、そう見るんだね」


 ぼそり、と呟かれた言葉は誰にも拾われず、ハヅキは長い爪を風吹の首元に当てて器用に上を向かせ、改めて絶望した顔を見てやろうと覗き込むが、


「……何で、そんな目をしてるの。この状況で()()()はおかしいでしょ?死ぬんだよ、あたしに殺されるの。怖くないの?」


 爪に掛けられた闇属性魔術によって精神を蝕まれ、身体中は切られて全身を痛みが走っているはずだ。だというのにその瞳には光が灯っており絶望なんてしていなかった。ただ真っすぐに、純粋な瞳で、ハヅキを憂いている眼差し。まるでハヅキを心配しているような優しい瞳だ。


「君は……僕と同じ、だね。だけど、三つ……間違えてる」


「は?」


 息も絶え絶えになりながら呟く風吹を無理矢理仰向けにして、馬乗りになったハヅキは冷たい目と共に異形の爪を喉に押し当てる。食い込んだ爪は薄皮を裂き、肉に達する寸前であえて止める。

 しかし、風吹の目に恐怖心は宿らない。


「一つ……死ぬのは、怖い。僕には、もう、守って……くれていた、人が、いないから」


「なに言ってるの?あの人達を守っていたのはお姉ちゃんでしょ?」


「二つ……君は、傷付けることはできても……人の命は、取れない。壊れたフリで、自分は、悪い奴なんだと……自分さえも、騙してる。僕の大切な人も、そうだった」


「……っ」


 息を飲み、苛立ちのままハヅキは異形の爪を振り上げて風吹の頭頂部スレスレをギャリィッ!と引き裂いた。だがやはり風吹の目に恐怖心はなく、静かに言葉を紡ぐ。


「三つ……僕は、男だよ」


「――――死ね」


 最後の最期につまらない言葉が返ってきて、ハヅキの苛立ちは一瞬ではち切れた。限界をやすやすと超えた苛立ちはハヅキの顔から表情を消し、殺意へと変貌すると一切の容赦を捨てて爪が振るわれ――――


「イッツ、ショウタァァアアアイムッ!」


 ――――その瞬間、高らかな宣言が廊下を走り、ハヅキの耳に届いた瞬間風吹の身体が床に沈んで消えていった。正確に言うならば、風吹の身体だけが()()されて消えたのだ。

ギャリィッ!と甲高い音が響き渡り、摩擦で煙を上げた床にはもう何もいない。代わりに聞こえてくる怒号のような雄叫びに慌てて振り返ると、監視対象である赤髪の青年が拳を握り振り被っていた。


「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」


「くっ……!」


  反射的に異形の爪を盾にしたハヅキはすぐに自分のミスを自覚する。この青年は監視対象であり、友好的な関係であらねばならない。傷付けるなどもっての他だ。だというのに加護の力さえ問答無用で身を切り裂いてしまう爪を盾にしてしまった。このままでは、彼の拳がズタズタになってしまう。

 まずい――――そう思った瞬間、僅かに身を反らしたのが奇跡だった。


「っ!?!?」


 メキッ、と鋭利な爪を物ともせず叩き潰し、なお有り余る膂力はハヅキの身体を弾丸のように殴り飛ばした。その破壊力は廊下の端である壁すらも止めることはできず、意識が飛びそうな衝撃と共に突き抜けて城の外へと吹き飛ばされる。


「間に合ってよかった、我が同胞達よ!吾輩が来たからにはもう……」


「風吹、橘!あとそこのちっこい奴!大丈夫か!?」


「ちょ、今吾輩がキメ台詞を……ほぐぁ!?」


「いいからサッサと治療しろってのヒゲ男爵。俺は優華ちゃんとあのぬいぐるみっぽいの見るから……間違っても変な事はするなよ?神楽の薬で全身の毛が抜け落ちる事になるさ」


 ホワッツ!?と叫びながら逃げるように駆け出したハンプティ・ダンプティは風吹の傍に駆け寄ると大仰な所作で光魔術の治療を始める。同じくして、倒れ伏す優華とホーンズに両手を添えたウィルは光魔術を施しながら、


「赤いの、どうだった?」


「鉄をぶん殴ったような感触だったけど、あれ位なら余裕でブチ抜けるっす。神楽の条件もいけそうだ」


「…………初対面の模擬試合の時、殴られなくて良かったと思うわ。いやマジで」


 苦笑いを浮かべるウィルに首を傾げていると、ソラの服の裾が軽く引っ張られる。目を向ければ、青ざめた顔の風吹が言葉を紡ごうと口を動かしていた。か細い声を聞き逃さないように顔を近付けると、


「あの子……助けて、あげて……」


「――――あぁ、任せとけ」


 満面の笑みで応えたソラを見て、風吹は小さく笑うと意識を手放した。本当に限界だったのだろう。治療に当たっているハンプティ・ダンプティが見たこともないほど真剣な表情で魔術に集中しており、危険な状態なのだと認識したソラは意識を切り替える。


「助ける、か……どこまでも、甘いな……風吹君は。貴様に、そんな事ができるのか……赤髪の少年」


 意識を取り戻したホーンズが枯れた声でソラに語り掛ける。その言葉は辛辣で疑心と嫌悪に塗れていた。仄かな悪意さえも感じるほどに。


「おい、まだ動いちゃダメさ!」


「構わん、言わせてくれたまえ……どうせ貴様も、その人外の力であの魔族を殺すのだろう。障害は排除し、自身を正当化して、欲望を満たす為に。それが、魔術師だからな」


「…………」


「力を振るう快楽を貪る為に、魔術師達が我々のような存在をどう扱ってきたか……貴様に言っても分かるまい。だが、やはり私は……ごほ、貴様ら魔術師を嫌悪する。治療が済んだら何処へなりとも消えたまえ!」


 ホーンズの言葉を聞いたウィルは一瞬怒りを覚えたが、すぐにその熱が冷めていった。何故なら魔術師とは()()()()存在だからだ。法が生まれる前は人体実験、法が生まれてもなお快楽的に動物や自然に溶け込んだ魔界の生物達を実験と称して殺す魔術師は多く存在した。この国が境界にあるのも、そういった理由が一端なのかもしれない。

 過去の魔術師が積み上げてきた罪は、今を生きる魔術師に降り掛かる。その覚悟を持って魔術師になったとはいえ、実際に言われてみれば心が酷く揺らぐものだ。

 しかし、不知火(しらぬい) ソラはこう答える。


「俺は、何処にも行かねぇ。ハヅキも、お前たちも、助けてみせるよ」


「やはり、暴れたいだけの馬鹿か貴様も……!げほ、ごふ……!」


「無理すんな……別に信じろなんて言わねぇよ。ただ俺は、約束したから守るんだ」


 血を吐きながらも、嫌悪と疑問の目で睨みつけるホーンズの前にしゃがみ込み、目線を合わせたソラはしたという約束を指折り数え始める。


「風吹に、ハヅキを助けるって約束をした。神楽に、この騒動を解決するって約束をした。――――女王に、この国を救うって約束をした」


 楔に張り付けられていた女王の死体。その足元に、誰宛てでもない手紙が隠されていた。花に埋もれていたその手紙は、恐らく死を悟った女王があらかじめ書いていたのだろう。

 手紙にはただ一言だけ、こう書かれていた。

 私はこの国を愛している、と。


「――――っ!」


「だから、勝手だけど約束してきた。俺は目の前で困っている奴らがいるんなら手を差し伸べたい。亜人とか人間とか、どんな姿形をしていようが関係ねぇよ。俺の行いがなんて言われようが手を差し伸べ続けるって決めてんだ。それで誰かが救われるって思いたいから」


「貴様、は……」


「俺は御伽噺のクレナイじゃない。だけど、誰かの為になるなら――――この命が燃え尽きてもいい」


 ソラは真っ直ぐに目の前の疑心に溢れた者に目を向ける。そして、何とはなしにホーンズの手を掴みぶんぶんと縦に振ると、この場に似合わない満面の笑顔で言う。


「へへっ、これで俺とお前は友達だ。友達の国を助ける為に、俺にも手伝わせてくれ」


 子供のような純粋さで種族の垣根を飛び越えた想いは相手に伝わり、その温もりはホーンズが遥か昔に感じた赤い髪の少女と同じ温かさを感じさせた。懐かしく、胸を締め付けるほど熱く燃え盛る意思だ。

 知らずうちに涙が溢れていたホーンズは戸惑いながら涙を拭い、ソラは立ち上がる。


「寮長、皆を安全なトコに頼むっす。ヒゲ男爵も」


「吾輩はおまけかね!?」


「無茶すんなよ、赤いの。こっちが終わったらすぐ行くからな」


 負傷している皆を抱えて、ウィルとハンプティ・ダンプティが廊下を走り抜けていった直後、ブオッ!と突き破られた壁の向こう側にから突風が吹き荒れる。悪魔の翼を生やしたハヅキが、完全に敵意を剥き出しにして睨みつけてきた。両手が異形の爪と化し、抑えていたのだろうか尋常じゃない魔力に肌がヒリついていくのを感じる。

 ロレナと対峙した時と同じ感覚、またはそれ以上の圧迫感にソラは腰を落として構えた。


「もぉ~、こんな小っちゃい女の子をいきなり殴るなんて……お兄ちゃんって鬼畜系趣味のヤバイ人?流石のあたしでも痛いのはヤダなー」


「あれ、痛かったか?悪い、ちゃんと手加減するわ」


「……むっかぁ。ムカついたから分からせてあげるね、お兄ちゃん」


「お兄ちゃんだとかお姉ちゃんだとか……お前、人の名前覚える気ねぇだろ。こっちこそお仕置きしてやる」


 そう言い返した直後、ハヅキの前に魔術陣が展開され薄暗い魔力が一気に凝縮された。そのまま徐々に甲高い音を鳴らし始め、次の瞬間には黒い閃光が迸り、轟ッ!とソラへ一直線に放たれる。


 戦いの火蓋が、燃え始めた。



 


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