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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第一章 クレナイの兆し
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第一章9話 羨望の災害


 空を灰色の雲が覆い尽くし、暴風を吹き散らす巨大な竜巻が各地に点々と出現する。地面を抉り、木々をなぎ倒して破壊を目的とした天災が学院へとゆっくり向かってきていた。


「寮長、前方の大型竜巻から膨大な魔力反応が…!」


「分かってたけどさ、やっぱ中心のデカイのに本命がいやがったか……嫌な予感ばっか当たりやがって」


 ウィル率いる三年生達が木々の枝から枝へと飛び移りながら巨大な竜巻へと走る最中、追従する一人の生徒がインカムから通信を受け取る。


「学院の魔術防壁、展開完了だってよ。一年達の避難誘導に手間取ってるけどこっちは大丈夫、だそうだ」


 ウィルは適当な枝に飛び移って止まると目前に迫った竜巻を見上げる。天まで届くのではと思うほど巨大な風の渦、台風が形を持って暴れまわっているようなその竜巻を目の前にしてウィルは微笑む。


「優秀な後輩を持って鼻が高いっつーの。各班に連絡、予定通り俺達は本命を叩くから周りの竜巻を足止めだ。後輩に格好ワリィとこ見せるなよ!」


「「「はいっ!」」」


 刹那、全身の肌が粟立った。本当に見られているのかも分からない、竜巻の向こう側から歪な視線を感じたのだ。同時に膨大な魔力が解き放たれ、ウィル達はそれに触れてしまった。

 魔術師にとって魔力は有限であるが、成長と共に魔力量は増えていく。優れた魔術師は魔力量によって相手との力量差を計るが、ウィル達に触れた魔力は彼等の脳裏に一つの結論を浮かび上がらせる。

 勝てない。今すぐ逃げないと殺される。


「ひっ…ひぃいい!」


 仲間の一人がその場にへたり込み、頭を抱えて蹲ってしまう。

 優秀であるがゆえに分かってしまう圧倒的なまでの魔力の差。底が一切見えない化け物の前に出てきてしまったという後悔。自分達は今、その化け物に見つかっているという事実が恐怖となって身体を強張らせる。


「こんな、こんなの、俺達じゃ手に負えない……寮長!先生達に応援を…!」


「あらあら、挨拶もしないで帰るなんてマナーがなってないんじゃないかしら?」


 前方から声が聞こえると同時、ウィル達の背後をボゴッ!と巨大な茨の蔓が大地から生えた。退路を断たれたウィルは視線を素早く前方に戻し、攻撃が来ると直感した身体が木刀を引き抜こうと腰に手を回した瞬間、戦慄する。

 引き抜くよりも早く、太い茨が竜巻を食い破って伸びてきたのだ。


「お前ら、避けろぉ!」


 鞭のようにしなり、弾丸のような速さで次々と茨が発射される。ウィルでさえかろうじて反応出来ただけの鞭撃は容赦なく仲間達に放たれた。

 叫びは虚しく、茨の鞭が発した風切り音を耳で感じた瞬間、仲間達の悲鳴が上がる。


「いぎぃいいいっ!」


「いてぇ、いてぇよぉ……」


 痛みに叫ぶ者、苦悶の声を上げる者、仲間達の悲鳴を背中で聞きながらウィルは一歩も動けなかった。反応が遅れたのもあるが、それ以上に目の前に歩み寄ってくる存在が動くことを許さなかったからだ。

 

「賢明な判断よ、坊や。動いていたらあなたの背中は今頃酷いことになっていたわ」


「……お褒めに預かり光栄です、ってか?ふざけんなちくしょう」


 制服を纏った一人の人物がいた。長い栗色の髪、すらりと伸びた長身、女性にも男性にも見える端正な顔立ちをしたその人物は淑女のような所作で顎に手を当てて美しく笑う。

 しかし隙は無い。どころかこっちが一歩でも動けばすぐに背後の茨が動くだろう。


「お前、芦屋 風吹(あしや ふぶき)だろ?入学初日からずっと欠席してるって先生から聞いてんだわ……寮長として、こういう()()()は見逃せねぇな」


「あしや……あぁ、この身体の事かしら?残念だけど、随分前からこの子の意識は無いわよ。私に全てを預けてくれたのだから」


「……まさか、お前」


 全てを預けてくれた、その言葉から連想される状況に肌がザワつくのを感じる。愛おしそうに自分の顔を両手で包む目の前の人物は恍惚な笑みで身体を抱き締めて悶え始める。


「歴代最高の肉体……魔力が、私の細胞が隅々まで馴染む感覚……ようやく手に入れたの…ゼピュロス様の加護を持つもっとも美しい肉体を…!」


 歓喜に震えるその人物は自身の内に広がる加護の力をしっかりと認識していた。暴風のような荒々しい魔力が、奪われた事に腹を立てているのか内から食い破ろうともがいている。まるで赤子を愛でるように腹をさすり、地面に突き立てていた杖を手に取ると暗雲立ち込める空を見上げた。


「あぁ、ゼピュロス様……私は遂に、遂に貴方様の加護を一身で受け止める事が出来ましたわ!この美しい身体なら貴方様もきっと私を……!」


「見てくれるってか?そりゃ無理だ、神様は俺達のような下々のことなんてお遊びでしかねぇんだから。そんなことお前が一番分かってるだろ――――茨の魔女」


 空を見上げたまま、視線だけがギョロリとウィルに向けられた。その眼差しは冷たく、射殺さんばかりの鋭さを持ってウィルの目と交差する。

 ウィルに意識が集中した一瞬、後ろで痛みにうずくまっていた生徒が端末を操作した。簡単にいえば撤退命令だ。生徒達では対処できない場合、教師陣が動く手筈になっている。


「神様なんて面倒な奴を見続けるよりさ、身近な人間に目を向けてみようぜ魔女さん?例えば俺とかさ」


「――――はぁ?」


 低く殺意の籠った声色が殺気となり冷たい刃となってウィルに突き刺さり、それでもウィルは平静を装ってその場に立つ。震えあがるほどの殺気を受け止めながら、意識は真後ろの仲間達へと向けていた。

 どうか、逃げ延びてくれと願いを込めて。


「撤退しろッ!!」


「…っ!」


 叫ぶと同時に、仲間達が一斉に散って走り出した。ウィルに背中を向けて、目もくれずに逃げ出した仲間達を見て魔女が舌打ちを吐き捨て、代償とばかりに大地から生えた茨の蔓がウィルの両足の甲に巻き付き、文字通りその場に縫い留められる。

 だが、これでいい。痛みに食いしばった歯を開いて、ウィルは変わらずへらりとした軽薄な笑みで笑って見せた。


「俺さ、これでも、寮長なんだよ……仲間守る為なら、身体張ってでも守ってやらなきゃいけねぇのさ」


「……美しいお友達ごっこね。美しいものは好きよ、目に見えなくても価値のあるものだから」


 でも、と続けて魔女はウィルの手を茨の蔓で拘束し、棘で刻みながら上へと強制的に引き上げた。殺す為ではなく、痛み付けて苦しめるだけの行為だとウィルは悟り、この後に続くであろう拷問を簡単に想像させられる。脂汗の滲む額と、想像してしまった残虐な未来が今まさに始まろうとしているのだと。


「あなたに免じてあの子達は見逃してあげるわ。代わりに質問に答えてもらいましょうか?拷問なんて趣味じゃないから、手短に頼むわね」


「ははっ、拷問向きな魔術使っといて良く言うわ……ぐ、ぎ…!」


「趣味じゃないけど、得意ではあるわよ?」


 宙吊りになったウィルを下から舐めるように見上げ、顎を指先で優しく撫でる。浮かべられた妖艶な笑みは言葉とは裏腹に酷く楽しそうだ。

 ぎりっ、と一際強く腕を捻り上げられ、苦悶の声を漏らしたウィルに魔女は言葉を叩き付ける。


()()()()はどこにいるのかしら?」


――――…


「肉体を得た、恐怖の魔女がする事……」


「頭からじっくり考えてみようか。そもそもなんで魔女がこの境界……引いては、この魔術学院にいると思う?」


 人差し指を立てて、神楽は薄く笑みを浮かべると怪訝な顔で睨み付けてくる優華を一瞥する。信用していない、そして遊びに付き合ってる暇はない、と明らかな不信感を持っていることは一目瞭然だ。

 対して、隣のソラは素直に熟考している。この状況下で思考に沈んでいくのはまさに頭がおかしいと言えるだろう。だがそれが面白い、と神楽は口元を歪めた。そして相対的な二人の様子はそのまま行動にも現れた。


「馬鹿馬鹿しい、どうせ復讐や破壊とかの下らない理由に決まってるわよ」


「決め付けていくねぇ……そうじゃないとしたら?」


「これだけ東部学院の敷地を荒らしておいて、下らない理由の他に何があるってのよ。探偵ごっこなら私を巻き込まないでちょうだい」


 ふん、と鼻を鳴らして足早に教室を出ていった優華に溜息を零し、残ったソラに注視する。


「そうじゃないとしたら……ゼピュロスの加護を持つ魔術師が目的…?」


「この天変地異を見れば、その目的は達成されたと見ていいんじゃないかい?」


 顔を上げ、窓の外を見れば灰色の雲と巨大な竜巻が一方向から迫ってきている。迫ってきてはいるが、竜巻や魔女は直接学院に攻め込んできてはいないという矛盾にソラの思考は加速する。

 ゼピュロスの加護を持つ魔術師の肉体。それを得た魔女。目的を果たしたのに止まらない天変地異。ここでソラは発想を逆転させる。

 天変地異が止まらないのは、目的を果たしていないからだ。その目的を果たす為に、ゼピュロスの加護を持つ魔術師の肉体が必要だったとしたら。


「希少な情報を得る為には相応のリスクを負う必要がある。当たり前だよな?けどお兄さんに言わせれば、そのリスクが回避できるならそっちに尽力するのもまた当たり前だ」


 独り言のような神楽の助言で、ソラの中でピースがハマった音がした。神楽に視線を移せばその答えを今か今かと待ちわびている。


「リスクを負ってまで、肉体を手に入れた魔女は……この学院にある何かを探してる?それも、自分を脅かすようなヤバイやつを」


「――――あぁ、最ッ高だよ本当に」


 心からの喝采を零して、神楽は狂喜的な笑みを浮かべた。同時に、ソラの頭を過ぎった一つの可能性が瞬時に足を動かし、教室から飛び出していく。

 浮かんだのは生まれた時から一緒の相棒の存在だ。理由を深くは知らない、けれども特別な存在だとはなんとなく知っている。勘違いならそれでいい、むしろそうであってくれと願うほどだが、もしも魔女の狙いがソラの予想通りだとしたら。


「――――ムートッ!」


「ご褒美だ、お兄さんも手伝ってやるぞっと」


 飛び出したソラの後を追って、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま走り寄ってくる。全速力で走っているのに余裕綽々で並走する神楽に驚愕しながら、


「ムートは部屋に戻ってる筈だ、橘先生にこってり絞られたから出てもいないと思う」


「竜族はその辺律儀に守るのよなぁ。それはさておき、お兄さんは逃げる準備もしといたほうがいいと思うゾ」


 避難の為に、五月雨式に体育館へと向かう生徒達を掻き分けながら反対方向の寮へと向かう。簡単に言い放った神楽の言葉に眉を顰め、ぶつかりそうになった生徒に注意されつつ人気の無くなった寮側の廊下に辿り着くと荒くなった呼吸を軽く整える。


「知名度はさほどないが、茨の魔女自体はニ百年以上前の存在だからな。知識も経験も教師なんて比べ物にならないレベルになってるとお兄さんは思うんだよねぇ」


 息一つ乱れていない神楽は悠長に窓の外を眺めていた。幸いにも寮の方角はまだ晴れているが、曇天は徐々に迫ってきている。この学院が覆い尽くされた時は、天災と魔女により吹き飛ばされてしまうんじゃないかと一抹の不安が過ぎった。


「……最悪の想像なんだけど、もしかして先生達が居てもヤバい?」


「一概にそうとは言えないのが魔術師の面白いトコ……なんだがこの状況ならハッキリとYESと答えて花丸あげちゃうレベル」


「うへぇ……ちなみに、その心は?」


 神楽は人差し指を立てると指先に魔力を集中させる。

 通常、魔力は目に見えない。視覚や聴覚で確認して認識するのではなく、第六感とも呼べる魔術師特有の感覚で相手の魔力を感知するのだ。これは魔術師が魔力という異能を操る故に開かれた肉体の回路であり、類似した物にチャクラやオーラなどが存在する。

 その魔力が目に見えるほど凝縮され、具現化されている。簡単にやってのけているが、繊細な魔力操作が無ければ出来ない芸当だ。

 ソラはクエスチョンマークが表示された指先を見つめ、整った息を再び乱して相棒の元へと走り出す。


「魔術師は術式を使えるだけじゃない。植物に魔力を流して操ったり、唄に魔力を乗せて魅了したり、何だったら物質の錬金とかも出来たりしちまう便利なモンだ。まぁそういう変わった事が出来るのは魔術師本人によるが、歴史に名を刻んでる偉大な先輩方はそういう自分なりのスタイルを極めた奴等ばっかりって話だ」


「茨の魔女……名前の通り、茨を操るんだったら、魔女もそんな奴等の一人ってことか?」


「ご名答。んでもってコレまた面倒臭いのが、そういう一芸を持った奴等ってのに対抗できるのは同じ一芸を持ったやつだ。三年生は半数くらい、教師は全員かね?条件が同じだとしても、熟練度の差で圧倒的に負けてるんだよなぁ。おぉ怖い怖い」


 クエスチョンマークがぷるぷると震えるシュールな光景をみせれられて逆に怖がっているようには見えない。現状ではほぼ勝ち目がないという事実に胸中では「なんでこんな事に」と呟いた。入学早々こんな事態になるなんて自分の不幸を呪うべきか、それとも襲来した魔女の理不尽さを憎むべきか。

 ガシャンッ!と、自室の方角からガラスの割れるような、重い物が倒れたような音が聞こえてきた。


「まさか――――」


 頭のてっぺんから血の気が引いていくのを感じながら、ムートのいる自室へと更に足を速めた。荒々しくドアノブを掴み、外れてくれと願った予想がこの扉の先に待っているかもしれないと思って一瞬手が固まる。

 頭の中で連想される最悪の結果を振り払って、勢いよく扉を開けるとそこには――――


「――――たすけて、ソラ」


 鳥類の羽根と血痕が散乱した部屋の中央に、血まみれの男を抱いて涙を流すムートが唇を震わせて振り向いた。



 


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