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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第一章 クレナイの兆し
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第一章2話 鬼襲来、学院ツアー



「ところで……すげぇ今更だけど此処が魔術学院でいいんだよな?もっと古臭い、漫画みたいな場所をイメージしてたんだが」


 優華に連れられて、ソラは学院の廊下を歩く。暖かな日差しが窓から差し込み、照らされた廊下内に古ぼけた様子は一切見て取れない。例えるならば高名な大学といったところだろうか。魔術学院はおよそ百年以上前から存在しているらしいが、外に見える外壁にすら綻びはなくまるで新築のようだ。


 右見て、左見て、下を見て。一般の学校となんら変わりはない。頭の上で鼻ちょうちんを浮かべるムートがずり落ちないか心配だったが、首に尻尾が巻き付いているので大丈夫だろう。


「そりゃそうよ。第二次魔大戦を経て、魔術師は過去への盲執を捨てて未来に生み出すことを選んだ。その時に作られたのが魔術学院という学校だもの」


「あぁ、そういや本で読んだことがあったな……記念碑みたいなもんだって」


記念碑であり学校でもあるのだから清掃員がいるのも当たり前か、とソラはすれ違ったドワーフ族の清掃員を尻目に一人納得する。

 神話時代、確かにそこにあった魔術や奇跡の痕跡を知った過去の魔術師達はそれらを追い求めて研究し研鑽を続けてきた。だが、第二次魔大戦で人類と亜人は甚大な被害を被ることになる。それによって、共に脅威と戦った友人として亜人と人類は大戦後に手を取り合い、魔術という共通した手段を未来の為に使うと誓いを立てた。その証として魔術の学び舎を共に作ったと言われている。

 いわば、魔術学院は未来へのきざはしとなる場所なのだ。


「この学院と大戦を生き残った魔術師達のおかげで、魔術という異端の力が当たり前になるくらい広まっていった。血に固執する忌々しい【血統持ち】も、肩身が狭くなっていい気味よ」


 吐き捨てるように言った優華の表情は読めない。察するに、【血統持ち】特有の何かがあったのだろうがソラには計り知れないことだ。そんな簡単に他人の人生を計れるほど濃い人生を歩んでもいないのだから。

 聞かなかったフリをしてふと窓の外に視線を流せば、風が強く吹いたのか花弁が一斉に空へと舞い上がった。広大な庭に広がる幻想的な光景に「おぉ!」と感嘆の声を上げて窓に近寄り、


「そういえば、知ってるかしら?東部魔術学院、通称【東の庭】(イーストガーデン)はかの大魔術師マーリンが幻想の種を撒いたという逸話があるの。だからこの学院の庭の花は枯れることはなく、ずっと咲き誇っているらしいわ」


「すっげぇ……おいムート、起きろよ!めちゃくちゃ綺麗だぞっ!」


「ふギャ……?」


 寝ているムートを叩き起こして、ソラは目の前に広がる光景に目を輝かせた。赤、青、黄色と色とりどりの花々が宙を舞い悪戯な風が空高く巻き上げて渦を作る。穏やかな日差しに包まれていく花弁達が風に流れていく様子を見送っていた。

 コンコン、とコンクリートの壁をノックする音が響く。二人と一匹はそちらに目をやるとよれよれのスーツを着崩した見るからに不健康そうな男が壁に寄りかかってこちらを見ていた。


「お前が不知火(しらぬい)だな?」


 シガレット菓子を口に咥えたその男は面倒臭そうにボサボサの茶髪を掻き毟ると、大きな溜息を吐き出しながらソラ達に歩み寄る。


「グルルル……!」


「……ムート?」


 ムートが牙を剥き出しにしてその男を睨み付け、一瞬後にはソラの背筋に氷が走った。蜘蛛の糸が絡んだようなおぞましさが全身に絡み付き、即座に腰を落として身構える。いや、正確には構えさせられたというのが正しい。右手を後ろに、身体を半身にしていつでも動けるようにつま先に力を入れる、本能から引きずり出された無意識のファイティングスタイルだ。

 ドンッ!と廊下の壁が吹き飛ばされ、コンクリートの粉塵に塗れてソラとムートの身体が花畑に舞う。背中から地面に落ちたソラは身を翻して体勢を立て直すと、穴の空いた廊下を見つめた。砂煙の向こう側、いきなり攻撃してきたスーツの男が瓦礫の山を下りてくる。


「入学式に顔出さねぇわ一週間も学院来ねぇわ……反省文代わりだ、おっさんの楽しみにちょっと付き合ってもらうぜ」


 ニヒルな笑みを浮かべる男はソラを見据えると懐からチョークケースを取り出し、その中の赤いチョークを手に取る。それを筆のように振るい空中に焼けた文字が浮かび上がった。


「教師が生徒にいきなりぶっ放すとか正気かよ……!」


「智慧ある者が尊ばれる魔術の世界だぜ?人格云々なんざ二の次だよ……炎よ、奔れ」


 浮かび上がった文字が朱色の魔法陣を展開。ソラへ向かって一直線に炎の渦が奔り、大きく横に飛んで避ければ幻想の花が火に巻かれて舞い上がる。


「ちょっと、朝斗先生!」


「ただの課外授業だ、大人しくしてろ橘。お前が介入すると鬼が来ちまう」


 男は続けて二文字を空中に書き記すと、炎の散弾と鳥を模した炎の塊が発射された。真横から迫る散弾に対して、ソラは大きく跳躍。しかし、空中に逃げた先へ炎の鳥が襲い掛かり、回避しようにも身動きが取れず目を見開いた。くちばしが額のド真ん中へと突き進んでくる瞬間、


「ボサッとするんじゃないギャ!」


「うぉ!?」


 間一髪小さな羽で宙を飛ぶムートが足を引っ張り、髪の毛の端を焼いて頭の上を炎の鳥が通り過ぎていく。反動で無理やり地面に叩き落され、顔面から着地したソラは土だらけになった顔を振って、


「マジかよ、追尾してくんのか!?」


 大きく弧を描いて戻ってくる炎の鳥に目を見開き、慌てて立ち上がったソラは全速力で走り出す。追尾してくるなら術者にぶつけてしまえばいいのだ。だが当然の如く男はその思惑を読み、更に一文字を空中に書き記すとボッ!と炎の散弾がソラへと放たれる。


「オイどうした。学院に受かったんならお前も術式の一個や二個くらいあんだろ……出し惜しみされると授業にならんだろうが」


「だったらもうちょいやる気出してくれないッスかね先生!こっちも本気出せないんスけどっ!?」


「何舐めたこと言ってんだお前は……教師が生徒相手に、本気で殺しにかかってどうすんだよ。ほーれ散弾だぞー」


 必死で逃げ回るも、男は欠伸をしながら適当に空中に文字を書き走り、炎の散弾が吹き荒れる。上空からは未だ消えない炎の鳥が襲い掛かり、ふざけた態度とは裏腹に堅実な攻撃が続く。


「だぁあああ、くそっ!埒が明かねぇ!」


 炎の鳥を転がるように避けて、すかさずその足元をドンッ!と炎の散弾が吹き飛ばし砂煙が舞う。だがそれが狙いだ。散弾がソラ自身を狙って発射されるのなら、体勢が低ければ低いほど弾は地面に当たりソラ自身には当たらない。バラ撒かれた弾ならばなおさらだ。


「う、ぉおおおおおおッ!」


 全力で大地を踏みしめ、砂煙から飛び出したソラは円を描くように男へ突貫する。呑気に驚いた顔をしている男は緑色のチョークを取り出すとソラの走ってくる軌道を逆算し、空中にチョークを走らせようと構えた瞬間。


「ガァッ!」


「おっと、危ねぇ!」


 ボッ!と上空からソラとは反対方向に回り込んだムートが口から火球を放つが、滑るように緑色のチョークが走り竜巻が地面から吹き荒れる。火球は竜巻と衝突してしぼみ霧散して溶けていく。だが重要なのは攻撃が通じなかったことではない。

 男がムートに気を取られた事でソラが近付く時間を稼げた。あと一歩の距離まで詰め寄ったソラは右の拳を握りしめ、思い切り振り抜いた拳は空を裂いて男の顔面へ吸い込まれていく。


「何をしている」


「っ!?」


「うげっ……」


 一瞬、まさにその言葉通りに突如として男とソラの間に人が割り込んでいた。くすんだ金髪を一括りにしたその人物はソラの振り抜かれた拳を右手で受け止め、振り向く体勢でチョークを振ろうとしていた男の腕を左手で握り締めて止めている。


「学院の規則により、私闘は禁じられている。貴様等のような馬鹿共には身体に直接叩き込んでやろうか?」


「いだだだだだっ!?」


 握り潰さん勢いで掴むその人物はゆっくりと顔を上げると、額には青筋が浮かんでいた。鋭い琥珀色の眼光は絶対零度の冷たさを持ち、見下ろされたソラの喉が一気に干上がって頭のてっぺんから血の気が引いていく。

 単純に怖いからではない。あまりにも濃密な殺気に本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らしているからだ。心臓を握られているような圧迫感がのしかかり、全身の肌が粟立つ。

 まさに、鬼。人の皮を被った鬼のような存在が目の前に君臨している。


「貴様が不知火(しらぬい) ソラか……一週間の不登校に本日の遅刻、更に学院の庭で教師と私闘とはな……よっぽど懲罰を受けたいらしいな?」


「えっ……あ……」


 ソラよりも身長が高い女性、彫刻のように美しく整った顔は左目に不規則な傷跡があり、歴戦の猛者を連想させた。逆らってはいけない、口を開いたら殺される。見下ろしてくる瞳が、人を殺すことに慣れていると物語っていた。

 恐怖とは、ここまで人間を追い詰めるのか。


「いやいや、橘先生?俺のクラスの生徒をあんまり虐めないで下さいますかねぇ?不知火(しらぬい)からは諸事情で登校出来なかったとちゃんと連絡貰ってるんですよ」


 陽気な声色、演技染みた軽い笑顔で男がその鬼神におどけて見せた。するとソラに向けられていた冷たい眼差しが男の方へと流れ、纏わりついていた濃密な殺気から解放される。

 心の底から安堵したソラの肩にムートが乗り、炎の散弾で焼けた頬をぺろぺろと舐める。怯えたソラを気遣っているのだろう。


「……それが規則を破ることと何の関係があるのか、説明してもらおうか?」


「遅れた分を取り戻すために特別に課外授業をしていたんです。校長の許可は貰ってますんで、うちの生徒から手ぇ離してくれませんかねぇ……ほら、怖がってるじゃないですか」


 再度流れてきた鬼神の視線は先程とは違い疑心に満ちた瞳だ。男の饒舌のおかげで威圧的な殺気は疑心に置き換わり、幾ばくかはまともに目を合わせられるがそれでもこびりついた恐怖が僅かに口を震わせる。

 数秒の間見つめ合うと、鬼神は鼻を鳴らしてソラの拳から手を離した。握り潰されそうになっていた右拳を抱えて鬼神から後ずさり、


「……先走ったようだ。非礼を詫びよう、不知火(しらぬい)


「い、いえ……」


「朝斗先生、詳細は後で報告書にまとめて提出するように。また特例措置を行う場合、今後は私に一報入れたまえ……怠ったら、いかに教師といえど懲罰を与える」


 濃密な殺気を乗せて、射殺す勢いで男を睨み付けた鬼神は腰の後ろで腕を組み、軍人のように規則正しい足取りでその場を去っていった。

 まさに嵐のような時間だった、とその場に残された全員が心底胸を撫で下ろして肩の力を抜く。


「来るの早すぎだろ、鬼女め……本当に悪い事したな、不知火(しらぬい)。だがあの鬼女に言った通り、こりゃあ課外授業だ。不登校と遅刻分は校長に掛け合ってやるよ」


「は、はぁ……逃げ回ってただけの気がするけど、あざす」


「いいや、それだけで十分だよ……なんせここ五年くらいはまともに戦闘経験を持ってる奴が入学してきてねぇ…良くも悪くも平和過ぎるんだよ、日本は」


 大きな溜息と共に肩を竦めて見せた男に絆されて、ソラもつい苦笑い。どうやらこの男は色々とソラのことを気にかけてくれていたようだ。気だるげな見た目以上に生徒想いの良い先生なのかもしれない。


「しっかし、今年は豊作だな……俺のクラスで何人目かねぇ、まともな奴は」


「趣味が悪いですよ、朝斗先生……あの鬼畜ババァの足止めしてた私の身にもなって下さい」


「ご苦労。長年教師なんてやってるとよ、良い人材を見出すくらいしかやりがいがないんだよ……寂れたおっさんの楽しみは奪わないでくれ」


 呆れたように言う優華へ簡単に礼を言った男は、スーツの胸ポケットからシガレットの箱を取り出すと一本取り出してソラに差し出した。お詫びのつもりだろうか。怪訝な顔で受け取れば男はニヒルに笑い、ソラの肩をポンと軽く叩く。


「悪かったな。俺はお前らの担任の朝斗 樹だ。あんまり問題起こすなよ、不良生徒の不知火(しらぬい)くん」


「………はい」


「そんじゃあ、同室のよしみだ……引き続き学院の案内任せるぞー、橘」


「報酬のシルフィモンブラン1ダース、忘れないで下さいよ!橘先生にも言っといて下さい!」


 手を振って去っていく朝斗を見送って、入れ替わるように優華がこちらに駆け寄ってくる。

 どうやら優華は食べ物で買収されてソラを迎えに来ていたらしい。案外安いな魔術師、などと頭の片隅で考えながらようやく一息付けたことに安堵する。


「はぁ……腹、減ったなぁ」


「ギャゥ」


 ソラはどっかりとその場にへたり込んだ。盛大に鳴り響く腹の虫を聞きながら。



 


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