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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第一章 クレナイの兆し
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第一章10話 交錯する思惑



 暗雲立ち込める訓練場のど真ん中に歪な十字架が立てられていた。刺々しい茨の蔓で作られたそれは一人の青年を磔にし、か細い血を吐く声が漏れて聞こえる。

 全身を覆う夥しい数の切り傷、十字架から血が滴るほどの出血をした青年は朧げな視界が急浮上する感覚をゆっくりと感じていた。

 青年に歩み寄る中性的な美貌を持つ人物が、項垂れた青年の顎を人差し指で救い上げたのだ。


「どうして教えてくれないのかしら?あるのかないのか、たったそれだけの事よ?」


「けほっ……こんだけ、痛めつけ、られてさ……好感度上がるとで、も…思ったのか」


「その軽口だけは賞賛に値するわね、だからこそ」


 暴風の吹き荒れる音が耳朶を叩く。右手に小さな竜巻を生み出し、それが今青年に叩き付けられようとしていた。

 至近距離で喰らえば文字通り八つ裂きになるであろう一撃を前に、ウィルは静かに己の最後を悟る。


「ここであなたの生が終わる事を、憂いて仕方がないわ」


 轟ッ!と叩き付けられた竜巻が茨の十字架を吹き飛ばし、大地を派手に抉り飛ばす。血飛沫が飛び散り、ウィルの五体が肉塊となって散らばるイメージ。

 しかし、叩き付けた先の映像はイメージとかけ離れていた。ウィルの身体がどこにも見当たらないのだ。訝し気に眉を顰めて、辺りを見渡せば砂煙に紛れてバチ、バチ、と紫電が走っている。


「……とある魔術師の血統にしか使えない、雷属性。聞いた事はあるけど見るのは初めてね」


「あら、そう?無駄に長生きな魔女ならご存じかと思ってたわ」


 ウィルを抱えて、言葉とは裏腹に怒りを露わにした表情を向ける金髪の少女。ウィルが知る限り、学院の中でもトップクラスの実力を誇る期待の一年生だ。端正な顔立ちを見上げて、安堵したのかそこでウィルの意識が途切れた。


「ごめんなさいね、私が興味あるのは美しいモノとゼピュロス様だけなの。あなたの雷もとても綺麗だけれど、私の趣味じゃないわ」


 だから、と続けて右手を突き出せば轟ッ!と竜巻が弾丸のように放たれる。紫電を引きながら甲高い音を立てて瞬時に回避、雷鳴のような爆音を響かせて背後に回り込んだ優華は続く左手からの竜巻も大地を踏み抜いて一気に距離を離し回避する。


「……逃げ足の早い子」


「潔く引きなさい、魔女。もうすぐ先生達も到着するわ……そうなったら、生徒の身体を使ってたとしても排除されるわよ」


 くすくす、と。茨の魔女は妖艶な笑みを浮かべて笑う。訝し気に睨め付ければ、魔女は右手を上に差し伸べ、握り締める。

 直後、ドンッ!と大地を揺るがす轟音が鳴り響いた。地震に身体を揺らされながら、注意深く辺りを見渡すと不意に妙な影が辺りを包み込む。

 茨だ。訓練場を丸ごと飲み込む大きさの巨大な茨が、ゆっくりと訓練場を包み込んでいく。


「私の茨は魔界の茨……例え魔術でもこじ開けるのは不可能なの。変な期待をさせてごめんなさいね?」


「……っ」


 圧倒的優位が一瞬にして覆された現状に、優華は歯噛みする。

 優華が単身乗り込んだのは、ウィルの救出と時間稼ぎの為だ。独断専行と言われようが、優華には絶対に勝てる切り札が存在していた。それが教師陣の介入だ。

 魔術学院の教師という物は一線を画す実力を持っている。その中でも東部学院だけは異常な戦力を保持していた。

 橘 咲夜(たちばな さくや)。世界最高峰の戦力を持つ物にのみ与えられる称号、、【四聖(しせい)】の一人だ。世界最強の教師と言っても過言ではない。加えて、現在の教師陣は橘 咲夜(たちばな さくや)の級友だった者だばかりだ。あの朝斗ですら実力だけは相当優れたものである。

 だが、思惑は大きく外されてしまった。教師陣の誰か一人でも来てくれれば、自身を含めた二人でも倒せると過信していた。

 魔女が、これ程までに異常な魔力を持っているなんて思いもよらなかった。


「若い子にはよくあるのよね、魔術という異能を手に入れて舞い上がって、敵戦力を見誤ることが。その点さっきの子はとても良かったわ。分をわきまえていたもの」


 冷や汗が止まらない。ゆっくりと、恐怖を浸透させるように歩み寄ってくる魔女が右手に竜巻を生み出して、


「邪魔は入らない。魔女を舐めてかかったあなたに色々と教えてあげるわ、小娘」


 足の震える少女に対して、玩具を見る目で妖艶な笑みを浮かべた。


――――…


「なるほどねぇ、神様ってのは本当に身勝手だわ」


 ポツリと呟いた言葉は、静まり返った保健室に響いた。生徒達が体育館に避難していく中、ソラとムート、神楽と日南は保健室に居る。その原因はベッドに座る中性的な人物のせいだ。


「我はなんと言われようと構わない。だが、我の加護を受けた子らは…我の愛おしい子らはどうか、助けてくれないか?今の我一人では……」


 中世ローマのような衣を纏い、背中からは翼が生えた恐ろしく顔が整ったその人物はゼピュロスと名乗った。日南の取り出した生徒名簿によれば、魔女が身体を乗っ取った生徒――――芦屋 風吹(あしや ふぶき)と瓜二つらしい。

 日南の治療に当たっている間、事情を聴いたソラとムートは神妙な面持ちで床を見つめる。対して、悪態を吐いた神楽は大きな溜息で空気を破って、


「よう神様、お前さんの加護が巷じゃなんて言われてるか知ってるかい?――――呪われた加護、だよ」


「…………」


「この数百年、あの魔女がお前さんの加護を持つ人間を根こそぎ殺して回ったからだ。お前さんらの身勝手があの魔女を生み出して、その尻ぬぐいまで身勝手に押し付ける気かい?」


 口元は三日月に歪んでいるのに、目が一切笑っていない。まるで悪魔のような微笑みを見せた神楽に、神であるゼピュロスでさえ背筋を凍らせた。

 苦々しく唇を噛んだゼピュロスが目を伏せると、ソラが首を傾げながら告げる。


「助けりゃいいじゃん」


「……おいおい、お兄さん達にはそんな義理も義務もないんだゾ?第一、こっちは被害者だ。それに茨の魔女が相手じゃこの学院の教師でも……」


「神楽、お前何でそんなに()()()()()()()


 思わず、目を見開いた。

 怒っている?何に対して?脳に冷や水を浴びせられたように、一瞬で冷めていく思考が頭の中を駆け巡る。あっけらかんと言い放たれた言葉に困惑していると、ソラが言葉を続けた。


「困ってる人がいる。そいつには、助けて欲しいって言ってくれる奴がいる。それだけで助けるのに十分だろ」


「正義のヒーロー気取りかよ赤いの」


「だって、寂しいだろそんなの。苦しいのに、ツラいのに、誰も助けてくれないなんて。そんな奴がいるなら、俺が手を差し伸べたい」


 神楽は在り得ないものを見る目でソラを見た。魔術師とはどこまでもいっても個人を優先する生き物だ。自分の不利益を、自身に降りかかる理不尽を徹底して嫌い排除する。その姿こそ人間の究極だろうと達観していた神楽は、対極に位置するソラの思想に追い付けない。


「で、でも……わ、私は先生なので生徒を危ない所には……」


「大丈夫ッスよ、日南先生。俺こう見えても頑丈なんで!」


 ニッカリと太陽のような笑顔で応えたソラに戸惑いを隠せないままでいると、ソラはゼピュロスに歩み寄って手を差し伸べる。怯えたような、不可解なものを見る目で見上げれば、


「神様だとか、魔女だとか、亜人だとかさ。困ってたらそんなの関係ねぇよ。だから一緒に芦屋(あしや)を助けようぜ、ゼピュロス」


 感嘆の嗚咽を漏らして、ゼピュロスは差し伸べられた手を強く握りしめる。呆れたように、大きな溜息を零したムートがゴキンッ!と指の鳴らした。


「ゴチャゴチャとどうでもいい話は終わったギャ?その魔女って奴をブッ飛ばせばいいんだギャ。サッサと終わらせておやつにするギャ」


 荒々しい足音を立てて保健室を出て行ってしまうムートの後を追って、ソラも駆け出した。残されたゼピュロスと日南は茫然と見送って、喝を入れるように神楽が口を開く。


「あの赤いの、稀に見る大馬鹿だなぁ……あ~あ、せっかく神様をゆすって色々取引できるチャンスなのに、駄目にしちまいやがってあの大馬鹿」


「ちょ、ちょっ、東雲君まで行くつもり、ですか……?」


「あ~……だって、手伝ってやるってドヤ顔キメちゃいましたし?まぁそれとは別に貰うもの貰うつもりですけど」


 ゼピュロスの前に立った神楽は冷たい目で見降ろすと、ある条件を切り出した。一度は驚愕し、結果を想像して恐れ、それでもと愛し子の為と首を縦に振って応える。

 返事のない了承に満足気な笑みを浮かべた神楽は先走って行ったソラ達の後を追って保健室から走り去っていく。

 学院の壁を恐るべき脚力で駆け上がり、屋上に辿り着いた神楽は額に手を当てて遠くを走る赤い髪の青年を見つけてニヤリと笑う。


「さぁ~て……お兄さんもようやく、()()()が回ってきたみたいだし、いっちょ頑張りますかねぇ」


 ソラの向かう先、巨大な茨で覆われた訓練場を見つめて、表情とは真逆の感情で舌打ちを吐き捨てた。

 息を吐き出して、訓練場を注視する。鉄橋のような太さの茨の蔓が訓練場を包み込むように囲い、あえてなのか天井部分はぽっかりと開いたままだ。あれだけの大きさの植物からして魔界の植物だろう、と考えて物理的な突破は不可能だと結論した。

 魔界の植物は基本的に悪性環境で育つように出来ている。マグマを吸い上げて成長したり、毒の沼地に生えていたりと、尋常ならざる耐性を持っている事が多く、魔界の植物は操れればそれだけで強靭な武器となり得るのだ。


「ふぅむ、空でも飛べりゃ簡単に行けるんだろうが……」


「我の出番、という事だな」


 ふわりと隣に降り立った神、ゼピュロスが張り詰めた表情で訓練場を見つめる。神と呼ばれる存在はほとんどが肉体を持たない、精神と魔力で構成された独自の生命体だ。重傷を負っても魔力の供給と信仰があれば回復することが出来る。


「(だとしても、こんなすぐに復活出来るのはおかしいよなぁ。うちの保健医はシスターか何かか?)」


「むっ……あの赤い少年、まだあのような所にいるのだな」


 はっ?と声を上げれば先程まで遠くに居たはずのソラがかなり近い位置にいた。むしろ、全力で走って戻ってきているではないか。幼少竜(ミニ・ドラゴ)に戻っているムートがとんでもなく気まずそうな顔をして目を逸らし、神楽とゼピュロスに気付いたソラは二人を見上げて、乱れる呼吸を整えて一拍置くと、


「茨で塞がってて通れねぇので誠に申し訳ございませんが助けてくれませんかねお二人様!!」


「ぶふっ」


 九十度に曲げた綺麗なお辞儀とさっき保健室で見たギャップの差に噴き出しそうになった神楽は必死で口を抑える。恐る恐る隣のゼピュロスを見てみれば、


「…………」


「ぶっはーー!ぎゃっはっはっはっはッ!!」


 苦虫を嚙み潰したような、とてつもなく不愉快そうかつ残念なものを見る目でソラを見下ろしていて、耐え切れずに噴き出して笑い転げた。

 ひとしきり笑った神楽はゼピュロスに抱えられ、ソラは首根っこを掴まれて首を絞められながら空へと飛び立つ。

 本当にこいつらで大丈夫なのか、とゼピュロスが心中で溜息を零したのを二人は知りもしない。



 


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