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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第ニ章 双子の忌み子
18/42

第ニ章1話 小さな王子様と小悪魔少女


――――それは、始まりだったのかもしれない。


「あいたたた……ごめんね、おにいちゃん。ぶつかっちゃって」


「…………」


 境界の天気は現行世界の影響によって移り変わり、気温や気圧なども含め季節が変われば境界の空模様も移り変わる。夏が近付いてきた事を知らせるかのように日差しは徐々に刺激的になり、吹く風は力強く頬を通り抜けていく。

 そんな中、今日も今日とて遅刻ギリギリで起きたソラは慌てて教室棟に向かっていた。ムートがいないのは世話焼きの風吹かムート大好きな優華が連れて行ったのだろう。ついでに起こしてくれればいいのに、と胸中で愚痴を零してソラは走りながらブレザーを羽織った瞬間、それは起きた。

 何かが飛び掛かってきた、正確に言えば空中を飛んでいた何かにぶつかった。言葉にすればその通りなのだが、宙に浮いている人間などあり得ないと斬り捨ててソラは自分の身に起きた異常に目を凝らす。渡り廊下を照り付ける日差しがあるにも関わらず、ソラの視界は真っ暗だった。否、柔らかい感触と妙な甘い匂いが鼻腔を突き抜けて、風に揺れた暗闇は白とピンクの縞模様の布を視界にちらつかせる。


「…………ふがふが?」


「やんっ、そんなトコで喋んないでよぉ……えっちなおにいちゃんだなぁ」


 一々耳に残る甘いロリボイスの人物が立ち上がると、学院の制服を纏った一人の少女がソラを見下ろしてくる。少女、と言うには些か幼過ぎるその少女は薄い金髪のショートヘアと幼さの体現かアホ毛が一本伸びていた。アイドルのような愛らしい顔付きでにぱっと笑った少女との位置関係的に、スカートの中に顔を埋められていたのだと理解する。


「もしかして、小っちゃい子が好きなロリコンさんかな?あたしも好きだよ~、おにいちゃんみたいな体育会系なのに童顔でウケっぽい人」


「出会い頭にナニを口走ってるんですかねこのお子様はぁ!?つーかパンツ見えてんぞ!!」


「にゃはっ、見せてるんだよ?なのに何の反応もしないなんて……おにいちゃんって同性愛者さん?」


「何でそうなるんだよ!?思春期か!性に興味を覚えたばっかりの中学生かっ!!」


「年齢的にはそうだよ~。あたし飛び級だもん」


 スカートのポケットから棒付きアメを取り出した少女は包装紙を取ると口に咥える。わざとらしく且ついやらしくアメを舐り、それを見せつけるように見下ろすが当の本人であるソラは疑問符を浮かべて怪訝な顔をするだけだ。その反応を垣間見て、少女も不思議そうな表情を浮かべると退こうしていたソラの上にしゃがみだした。

 じーっと真正面から覗き込んでくる大きな瞳は可愛らしく、青と緑のオッドアイは蠱惑的な魅力を感じさせる。同時にその魅力に奇妙な引っ掛かりを感じて、背中がザワつく感覚に襲われながらソラはその原因を探ろうとするが目の前には破廉恥な少女が座っているだけだ。


「うむむ、あっちだと()()()()ノリが評判良かったんだけど、奥ゆかしい日本ではあんまりウケが良くないのかな?」


「良く分かんねぇけど、子供は子供らしくしてる方がいいと思うぞ。変に大人ぶってるより好感が持てる。ていうかどいてくんね?」


「は~い。まぁもうちょっと試してみてからかなぁ……おにいちゃんには効いてないみたいだから、また後で考えるね。またね~」


「思春期真っ盛りの学生が沢山居る学院でナニを……えっ、またね?」


 立ち上がった少女が朗らかな笑顔で手を振って去っていった。突然の出会いに混乱しつつも、釣られて立ち上がったソラは簡単に汚れを叩き落とすと走っていった方角を見つめる。あの奔放さだけは子供らしいといえば子供らしいが、発言に気を付けてくれればもっと良いのにと思う。

 嵐のような少女との出会いを経て、嵐ならついこの間過ぎ去っていったばかりだろうと胸中でぼやくと始業五分前のチャイムが鳴り響いた。


「やっべ、まだ間に合うか……!?」


 教室棟に入り、一目散に教室へと走る。一回目の角はインを攻めて、二回目の角は大外から差し込んで上履きを削りなら滑り、最後の角は誰かとぶつからないように減速しながら教室の扉を勢いよく開けた。


「セーフ!」


「アウトだ馬鹿。遅刻が多過ぎるぞ不知火(しらぬい)


 ゴツン!と出席簿で頭をチョップされて、いつも通り気怠そうな朝斗に注意される。クラスの皆は少しだけ笑みを浮かべて、しょぼくれながら自分の席に向かうとムートが机の上で盛大に寝こけていた。トントンと指で頭を突いて起こすとソラの存在に気付き、寝ぼけながらも腕を伝って身体を昇りソラの頭に頭を乗せるお気に入りのポジションへ到達。朝斗のHR(ホームルーム)の開始を聞きながらそのまま席に座ると後ろから控えめに背中を叩く感触がして、振り返る。


「ごめんね、起こそうとしたんだけど優華ちゃんが放っておけって……」


「あんにゃろ……ありがとな、風吹は悪くないって」


 苦笑いを浮かべる風吹を尻目に、ソラは朝斗の声を右から左へ聞き流しつつ窓の外へと目を向ける。

 ニヶ月前、風吹とロレナによって巻き起こった境界を揺るがす大災害は『ワルプルギスの夜』と名付けられ、一つの事件として片付けられた。日本の自衛隊兼警察機構である黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)のもと、被害者である学院の生徒は皆一様に事情聴取を受け、そこで主犯格と思われる二人組が浮上する。

 一人はソラと対峙した剣を持った男。どういった魔術を使う等の情報は無いが特殊な武具を用いる事と戦闘能力の高さにより要注意人物となった。

 もう一人は全てを握っているであろう金髪の男。聖職者のような黒い法衣を纏ったこの男こそが最重要人物とされ、転移魔術を軽々と使う事から『魔人』相当の魔術師と想定、黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)はこの男を最優先目標に定めて捜査を開始した。

 一方で『ワルプルギスの夜』を引き起こした風吹とロレナは教師陣と友人であるソラや神楽の証言により、被害者としてカウントされるも一時的に監察処分の扱いを受ける事になった。と言っても境界という特殊な場所のせいか監察するのは教師陣に移り変わり、風吹自身の人柄を知っている彼等はこの一ヶ月間気にも留めていない。つまりは放任されている。監察処分という肩書だけが残っている状態だ。


「……というワケで、各自引き締めて学院生活を過ごすようにな。それと、このタイミングで一つ連絡事項があってだな」


 それからの日々はとても穏やかだった。朝起きて、遅刻しかけて、慌てて教室棟に向かって走る日々。授業が始まれば徐々に暑くなってくる日差しに再び眠気を呼び起こされて寝落ち。そんな緩やかな日々が今日も待っていると思っていた。

 今、この瞬間までは。


「あーーーーーーーーっ!?」


「やっほう、ホ……同性愛者のおにいちゃん。今日からよろしくね!」


 朝斗の隣に立った小さい女生徒を見て、ソラは立ち上がりながら声を上げて指を突き付けた。天真爛漫、純粋無垢な笑顔で応えた少女が顔に似合わない発言をしながらソラに手を振り返す。

 

「誰がホ……違う違う!俺はノーマル!ノーマルだから!!」


「うるせぇぞ不知火(しらぬい)。もう一人居るんだから静かにしろ」


 周囲の男子生徒が一斉に身体を引いたのも束の間、窘めた朝斗は視線を左下に投げると一歩踏み出した少年がいた。

 少女と全く同じ顔付きをした銀髪の少年だ。少女と比べて目は少しツリ目気味で鋭く、対を成すように右目が青、左目が緑のオッドアイ。一件不愛想にも見えるその少年は愛らしい少女とは裏腹に触れたら壊れそうな儚さと美しさを纏っていた。


(ひいらぎ) ユウです、よろしくお願いします」


(ひいらぎ) ハヅキで~す。おにいちゃん達もおねえちゃん達も皆よろしくねっ!」


 鏡合わせの双子が挨拶するとクラスの生徒達が合わせて返事をした。お手本のような綺麗な笑顔を浮かべたユウと、茶目っ気たっぷりにウィンクしたハヅキの二人が席に座ると最早通過儀礼の如く質問の嵐が始まった。その様子に見慣れたのか朝斗は適当にHR(ホームルーム)を終わらせて去っていく。


「見たところ中学生くらいだけど、もしかして飛び級!?」


「そうだよ~、よろしくね~」


「綺麗なオッドアイだね、双子って結構珍しいねぇ。術式も同じのだったりするの?」


「いえ、僕とハヅキは系統が違うんですよ」


 小さな王子様と小悪魔少女、それが二人の第一印象だ。魔術師が起こす怒涛の質問攻めも軽やかに躱す二人を見ながら、ソラは「自分の時もあんな感じだったのか」と苦笑いを浮かべた。


「凄いね、飛び級だって」


「そういうのは魔術師らしいよな。朝斗風に言うと『智慧ある者が尊ばれる』ってやつか……あれ、(たちばな)は?」


「……あそこ」


 風吹が指を差した先にはハヅキを膝の上に乗せ緩み切った笑顔で頭を撫でている優華がいた。本当に見境がないというか、行き過ぎた面食いというのは行動力も凄いとあまり考えないようにした。

 そこでソラは改めて周りを見渡した。いつもなら良いタイミングで茶化してくる男がいないのだ。席を見ればぽっかりと空席になっており、またサボっているのかとソラは嘆息する。

 遅刻魔のソラと違い、神楽は自分の意思で授業を受けたり受けなかったりするより厄介な問題児だ。HR(ホームルーム)をサボることも少なくなく、そういう時は大抵他の教師と話し込んでいたりサボった罰としてどっかの教室を掃除していたり授業の準備をさせられているのである。

 だからこそソラはこの時、神楽がいない理由を深く考えなかった。

――――それが、運命の分岐点だと知らずに。



――――…



「おーにーいーちゃんっ!」


不知火(しらぬい) ソラだよ、破廉恥幼女」


「むーーーっ!あたし幼女じゃないもん!ちゃんと十四歳なんだからねっ!」


「破廉恥なのはいいの……?あ、僕は芦屋(あしや) 風吹(ふぶき)だよ。よろしくねハヅキちゃん」


 学院の廊下で仁王立ち、ソラと風吹を待ち構えていたハヅキを軽くあしらうと風吹が自己紹介して握手した。手を握った瞬間、ハヅキが眉間に皺を寄せて思い切り首を傾げる。釣られて風吹も首を傾げる不思議な光景が生まれ、「何をしてるんだ」と呆れながら廊下に設置された個人ロッカーを開く。その瞬間、


「……っ!?」


 開いたロッカー越しに突き刺さる殺気。それは余りにも鋭く、まるで弾丸のように打ち出された殺気は美しさすら感じてしまうものだ。咄嗟に反応したソラは瞬時に腰を落として飛んできた方角に身構えると、


「……今の、お前か?」


「は?何がだよ~不知火(しらぬい)


 偶々こっちを歩いて来ていた男子生徒に問うが、スマフォに夢中だったようで笑い飛ばされてしまった。苦々しい顔で殺気の飛んできた方角をじっと見つめるが生徒達が次の授業の準備に取り掛かって移動していたりと猥雑な廊下があるだけだ。

 納得がいかないまま一つ息を吐き出して、ソラは再び準備を始める。次の授業は朝斗の魔族学だ。ソラにとっては学院の授業の中でもトップに入る楽しみな授業であり、思考回路を切り替えようと軽く頭を振る。


「ねーねー、次の授業ってなーにー?」


「次は朝斗の……」


「次は魔族学よ、ハヅキちゃん。分からないところは全部お姉ちゃんが教えてあげるから何でも聞いてね?手取り足取り教えるから、なんでも聞いてね??」


「にゃははっ、なんか凄い濁った目してるおねえちゃんだなぁ……まぁいいや、いこいこー!」


 ハヅキに手を引かれた優華は先程から一向に締まらない顔で走り出す。一人の友人として心配になってくるが本人が幸せそうならいいか、と考えないようにした。

 考えるべきはソラに対してピンポイントで放たれた殺気の弾丸だ。もう一度振り向いて飛んできた方向を見るがふざけ合っている男子生徒やお喋りに夢中な女生徒のグループがいるだけでソラの事など誰も見ていない。

 否、一人だけいた。トイレからひょっこりと顔出した銀髪の少年、(ひいらぎ) ユウ。

 移動しようとしているソラと風吹と目が合うと、ソラは「待ってるから急いで」と合図を送り、意図を察したユウは慌ててロッカーに走っていくと手早く教科書を取り出して、ソラ達に駆け寄っていく。


「すいません、お手数お掛けして……」


「いいって、困ったらお互い様だ」


「そうそう。ソラってぶっきらぼうだけど凄い良い人だから気にしないでねユウ君」


「あはは、ありがとうございます」


 完成された笑顔というのはこの少年の表情を言うのだろうか。あまりにも綺麗に笑って見せたユウは心まで清らかなのではと錯覚を覚える。風吹も同じように感じているようで、次の授業場所までの短い道ですら他愛のない話が止まらないのだ。


「ユウ君はハヅキちゃんと双子……なんだよね?顔そっくりだね」


「はい、双子ですね。そっくりと言っても、僕の方が不愛想って良く言われますが」


「そうかぁ?結構笑うと綺麗だけどな」


「はは、綺麗ですか。ありがとうございます……お兄さんも綺麗ですよ」


 淀むことなく褒め返されて思わず目を見開く。自分で言うのも悲しいが良いトコ中の下な顔を褒められたのかと思ったがユウの目線の先はソラの頭頂部、つまりは髪に向かっている。

 生まれた時から深紅の髪をしていたソラにとって、不良だの何だのと疎まれることはあれど褒められた事はない。しかも言われたのが美しさを体現している少年からだ。つい照れ隠しに顔を背ければ朗らかに笑う美少年が今度は風吹に向き直る。

 誰とでも分け隔てなく公平に話せて、中学生くらいの年齢で高校に値する魔術学院に飛び級入りする知性と品性を持った美少年。頭の中でそこまで纏めると信じられないくらい完璧だ。完璧過ぎてアレもコレも足りていないソラは妙な劣等感を感じつつ、それもしょうがないと認めてしまっている。

 

「っと、此処だ」


「ありがとうございます、えっと……」


「俺は不知火(しらぬい) ソラ。こっちの美可愛(びかわい)いのが風吹」


芦屋(あしや) 風吹(ふぶき)です、よろしくねユウ君。美可愛いって初めて聞いた……」


 握手を交わせばハヅキがユウを呼び、手を振って双子の少女の元へと向かっていくのを見送るとソラと風吹は適当に空いている席に座った。

 場所は化学室。保健室とは違う古びて萎びた刺激臭とほんのり重い空気が漂う感じは中学校でも学院でも大差はなく、見慣れない薬品や人体模型など魔術師の心をくすぐる物で溢れている。化学室に来るとワクワクするのは男子ならではだろうか。


「うーん、化学室って何回来てもソワソワするよね」


「分かる。すげぇ分かる」


 風吹でも化学室特有の空気を感じれる……と考えてそういえば男だったと再確認したソラは戒めるように脳内で「風吹は男、風吹は男」と繰り返す。始業開始のチャイムと同時に気怠さ全開で入ってきた朝斗は教卓に出席簿を置くと生徒が合図して一斉に立ち上がる。


「あ~……今回は初めての奴がいるからな、触りからもっかいやるぞ。そもそも魔族学と言われてる俺の授業は、厳密に言えば生物学だ。人間、亜人、魔獣、その他諸々の伝承や各種族の特徴などを大雑把に伝えて理解を深めようって事だな。詳しく知りてぇ奴は自分で調べるなり何なりしろ、面倒だから」


「教師の発言じゃねぇな……」


「そこの赤いの、五月蠅いぞ……まぁ丁度いい、ムートを呼んでくれ。呼ばないとお前を解剖して説明することになっちまう」


「だから教師の発言じゃねぇよ!こえぇよ!!」


 戦々恐々としながらも渋々といった様子でソラは胸に手を当てる。少し意識を集中すれば感じ取れる確かな線が、今は保健室へと伸びていた。恐らく日南に甘やかされながら日向ぼっこでもしているのだろう。頭の中で言葉を思い浮かべて、ムート呼びつけようとするが、


『イヤだギャ。あちしは今眠いからお断りギャ』


「……だそうです」


「よし、そこで横になれ。解剖してやる」


「イヤだよ!?誰かこのイカレた教師を止めろぉ!!」


 冗談だ、と大して笑いもせずに言い放った朝斗はチョークを手に持つと黒板に大きな文字を三つ書き記した。『人間』、『亜人』、『魔族』と書かれた文字は線を結び、一つの点に集約されると粉を叩いて生徒達へと向き直る。


「さて、現代において大雑把な種族分けをするとこうなるワケだが……この三種族にはそれぞれ共通した特徴がある。それがなんだか分かる奴いるか?」


「はい。智慧を持っていることでしょうか?」


「はい正解。流石飛び級してきた期待の若人君だ……何故この三種族かと言うと『社会的な生活を確立できる者』であると定義されている。人間と亜人は現行世界に置いて文明や社会的地位を得て生存しており、魔族は現行世界に適応するだけでなく魔界でもそれぞれの社会や力関係を確立し、生存している。つまりは獣には獣の社会があり、悪魔には悪魔の絶対的ルールが存在し、天使には天使の規律がある。それを改めて認識する事が大事だ」


 例えば、と朝斗が言葉を切ってソラの前の席に座っている猫人(ねこびと)族の青年に立ち上がるよう伝える。流れに身を任せた青年は少し恥ずかしそうに周囲からの視線から逃れようと目を泳がせるが、


「君は猫人(ねこびと)族、そして俺はただの人間だ。俺達は一体何が違うと思う?」


「えっと……耳とか、尻尾とかですかね?」


「はい正解。だが脳みそを使って考える事や手足を使って運動する事は人間と同じだよな?」


「それはまぁ……当たり前ですよね」


「あぁ、当たり前だ。そしてその当たり前をアップグレードしろ。魔術師に成りたてのお前らは、『人間』だの『亜人』だの『魔族』だのっていう下らない枠組みをぶち壊すところからだ。そうすれば――――世界が変わる」


 ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ音がした。鬼気迫る迫力で告げた朝斗は次に蜥蜴人(リザードマン)の大柄な青年を立たせるとその青年に歩み寄り、猫人(ねこびと)族の青年と向き合うように指示をすると、


「お前ら、相対してまず何を考えた?」


「いや、あの……小さいな、と」


「僕は目つきが怖いな、って……」


蜥蜴人(リザードマン)の目つきが鋭いのも生まれ持ったもの、猫人(ねこびと)族の平均身長が小さいのも生まれ持ったものだろう。俺達は種族単位で無意識に種族の特徴を理解している証拠だ……だが、それが()になってるんだよ」


 枷?と聞き返す二人にを流して、今度は優華に立ち上がるよう告げると耳元で何かを囁き、一瞬困惑した表情を浮かべた優華は一度目を閉じると二人の青年に対して優しく微笑んで見せた。

 よく分からないまま微笑まれた二人は反射的に笑顔を返すが、それこそが朝斗の言っていた枷の正体だ。再び朝斗が「何を考えた?」と問いかける。


「触れたら傷付けてしまうかもしれないほど、可憐……」


「良い子そうだなって……」


「そうか。残念だが……橘は今、()()()()()()()()()()()()()ぞ」


 表情と真逆の感情を抱いていた事に二人の青年が驚愕し、勢い余って身を引いた。先程囁いた内容が正しくソレだったのだろう。

 人間が動植物に対して無意識にしているように、亜人もまた無意識下で行っている『種族という格付け』は文明社会に生まれたが故の枷だ。

 蜥蜴人(リザードマン)の青年が言った「触れたら傷付けてしまう」という発言も、人間との力の格差を無意識に理解しているからこその優しさだ。だが、叡智を求める魔術師にとってそれはただの枷にしかならず、思考を縛り付ける呪いである。


「種族の格差があるのは当たり前だ。蜥蜴人(リザードマン)のような強靭な肉体なんて人間は持っちゃいないが、表情一つで騙すことすら出来る。猫人(ねこびと)族のように耳や嗅覚が優れているワケじゃないが、だからこそ人間は優れている部分を潰すことに注力出来る」


「ちょっと、いつまで悪者扱いする気かしら?私、そんな事しないわよ」


「わーってるよ」


 朝斗を小突けば意地の悪い笑みを零して二人の青年に向き合い、二人の間を通り抜けて振り返ると、全員に対して立ち上がるように指示を出した。ガタッ!と一斉に椅子の引いた音が響いて、


「まずはお互いを認めろ。種族なんてつまらねぇ括りで見下すな。他者を智慧ある者と認めて、対等な存在だと認識するんだ。そこからようやく、お前達は魔術師として知る事が出来るからな」


「「「「はいっ!!!!」」」」


「はい、じゃあ座ってよろしい。あぁでも、最低限のマナーとかは守れよ。我がクラスのアイドルに下着の色聞いてる奴がいるらしいからな」


 一瞬でザワつき始めたクラスと、被害者である風吹が恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

 先程の優華は極端な例だが、朝斗が言った事はとても共感が持てる。実際に魔女と呼ばれたロレナと手を繋ぐことが出来たし、その結果として風吹という友人を得た。その友人も今ではクラスに溶け込んですっかりアイドル視されているのだから面白い。


「さて、触りはこんな所だが……そうだな、もう一つ『悪魔』と『魔獣』について話しておこうか。『魔獣』は言わずもがな、害意を持って人間や亜人を襲う生き物達の総称だ。そして『悪魔』は生き物の負の感情や生命エネルギーを糧とする、()()()()()()()()()()特殊な生き物。例として……」


「サキュバス、とかでしょ~?思春期真っ盛りのおにいちゃん達が妄想してそうだよねっ」


「発言はちゃんと手を上げような期待の新人ちゃん。サキュバスとは、他人の夢や物理的に干渉して精力をエネルギーの糧とする淫魔だ。その特性を活かして夜のお仕事……んんっ!まぁ現行世界でも極少数だが見かける事がある」


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」


 サキュバス、それは男の夢。どんな種族だろうと分け隔てなく精力を搾取していく男の欲望と妄想が具現化した存在だ。疲れたサラリーマンの人間が癒しと共に搾取されることも、猫人(ねこびと)族が組み伏せる事も、力の強い蜥蜴人(リザードマン)が一方的に組み伏せられて搾取される事も、サキュバスならば可能にしてくれるという期待と願望。

 雄叫びを上げた男子生徒諸君は隣に座る女生徒の冷たい目線にも折れずめげず、その存在を朝斗に追求する。


「先生は会ったことあるんですか!どんなプレイをしたんですか!!」


「ボインボインのお姉さんでしたか!?それともツルペタロリっ娘でしたか!?」


「落ち着けお前ら……サキュバスはある程度なら相手の理想通りの身体を作れる。大人になったら試してこい」


「……馬鹿馬鹿しいわね」


 吐き捨てた優華の台詞はクラスの女子全員分の感想だろうか。さっきまでのシリアスな話なんてなかったかのような盛り上がりと共に鳴り響いたチャイムが授業終了を報せる。サキュバスは存在する、という夢が事実として認められた事で男子達は一部を除いて大興奮のまま化学室を出ていく。

 もちろんその一部とはソラと風吹であり、あまり反応しなかった二人だけは女生徒からの株が密かに上がった事を知らない。


「やっぱりおにいちゃんはサキュバスにも反応しないね~、もしかして、そっちの可愛いおにいちゃんの事が好きなの?」


「えっ?ソラは僕の事、好きじゃないの……?」


「風吹にその手の話題は察せないからやめて差し上げろ。普通に好きだよ、友人としてな!」


「ふふ、良かった!僕もソラの事、好きだよ」


 小悪魔の言葉も純粋無垢な心には届かない事が立証されたところで、お昼休みになった学院は少し歩けばすぐに人だかりが見えてくる。いつもは神楽と風吹、そしてソラの三人で昼食を取るのだが今日は神楽がいない。そして傍らには入学して間もない飛び級の双子がいるとなれば一緒に食事をするのも良いだろう。

 

「ごっはん、ごっはん、ごっはっん~」


「あんまりはしゃぐと転んじゃうから、気を付けてね」


「はーい!」


 自然な流れで食堂へと足を運ぶソラ達だが、ハヅキの傍にもう一人いなければならない存在がいない事に気付き、ソラは後ろを振り返る。

 ユウが、ソラ達の先に見える人だかりを眺めて止まっていた。まるで果ての無い水平線を眺めているような、綺麗な景色に見惚れているような、そんな表情でただジッと眺め続ける。


「おーい!早くメシ行かないと席無くなっちまうぞー!」


「……えっ?僕も、ご一緒して……いいんですか?」


「えっ、何かダメな理由あるか?友達なんだから一緒にメシ喰うくらい当たり前だろ?」


 ソラがそう告げると、ユウは目を見開いて無意識に教科書を強く握りしめた。その表情の変化に自身で気付いたユウはすぐに笑みを浮かべて、空いた距離を詰めるべく一歩を踏み出し、笑顔に偽装して目を閉じる。

――――無慈悲なほどに、その道が眩しくて目を開けられないから。



 


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