秘密の二つ名
アイリスが倒した男たちは放置して、俺たちはそのままヘスカーとかいう商会長の痕跡を辿っていた。
辿っているのはいいのだが、通ってきた場所はさっきのスラムのようにあまり表の勢力の影響が及ばない場所を選んでいるのは気のせいではないはずだ。
今歩いているのは裏路地だし、ここは裏家業の拠点が多くて衛兵もあまり近づこうとしない場所のようだ。
因みに取り締まらない理由は、勢力が大きいので捉えるだけでも衛兵側に無視できない損害が出る可能性があるし、もしそういった勢力の一つを無理して潰したとしても、裏社会のバランスが崩れて町全体の治安が悪化する危険があるかららしい。
なんとも難儀な話である。
しばらく進んでいると大通りに出て、そこでにおいは途切れていた。
『においが残っているのはここまでか……』
「この先は?」
俺の言葉にカノンが首を傾げる。
先は?と言われても俺にも分からない。
もしにおいを消す方法を持っていたのだとすれば町を出るまで使っていればいいのだし、それ以外の要因だとあまり思いつくものはない。
例えば馬車だ。
馬車で移動する場合は地面ににおいはほとんど残らないし、残ったわずかなにおいもすぐに消えてしまうだろう。
そもそも大通りで人通りが多いので上書きされていくのは当然だし、そのせいで自然に消えた可能性だって存在する。
『私の推測ですが、自然に消えたのだと思いますよ?』
俺が考えているとソルがそういった。
『ここの通りはギルドから門までの道中です。当然依頼が張り出されると冒険者たちが一斉に移動しますし、帰りは様々な素材をもっているので中には消臭効果のある薬草もあるでしょう』
『なるほど……』
そういうことなら話は分かる。
しかしここまで来て終わりというのも釈然としない。
「でもここって詰所も近くにあったはずよね?そこからまっすぐこの裏路地に入ったのだとすれば、やっぱり単独での脱獄かしら?」
アイリスが言うにはヘスカーが収容されていた牢屋のある詰所はこの近くらしい。
つまりそこからまっすぐにここまで来た可能性もあるということだ。
「どうしますか?」
カノンが困ったような顔でアイリスに聞くが、アイリスもどうしたものかと悩んでいる。
「あ!ようやく見つけたー!」
そんなとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声はテルだ。
「え?テル?」
アイリスも驚いたように声が聞こえた方を見る。
そこにはこちらに向かって走ってくるテルの姿があった。
「で?どうしたのよ?」
態々俺たちを探していたテルにアイリスが聞く。
「カノンちゃんがいきなり逃げるもんだからあわてて探してたのよ」
テルがカノンとリーゼを半目で睨むと二人はわざとらしく目を逸らす。
「……カノンちゃん?」
アイリスもカノンが逃げることは想像してなかったのか少し驚いたようにこちらを見る。
『カノンさんが逃げるとは……何があったんでしょう?』
ソルがいかにも深刻なように考え込むが、実はそれほど深刻じゃないんだ……。
いや、カノン本人にとっては深刻な問題ではあるのだろうけど……。
『いや……実はな……』
こうなっては仕方がない。
俺はカノンが逃げるまでのいきさつをアイリスたちに説明することにした。
『ま、まあこんな流れだったんだ……』
「な、なるほどね……」
俺の説明に苦笑するアイリス。
まあ当然の反応だろう。
「まぁ逃げたくなる気持ちも分かるからあんまり責められないんだけどね」
テルがそう言ってため息を漏らす。
「でも聖女か~、確かにそんな感じの活躍だったものね……。もし男だったらどうなってたのかしら?」
そういえば……。
『英雄とか……勇者とか?』
「そんな感じかもね」
アイリスの呟きに俺とリーゼが追随する。
「それこそ嫌です!」
そんな話をカノンが割って入って止めた。
なるほど、カノンは持ち上げられるタイプが苦手なのか……。
しかしアイリスにはこういった物は効?かないが……
『活躍自体はアイリスの方が大きいんだけどな……なんでカノンだけなんだ?』
『アイリスにもありますよ。二つ名は』
「ちょっ!ソル!?」
ソルを慌てて止めようとするアイリス。
少し気になってきた。
『どんな二つ名だ?』
俺が聞くとカノンとリーゼも興味があるようでアイリスの方を見る。
「え?あ~、そ、それはまた今度ね?」
そう言って何とか誤魔化そうとするアイリスだが、それでカノンたちの追及を誤魔化せると思っているのだろうか?
「Aランク冒険者の二つ名……か」
「気になります」
『ソル、教えてくれないか?』
『いいですよ。アイリスの…』
「ソル!!」
アイリスに本気で止められてしまった。
カノンとリーゼは少しだけ残念そうにアイリスを見る。
「もしこれ以上聞いたらレセアールで聖女様を広めるわよ?」
「り、リーゼさん、そういえばギルドカードって持ってますか?」
あ、カノンが露骨に話題を逸らせた。
「え?えっと奴隷にされた時に取られたからないけど……」
「じゃあギルドで再発行しましょう!行きましょう!」
そう言ってリーゼの手を引いて強引にその場を離れるカノン。
アイリスの方を見ると、安堵したように胸をなでおろすアイリスと、それを見て笑っているテルが見えた。
一体どんな二つ名なのだろう?
最初はあまり気にならなかったのだが、アイリスの反応を見ているうちに気になってきてしまった。
本人が嫌がっているから無理やり聞き出そうとは思わないが、いずれ機会があれば聞いてみたい。
まあもし聞いてしまえばカノンの聖女様扱いが広まることになってしまうので当分はお預けだろう。
カノンとリーゼはそのままギルドに来た。
そしてギルドの受付でリーゼのギルドカードの再発行をしようとしたのだが、今は出来ないと言われてしまった。
どうやら違法奴隷にされていた冒険者については特例措置としてギルドカードの再発行を無料で出来るように通達があったらしく、その事務手続きが終われば勝手に再発行してくれるらしい。
しかしそれが終わるのは明日の朝になるので、それまでに再発行はできないらしい。
「どうします?」
「どうしよう?」
『いや、勢いで来ただけだから明日でもいいだろ?』
別に今日必要なわけでもあるまい……。
「それはそうなんだけど……」
しかしカノンは何やら煮え切らない。
「せっかくパーティ組むんだし早く手続きしたかった……」
カノンが残念そうに呟く。
あぁ、そういうことか……。
ギルドに提出する届け出はギルドカードがないとできないからな。
「カノンさん、別に今日じゃなくても……」
「……しょうがないか…じゃあ宿に戻る?」
『その前にやることがある』
「やる事?」
カノンが首を傾げる。
まあそうだよな……。
俺も今まで忘れてたし……。
『スライムロード討伐の報告だよ。アイリスが来ないとできないからここで待つしかないけどな』
ついでに言えばさっきの刻印の解除とヘスカーの通った抜け穴の探索も町の衛兵団からの依頼扱いになるようなのでそっちの事後報告も待っている。
これ、下手すると今日一日全部潰れるんじゃね?




