商会長の痕跡を追え
カノンたちが町の入り口に戻ってくると、テルが待っていた。
「あれ?テル?どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!こいつの事よ!」
カノンが引きずっている男を指さすテル。
「こいつ脱走したから大騒ぎになってるんだから!」
テルが言うには、リーゼ以外の奴隷の刻印を施された人には男の命令がまだ有効らしく、その人たちが恐慌状態に陥っていたらしい。
そして衛兵の大部分も捜索に駆り出され、アイリスたちが依頼を受けて出かけたのを知っている者はアイリスたちが戻ってくるのを待っていたらしい。
一応、アイリスが受けた依頼が奴隷の刻印を消すために必要な手順だと知っている者もいたので呼びに行くことは避けたようだ。
そして、戻ってきたらすぐに刻印を解除してもらおうと面識のあるテルが待ち構えていたというわけらしい。
「でも戻ってきたと思ったらこいつも一緒だしどうなってるのよ!」
「尾行されてたのよ。でもカノンちゃん達に返り討ちにあったけどね」
そういいながらボロボロの男を見るアイリス。
因みに引きずられてきた男の顔は元の面影もないくらいにはれ上がっている。
一応生きてはいるみたいだが……。
俺が言うのもあれだが、よく生きていたな。
「あ、これお願いします」
カノンが思い出したように持っていたロープをテルに差し出す。
テルはそれを呆れたような顔で受け取った。
そして近くにいた衛兵に事情を話して男を詰所に運ばせていた。
「それにしてもアイリスたちを追いかけて行ってたなんて……どうやって町から出たのかしら?」
思案顔で首を傾げるテル。
確かに町の入り口には門があり、出入りは確実にチェックされる。
そんな中で昨日捕まったばかりの男が出て行こうとすれば気が付かないわけがない。
「仲間がいたか、もしくは抜け穴でもあったのかしら?」
アイリスも同じことが気になったらしくテルと同じように悩んでいる。
「ハクはどう思う?」
そんな二人を見ていたカノンが俺に聞いてきた。
『そうだな……。俺は協力者の可能性が高いと思うぞ?』
「え?なんで?」
『武器を持っていた。逮捕された時に持っていた武器は取り上げられているはずだし、家や商会に予備を置いてあったとしても衛兵の手が回っているから取りには行けない。そうなると誰か協力者がいて、そいつが武器の手配をしたと考えられる』
「なるほど……」
カノンは俺の説明に分かったような分かってないようなあいまいな表情をしている。
『まあ推測だし穴も多いから話半分で聞いてくれればいいさ』
『しかしその推測はあながち的外れではないと思いますよ』
おや?ソルがフォローしてくれた。
『協力者の有無に関してはハクさんの推測で間違いはないでしょう。ハクさんは明言されていませんでしたが、抜け穴の方はこれとは別問題と言った感じでしょうね』
『あぁ、誰かが意図的に掘ったにしろ自然に出来たにしろ、門を通ったと考えるよりは抜け穴の存在を疑った方がしっくりくるからな』
「じゃあ衛兵総出で探すしかないかな……」
テルがげんなりとした表情をする。
まああるかどうかも分からない抜け穴を探す労力は想像すらしたくはないが……。
『そもそも協力者を見つけてそいつらに吐かせた方が手っ取り早いと思うが……』
「それも勿論やるんだけど、流石に存在する可能性の高い抜け穴なんて放置できないもの。魔物が入ってきても困るし」
あぁ、そうだよな。
魔物なら人のにおいで簡単に……あれ?
これ、実は見つけるの簡単じゃないのか?
『なあ、ソル?』
『はい、どうしました?』
『嗅覚探知であの男のにおいを追えばすぐに見つからないか?』
『……なるほど、町の外からならにおいを辿れるかもしれませんね』
幸い俺もアイリスも嗅覚探知は持っている。
気配察知で男を見つけた場所から男のにおいを町の方に辿っていけば簡単に脱出経路が見つかるだろう。
しかしそれを聞いたアイリスは嫌そうに顔をしかめた。
「どうしたんですか?」
それを見たカノンが不思議そうに聞く。
「あれ苦手なのよ、他のにおいも分かるから頭が痛くなっちゃって……。元々人間が使えるスキルじゃないしね……。獣人とかは大丈夫らしいんだけど……」
なるほど、普通は使えないスキルを無理やり使うから脳への負担も大きいのか……。
そういや俺は何ともないが……キメラだからか?
『仕方ありませんね、では私を召喚してください』
この件に関してはソルも無理強いをするつもりはないようだ。
『じゃあ俺たちは前みたいに俺がやるか』
「そうだね……、あ、ハクも召喚術手に入れたんでしょ?やってみる?」
そういえばスライムロードから召喚術も手に入れたな。
『召喚術はいきなりはやめた方がいいですよ?まず安全な場所で練習をしないとどちらかが動けなくなることもあり得ますから』
ソルが言うには、封印者の行う召喚とは、自分の体内に封印している肉体を外部に召喚するもので、通常封印されて出てこられない者をスキルで無理やり呼び出すのである程度制御できないと危険らしい。
なので召喚術に関しては後日アイリスの監視のもと練習をして、合格が出るまで使わないように言われてしまった。
カノンは残念そうにしているが、俺としてはアイリスとソルがいてくれてよかった。
もし何も知らずに使おうものなら魔物の目の前で動けなくなるということも十分にあり得るはずだからだ。
『それに今回は捜索の方は私だけで充分でしょう。カノンさんは刻印の解除を優先してください』
ソルに言われてカノンははっとした。
この様子だとリーゼ以外の刻印の解除の事は忘れていたかもしれないな。
「は、はい。そうします」
「よし、そうとなればさっさと終わらせましょ!テルはカノンちゃんの案内をしてあげて。あ、衛兵何人か借りてくわね」
そう言って近くにいた衛兵を引き連れて町の外に行ってしまったアイリスを、カノンとテルは見送った。
「相変わらずすごい行動力ね……」
『行動の前にワンクッション入ってくれればいいんだけどな』
「躊躇いが全くないよね……」
ソルが苦労するのもよくわかる。
まあこういった非常時には即決できるというのは才能ではあるのだろうが……。
「じゃあ私たちも行きましょ。準備は大丈夫?」
「はい、いつでも行けます」
そう答えたカノンはテルと一緒に歩き出す。
と、そういえばリーゼが空気になってた。
『リーゼ?どうした?』
町に戻ってから一言も話していないリーゼに声を掛けると、リーゼははっとしてカノンの方を向く。
「あ、ごめんなさい。少し考え事してた」
そういってカノンたちの後を追いかけてくる。
「リーゼさん?」
カノンも心配そうにリーゼを見る。
「いえ、なんでもない。さ、行きましょ」
そういうリーゼに対して首を傾げるカノンだが、多分リーゼは何も言わないだろう。
カノンもそう思ったのか、そのままテルの後を追いかけた。
テルの案内でカノンがやってきたのは衛兵の宿舎だ。
どうやら刻印を施された人はここに匿われているらしい。
そういえば何でリーゼはギルドだったのだろう?
いや、そんな事よりまずはここに居る人の刻印だ。
「お?テルか、どうした?」
中に入ると年配の男が出迎えてくれた。
「刻印を解除できる人を連れてきました。アイリス様の推薦です」
テルが敬礼をしながら言う。
なるほど、テルの上司と言った所だろう。
そういわれた男はカノンの方を見て、納得したように頷いた。
「そうか、この子がそうだったのか」
おや?何やらカノンの事を知っている雰囲気だ。
カノンも不思議そうな顔をしている。
「おぉ、すまんすまん。今回の件の協力者についてはあらかじめ情報をもらっていたのでな。まだ子供なのにかなりの実力者だと聞いている。今回の被害者については我々ではどうしようもない。よろしく頼む」
そう言って頭を下げる男に戸惑うカノン。
「は、はい!」
てんぱりながらも返事ができた。
前よりは成長しているな。
前はオロオロして終わってたし……。
カノンはそのままテルの案内で奥に入っていく。
奥には昨日見た記憶のある人たちがいた。
男女5名だ。
どうやらこの人たちが刻印を施された人たちらしい。
「皆さん!刻印を消せる人を連れてきましたので、こちらの方の指示に従ってください!」
テルがそう呼びかけると、彼らはぼんやりとした目でカノンの方を見る。
これは少し面倒かもしれないな……。




