盗賊の痕跡
カノンが馬車に戻ると、ゴードンはほっとしたような顔をした。
カノンの事を心配していたらしい。
まぁ、見た目はオークの群を瞬殺できるようには見えないしな。
「カノンちゃん、どうだった?」
そんな中アイリスは全く心配した様子がない。
「はい、オークが10匹ほどいました。全部持ってきたので後で食べましょう」
そういったカノンに目を丸くするゴードンと昼食を想像したのか顔を輝かせるアイリス。
『そういや変な馬車があったな』
俺はアイリスに向けて念話を飛ばす。
「変な馬車?」
俺の言葉を聞いたアイリスが首を傾げる。
「はい、無人の馬車が道に倒れていました。オークはそこから食料を漁っていたので……」
「それは……カノンさん、もしかしてオークに襲われた形跡はなかったのですか?」
嫌な予感がするのか渋い顔をして尋ねるゴードン。
「はい、私が倒したオークの血以外はなかったです。それに近くに人の気配もありませんでした」
カノンの言葉を聞いて予感が確信に変わったのかゴードンの顔色が変わった。
「他の魔物に襲われたのかしら?」
アイリスが首を傾げるが、ゴードンは首を横に振る。
「いえ、魔物の仕業ではないでしょう。その馬車を見てみないことには断言できませんが……」
確かに現物を見ていない状態で判断しても間違いの元だ。
カノンもアイリスもそれを理解しているはずだ。
商隊はカノンがオークを倒しに向かった時点で速度を落としていたのだが、そのまま速度を上げた。
「これです」
転倒した馬車から少し離れた場所に馬車を止めた一行は、ガイルとギルを前後の護衛に残して馬車に近づいた。
「この血痕はオークの物?」
馬車の近くにあった血痕を指さすリーゼにカノンは頷いた。
「はい、私が倒したときの物です」
「じゃあこの窪みは?」
アイリスが指したのは道から外れた場所にある窪みだ。
「あれはオークの首が埋まってます」
その言葉にぎょっとするゴードンとドム。
まあ気持ちは分かるが……。
アイリスはともかく何でリーゼは平気そうなんだ?
「それで、どうですか?」
カノンはその空気に気にした様子もなくゴードンに聞く。
「そうですね……結論から言うと、盗賊の仕業だと思われます」
「盗賊……ですか?」
「はい、馬車の御者も盗賊に連れ去られたのではないかと……」
そう言ってゴードンは馬車の一部を指さす。
そこにはエンブレムが付いている。
「これはアグリ商会という商会のシンボルマークです」
「アグリ商会?」
アイリスも知らないのか首を傾げる。
「アグリ商会はムードラの街でも大きな商会です。扱っている商品は多岐に渉りますが、この馬車は食料の買い付けからの帰りだったようですね」
確かに馬車の中には食料が多い。
殆どがオークの餌になってしまったとはいえ、それでも俺たちの商隊よりも多くの食料が残っている。
「でも護衛はいたはずですよね?戦った痕跡もなかったんですけど……」
「そうなると…護衛が降伏を選ぶだけの戦力を揃えた盗賊だったか……護衛が居なかった?」
リーゼが漏らした言葉にカノンとアイリス、ドムはリーゼの方を見る。
そしてゴードンはゆっくり頷いた。
「その可能性が高いでしょう。盗賊の戦力がそれほどとは思えませんし、護衛が居なかったという方がこの状況はしっくりくるのですが……」
しかしそこで黙り込んでまた考え込んでしまった。
『しかし……この規模の商会で護衛がいないなんてことがあり得るのか?』
盗賊と出くわす可能性は低いかもしれないが、魔物とはほぼ確実に出くわしてしまうだろう。
そうなったとき、商人や御者だけでどうにか出来るとは思えない。
もし予定までに護衛が集まらなかったとしても、最低限の人数が揃うまでは出発を延期するのが普通なのではないのだろうか?
『確かにその点においては不自然ですね。それに、先ほどの二つの可能性だったとしても、まだ疑問が残ります』
『なんで誰もいないのか……か?』
『そうです。先ほどの可能性の場合、どちらにしてもここで殺されているか、馬車を明け渡して逃げ出しているかのどちらかでしょうが、殺されている痕跡もありませんし、逃げだしたのならここから近いムードラの街に戻っているはずです』
確かにそうだ。
しかも逃げた場合、途中で魔物に殺されていたとしてもその痕跡ぐらいは残っていたはずだ。
俺たちの会話は、カノンとリーゼとアイリスにだけ聞こえるようにしている。
三人はソルのセリフの途中から顔を見合わせていた。
「ちょっと待って、もしかして……」
アイリスがそう呟いてリーゼの方を見る。
『はい、ある程度の規模の盗賊団なら、違法奴隷の奴隷商に絡んでいても不思議ではありません』
ソルの言葉を聞いてリーゼの顔がわずかに曇る。
「つまりこの馬車に乗ってた人は……奴隷…ですか?」
「お二人の中の声は聞こえないのですが、違法奴隷という可能性はあると思われます」
カノンたちの様子から会話の内容を推測したのかゴードンがそういう。
しかしまた奴隷か……。
今回やたら絡んでくるな……。
「どうしましょう?」
カノンがアイリスの方を見る。
「この馬車の人たちには申し訳ないけど、私たちは依頼の最中だしね……」
アイリスが言いにくそうにいう。
奴隷にされていたリーゼの心情を気遣っているのだろう。
しかしアイリスの言うことも尤もだ。
いくら奴隷にされかけている人がいるかもしれないとは言っても、その情報だけで護衛依頼を放り出すわけにはいかない。
それを二人も分かっているようで渋々ながら頷いた。
『しかし…そうなるとここは危険じゃないのか?』
ふと気づいてしまった。
ここで馬車が盗賊に襲われたということは、ここは盗賊のテリトリーだということだ。
その場合、ここに長居するのは危険なのではないだろうか?
『そうですね。現在近くに人の気配はありませんが、私たちの感知範囲外から観察されている可能性もあります』
「え?じゃあ早く離れた方が……」
カノンがアイリスの方を見る。
『いや、アイリスが居る時点で大丈夫だろう。いくら盗賊でもAランク冒険者に挑む馬鹿はいないはずだ』
『アイリスをAランク冒険者だと知っていればですが……』
あぁ、確かにアイリスの事を知らない奴が遠目からアイリスを見れば、ただの小娘に見えないこともないか……。
見た目だけはいいからな……。
「ゴードンさん、提案なんだけど、休憩はもう少し進んでからの方がよくない?」
「そうですね。その方が安全でしょう」
ゴードンもここが盗賊のテリトリーだという可能性には気が付いていたようで、アイリスの提案を快諾してくれた。
そして俺たちは魔物がこれ以上集まってこないように馬車に残っていた食料を埋め、そのまま進むことにした。
このまま無事にレセアールに辿り着ければいいんだが……。
なんだかそうはいかない気がする……。




