ファーストキスもまだなのに、新婚初夜を迎えてしまった……
TS転生モノです。苦手な方はご遠慮ください。
「新婚初夜なのに全年齢向け」というあたりから、内容はお察しください。
結婚式が終わった。
終わったはずだ……忙しすぎて、あんまり記憶に残ってないけど。
でもって、今はアレクと二人きり。
新婚初夜だ。
大きなベッドが置いてある。
ファーストキスもまだなのに、この日を迎えてしまったよ……
アレクとの、仲は悪くない。
むしろすごく良い方だ。
手を繋ぐとか腕を組むとか、そういうことは、日常的にやってるし。
途方に暮れて、アレクをじっと見つめた。
「そんな捨てられた仔犬のような目で見ないでくれる? いやならやらないからさ」
アレクは苦笑した。
俺は、うつむいてしまった。
「あ、そうだ。いいもの見せてあげる」
ほら、とアレクは自分のお腹をちらっとめくって見せる。
「シックスパックだぞー」
「わぁ、すごい」
思わず寄っていった。
「本物だ。ホントに六つに割れてるよ!」
前世は貧弱な坊やだった俺。
筋肉には弱いのだ。
「触ってもいいよ」
「いいの!?」
なんて太っ腹な。
「やっと笑った」
アレクは俺の頭をなでなでした。
「そんな緊張しなくていいからさ。十八で結婚なんて早すぎだっての」
「アレクー!!」
なんていいやつだ。
前世男子高校生だった俺は、貴族の女性に転生していた。
アンジェリーナなどというこっぱずかしい名前をつけられ、毎日が生き地獄だ。
そんな中、唯一の希望はアレクだった。
アレクも前世の記憶持ちだ。
前世はOLさんだそうだ。
出会いは六歳のとき。
子供向けのお茶会……という名の婚活パーティに強制参加させられた。
お庭が見たいとウソをつき、はやばやと戦線離脱。
「婚活早すぎ。この年頃はランドセル背負うのが仕事だろ」と庭のすみっこでボヤいてたら。
「ランドセル!? 今ランドセルって、言った?」
ものすごい勢いで食いついてきたのが、アレクだった。
家族にも秘密にしていたことを、分かち合える。
おまけに、TS転生まで一致。
まさに僥倖。
アレクは、俺と婚約したいと親に猛プッシュしたらしい。
俺も、アレクが気に入ったと親に伝えた。
とんとん拍子に話は進み、アレクは俺の婚約者となった。
「祝、婚活回避!」
俺たちはハイタッチを交わした。
さっさと婚約しといて良かった。
こっちの人たちって、六歳から婚活をはじめるだけあって、グイグイ来るんだよ。
ぼっちでいると、すぐさま声をかけられる。
「婚約者がおりますので……」(訳: こっち来んな)と言うと、大抵はあきらめてくれる。
それでもくじけないヤツもいる。
どんだけメンタル強いのよ。
そういう時は、アレクが駆けつけてきて。
「オレの婚約者になにか?」(訳: 殺すぞ、テメェ)とやってくれる。
姐さん、頼りにしてます!
「アンジェは可愛いからな。気をつけないと……」
「俺、可愛いの?」
「うん、かなり」
「可愛くなくなる方法って、ないのかな?」
「そう言うところがすでに可愛いから、無理だと思う」
アレクは真顔で答えた。
本当は、心のままに振る舞いたい。
だけどさ、身分の高いお家なわけよ。
「俺」とか言いだしたら、頭の調子がおかしくなったと思われる。
前世男だったんで、男と結婚なんて、絶対無理。
そう思いながらも、中身が男だってバレないように、必死で女性らしくしている。
だって、今世の両親も、身のまわりの人たちも、いい人たちなんだよ。
迷惑は、かけられない。
俺の猫の皮は、装甲並みだ。
おかげで、ストレス溜まりまくり。
「ストレス解消に、身体を動かすといいよ」
なんでもないことのように、アレクは言った。
「オススメはダンス」
「なんで?」
「必修科目みたいなもんだし、パートナーが必要でしょ」
「なるほど」
ストレス解消にもなるし、アレクと一緒にいられる。
一石二鳥だ。
喜んだのも、つかの間だった。
ものすごい壁があったのだ。
俺、運痴なんだよ。
前世もさ、マラソン大会で下から数えた方が早かった。
生まれたての子鹿のように、よろよろしてしまう。
どうしよう……涙目の俺に、アレクは力強く言った。
「大丈夫! オレがついてる」
姐さん、カッコ良すぎです……
俺と違って、アレクは運動神経抜群だった。
前世は、ストレス解消に格闘技と筋トレにハマり、腹筋も割れていたそうだ。
「せっかく男に生まれたんだ。身体鍛えなきゃ損だよね。強けりゃ、アンジェにくっつく悪い虫も追っ払えるし」
ポジティブ姐御は不敵に笑う。
アレクは、黒髪に瑠璃色の瞳。
見つけるのは、簡単だ。
アレクの行くところ、常に女子の人垣ができる。
美形な上に、文武両道。
明るくさっぱりとした性格で、女の子の扱いが上手いから、とにかくモテる。
その気になれば、ハーレム作れるんじゃね?
いつも感心して眺めてしまう。
しかし、アレクは俺を見つけると、女子達とお別れしてすぐにこっちへやって来る。
虫除けというか、用心棒的な役割を自任しているからだ。
最初のうちは、女子達に恨まれるのではないかとびくびくしていたが。
婚約者を大切にしているところが、またステキだと高評価らしい。
俺は亜麻色の髪と同色の瞳。
それほど目立つ色合いではない。
身体つきだって、セクシーダイナマイツなボディじゃない。
なのに、なぜだか男子の視線を感じる時がある。
「アンジェは、ヤマトナデシコだからね」
アレクがとんでもないことを言い出した。
「中身は男子ですけど!?」
「こっちの人たちって、基本肉食系だから。草食系が珍しいんだよ」
「そういうことか……」
俺の「女の子」のイメージって、基本「日本女子」だもんな。
しかも、男の理想っぽい、おとなしく控えめなタイプ。
前世の俺も、ひっそりとしたモブキャラだったし。
常時かぶっている猫の皮が、そんな誤解を招いていたとは。
だまされている男子達よ、すまんかった……
要介護状態だった俺のダンスも、アレクがつきっきりで指導したおかげで、数ヶ月もたつと形になってきた。
どんなによろけても、アレクが助けてくれる。
一曲通して、ちゃんと踊れた時は、抱き合って喜んだ。
我に返ったとき、とっても恥ずかしくなった。
アレクもなんだか顔が赤い。
いや、これは友情だから。
シュートを決めたチームメイトのところに、皆が駆け寄っていくイメージだな。
一曲踊れたくらいで、大騒ぎしちゃったから、照れくさくなっただけ。
踊る楽しさに目覚めた俺たちは、それからもダンスを続けた。
すると、なんということでしょう!
手と手をつないだだけで。
アイコンタクトだけで。
気持ちが通じ合うようになってしまったのです……
びっくりだよ!!
サッカーで、面白いようにパスがつながるとかそんな感じ?
まあ、ダンス限定だけどな。
でも、便利なことこの上ないし、こうなるとすごく面白くなって。
ふたりして、どこのダンス選手権に出るんだよってな勢いでがんばった。
おかげで、ストレスが激減したよ。
毎日よく眠れるし、ごはんが美味しい!
身体の調子はばっちりで、お肌もすべすべツヤツヤです。
そんなある日のことじゃった。
両家そろっての顔合わせ。
タンスばっかりやってたから、怒られるのかな、と思っていたら。
婚姻の日取りが決まった、という知らせだった……
親たちはドヤ顔だった。
お前たちの気持ちはわかっている。
ナイスアシストだろう。
褒めてくれ。
いやいやいや、違うから!!
「何故こんなことに……」
「アンジェ、婚約者って意味知ってる?」
アレクはじっとりした目で俺を見た。
「結婚の約束をした相手……」
「そう。いつかは結婚するんだよ」
「いや、だけど、早くない?」
俺ら、まだ十八だよ!?
「私もそう思うけど、こっちの世界の基準だと、適齢期なんだよね……」
どっちの親もにこにこしていた。
俺たちの生活態度は、使用人を通じて親に筒抜けだ。
寝る時以外、ほぼプライバシーないからね。
婚約者がいる場合、「節度ある交際」というのが重要だ。
仲が悪いのは論外としても。
逆に仲良しすぎても、問題があるらしい。
貴族社会において、授かり婚は絶対にあってはならない。
使用人達は、未婚の男女に間違いが起きないよう常に目を光らせている。
その点、俺たちはダンスにハマってただけなので。
健全も健全。
いかがわしいことは何にもしておりません。
でも、ふたり一緒でいる時間は格段に増えたし、誰が見ても仲睦まじい様子に見えたらしい。
暇さえあれば、いや、どんなに忙しくてもなんとか時間を作って一緒にいる年頃の男女。
品行方正で、使用人達を困らせることもない。
しかも婚約者同士。
もう結婚しちゃえば? って……
「アレクはどう思ってるの?」二人きりになった時に聞いてみた。
「これでアンジェのウェディングドレス姿が見れる!」
「え、そっち!?」
アレクは、ドレスやアクセサリーを選ぶのが大好きだ。
女子と対等にファッションの話ができる上に、真剣に情報交換している。
俺のアクセサリーのほとんどは、アレクからのプレゼントだ。
本人いわく、俺に似合いそうなものを見つけると、買わずにはいられないと。
前世は女子だからね。
誕生日には、ドレスが贈られてくる。
ドレスを選ぶアレクは、デザイナーと綿密な打ち合わせを繰り返す。
情熱を傾けているってカンジだ。
プレゼントされたアクセサリーやドレスを身につけると、アレクはすごく喜ぶ。
その姿を見ると、ほっとする。
アレクは、俺よりずっとしっかりしてて。
こっちの世界に、すっかり馴染んでいるように見える。
そんなアレクでも、しんどそうにしてたり、こっそりため息をついてることがあるのを、俺は知ってる。
アレクは跡継ぎだし。
覚えることも、やらなきゃならないこともたくさんある。
ドレスやアクセサリーを見るのが、息抜きになってるんだろうな。
「アンジェは、どうなの?」
逆に聞き返された。
ウェディングドレス……か。
正直、着飾ることに興味はない。
だけど。
アレクが喜んでくれるのなら。
「ウェディングドレスは、アレクが選んでくれる?」
「もちろんだよ!!」
結婚式を挙げるまでは、怒涛の日々だった。
ドレスの試着とか、ドレスの試着とか……
いや、他にも色々あったよ。
でもまあ、それは置いといて。
俺のウェディングドレス姿は、アレクのみならず、他の人々も感動で目を潤ませるレベルだった。
「最高に綺麗だ。もう一生離さない」
式が終わった後、アレクが俺を抱きしめて口走ったくらいだ。
喜んでくれたのはうれしいけど、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいぞ。
結婚式を終えた後のことを、考えてなかった……わけじゃない。
けど、越えなきゃならないハードルが高すぎる。
キスのひとつやふたつ、やっとけば良かった。
後悔しても、もう遅い。
結婚式の日取りが決まって。
「静かなところで、話をしようか……」とアレクに誘われたとき。
かなりドキドキしたよ。
向こうも、ソワソワしている。
腕を組みながら、ギクシャク歩いたよ。
でもさ、アレクってイケメンで人気者だから。
目立つんだよ!!
静かなところにたどり着く前に、見つかっちゃう……
ほんのちょっとだけなら、二人きりになる機会はあった。
だけど、心の準備ってものがある。
ファーストキスだよ?
スキマ時間に、サクッと済ませるってわけにはいかない。
お互いモジモジしているうちに、タイムアウト。
ちなみに、前世の時にも、経験はありません……
密室に、二人きり。
今度という今度は、誰にも邪魔されない。
新婚初夜だもんな……
俺は勇気を振り絞った。
「「あのさ」」
思いっきり、ハモった。
「先に言っちゃってもいい?」たずねると、アレクはうなずいた。
俺は、ベッドの上で正座した。
アレクも付き合って正座する。
「結婚してくれて、ありがとう。男の人に声をかけられて、困ってるとき、必ず助けに来てくれて、ありがとう。ダンスがド下手な俺を、見捨てないでくれて、ありがとう。俺なんかで、ホントにいいのかなって思うけど。これからも、末長くよろしくお願いいたします」
三つ指をついて、お辞儀した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
アレクも、深々とお辞儀した。
お互い顔を上げたら、アレクがなんだか困ったような顔をして、こっちを見ていた。
「どうしたの? や、やっぱり俺と結婚は、やだった?」
「違う! 罪悪感がハンパなくて……」
「罪悪感……? もしかして、他に好きな人が……」
「全然違う!!」アレクはぶるぶる首を振った。
「そうじゃなくて、その、ダンスは、私にとって、ご褒美だったから」
ご褒美!?
「最初の頃、よくつまづいたでしょ」
「うん」
「助けるフリして、抱き寄せた。よろめいて、胸が当たるたびに、いいぞ、もっとやれ! とか思ってた。合法に見せかけて、セクハラしてました。すいません……」
アレクは頭を下げた。
「ダンスが下手なのって、いいことだったんだ」
低い声でつぶやいた。
さらば、俺の黒歴史。
まさかご褒美だったとは……
「俺が、アレクのご褒美って、すっごいうれしいんだけど……ホントに、俺でいいの?」
半信半疑のまま、たずねる。
女子の皮をかぶってるだけの、生き物ですが。
「アンジェじゃなきゃ、ダメなんだ」
きっぱりとした答えが、かえってきた。
「そんなわけで、今日という日を、楽しみにしてたんだけど! 正直言うと、理性と本能が、今、戦ってるとこで!! 理性が消滅しかかってるけど、どうしたらいい!?」
「理性なら、迷わず捨ててくれ。新婚だし、解禁だから!」
「……いいの? ホントに!?」
「そこらへんは、俺も考えた。アレクの妻とか、やっていけるのかなって。でも、あんなにダメダメだったダンスだって、なんとかなったし。赤ちゃん産むのも、大丈夫かもって。こっちの世界は、ワンオペ育児もないし、保育園も探さなくても済むし! こ、婚活は早いけど……」
言いかけた言葉は、アレクの唇でふさがれた。
「ゴメン、もう待てない」
ですよねー……
こうして、俺たちは、夫婦に昇格した。
相性は抜群でした……
心ゆくまで、シックスパックを触らせてもらったよ。
お礼に膝枕をしてあげたら、「ダメだ、もうここから離れられない!」と、アレクは苦悶していた。
もっと早くに結婚しても良かったかな? と思ったのは内緒だ。
お読みくださり、ありがとうございました。