第ニ章10話 悪意の形
「(アイツの身体を覆う黒いモヤ……もしかして、アレが魔力ってやつか?にしてはやけに禍々しいような……)」
ソラの斜め上、距離にして数十メートル先の空中に立つ如何にも魔術師といったローブの男は恐ろしい程の猫背にも関わらず二メートルはあるヒョロ高い男だ。ビショップと名乗ったその男を注視すれば、ザラザラとした質量を思わせる赤の混じった黒いモヤが身体に纏わりついており生き物のように蠢いている。闘気やチャクラなどといったオーラのような物なのだろうか、それとも本当に魔力が目に見えているのか、元々そういった類の物が見えないソラには判断が出来ない。
以前神楽が軽々とやってのけた魔力でクエスチョンマークを作るなどの魔力操作、または膨大な量の魔力を力技で練り上げたりするとそれを行った魔術師の属性系統色で顕現し、一般人にも見えるようになる。火なら赤、水なら青、といった具合に安直な色で映るのは、本来知覚出来ない魔力を感覚的に捉えようとすると脳が潜在意識の底からイメージを汲み上げ色として反映するからだそうだ。
しかし、目の前のアレはどの教科書にも載っていないだろうとソラは確信する。余りにも禍々しく、明らかな敵意を持っているようにも見えるからだ。
「ヒャヒャ」
小さく笑ったビショップの杖先に現れたのは大質量の火球だ。目を見開き、回避の為に足先に力を籠めると違和感を感じたソラはそれを振り切って全力で足を踏みしめて横に飛んだ。
「ヒャヒャヒャヒャッ!」
直後、振り下ろした杖に従って火球が放たれ轟ッ!と爆音と衝撃を撒き散らした。その威力は石床に大きなクレーターを作り上げ、巻き込まれた瓦礫を粉微塵に吹き飛ばす。
もはや火球というより巨大な爆弾のような火力だ。破壊の跡を見れば魔術師であろうとも血の気が引くものだが、肝心のソラはというと――――
「げほ、おっほ、おぇええ……!」
「…………ビショップ、知ってる。お前、バカ」
「ごほ、クソッ……何も言い返せねぇ……!」
直撃していた。回避に移ろうと足に力を込めた瞬間に感じた違和感、それは力が入り過ぎるというものだ。いつもなら加護が発動していても感覚で調整できるのだが、今回は足に加わる力が余りにも大き過ぎて石床を踏み砕き、足首まで地中に埋まってしまった為につんのめって顔面を強打した。そこへ火球が叩き落され、地面を吹き飛ばしてくれたおかげで足が抜けたというワケだ。
「どうなってんだ、いつもと感覚が……ていうか、ムートの加護の力が……」
「バーカ、バーカ!」
「うぉおおおおおおおおっ!?」
クレーターの中心、つまりはソラ目掛けて再び火球が降り注ぐ。慌てて飛び出したソラは力を籠め過ぎないように注意しながら足を運ぶがそれでも飛ぶような速さで移動する。
杖をぐるん!と回したビショップが逃げるソラに対して次々と火球を生成しては振り落とし、石床にいくつものクレーターを作り上げていく。火球の爆風を頬に掠めながら、ソラは自分に起きた違和感を徐々に慣らしていく。
大地を踏みしめる力を調整、上がった速さと空気抵抗に抗う身体の力を調節、繰り返し。
「弱い!お前、弱い!ヒャヒャヒャヒャッ!」
ビショップが杖を振りかざし、黒いモヤが比例して肥大化すると生み出した火球の形が火蜥蜴の顔に代わり、火球を母体代わりに石床へと爛れ落ち、その姿を形成すると爬虫類の甲高い声でソラに威嚇する。およそ三メートルはあるであろう、巨大なワニのような全身が火で出来た火蜥蜴は飛び跳ねると真っ直ぐにソラへと顎を突き出し、寸前で避けると接触した石床がボンッ!と盛大に爆発した。
爆風から目を守り、火蜥蜴を見れば黒煙を口から吐き出しながらこちらへ向きなおり、力を誇示するようにもう一度威嚇してきた。
繰り返し、繰り返し。無駄に叩き付けていた力を制御して再び大地を踏みしめる。
「……ははっ」
蛇のような跳躍で大口を開けて飛び込んでくる火蜥蜴の咬撃を避け、ソラは感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりする。走りながらビショップを見上げれば逃げ惑うソラが楽しいのか透明な床の上で笑い転げていた。
ブォン!と風を切って振るわれる火蜥蜴の尻尾を紙一重で避けると舞い散る火の粉が目に直撃し、つい足を止めてしまう。その瞬間を狙われ、火蜥蜴の太い前足が振り返りざまにソラの胴体を抉り、ゴッ!と数十メートルを吹き飛ばされた。
床に転がったソラを見て勝利を確信したのか、火蜥蜴が雄叫びを上げている。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。無造作に放出していた力を調節して身体の内に巡らせる。
「…………おぉう、こっちも変わってんのか。なるほどな」
起き上がり、大きく息を吸い、吐き出しながら拳を構えてピタリと止まると自分の頭の中でピン!と糸が張ったような感覚が訪れる。
首を傾げたビショップは杖を指示棒のように振るうと火蜥蜴が全身から火の粉を撒き散らしながら真っ直ぐにソラへと走り出す。火で出来た大きな口を広げ、一呑みにしようと首を振り、ソラの頭のてっぺんから石床ごと喰らい潰そうと凶悪な顎が振り下ろされた。
足に力を込める、力に抗う為に身体中の筋肉が隆起する。繰り返し――――完了。
「――――ッ!?!?」
顎が振り下ろされる瞬間、身を翻したソラは加護の力を乗せた拳を振り上げた。火蜥蜴の顎下に当たった拳はドンッ!と轟音を響かせ、その威力は火蜥蜴の頭から尻尾の先まで浸透するとボコボコと火で出来た身体が膨らんで、次の瞬間にはその身は盛大に爆ぜて吹き飛んだ。数十メートルに及ぶ爆発と爆音は広大な中庭の装飾を悉く吹き飛ばし、その爆発に驚いたビショップが透明な床の上で派手にすっ転ぶと上空まで巻き上がった黒煙を避けるように床を操作して避ける。慌てた様子で下を覗き込み、
「なに、なんで、どうして、トカゲ負けた?」
「そんなん、決まってんだろ」
大爆発に巻き込まれた筈のソラの声が響く。ありえない、とフードの奥の瞳を震わせて食い入るように煙の中心に目を凝らすと黒煙の中に赤い髪が垣間見えた。自分の目を疑い、ビショップはかぶりを振ってもう一度凝視するが、服の裾が煤けている程度でソラの肉体には傷一つ付いていない。
「俺の方、が、おっへ、強いか……げっほごほ!つ、強いからに決まっておえ、げほぉ!!」
「…………やっぱり、バカ」
「うっせぇ!げほ、酸欠に煙って普通に死ぬ、えっほん!生き物は酸欠で簡単に死ねるんだ……ってオイこらぁ!?」
格好良くキメたかったのにキメられなかったソラはなんとか呼吸を整えるのが、勝てないと判断したビショップは既に遠くへと飛んでいた。ソラへ向かって尻を叩いて煽るのも忘れずにだ。
ビキッ、と青筋がイキり立ったソラはザッと周囲を確認する。H字型の城の正面入り口側、おおよそ一般的高校の校庭二つ分ほどの広さだ。豪奢な装飾や噴水があったであろうが見事に爆破されており、ビショップが逃げた正門側は整えられた並木と石床の他にほとんど障害物が存在しない。
火蜥蜴の時は軽く握っていた拳を、今度は石のように固く握り締める。右拳に力を込めるように身体を屈めてソラはビショップを見据えた。
「ヒャッ?」
ゾクリ、とビショップの背中に悪寒が走る。まるで凶暴な肉食獣に睨まれているような、動物的本能が警鐘を鳴らすほどの圧迫感が背中に突き刺さり逃げながらもう一度後ろを覗き込む。
一足、大地が沈む。一手、力が収束する。放たれた拳は拳圧によって轟ッ!と空気を巻き込みながら突き進み、弾丸と化す。
「ヒャ、ヒャアアアァアァアアアァァアアッ!?」
――――龍だ。そこには龍がいた。正確には放たれた拳圧と空気の弾丸に練り込まれた加護の力、神龍バハムートの力が弾丸と共に巨大な牙を振り下ろす幻影が見える。
叫びも虚しく、拳圧と空気の弾丸がビショップに直撃するとボンッ!と派手な音を散らして吹き飛んでいった。奇しくも逃げようとしていた正門の向こう側へと墜落したのを確認すると拳圧と空気の摩擦によって発生した拳周りの火の粉を払う。ふぅ、と短く息を吐いてもう一度手の平を開いたり閉じたりして感触を確かめた。
「いつもならそろそろ節々がピリつくんだけど、全くそんな感じしねぇな……どころかもっと派手に動いても平気そうな感覚だ」
どういう理屈なのか分からないが加護の力が強くなっているようだ。身体を守る力と膂力、そのどちらも上がった事で最初は戸惑ったが、慣らしてしまえばこちらのものである。
加護の力が強まった、という認識をしてふと脳裏に過ぎった事がある。今ならムートと念話が通じるのではないだろうか。
身体の中に感じる、一つの大きな感覚。認識できる神経とも言えるその感覚は目に見えない線で遥か遠くへと続いており、そこへ意識を集中するとムートと頭の中で会話が出来る。例えるならば糸電話のようなものだ。
「おーいムート、聞こえるか?」
森の中に入ったのは二十時過ぎ、体感時間では既に二、三時間は経っているので時間は二十三時前後といったところだろうか。ムートは龍らしく気丈に振舞っているが極度の甘えたがりなので今頃日南先生に泣きついているかもしれない。最近はクラスメイトからもペット代わりに甘やかされているので誰かにジャレついている可能性もある。なので、お子様龍の確認とついでに遅くなる旨の連絡だ。幸い、先生達は寮までは見回りに来ないのでムートが大人しくしていてくれればバレる心配もない。
『ギャッ』
「鳴き声で返事すんな……悪い、今更だけど今手が離せねぇんだ、遅くなるから日南先生のとこで……」
『もう居るギャ。ていうか何処にいるんギャ!もうすぐくじになるギャ!あちしのおやつの時間はどうなるギャ!?』
「…………まだ二十一時?」
ムートには二回のおやつの時間がある。昼食後のデザートに一回と、寝る前の二十一時の二回だ。本当はお昼の一回だけだったのだが、最近は優華のせいで寝る前に不機嫌になる事が非常に多く、仕方なく回数を増やしたら時間を覚えてしまったのだ。時計の針の向きで判別しているらしく、他の時間は覚える気もないようだが、それは割愛。
明らかにおかしい、少なくとも一時間以上は森で彷徨っていた筈だ。だというのにムートはまだ二十一時を回っていないと言っているのだ。
言い知れぬ焦燥感が胸の内に湧き上がり、頭の中で時計の針が音を立てて動き出す。
「時間……齟齬……この国……国?」
『あんまり遅いと怒るギャ。頭咬み砕くギャ……ソラ?』
同じ境界の中の筈なのにここまで大きな時間の齟齬が出るのは何故か。それは境界の環境がそうだからとしか言えないので今は置いておくとして、引っ掛かったのは齟齬の大きさ。体感した二、三時間が正しければおおよそ百分ほどの時間が向こう側では十数分程度、それも積み重なればこっちで一年過ごしても向こう側は一ヶ月程度しか経っていない事になる。疑似的な精神となんちゃらの部屋というワケだ。
狂王、摩訶不思議な国、唯一直談判できる番人。そして新たなピースとして膨大な時間が加わる。
ハンプティ・ダンプティは言っていた。「狂王として当たり前の馬鹿げた侵略行為を行おうとしている」と。そこに新たなピースを加えれば頭の中でカチリとハマった音がする。
アリスの狙いは――――
「ムート!今すぐ橘先生のとこに行って……」
「あ、ああぁああぁああぁあぁあッ!!」
念話を断ち切るように大振りな剣が振り下ろされ、ソラは言葉を切って転がるように避けると顔を上げる。そこには森の中で見たトランプ兵がふらふらと覚束ない足取りで立っていた。驚愕に目を見開いたのはその数だ。
十、百、それでも足りないだろうか、次々と地面から湧き出てくるトランプ兵は全員が黒いモヤを纏い、明らかに敵意を持ってソラへと歩みを進めてくる。元々自我の薄いであろうトランプ兵は黒いモヤに突き動かされるまま剣や槍を構え、ゾンビのように襲ってきた。
「ぐっ……流石に、物量が多いと……がはっ!?」
左右から降り注ぐ剣を加護の力を用いて腕で受けるが、空いた胴体に幾本もの槍が突っ込んで鳩尾に突き立てられる。加護の力が増したとはいえ、仮にも兵隊の刺突だ。その衝撃は背中まで突き抜け、胃の中の物が圧迫されて喉までせり上がっていく。
「うっ…ぐぅ……やっぱり、衝撃自体は、消せねぇんだなコレ……ちっくしょう!」
『ソラ!?どうしたギャ、返事するギャ!!』
喉までせり上がった物を無理やり飲み込んで、心配を掛けまいとソラは念話を一方的に切った。腹に突っ込んできた槍兵を槍ごと蹴り上げて、一気に身を引いたソラは後ろに下がるとギリリッ!と引き絞る音が聞こえてくる。
ソラの加護は魔術、体術に限らず無類の防御力と圧倒的な膂力を誇るという強大な加護だが弱点も多い。
まず一つは衝撃を殺しきれないこと。例えるならば目に見えない鎧を纏っているイメージだが、鎧の外から強い力で殴られればその衝撃は肉体にも及ぶ。
もう一つは強すぎる力には突破されること。ロレナとの戦いの最後、右腕に集中していたせいでもあるが風の刃が加護の力を越えて身体を切り裂いた。
「づぁ……!く、っそ……!」
背後から放たれた弓矢が意識を割く前に脇腹を掠めていき、薄皮一枚を剥ぎ取られた。血が滲む脇腹を抑えながら突っ込んでくる槍兵を避けつつ掴み上げ、背負い投げの要領で横から突貫してくる剣兵に投げ当てる。
ヒュンッ!と真後ろから聞こえてくる風切り音を元に勘で首を振れば先程まで頭があった場所を矢が突き抜け、ソラの目の前の剣兵に突き刺さって倒れる。掠め取られた赤い髪がパラパラと地面に落ちていき、苦悶の表情で弓兵へと視線を投げた。
そして弱点がもう一つ。ソラの加護の力は、物量に弱い。
それは加護の力が単純な引き算だからだ。身体前面で攻撃を受け止めれば、背面は薄くなる。つまり今現在のこの状況、敵意ある兵隊に囲まれたこの状況がソラにとって最悪の結果を生み出した。
剣を振りかざして飛び掛かる剣兵を見据えて、一度に幾重もの拳を放つ散弾銃のようなジャブで払いのけると横から槍兵達が身体ごとぶつかってきて手足を絡めとられてしまう。
「やっ、べぇ……!」
槍の先が胴体に密着している状態で飛び掛かってくる剣兵。視界の端には弓兵が狙いを定めており、ソラは背筋が凍っていくのを感じた。ゾンビ染みているといえど兵隊の刺突や剣撃は一発で手足が落ちるであろう容赦の無さ、加護の力が無ければ何回死んでいたのかも分からない。身体に当てがわれた槍、飛び掛かる剣、横合いから飛んでくる矢と全てに対応するにはどれかを捨てなければならない。
「ちっくしょ、離れ、ろ……っ!?」
ドス、と槍兵の背中側から新たな槍が突き抜けてきた。ソラを抑えている槍兵の身体を物ともせずに貫いた槍はドスドスドスッ!と次の瞬間には三本目、四本目と増えていき、
「がっ、ぎぎ……!やめろ……こいつ、死んじまうぞ!?」
辛うじて加護の力が持ちこたえたが言葉は届かず、五本目の槍が喉元を突き破るとソラの身体にもたれかかり、フルフェイスの頭がガクリと下がり落ちる。ごぼっ、と汚い音と共に血のような真っ赤な液体がフルフェイスの下から滴り落ちて、ソラの目の前で命の灯火が掻き消えた。目を見開き、死体となったトランプ兵の重さが重圧となってソラにのしかかり意識が揺らいでしまう。
同時に、加護の力に綻びが生じた。
「――――っ」
槍兵達に押し倒された瞬間を狙って、刃が突き立てられた。それは真っ直ぐにソラの腹へと突き刺さり、声にならない声が宙へと放り出される。
視界の奥の方で、剣を突き立てた剣兵の一人に見える黒いモヤが、笑っていた。口の形に開いた闇が大口を開けて、ソラにしか聞こえない声で下卑た笑い声を上げている。
兵士を操って戦うことを強制し、命さえもアッサリと使い捨てて、その惨劇を見てゲラゲラと笑っている。ゲラゲラゲラゲラと、耳障りな声で嘲笑っている。
「お前のせいかァ……ッ!!」
胸の内から湧き上がるドス黒い感情と共にソラの両腕が赤熱すると炎となって放たれる。ボンッ!と爆発じみた炎はソラの身体に群がっていた兵隊達を吹き飛ばし、脇腹に刺さった剣を引き抜いて捨てるとゆっくりと立ち上がる。
あの黒いモヤこそが敵だ。命を弄び傷付く様を見て笑っている、悪意の塊。激情を抱いたままソラは拳を握り、吹き飛んで突っ伏したままの先程のトランプ兵の元へと歩み寄ると拳を振りかぶる。
「弱者を弄ぶのが趣味か、赤髪」
振り下ろした拳は何者かに掴まれてトランプ兵の顔面ギリギリで止まった。ブオッ!と轟風が吹き乱れ、ソラの拳を掴んで止めた男のフードが風圧に煽られて中身を露出させる。
色褪せた黒髪は灰を被ったような色をしており、髪を掛けた左耳には宝石の付いたピアスが三つ、キレ長の瞳はガラス細工のような灰色だ。――――ロレナを殺した漆黒の男が、突如として現れた。
「お前も、こいつの仲間か……!」
「こいつ?」
ボンッ!と手の平から放った炎を躱して漆黒の男は身を翻す。黒のコートがヒラリと舞い、犬歯を剥き出しにして唸るソラの姿に眉を顰めた。
明らかに普通じゃない。牙は獣のように犬歯が尖り、炎を発する腕は血管が浮き上がって今にもはち切れそうだ。加えて眼光は爬虫類を思わせるほど細くなっており、獲物を見つけた龍のような威圧感と圧迫感が周囲の空気を震撼させていた。
チッ、と舌打ちを吐き捨てて漆黒の男は言葉を投げかける。
「言葉はまだ理解できるか?なら加護の力に飲み込まれるんじゃねぇ、体内の魔力を絞り尽くせ」
「ぐるるる……がぁあっ……」
「チッ……面倒くせぇな、その程度の浸度で理性失ってんじゃねぇよ」
「ガぁああアァアァッ!!」
叫ぶと同時に強靭化した脚力で一気に突貫したソラは空気を引き裂きながら腕を振るうも既に男の姿は無く、ドンッ!と叩き付けられた拳が石床に粉々に吹き飛ばす。キョロキョロと辺りを見渡せば自分の真後ろで腰に携えた剣を一本、引き抜いていく。
黒い剣だ。現代では殆ど見かけないであろう直剣は刀身までもが黒く、うっすらと見える刃の部分が美しい光を見せた。
「テメェにはやって貰わなきゃいけねぇ事があんだよ、こんなとこで吼えてんじゃねぇぞ」
漆黒の男は切っ先でソラを真正面に捉えると、心底面倒臭そうに溜息を吐き出した。それを合図代わりに、獣と化したソラが雄叫びをあげて喰い殺さんと殺意を剥き出しにして突貫する。
漆黒の男との戦いが、望まぬ形で始まった。




