報告と対策
「はい、これで手続きは終了です。こちらが報酬になります」
ギルドに入ったカノンはとりあえず言いたいことは後回しにして、護衛依頼の完了報告をしていた。
受付嬢から報酬の入った袋を受け取ったカノンは、それを一旦収納に仕舞うと後ろにいるアイリスに目をやる。
カノンと目が合ったアイリスは頷いて、口を開いた。
「所で、ギルマスに報告があるんだけど、取り次いでもらえる?」
「は、はい!少々お待ちください!」
アイリスにそういわれた受付嬢は慌てて立ち上がり二階にあるロンの部屋に走っていった。
その後受付嬢が戻ってきて、カノン達は無事にロンの部屋に通された。
因みにリーゼはギルドマスターに会うのは初めてのようで、かなり緊張しているが、ロンの性格を知っているカノンに関してはもう全く緊張しなくなっている。
最初の頃は緊張していたのが懐かしい。
しかし、リーゼを見ているとやっぱり冒険者登録をした翌日にギルドマスターに呼ばれたカノンはレアケースらしい。
まぁカノンの場合はギルド職員の不正のせいだったのでそれ自体レアケースなんだが……。
「アイリスさん、カノンさん。お帰り。……君とは初めましてだね。僕はレセアールのギルドマスターをしているロンだよ。よろしくね」
「は、はい!リーゼと言います。よろしくお願いします!」
ガチガチに緊張したリーゼが挨拶をする。
それをカノンは苦笑しながら見ている。
「リーゼちゃん、そこまで硬くならなくて大丈夫よ?」
アイリスは苦笑いしながらもフォローを入れている。
「あはは、みんな最初はこんな感じなんだけど、何でか2回目からはもっと適当になるんだよね~」
笑いながらロンが言うが、それはロンの性格のせいだろう……。
カノンも途中からは全く緊張しなくなるどころか、面倒そうなら逃げようとしてたしな……。
「で、どうしたんだい?」
「そうそう、この町に戻ってくる途中の事なんだけど……」
そう言ってアイリスが土竜と盗賊の事を説明しだした。
「というわけで土竜はカノンちゃんが倒したんだけど、その黒幕が見つからなかったのよね」
アイリスの説明を黙って聞いていたロンは、難しい表情をしている。
「うん、この半月で亜竜を倒せるようになったカノンさんの事にも突っ込みたいけど一旦それは置いておくとして……。亜竜に関してはここ数日で何件かの目撃情報があったんだ。それがその土竜かどうかは分からないけど……」
ロンはそういうが、俺とリーゼの感知にはあいつ以外の反応はなかったから同一個体と見て間違いないだろう。
「鑑定を使ったのはハクさんかな?」
『あぁ、そうだ』
「従魔って言うのはテイマーが使役している魔物とかに着く状態なんだ。つまりその土竜はテイマーが使役していたってことなんだけど……」
「そう考えるなら盗賊の中にテイマーがいるってことになるんだけど……」
確かにそうなるが……。
『いくら亜竜と言っても竜種だろ?そんなものを使役できるテイマーが盗賊になるか?』
「そこなんだよね……」
俺が疑問を口にするとロンも頭を抱える。
盗賊に堕ちるのは普通に働いても食べて行けない者だ。
だから盗賊の中にある程度のランクの冒険者より強い者はいない。
例外はあるが、冒険者に勝てる腕があるのなら素直に冒険者をやっているだろう。
それと同じで、亜竜を使役できるほど優秀なら間違いなく冒険者でも食べて行けるし、他にも仕事は選び放題だろう。
ロンもアイリスもそれを分かっているので困った表情をしているのだ。
というか、もしそんな盗賊が本当にいるのならもっと複雑な問題になってしまう。
まず、普通の冒険者では護衛依頼を受けても襲われれば死んでしまうし、そんな腕がある者が盗賊に堕ちる理由次第では余計に面倒になりかねない。
確かに、そういう強者が盗賊に堕ちる可能性はある。
街中で人を殺したり、貴族と敵対してしまって街中では暮らせなくなったりなど、理由だけを考えるのならいくらでもあり得る。
しかし、そう単純なことだと結論付けるのは早計だろう。
「だからアイリスさんに指名依頼を出したいんだ。依頼内容は亜竜を使役していたテイマーの捜索。受けてくれるかい?」
「仕方ないわね」
ため息を吐きつつもアイリスはその依頼を承諾した。
確かにアイリスくらいの実力がないと厳しい依頼ではあるだろう。
「で、今回はカノンちゃんは連れて行っていいの?」
カノンを連れて行く気だったのか……。
確かに戦力としても優秀だし捜索においても役に立つスキルはいくつも持っているが……。
しかしロンは首を横に振った。
「残念だけどカノンさんには別の依頼があるんだよ」
なんだろう。
ロンの言う依頼の内容を聞いていないのに、厄介ごとの匂いがしてきた。
「逃げる?」
『そうするか』
カノンも同じだったらしい。
そして逃げるという選択肢に即答で同意する俺もどうなんだ?
まぁ、逃げられるとは思っていないが……。
「逃げないでよ!お願いだから話を聞いて!」
ロンが必死になって止めるがますます厄介ごとにしか思えなくなってきた。
『…………で、内容は?』
「詳しくは後で話すんだけど、アレーナ村から来てる二人の件だよ」
ロンの言葉にカノンは複雑そうな顔をする。
セレンだけなら大丈夫なのだろうが、アインもいるとなると嫌らしい。
「っと、話が逸れたけど、アイリスさんは受付で依頼を受けてほしいんだ。帰ってきたばかりで悪いんだけど……」
「まぁいいわよ。緊急だしね……じゃあカノンちゃん、リーゼちゃん、また後でね!」
アイリスはカノン達に手を振りながら部屋を出て行った。
『で、カノンへの依頼は?』
これ以上話を長引かせるもの面倒だしさっさと用件だけ聞いてしまおう。
「うん、正確には僕からじゃなくてロイド君からなんだけど……あぁ、丁度訓練場にいるみたいだね」
窓の外を覗いたロンが呟く。
「じゃあロイドさんに聞いた方が良いですか?」
「そうだね……その方が話も早いかな?」
ならなぜ態々ギルドマスター直々に話を振ってきた?
「じゃあそうします……あ!」
頷いて部屋を出て行こうとしたカノンだが、ふと思い出したように足を止めた。
「なんか変な呼び方が広まってるんですけど……」
そう言ってジト目でロンを睨むカノン。
「あ、あ~、あれね……」
ロンもカノンに言われて思い出したようで苦笑いしながらも説明してくれた。
事の始まりはムードラの町のギルドからの報告らしい。
元々この町のAランク冒険者に対する指名依頼だったため、依頼完了の時点である程度の事は報告があったらしい。
そしてその際に、カノンが奴隷の刻印を強制的に解除できること、また、その際に助けられた人たちから聖女様扱いされていたことも報告があったらしい。
そして、それを聞いていたのがギルドの受付の奥に置いてある魔道具からだったらしく、その時ギルドにいた冒険者には会話のすべては聞こえなくても単語程度は聞こえていたらしい。
個人情報の取り扱い的にどうなんだとは思わないでもないが、日本ほど個人情報にはうるさくないしカノンの、正確には俺の能力の概要までは伝わっていないようなのでそれはこの際置いておく。
話を戻すが、その時カノンが聖女呼びをされていたと聞いた冒険者が、そこに自分たちのイメージも付け加えて出来たのが、スライム聖女とかいうふざけた二つ名だったというわけらしい。
「というわけなんだけど……あの、カノンさん?」
ロンが恐る恐ると言った感じでカノンに呼びかけるが、カノンはうつむいたまま動かない。
『……カノン?』
「…………ハク?」
『な、なんだ?』
名前を呼ばれただけのはずなのに悪寒が止まらない。
「スライム使うの禁止」
『いや、スライムは便利で……』
「禁止」
『…はい』
うん、怒ったカノンには絶対に逆らえないと悟った瞬間だった……。




