依頼の報酬
その後、すぐにアイリスがギルドに来たので依頼の報告をした。
そして元々の依頼もこれでほとんど終わりを迎えた。
残すはヘスカーの逃走を手引きした者の捜索だが、それは衛兵団がやるらしい。
実際、こういった調査には多少の時間もかかるし、それだけのためにAランク冒険者であるアイリスを雇っていると経費も馬鹿にならないらしい。
そして何より、せっかく捕まえてのに脱獄されて衛兵団は面目を潰され、汚名返上をしたいというのも理由の一つだったりする。
なのでアイリスに対する依頼はこれで終了。
なんだかすっきりとしないが、またこの町に来た時にはテルから途中経過くらいなら教えてもらえるだろう。
そして肝心の報酬なのだが、なんとその額金貨50枚。
これにはカノンが行った刻印の解除や、その後のヘスカーの足取りの追跡などの手間賃は含まれていない。
それらの料金は別で支払われる予定だ。
この破格の報酬には理由がある。
依頼主が領主というのも大きいのだろうが、アイリスがAランク冒険者なので指名依頼にはそれなりのお金が必要というのもあるらしい。
そして、本来なら今回のカノンのように助手や助っ人扱いで来ている冒険者は、一旦報酬が支払われてから分け前を分配されるという扱いになり、その相場としては、今回ならDランクの依頼を受けるよりは少しマシ程度のお金になる。
それでも、Aランク冒険者の庇護下で貴重な経験を積むことが出来るので参加したい冒険者は多いらしいが……。
アイリスも普通なら相場通りの報酬をカノンに渡すところなのだが、なんと山分けを提案してきた。
カノンは勿論それを辞退しようとしたが、アイリスも譲る気はないらしく話は平行線になった。
それを収めてくれたのはソルだった。
『カノンさん、この依頼はアイリスだけでも達成自体は出来ていたでしょう。しかしその場合、そこのリーゼさんを始め、囚われていた人々の安全は保障できなかったはずです』
ソルがそういうとアイリスも頷く。
「そうよ。あの商会長の奴もそっちに行ってたんだし人質くらいは取られてたでしょうしね」
「でもそんなに強くなかったですよ?ね、ハク?」
『いや、この場合強さと人質の安全はあんまり関係ないからな?そもそもある程度は強かったはずだぞ?』
人質を取られるだけで救出は困難だし、最悪の場合は人質を見捨てる決断をすることになったかもしれない。
いくらアイリスが強くても、自分を警戒している相手が抵抗できない人間にゼロ距離で刃物を突き付けているのならば少しでも動いた瞬間に殺される可能性の方が高いだろう。
まぁ、それでも人質は生きているからこそ活用できるのであって殺してしまうと意味がないのでもしかしたらその辺りの逡巡で一瞬の隙くらいは出来るかもしれないが……。
そして問題のヘスカーの能力だが、あいつは別に弱かったからあっさりやられたわけではなかった。
最初の地下室でのエンカウントではカノンに魔法陣が効かなかった事に対する動揺を見せている隙に捕まえただけだし、二回目に関しては獣道すらないような林の中を歩かせて消耗させていた。
まあ、あれは半分以上はただの嫌がらせであれほどの効果があるとは思わなかったわけだが……。
ともかく、そんなわけで俺たちは万全の状態の奴と戦ったわけではないし、もし万全だったのならもう少し手ごわかったかもしれない。
それでも敵と向かい合っている状態であんなに大きな隙を晒したり、初歩的な囮に見事に引っかかっていたことを考えると油断しやすい一面はあったのだろうが……。
考えると、よくあれで裏組織のボスが務まっていたな……。
話がずれたが、そんなわけでカノンが戦った相手は決して雑魚ではなかったし、むしろ大物だったわけだ。
「でも私たちがしたのってそれくらいだよね?」
俺の話を聞いてもまだ首を傾げるカノン。
『言っとくが奴隷の刻印の解除もかなりの功績だからな?』
『そうですよ。カノンさんが居なければ刻印の解除にはもっと時間がかかっていたでしょう』
「で、でも、半分は貰いすぎな気が……」
『あぁ、俺もそれは同じ意見だ……』
カノンの功績を否定するつもりはないが、それでもAランク冒険者とDランク冒険者が同じ報酬でいいわけない。
しかもアイリスに対する指名依頼なのでカノンに半分ももらう権利はないはずである。
『アイリス、ソル。ここまで言って置いてなんだが、俺も半分は貰いすぎな気がするんだが……』
『そんなことはないのですが……そうですね。ハクさんは追加報酬の額はお分かりですか?』
追加報酬?
要は刻印の解除とかの分だよな?
そういえば金貨50枚の中には含まれていなかった。
『もしも正規の手順…例えば奴隷術スキルを持っている者に指名依頼を出すか、奴隷商に依頼して解除する場合ですが、一人当たり金貨5枚が最低ラインだそうです。なのでカノンさんは刻印の解除だけで最低でも金貨30枚分の報酬をもらう権利はあります』
「高いように思うかもしれないけど、刻印って言うのはそれだけ面倒なものなのよ」
なるほど、つまりこの場合追加報酬で金貨30枚が出たとして、合計で金貨80枚。
それを半分にするわけだからカノンの取り分が金貨40枚……。
いや、それでも多いけど……。
「でも解除方法を教えてくれたのはアイリスさんでしたし…契約術だって……」
カノンが不満そうに言う。
まあカノンの言う通り、アイリスたちが居なければ契約術の事など知る由もなかったし、カノンも俺も魔力捕食と契約術を使う方法など考えもしなかっただろう。
「それを言うなら私も同じようなものよ?私たちは知識はあっても何もできないんだもの」
『私にはハクさんのようにスキルを奪う能力はありません。契約術は何とかなるかもしれませんが魔力吸収は後天的に覚えられるものでもありませんから』
まぁそうなんだろうな……。
今回の方法は俺のスキルテイカーが無いと成立しない方法だったからな……。
そう考えるとここで折れておくのがいいような気がしてきた。
正直大金を持つことに抵抗もあるが、貯金しておくことはいざというとき役に立つはずだ。
けしてこのやり取りが面倒になってきたわけではない……はずだ。
「これ……いいのかな?」
その後受付で報酬を受け取ったカノンは困惑していた。
目の前にある革袋には金貨50枚が入っている。
結局追加報酬も金貨50枚になったのだ。
それだけでなく、今回の刻印の解除やヘスカーを手玉に取った能力が評価されてギルドでのカノンの評価も上がった。
流石にCランクにはならなかったが、恐らく近いうちに上がるだろう。
実際、対応してくれた受付嬢はそう言っていたしな。
こんなに簡単にランクが上がっていいのかとも思うが、そもそもAランク冒険者でもどうにもできない刻印を解除して、単独での戦闘力も申し分ないということでギルドへの貢献度も一気に跳ね上がったというわけだ。
カノンは大金を目の前にどうしたものかと頭を抱えているが、そういう反応の方が見ていて安心する。
これで一気に使おうとしようものならどれだけ稼いでも金欠からは逃れられなくなってしまう。
まあ今回はいくつか使い道がありそうだが……。
っと…、その前に…。
『カノン、まずは収納に仕舞え…』
いつまでも出しっぱなしでは周りに迷惑だ。
「あ、うん」
カノンも思い出したようで袋を収納に放り込む。
『で、その使い道…というか真っ先にやらないといけないことがあるんだが……』
「ん?何?」
この様子では分かっていないらしい。
『リーゼの宿だよ』
「あ!」
俺に言われてカノンが気まずそうにリーゼの方を見た。
リーゼはもしかすると奴隷の時の感覚が残っているかもしれないからな……。
もしギルドのホールの片隅で寝るとか言われたら大変だ。
「え?宿?」
リーゼ本人はそんなカノンを不思議そうに見ている。
「私…その辺の道端でも……」
俺の予想よりも重傷だった。
「ハク!すぐに宿取りに行こう!」
リーゼの言葉を聞いたカノンが慌てて言う。
『カノンさん、アイリスはこの後依頼に関する事務処理があります。先に休んでください』
「そうよ!後は私の仕事だから任せといて!」
二人がそう言ってくれたので、カノンはリーゼの手を引いて宿屋に向かった。




