二人で行こう
『さて、これからどうするんだ?』
「どうするって?」
俺の問いにカノンは簡潔に返してきた。
『いや、せっかく魔力を手に入れたんだし、村に帰るのか?』
話を聞く限り、カノンが捨てられたのは魔力がないからだ。なら魔力があれば問題はなくなる。もし俺の立場だったなら絶対戻らないが……
「それは絶対に嫌!」
やっぱりカノンも嫌だったようだ。
「正直…村の人たち信じられないよ…」
カノンから暗い気持ちが伝わってきた。
『すまん、配慮に欠けていた。しかし……子供が一人で生きていくのは厳しくないか?』
もちろんこの世界は日本とは違う。しかし子供が一人で生きていくのはかなり厳しいだろう。
「大丈夫、冒険者なら子供でもなれるから」
カノンの説明によると、この世界にはギルドと呼ばれる組織がいくつかあるらしい。その中には冒険者ギルドと呼ばれるものが在り、それは国の中の一団体ではなく、世界中の国の中にある組織らしい。それに登録したものを冒険者と呼び、冒険者はギルドに集められる依頼を受けることが出来るらしい。
この辺りはその辺のラノベとかと同じだな。
そしてこの世界で冒険者とは、生活に困窮した人のセーフティーネットの役割もあるらしい。もちろん魔物の討伐や、危険な場所に生えている薬草の採取などで命の危険は高いが、子供でも登録して働いている人も多いのだとか。
確かにそれならカノン一人でも生きていけるかもしれない。もちろん俺もサポートはするが、結局俺は自分からは何もできないからな。
『なら先ずはギルドのある街に向かうか?』
俺が聞くと、カノンは頷いた。
「うん。でもこの近くにあるのかな?」
カノンの疑問に、俺はここに降りた時のことを思い出した。たしかかなり離れてはいたけど、空から見える範囲には町があったはずだ。
『たしか空を飛んでいるときに遠くだが町みたいなのが見えたぞ』
「それってどっちか分かる?」
『ん?少し待ってくれ…』
俺は方向感覚スキルを使ってみた。それで町の方角は分かったのだが、どうやって伝えよう?触手でも出せればいいんだが…
「ひゃっ!」
そう思っていると、カノンの首筋からスライム化した触手が生えてきた。カノンはいきなりの感覚に驚いていた。ごめん。
どうやら体の一部を違う魔物としてなら出せるようだ。
俺は触手で町の方を指さした。
『あっちの方だな』
「分かった。でも今度からは事前に教えて!驚くから!」
『すいませんでした』
カノンが怒るのも当然であった。
それから俺たちは町に向けて移動を開始していた。
「そういえば…さっきのって首からしか出せないの?」
歩きながら聞いてきたカノンが聞いてきた。
確かにどうなんだろう。もし手や足からも出せるなら戦闘の幅も広がるし、背中から出せるなら翼を作って飛行スキルも使えるかもしれない。
『どうだろう?試してみてもいいか?』
「いいよ。でもどこから出すかちゃんと教えてね?」
疑問形なのだがその声には有無を言わせぬ迫力があった。先ほどは本当にすいませんでした!
『あぁ。まずは右手に出してみるから手を前に向けてくれ』
「うん」
カノンが右手を前に突き出すのを確認すると、俺は右手から触手を出してみた。
すると手のひらから触手が出てきた。ためしに動かしてみると、しっかりと俺の意思で動かせる。
「おお…すごい」
カノンが目を丸くして自分の手から出ている触手を眺めている。
『でもこれは他の人がいる場所では使えないか…』
もしこんなところを見られたら大騒ぎである。
「たしかに。でも色々便利そう」
カノンのいう事には同感である。下手をすれば人間の動きを超えた動きもできそうだ。
触手の強度実験をするまではやらないけど……。
ここで俺はひらめいた。この触手を変形させれば、粘液爆弾なども使えるのではないかと。
『カノン。試してみたいことがある。首の下あたりから触手を出していいか?』
「いいけど……何するの?」
カノンが訝しげに聞いてくる。
『それは見てのお楽しみだ。行くぞ』
俺は触手を首筋より少し下あたりで出すと、そのまま型の上で大砲型に変形させた。
ポン
そしていつもの悲しい音と共に、粘液爆弾を発射した。
「すごい!なにこれ!?」
カノンのテンションが一気に上がっていくのが分かる。
『風属性のウィンドボムの中にスライムの粘液を入れたものだ。ウィンドボムが破裂すればあたり一面に粘液をまき散らして相手を絡めとる』
「私も使いたい!」
どうやらお気に召してくれたようだが、さすがに人間には無理なんじゃないのか?俺もスライム化した部分からしか粘液は出せないし。
そういえば魔法の方だけなら行けるんじゃね?
俺はスキルシェアに風属性のスキルをリンクさせてみた。
『ウィンドボムだけなら行けると思うぞ。風属性スキルを使えるようにしたから試してみるか?』
「うん!…………………」
とてもいい返事の後に、カノンは両手を前に出して何かの呪文を唱えだした。俺はドラゴンだし魔法の発動に詠唱はいらないが、人であるカノンは詠唱が必要なようだ。
「……っ!ウィンドボム」
カノンの両手の先に風が収束して、それが一気に前方に飛んで行った。そして20メートルほど先で炸裂した。炸裂したのだが…
『なんか…俺よりも威力が高くないか?』
その威力はスライムやキラービーなら簡単に倒せそうである。しかも俺の魔力を消費しているから分かるのだが、感覚としては消費魔力は俺の半分くらいの様だ。
何故だ?
スキルに何か魔法を補助するものが在ったのか?
カノンのスキルを思い出してみると、魔力操作Lv10があった。これのおかげか。
「なんか魔力がスムーズに集まったような?」
カノンの言葉で納得した。やっぱり魔力操作のおかげだろう。
しかし魔力の殆どないカノンが何故?いや、逆かもしれない。少ないからこそコントロールが容易で、スキルのレベルががんがん上がっていったのだろう。
『せっかくだし、他にも使えそうなスキルを渡しておくか』
鑑定と風属性は渡してあるので、後8個か…
後は身体強化、気配察知、威嚇、毒耐性、方向感覚、収納をとりあえず渡しておこう。もし必要なものが在れば、その都度渡せばいい。
『カノン、一応役に立ちそうなスキルをいくつか渡しておくぞ』
「ほんと?ありがとう」
カノンはお礼を言うと鑑定で自分のスキルのチェックを始めたようだ。
「なんか私のスキルがすごいことになってるんだけど……」
『とりあえずあれば便利そうなものを選んでみた。というかそれ以外の殆どは魔物専用のスキルみたいなものだしな』
カノンには毒針や粘液は使えないだろう。自己再生は俺が発動すればいいしな。
しばらく歩いていると、カノンが不意に立ち止まった。何事かと思ったが、俺にもすぐに分かった。気配察知に反応があるのだ。俺よりカノンが早く気付いたのは、カノンの方が得られる情報が多いからだろう。いくらカノンと感覚を共有しているとはいえ、自分の感覚の方が細かなことを感じ取りやすいだろう。
「何か来る」
『気配は4つか……これは…正面からだよな?町の方からか?』
正面から4つの気配があるのはいい。ここはまだ平原のど真ん中だ。そろそろ街道にぶつかってほしいとは思うが、魔物がいても不思議な場所ではない。
しばらくすると、前の方から小さな人型の何かが現れた。頭に生えた二本の角が確認できる。肌は緑っぽいし、身に着けているのは腰に巻いた布切れのみ、その顔は何というか……、類人猿のようにも見える。そして手にはさびた剣を持っている。
「あれは…ゴブリン?」
『ゴブリン?』
少し遠いが全身が見えているので鑑定はできそうだ。
----------
種族・ゴブリン
HP・57 MP・13
スキル
剣術Lv1・解体Lv2・気配察知Lv2
----------
4体のうち3体はほとんどステータスに差がなかった。
しかし1体だけ、杖を持っている。
----------
種族・ゴブリン・メイジ
HP・41 MP・68
スキル
魔力操作Lv3・火属性Lv1・風属性Lv1・詠唱短縮Lv1
----------
つまりゴブリンの魔法使いらしい。多分この中では一番厄介だろう。
『あの杖持ってるやつを先に倒した方がよさそうだな』
火属性でこの辺りに火を巻き散らかれては敵わない。
「やっぱりそうだよね。でも前の3体どうしよう?さすがにこれじゃきついよ?」
カノンが取り出したのは俺たちを救ってくれたナイフだ。確かにこれではゴブリン3体はきつい。
『なら作るか。カノン利き手を前に出してくれ』
俺がそういうとカノンは右手を前に出してくれた。
俺は手のひらの少し手前から触手を出し、剣の柄の形に変える。そしてその先からサーベルボアの角を出した。サーベルボアの角は剣になっているので、これで即席の剣の完成だ。
「これって、サーベルボアの?」
『一応倒せば変身できるからな。さっき渡した身体強化とカノンが持ってる剣術を使えば何とかなるか?』
俺の言葉にカノンは頷くと、緊張した面持ちで剣の柄を掴んだ。
それから軽く戦術を共有していると、ゴブリンたちにもこちらが見えたのか一斉に走ってきた。
『さて、俺たちの初陣だ!いくぞ!』
「うん!」
大きくうなずくと、カノンもゴブリンに向かって走り出した。