VS盗賊団
馬車が陣取ったのは高さ数十メートルほどある崖の下だ。
ここなら相手の人数が多くても背後に回り込まれる心配は少ない。
背後に回るには崖の上から降りてくるしかないし、そこまで移動するには時間もかかる。
それに、もし崖の上から直接攻撃される場合はカノンかアイリスが迎え撃てる。
カノンは竜装で空を飛べるし、アイリスは獣装を使えば猫のような機動力を発揮できる。
虎ってこんなに身軽だったかとは思わないでもないが、ここは異世界だし白虎は神獣だから特別なんだということで納得しておくことにする。
そして、ゴードンを含む商組は道中に荷物を消費したおかげで出来た荷馬車のスペースに隠れ、カノン達冒険者組は馬車の外で武器を手に盗賊が来るのを待っている。
配置は、ドムたち三人が最前列に広がり、その後ろにカノンとリーゼ、アイリスは最後尾に構えている。
盗賊の人数が多いのもあって最初はカノンも前に出るつもりだったのだが、ガイルに止められた。
人間相手の殺し合いを子供にさせたくないという理由で反対されてしまったのだ。
口は悪いが子供思いではあるらしい。
ただし、そういわれた時のカノンは子ども扱いされたのもあって不機嫌そうだった。
しかし、ガイルが自分の為を思ってそう言っているのだということも分かっているせいか、渋々ながらそれを承諾した。
というわけで、カノンの役目はドムたち三人の援護と、左右から敵が来た場合の迎撃、そしてドムたちが抜かれた場合の対処となった。
リーゼは魔法を使う際のカノンの護衛とドムたちの回復役で、刀も本調子ではないので後衛に下がっている。
アイリスは最終防衛ラインだ。
というか、アイリスを前に出せば全てがあっさりと終わる気もするのだが、今回の最重要項目は馬車の護衛なので馬車を守っている。
それと同時に、先ほど俺が感じた気配の事もある。
得体のしれない気配があった以上、最高戦力を最初から投入するわけにも行かないだろう。
それから少し待っていると、盗賊の姿が見えてきた。
数は三十人ほどだ。
この感じだと奇襲はせずに全員で真正面からぶつかってくるつもりらしい。
確かに人数の差で押し切れるかもしれんが……。
もう少し頭を使うことをしないのだろうか?
「おいお前ら、命が惜しけりゃ金目の物と女置いていけ」
盗賊の先頭にいた男が下品な笑みを浮かべて言う。
それを聞いたカノンとリーゼは不快な顔をする。
アイリスは慣れているのかいつも通りだ。
「警告するぞ?それ以上近づいたら斬る」
そう言ってドムが剣を抜く。
それに合わせてガイルとギルもそれぞれの武器を構える。
そして後ろにいるリーゼは刀に手を伸ばし、いつでも抜刀できる体勢だ。
カノンは見た目こそ動いていないが、いつでも魔法を撃てる準備は済ませている。
「へっ、三人で何ができる。やっちまえ!」
その言葉と共に盗賊たちが一斉に向かってきた。
というかカノンたちは最初から戦力として見られていないようだ。
そして、武器を構えるドムたちの顔には緊張の色が見える。
流石に人数差が大きすぎるか……
「ハク、私もやっていいよね?」
カノンが俺にしか聞こえないような声で聴いてくる。
普通なら止める所だろうが、ドムたちだけでは厳しそうだし仕方ないか。
『あぁ、流石にやるしかないだろう』
カノンがちらっとアイリスの方を見てみると、カノンの考えを察したようで小さく頷いてくれた。
それを見たカノンはそのまま詠唱を始める。
「…………フレイムショット!」
カノンの目の前に発生した火球が、盗賊たちの真上に飛んでいく。
そしてそのまま破裂し、小さな火の玉となって盗賊たちに襲い掛かった。
「あ、熱!」
先頭の盗賊からそんな声が聞こえたのを皮切りに、全体から似たような悲鳴が聞こえてくる。
フレイムショットは本来、目の前に作った火球を破裂させて火の粉をまき散らす魔法だ。
火属性Lv3以上で使えるが、本来対人戦に使える代物ではない。
所詮ただの火の粉なので服越しに浴びても熱くもないし、顔に直接浴びたとしても精々嫌がらせ程度の威力しかない。
しかし、カノンが魔力制御を使って使用魔力を増やして火の粉の大きさも大きくしたこの魔法は、充分に範囲系攻撃魔法として通用するレベルにまで進化した。
降ってくるのはフレイムアローよりも小さな火球だが、当たれば火傷は免れない威力だし、広範囲に満遍なく降り注ぐのだから避けようもない。
確かに決定打にはならないし、火球を打ち上げてから炸裂させるという仕様上どうしても隙も大きい。
その上火球の状態で水属性の魔法などで消されると不発に終わってしまうなど課題山積みの魔法ではある。
しかし、それでもこの魔法は充分な効果をもたらしてくれた。
騎士のように甲冑に身を包んでいるのならばともかく、盗賊たちが着ているのはボロボロになった普通の服だ。
いくら小さいとはいえ炎を受ければ多少は燃えるし、燃えなくても焦げる。
そして、その部分は少しの時間は熱くなるので盗賊たちは服の燃えたり焦げたりした部分を引きちぎったり、背中などで手が届かない部分を消火するために転げまわったりと大惨事になっている。
そしてたった今から命がけの戦いを覚悟していたであろうドムたち三人は、カノンの方を見て口をポカンと開けている。
「今のうちです!」
カノンが三人に向かって叫ぶと、三人ははっとした表情で盗賊に向かっていった。
「じゃあ私たちも……」
『カノン』
カノンが動こうとしたが、思わず制止する。
『大丈夫か?相手は人だ』
俺がそういうとカノンは盗賊の方に真剣な眼差しを向ける。
「大丈夫。前にも言ったよね?覚悟なんて、捨てられたその日に出来てるって」
カノンはそのままリーゼに視線を向ける。
「リーゼさん、人数が多いので私も行きます。ここはお願いします」
「うん、気を付けて」
リーゼの言葉にこくりと頷いたカノンは、盗賊に向かって駆け出した。




