空っぽの器
side カノン
私は魔力が少ない。それは小さな頃から自分でも分かっていたことだった。この国では生活をするだけでも魔力は必須だ。例えば、水を温めるのには魔石と呼ばれる魔物から採れた石を埋め込んだ魔道具を使うが、それを動かすのには少しとはいえ自分の魔力を使う。
その使用量はごくわずかで、小さな子供でも片手間に扱えるような代物だ。しかし私の場合は少し違う。一応魔道具を使うことはできるのだが、一回使うたびに力が抜け、二回使えば気を失ってしまう。確かに魔力の保有量は個人で差があるし、鍛錬次第で増やすこともできる。
しかし私の場合は異常だった。周りの子たちからは冷たい視線を向けられた。馬鹿にされたり虐められたりもした。でも村の大人たちは普通に暖かく接してくれた。
いつの間にか、私はそれが心の支えになっていた。
しかしそれも幻想だったのかもしれない。この国では14歳から魔法の勉強ができるのだが、魔法と一口に言っても様々な種類があり、自分と相性のいい魔法以外は鍛えても扱うのは難しいと言われている。
何故14歳なのかというと、まだ小さいうちは魔力傾向が安定せず、14歳になれば完全に安定すると言われているからだ。
なので勉強ができるようになる1年前、つまり13歳になると、希望した子は自分の魔力とスキルを測ることができる。それには特殊な魔道具を使うので、こんな田舎の村にあるわけがない。なので1年に一回、国の人が魔道具を持って村に来てくれるのだ。その時に、その前後半年の間に13歳になった、もしくはなる子供はまとめて魔力を測ることになる。
別に私は魔力を測る気はなかった。どうせ私の魔力なんてほとんどないんだし、このまま魔法とは無縁の生活を送っていくだけになるだろうから。
それに魔法を使えないのは可笑しなことではない。魔力があってもそれを魔法として使えないものなどたくさんいる。それでも魔道具がある限り、魔力は必要なので、普通は私みたいなのが生きていくのは難しいわけだ。
だから私は剣を覚えた。もし魔物に襲われたとしても、最低限、自分の身は自分で守れるように。
そしてついに、私の13歳の誕生日に父親から言われた。
「その身のこなしは、間違いなく剣術スキルを身につけたな」
これで私は何とか生きていくことができると安堵していたのだ。この時は、まだ生きていく希望があったのかもしれない。
しかし、その翌日、国の人が魔力を測る魔道具を持って村に現れた。
この村の私と同い年の子は私を入れて4人。私以外の3人は迷わずに魔力測定を希望していた。
私は魔力測定を断ると、そのまま家に帰ろうとした。しかし両親に両方から持ち上げられ、魔力測定をする場所まで運ばれたのだ。抗議する私を両親は、
「「大丈夫!きっとびっくりするから!」」
そう言って軽く受け流し、私はそのまま魔力測定をする子たちの後ろに並ばされた。他の子は私を見て何か言いたげだったが、大人たちの前では何も言わず、冷たい視線を向けられただけで終わった。
話は変わるが、スキルの中には鑑定と呼ばれるものが在るらしく、そのスキルを使えば魔力やスキルは調べることができるらしい。しかし鑑定は使った本人しか見えない為、わざわざ魔道具で魔力やスキルを可視化しているらしい。
なので前の子達の魔力もしっかりと見えた。
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「「「「おおぉぉ~」」」」
見物に来ていた大人たちが歓喜の声を上げる。どうやら最後に測定した子はかなり魔力が多かったらしい。
前の三人は、そのままスキル測定に向かうようだ。スキル測定は別の部屋で行われる。
そして私の番が来ると、両親が国の人に何かを囁いていた。国の人はこっちをみて少し首をかしげたが、そのまま測定してくれた。多分魔力が殆どないって言ってくれたんだろう。
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MP・5
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「「「「「「…………………………………………」」」」」
会場を不穏な空気が包んでいた。いくら私が子供でも、私がその中心に居る事は分かる。私は助けを求めるように両親を見て……皆と同じように呆然としている父と目が合った。
「こ、こんな筈はない!!調べなおせ!!!」
父が国の人に怒鳴ると、国の人は少し困ったような表情になった。
「そういわれましても…あなた方のように封印状態ではないですし…」
「そんな筈はない!俺たちの娘だぞ!!」
父は今にも掴み掛りそうな雰囲気だが、国の人は困った表情をするしか無いみたいだ。
「なら私が測ってみるわね」
父の横から母がそう言って、魔道具に手を置いた。
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「壊れて…ない?」
母はなぜか力なくへたり込んでしまった。
「俺たちの子が……ただの…」
その直後に父から聞こえてきたのは、今まで聞いたこともないような声だった。まるで地獄の底から響いてくるようなその声に、私は思わず縮こまった。
すると突然私の体は担ぎ上げられ、すごい速さで視界が動き始めた。
それは、父が私を担いで走っているのだと分かるまでしばらくかかった。
その後私は気を失っていたらしい。私は何かが体に当たる衝撃で目を覚ました。
私は地面に寝ており、多分乱暴に降ろされたのだと何となく分かった。
目線を移動させると父と目が合った、が、その眼は生まれてから一度も見たことのないものだった。
まるで目の前の存在を睨み殺さんとする眼だった。
「今この場で、お前とは親子の縁を切る」
それだけ言うと父の姿は一瞬で見えなくなってしまった。
「……え?」
私は一瞬自体が飲み込ぽかんとした後、なんだか急におかしくなってきた。
「あはははは…だから測りたくないって言ったのに……馬鹿じゃないの……………………。結局そういう事なんだよね…あぁ~~~!バカバカしい!!」
ふと気づくと私の頬を涙が伝っていた。実際、こうなる可能性はあったのだ。覚悟もしていたつもりだった。でも実際そうなってしまうと、無性に泣きたくなってしまう。それになんだか、『やっぱりか~』という気持ちもあり、楽しくもないのに笑ってしまうのだった。
それからしばらく私は泣きながら笑っていた。ようやく落ち着いてくると、なんかもうどうでもいいような気がしてきた。今までの生活が全て勘違いかなにかだったのだと思うと仕方がない。
周りを見渡してみると、そこは森の中だった。私は今までどこにいるのかも気にしていなかったのかもしれない。
「……もうここで死んでもいいかな…?」
思わず言葉になってしまったが、半分はそう思っている。とはいえ餓死などはしたくないので、ゆっくりと立ち上がると歩き始めた。目的の場所はない。強いて言うなら死に場所を探しているのかもしれなかった。
しばらく歩くと目の前にサーベルボアがいた。そして私は条件反射で逃げていたのだ。このあたりの記憶はあいまいで、多分捨てられてから2,3日は経っていたはずだ。逃げたという事は多分本心は生きたいと思っているんだろう。
その時の心情ははっきりとは分からない。でも多分森から出たら一発でやられてしまうのは分かっていたんだろう。全力で走っていると、一気に木のない場所に出てしまってからやってしまったという感情が湧き上がってきたのだから。
「しまったぁぁぁ!!森抜けたぁぁぁぁぁ!!!!!」
多分今まで生きてきた中で一番大きな声が出たのではないだろうか。
そしてすぐ先には真っ白い小さな竜がこっちをじっと見ながら待ち構えていた。
「嘘…、挟まれた…」
思わず私は足を止めてしまった。さっきからサーベルボアとの追いかけっこをしていて体力の限界だ。魔物2体に囲まれれば助かるわけがない。
でもこれでよかったのかもしれない。さぁ、やるなら一思いにお願いね……
私は竜から迫ってくるスライムの触手のようなものを見ながら心の中で祈った。
しかし触手は私を通り過ぎ、私とサーベルボアの間に割り込んだ。そして盾みたいに広がって、それと同時に私の腰にも触手が巻き付いた。
そのまま私は触手に引きずられるように、竜の方に引っ張られた。
(どういうこと?)
私は訳が分からなくなった。この触手だけを見れば私を食べようとしているようにも見える。でも触手は私をサーベルボアから離すとすぐに引っ込んでしまった。
サーベルボアの方を見てみると、なんと竜から伸びた触手で完全に拘束されていた。まさか助けてくれたの?
「えっと…、助けてくれたの?」
私は思わず竜に聞いてしまった。普通に考えればそれはあり得ないし、言葉が通じるとも思えないのだが、なぜか聞かずにはいられなかった。
竜は私を見て少し思案する様子を見せた。
「グゥゥゥゥ…」
竜から唸り声が聞こえてきた。敵意のようなものは感じない。何か返事した方がいいのかな?
「ん?いきなり唸ってどうしたの?」
いきなり何言ってんだ私……。
確かにフラフラだが、それでも他に返す言葉はなかったの!?
と、今私はサーベルボアと竜を同時に見れる位置にいたんだけど、突然サーベルボアが拘束を破った。
一瞬遅れて竜が気づいたが、避けるのは無理だろう。私は気が付くと、竜を両手で抱きかかえて投げ飛ばしていた。
「ぐがっ!」
その直後、私はお腹に熱いような感覚を感じた。
(あ……、刺されたんだ…あの竜は無事かな…?)
段々と朦朧としていく意識の中で、殆ど無意識にいつも持っていた護身用のナイフを突き立てていた。どこに刺さったのかは分からない。でもこれであの竜がサーベルボアを倒すことが出来れば…もし無理でも逃げることが出来れば…そう思って目を閉じると、体に柔らかな感触があった。
これはあの触手かな?
そう思って何とか首を動かすと、こっちをじっと見ている竜と目が合った。
「……よかっ…た………、無事で……」
多分、心からの本心だった。私の命が誰かのためになったのなら、それでいいかもしれない。
ゆっくりと沈んでいく意識の中、私が最後に見たのは竜が光の粒になっていく所だった。