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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第ニ章 双子の忌み子
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第ニ章13話 定められた運命


「がぁあああぁあぁッ!!」


 雄叫びと共に地面を叩き割った拳が赤熱して眩い光を放ち、紙一重で避けていた男が眉を曇らせた一瞬後にボンッ!と爆発した。先程までいたビショップの爆発魔術に似たその技は目の前の華奢な体躯をした黒衣の男へと容赦なく振るわれる。

 真っ黒な直剣を片手に持った黒衣の男は酷く面倒そうな目で、理性を失った赤髪の化け物―――肌が竜の鱗に浸食され、口から火の粉をまき散らすソラを目で撫でると拳を振り被った一瞬の隙に懐へと潜り込み、胴体を真っ二つに引き裂いた。


「っ!?」


 ガクン、と膝をついた化け物は反射的に斬られた胴体に目を向けるが、()()()()()()()()()。先程からずっとそうだ。何十回と斬られているにも関わらず傷は一つも無く、しかし斬られた感触と何かが削ぎ落ちていく感覚に襲われる。


「……今ので七十二回目だ。その馬鹿みてぇに堅い加護にも、ようやく効いてきたか」


「がぁっ!!」


 振り返り、叫ぶと同時に化け物の口から火炎が吐き出され、黒衣の男へと螺旋を描いて向かっていく。地面を焼き焦がしながら突き進む火炎に対して、黒衣の男は身体を半身にしつつ黒い直剣の切っ先を下げた構えを取った。

 レイピアの構えに似たその姿勢は迫る破壊の炎に対して余りにも無防備、生を諦めたように感じるほどに軽率な構えに見えた。だが、次の瞬間にその考えは文字通り斬り捨てられる。


「いい加減学べよ……馬鹿が」


 直撃の瞬間、黒衣の男は直剣を持ち上げるように火炎を弾き飛ばしたのだ。直剣を振り上げる動作の過程で難なく防御する、その流麗且つ自然過ぎる動きは剣術を知らない人間でも魅了し、思わず見惚れてしまうだろう。まるで舞踊のような美しい剣技によって火炎は天へと導かれ、流れるようにもう一度化け物の胴体を黒い直剣が引き裂いていく。


「――――がはっ!?あ……んだ、コレ、いてぇ……っ!」


 胴体を切り離される感触と、何かが削ぎ落され切った感覚は奥底に追いやられていたソラの意識を目覚めさせた。同時に襲われる痛みに身悶えして地面を這いつくばり、視界のハッキリしない目で辺りを見渡す。

 大勢のトランプ兵に囲まれていた所までは覚えている。どうにかして彼らを殺さずに倒そうとしていたのに、彼らはまるで操られているかのように味方の命を簡単に捨ててソラを殺そうとして、目の前が真っ赤になって、それからは――――


「……ようやく()()()か。無駄な労力を掛けさせんじゃねぇよ」


 ソラの顔に影が落ちて、見上げればあの黒衣の男が涼しい顔で立っていた。灰を被ったような色褪せた黒髪、キレ長の灰色の目、およそ美形と呼べるだろう部類の男が心底辟易したような声色で言葉を降らせる。

 一瞬、ソラには誰か分からなかった。しかし、次第にピントの合っていく視界に移った黒い直剣を見て目を見開く。

 ロレナを殺した、あの男だ。


「お、前ぇ……ッ!」


「…………」


 歯を食いしばり、射殺さんばかりに睨みつけるソラの目を冷たい目で見降ろした男は眺めるようにソラの全身に目を滑らせる。眉を曇らせ、そのまま黒い直剣を振り上げると、ヒュッ!と風切音がソラの耳に響いた。

 直後、両手足の付け根が弾けたような感触が痛みとなってソラの身体に襲い掛かる。


「ぎぃぁああがあぁああっぁあぁああああぁっ!?」


 火を付けられたような灼熱と神経を鑢で削られたような壮絶な痛みが、ソラの喉から断末魔の叫びを絞り出した。身体が痙攣して白目を剥きかけ、神経を使った身体中の信号がバグを起こして意味不明な呼吸を繰り返し唾液が泡立つ。

 酷い有様にした張本人、黒衣の男は膝を折るとソラの頭を乱暴に掴み上げると穏やかな光が灯り、ソラの身体へと伝播していく。光魔術による治療だ。

 無理矢理意識を引き戻されたソラは身体を震わせながら、黒衣の男に目を向ける。


「……テメェにはやって貰わなきゃいけねぇ事があんだよ。テメェが()()()()()なら、あの二人を救ってみせろ」


「あ、の……ふた、り……っ?」


 両手足は感覚を失い、指先を動かすことも出来ない。なすがまま霞む意識の狭間で揺らぎながら、ソラは聞こえてくる声を繰り返して言葉にする。グイッ、と勢い良く引っ張られ、耳元で黒衣の男は呟いた。


「――――」


「……お、まえ……なん、で……!」


 意識を繋ぎ止めていた穏やかな光が搔き消えて、ソラの意識は再び暗闇へと落ちていく。瞼によって暗くなっていく視界で最後に映ったのは、黒衣の男が酷く悲しそうな顔をしている映像だった。



――――……



 暗い暗い空に、紅の星が尾を引いて何処か遠くへ落ちていく。その軌跡は薄暗い闇の中を月明りのように照らし出し、皮肉にも自分の立っている場所が上下左右の何処までも暗闇に包まれた世界だと叩きつけてきた。

 少し離れたところには、赤い燐光を纏った長く赤い髪をした少女が前と同じように上を見上げている。

 ソラは何とはなしに足を一歩踏み出して、違和感に目を向ける。足の感覚があるのだ。ゆっくりと両手を上げて手のひらを見つめ、開いたり閉じたりしてみれば両手にもしっかりとした感覚が宿っている。前の邂逅では、眠ったまま手を伸ばすような実感のない不可思議な感覚だったのに。


「暗い暗い空に、紅の星が廻るように……身体にも魔力という星が巡り廻る。貴方はそれを思い出した、思い出させられてしまった。忘れさせられていた、背負わせさせない為の、強固で暖かな……心の楔」


「――――」


 上げようとした声は以前と変わらず、音として出ていかなかった。しかし今は手と足がある。そしてソラには、胸を駆り立てる何かがあった。

 あの少女と、話をしなければならない。言葉を交わして、感情を聞いて、手を取り合って。そうすれば何かが掴める、()()()()()()()()()()()筈だから。


「――――っ」


 手を伸ばす。限界まで、千切れそうなほどに、暗闇の中をもがくように――――届かない。

 足を駆る。限度まで、痛いほどに、暗闇の中から逃げるように――――辿り着けない。


「貴方に、貴方達に、背負わせたくなかった。私達の業を、私達の過ちを、私達の罪を……此処でずっと、星を眺めていられたら……それだけで良かったのに」


「――――ッ!」


 走っている感覚があるのに、一向に少女へと走り寄れない。息苦しくて、肺が悲鳴を上げているのに全く近寄れない。振り乱す手が痺れているのに、少女の手には触れられない。


「だからお願い。いつか、私の心を――――()()()()()へと連れていって」


 暗闇の中で、星屑のような涙が流れた。その少女が泣いているのだと理解した瞬間、遥か頭上を泳いでいた紅の星が眩い赤光を放って分離する。

 足を止めて、眩しさに腕で影を作ったソラは分離した光がこちらへ落ちてきている事に気付いた。儚く小さな光の欠片はソラの目の前に落ちてきて、雪を拾うかの如く両手で受け止めると、ドクンッ!と心臓が大きく跳ね上がった。

 眠っている身体を、内側から叩き起こすような衝撃。まるで鼓動を忘れていたかのような心臓は張り裂けそうなほどの脈動を身体中に巡らせ、目がチリチリと燃えていく感覚。

 この薄暗い闇の世界は夢なのだと知らせる命の拍動が、目を覚まさせる為の暗幕を下ろし始める。


「……暗い暗い空を、クレナイの星が巡る。貴方の夜空を、どうか無くさないで」


 暗転していく意識の中で、ソラは尚も手を伸ばす。そうすべきだと自分の心のままに。しかし、現実に引き戻されていく意識に抗うことはできずソラの小さく頼りない手は暗闇の地面へと叩きつけられる。

 少女の落とした星屑の涙が、真っ赤に弾けた。



――――……



「目が覚めたかい?赤いの。お兄さんがおはようのチューでもしてやろうか」


「どぅわっ!?」


 ハッ!と勢いよく目を開ければ、超至近距離に飛び込んできた神楽の顔。寝起きざまにふざけた事を言われたせいで勢いのまま頭を振り上げると簡単に避けられ、荒い息を整えようと胸倉を掴む。


「こ、こは……?」


「何処かって?何言ってんだ赤いの。お前さん達は王城に乗り込んできたじゃないか……まぁ場所はかーなーり下の方になるけど」


「下、って……」


「地下だよ、地下。白ウサギには会ったかい?此処は白ウサギの家もとい()()()()だ。こぉ~んな深くて空気の悪いところにいたらいくらお兄さんでも頭おかしくなっちゃう。そんな時に赤いのが文字通り降ってきたから良い気分転換になったわ」


 あっはっは、とわざとらしく豪快に笑って見せた神楽の身体は酷く痛々しい姿をしていた。血塗れで破けたワイシャツを羽織り、身体の至るところが包帯で巻かれ血が滲んでいる。熱が出ているのか先程から漏れている小さく荒い呼吸を隠しながら、神楽は封がされたフラスコを一本投げ渡す。


「わ、とと……!」


「おん?」


 投げられたフラスコは上手くキャッチできなかったが、膝に掛けられていた毛布に落ちたことでなんとか割れずに済んだ。ホッと息を吐きだしてフラスコを拾いあげると見るからに毒々しい緑色をした液体が溶岩のように泡を立てている。

 心底嫌そうな顔で神楽に振り向くと、神楽は幽霊でも見たかのような、驚愕で染め上げた顔でソラを見ていた。


「な、なんだよ……俺だってこんなになりゃ上手く捕れねぇって」


「んぁ、あー……お兄さん病人に気遣うとか苦手なんだわ、悪い悪い。次から口に直接突っ込むわ」


「いや止めろよ!?普通に手渡せばいいだろそこはよ!」


 ツッコミに対してケラケラと笑う神楽はまるで先程の表情は見間違えだとでも言うような態度だ。いつも通り人をおちょくり倒す悪戯心の塊をようやく見つけられたソラは嘆息すると、渡されたフラスコを傍らに置いて辺りを見渡してみる。

 統一性のない不思議な空間だ。神楽がこの場所は地下にあると言ったが、横の広さは教室より広く、縦の長さはソラを四人縦に置いても余りある。球体上に膨らんだその空間の壁には森の中で見た落書きのような空の絵が描かれていたり、森の木々達や動物達の絵が楽しそうに手を取り合って踊っている姿が描かれていた。

 壁一面の落書きを見てまるで子供部屋のように見える、かと思いきや置かれている家具は女性物の可愛らしいピンク色のドレッサーや豪奢な装飾の施された鏡、飾りっ気のない機能美だけを求められた本棚などが置かれており一目ではどんな人が此処にいるのか分からない。

 ソラが寝かされているベッドのと家具達の間には大きな古い机が置かれており、机とセットになっている椅子でふんぞり返る神楽はビーカーに淹れてある珈琲に口をつける。


「ほれ、やるよ。光属性の魔力でしか育たない特殊な葉っぱを巻いた吸う鎮痛剤……痛む身体に良く効くタバコ的な?ちなみにお兄さん特製だから安心だね☆」


「お前が作ったってだけで安心できねぇんだけど!ていうか神楽、お前大丈夫かよ!?そんな傷だらけになって……!」


「あっはっは、お兄さんとどっこいどっこいでボロボロのお前さんこそ大丈夫か?これは仕事の最中に邪魔されちまって……」


()()()()()()()()()()!何だよ仕事って、そんなになるなら俺達だって手伝ったのに……!」


「手伝うって言われてもなぁ、お兄さんの仕事はチョーラクな日帰り出張の筈で……」


 茶化そうとする神楽の目を本気で見つめるソラに、大きな大きな溜息を諦めと一緒に吐き捨てた神楽は親指を立てて自分の後ろ側へと向ける。

 釣られるまま視線を投げれば古びた鉄扉が丁度照明の陰になるようにそこに在った。目を凝らして注視すれば夥しい数の鎖と錠で閉じられており、扉の向こうから闇が漏れているかの如く重厚な空気が扉にこびりついている。


「赤いの。お前さんは()()()()()()に会ったことがあるかい?」


「ムートの事……じゃねぇよな。赤毛の猫人(ねこびと)族とかは見たことあるけど、俺以外に赤い髪なんてそんなホイホイいるわけ……あっ」


 声を上げて、思い出されるのは薄暗闇で二回目の邂逅を果たした赤い髪の少女。業だとか罪だとか言っていたあの少女も、夢の中とはいえ会ったことになるのだろうか。


「――――暗い暗い空に、紅の星が廻る」


「神楽、それ……っ!?」


 驚愕に目を見開いたソラとは対照的に、神楽は酷く悲しそうに目を伏せると見えないように拳を痛いほど握りこんだ。数秒して手を解くともう一度深く溜息を吐き出して、


「なるほど、なるほどな。そういう役回りかコレは……」


「お、おい!お前もあの子の事を知って……!」


「落ち着け赤いの、お兄さんは見ただけでお前さんの言ってるあの子とやらの声も聞いたことがないだなコレが。ただまぁ、一つだけ言えるのは……お兄さんとお前さんは、()()()だってことだ」


「共犯、者……?」


 仲間ではなく、共犯者。過ちを、罪を、共に犯した者。または共に犯そうとする者達の呼び名。反芻した言葉は神楽とソラの二人しかいない静かな空間に重く響き渡る。

 もしもあの時、朝のHR(ホームルーム)の時に、神楽がいない理由を深く考えてもっと早く駆け付けられていたら。姿の見えない神楽を待たずに、血眼になって彼の姿を探していたのなら。

――――運命は、変わっていたのかもしれないのに。



 


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