魔力封じの結界
「そ、そんな……」
茫然としたままカノンを見つめる男。
カノンもカノンで何が起こっているのか分からずに戸惑っている。
男が驚いているのはカノンが他の人と同じにならないからだろう。
それはいい。
しかし、何でカノンは大丈夫なんだ?
奴隷とそれ以外の違いだろうか?
いや、この男はカノンの事を侵入者だと判断して何かを起動したはずだ。
ならば奴隷以外に効果のない物を使うはずがない。
ともかく今がチャンスだろう。
『カノン!今のうちに倒すぞ!』
「う、うん!」
俺の言葉でカノンは慌てて男に向かって走る。
室内のため距離は離れていない。
カノンは男に一気に肉薄すると、そのまま剣を振り下ろした。
「!?っ!」
男は直前で我に返って戦斧で受け止める。
そして力任せに押し返そうとするそれを、カノンは竜装で抑え込んだ。
「ハク!今!」
『了解!』
カノンに言われる前から準備はしていた。
俺はカノンの腰付近から触手を伸ばし、そのまま男に巻き付ける。
「な!なんです!?……っ!」
男が戸惑っている間に触手から麻痺針を突き刺した。
このまま少し拘束しておけば無力化できるだろう。
「……思ったより弱い?」
『いや、弱いというか心ここにあらずというか……』
運が悪かったのか……それとも相手が悪かったのか……。
と、そんな事よりほかの人たちを助けないとな。
俺はそのまま触手を伸ばし、男が手を当てていた壁を壊した。
全力なら岩くらいは削れるようになったのだ。
スキルとしての成長はないが、こういった成長はなんだかうれしい。
これでいいのかと少女の方を見てみると、まだ立てそうにはないが何とか体を起こして座っている。
大丈夫そうだな。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい」
カノンが声を掛けるが、なぜか少女が緊張した顔をしてしまっている。
「?」
カノンも理由がわからずに首を傾げる。
「あの、貴女は……その……」
何かを言おうとして口ごもる少女。
少し気にはなるが、ここでゆっくりとしているわけにも行かないだろう。
気配を探ってみると、上の方でも戦闘が段々と小さくなっていくのが分かる。
一番大きくてつかみにくい気配がアイリスの物だろう。
で、その気配と接触した気配は段々と消えていく。
これはアイリス……無双してるな……。
まあそのおかげでこっちも楽が出来ていいんだが……。
今回の俺たちの目的は二つだ。
一つ目は、表でアイリスが暴れている間、奴隷を人質に取られないようにする事。
なのでこっそりと侵入して奴隷たちがいる場所に降りたのだ。
二つ目は、万が一アイリスたちの戦闘で建物が崩れそうになった場合、再び穴を掘って脱出口を作る事。
これをする場合、地下に空いた穴のせいで建物は崩れるので最終手段だ。
因みにアイリスが負ける場合は想定していない。
今回は二つ目は必要なさそうなので、とりあえず戦闘が終わりそうなら全員を連れてて撤収するだけだ。
『カノン、アイリスの戦闘がそろそろ終わりそうだ』
「分かった」
カノンは返事をすると少女に手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?立てます?」
「は、はい」
少女はカノンの手を掴んで立ち上がる。
周りを見ると、何人かの奴隷は自力で起き上がっていた。
とりあえず動けるものだけ連れて行った方がいいのだろうか?
いや、もう少しで向こうも終わりそうだし、一旦ソルに念話して確認した方がよさそうだ。
いざ出口について、がれきに埋もれて出れないということもあり得る。
アイリスなら充分にあり得る。
と、その前にこの男を完全に倒さないとな。
麻痺で動けないだろうが、その眼はしっかりとこちらを見ているのだから。
とは言ってもどうやるか……。
「任せて」
俺がどうするべきか考えていると、カノンがおもむろに男に近づいた。
「えい」
そしてなんだか気の抜けるような掛け声で、男の首筋に手刀を入れて意識を刈り取った。
「これでよし。ハク、運ぶのはお願い」
『お、おぅ』
段々とカノンが頼もしくなっていく。
嬉しいのは嬉しいのだが……なんだか複雑な気分だ。
「ハク、この人たちどうする?」
カノンが見つめる先には微動だにしない奴隷の人達。
ここでの扱いで精神が壊れてしまったのか……もしくはすべてを諦めているのか……。
動ける人の手を借りたとしても、全員を連れていくには人手が足りないだろう。
『順番に運ぶか……アイリスたちに頼むか……とりあえずソルに相談だな』
俺はそう言って気配察知でアイリスの場所を探す。
アイリスは入り口でたたずんでいる。
動く様子がないことから、戦闘は終わったらしい。
この距離なら念話で行けそうだ。
『ソル?聞こえるか?』
『ハクさんですか?はい、しっかりと届いていますよ』
ソルはすぐに答えてくれた。
『そっちの状況を知りたいんだが、もう出て行っても大丈夫なのか?』
『はい、こちらでの戦闘も終わりましたので問題ありません。少々きついかもしれませんが』
何が?とは聞かない方がいいのだろうか?
『了解した。奴隷にされている人たちを見つけたんだが全員を運ぶには手が足りない。誰か人手は余ってないか?』
って、余ってるわけがないか。
アイリスと一緒に来ている衛兵は地上部への突入で忙しいだろうしな。
『アイリスを使ってください。この後はどうせやることはありませんから』
やることないって……それでいいのかAランク?
『これからアイリスを向かわせます。少しお待ちください』
そう言って念話が切れた。
『カノン、もうすぐアイリスが来てくれるそうだ』
「分かった。でもいいのかな?」
『ソルはこれからやることないって言ってたぞ?』
「……それでいいの?」
カノンも同じことを思ったようだ。
その後アイリスが来るまでに、牢屋は全て開けておいた。
カギはないが、スライムの触手を使って鍵穴を弄れば簡単に開けることが出来るし、収納でカギの内部をそのまましまってしまうという手もある。
この世界、防犯面ではあまりあてにはできなさそうだ。
俺とカノンで手分けしてカギを開け、最後に少女がいる牢のカギを開けた所でアイリスがやってきた。
「カノンちゃん、お待たせー……ってこいつ!」
部屋に入ってきたアイリスは入り口近くで転がっている男を見て驚いていた。
「あの、どうしたんですか?」
「上で衛兵がこいつ探してるのよ。こんなところにいたなんて……」
誰か聞いてみると、この上にある金貸しをしている商会の商会長、つまりここの黒幕らしい。
そんなやばい奴だったのか……。
まあ戦闘力自体はそうでもなかったし、無事に倒せたんだからいいんだけど……。
アイリスはそのまま周りを見渡し、俺が壊した壁を見て納得したように頷いた。
「なるほどね、そういうことか」
何がそういうとこなのかは気になるところではあるが、それは後回しにしよう。
今はここに居る全員を連れて行くのが先決だ。
「で、この人たちね。ソル、お願いできる?」
『仕方ありませんね。もとよりそのつもりでしたが』
「じゃあお願い…………、召喚!」
アイリスが魔法を唱えると、目の前に魔法陣が浮かび上がり、そこから大きな白い虎が出てきた。
説明はなかったが、この虎から感じる気配で充分に分かる。
これが白虎なのだろう。
そうか、封印者が召喚術のスキルを使うとこんなこともできるんだな。
『ハクさん、申し訳ありませんが動けない方を背中に乗せていただけますか?』
『分かった』
俺はそう答えると、触手を伸ばして動かない人たちをスライムで包み込んで持ち上げ、ソルの背中に乗せていく。
人数が多いので全員は乗せられなかったが、後は動ける人に手を貸してもらえば一回で全員を運べるだろう。




