町の裏側
翌日、カノンとアイリスは別行動をしていた。
といっても大したことではなく、アイリスはギルドへの報告とテルの所へ行き、カノンはアイリスに頼まれてポーションなどの消耗品を買い出しに市場へ来ていた。
まぁ、どう見ても子供とはいえ冒険者風の格好をしているので一人でうろついていてもあまり違和感はないだろう。
市場で買い物リストを見ながら必要なものを探していくカノンだが、途中ですれ違った男を目で追って、何かに気がついたように少しだけ目を見開いた。
『ん?どうした?』
「今の人、スリだよ」
カノンにそう教えられ、俺はすれ違った男を目で追う。
あまり不審な動きはしていないように見えるが……。
あ!今すれ違いざまになにか抜き取った。
『今やったな』
「さっき私もやられたの。取られるんものなんて持ってないけど」
まぁ、カノンは荷物の大半は収納に入れているし、持っているものといえば一応、収納が使えない時のための肩からかけるタイプの鞄だけだ。
そして今その鞄は空になっている。
当然取られるものなどない。
『収納があってよかったな。でもレセアールに比べて治安は悪そうだ。気をつけたほうがいいだろう』
まあ裏奴隷が横行している時点で治安など推して知るべしかもしれないが……。
とは言っても、気をつけた方がいいだろう。
いくらカノンとはいえ、いきなり攫われて裏奴隷なんてことも十分にあり得る話なのだから。
『まあこの街で単独行動は極力避けた方がいいだろう。さっさと買い物を済ませてアイリスと合流するとするか』
「そうだね。あと買うものは……」
そう言いながら買い物リストと睨めっこをしながら買い物を続けていくカノン。
一見平和に見える光景だ。
しかし俺の気配察知にはしっかりと反応がある。
カノンから少し離れた所の物陰から此方を窺ってくる何者かの気配、そして更にそれを監視しているような気配も……。
此方を窺っている気配が現れたのはスリの男とすれ違ったあとだ。
それまでも気配察知は何度か使用していたが変な気配はなかった。
その気配を見つけてからは念のために使い続けているが、今のところ此方に危害を加えてくる様子はない。
とは言ってもどうするか…、このまま放置して後で後悔する事も十分にあり得る話だ。
まあ急いでアイリスと合流してしまえば安全ではあるだろう。
まあそれでも厄介ごとをこれ以上増やすのも気がひける。
さて、どうするか……。
『ハクさん、聞こえていますか?』
そんなことを考えていると、不意に頭の中に声が聞こえた。
この声はソルの声だ。
しかしなんでソルの声が?
念話はある程度近くでないと聞こえないし、アイリスは気配を感じない。
『あぁ、失礼しました。近くにいますよ。気配は消していますが』
俺の疑問に聞く前に答えてくれた。
なるほど、近くにいるのならこちらからも念話は届くだろう。
まあ、居場所がはっきりとすればだが……。
『そのまま聞いてください。カノンさんを尾行している男の事はお気づきだと思います。その男を捲いて町の外で合流します。カノンさんなら簡単だと思いますのでお願いします』
そう言って念話を切られた。
まあ簡単と言えば簡単だろうが……。
『カノン、付けられているのには気が付いてるか?』
「うん、気配は感じてる」
『そいつを捲いて町の外でアイリスたちに合流するぞ』
「え?うん。それはいいけど……どうやって?」
カノンが首を傾げる。
まあいきなりそう言われてもどうするのかは流石に分からないか。
しかしすでに俺の頭の中には作戦が出来ている。
まずこの辺りの状況を整理してみよう。
カノンが歩いているのは市場だ。
時間が朝なので人も多く、人混みとまではいかないがそれなりに歩きにくい。
そんなカノンを窺っている気配の主、ソルが言うには男らしく、尾行する体勢に入っているようだがそれは大した問題ではない。
男がいるのは恐らくどこかの建物の屋上、もしくは屋根の上だ。
二階以上の室内という線も考えたが、尾行するには室内では不利なのでまああり得ないだろう。
気配の方向が上方向に少しだけ向いているのでそういう判断になった。
なのでやみくもに走り回っても逃げ切るのは難しいし、まずはカノンを男の視界から外す必要がある。
最悪、竜装で飛ぶか魔装で高速移動をすれば間違いなく振り切れるが、流石にそれは目立ちすぎるし、万が一建物を壊しでもすれば後で大変なことになるだろう。
なのでこの二つは最終手段だ。
というわけで、とりあえずこの二つのスキルは使わない方針で行くことにする。
『カノン、ここから町の出口の方向に向かって進んでくれ、そうしたら途中にある路地裏に移動だ』
「わ、分かった」
カノンは首を傾げながらも頷いて移動を始める。
さて、ここからが俺の本領発揮だ。
気配察知で尾行者の位置を把握、それと同時にその尾行者の状態を把握しておく。
カノンが移動を始めたことで少しだけ気配に揺れがあったが、そのままこちらを監視している。
そしてカノンは近くに見えていた路地に入った。
それと同時に俺はスライムの膜でカノンを覆い、昨日新しく覚えた擬態を発動する。
「え?」
カノンが不思議そうに自分の周りにできたスライムの壁を眺める。
スライムの壁は最初はスライム特有の半透明だったものが、擬態により外からはカメレオンのように周囲の風景に同化し、中からは外の景色が見えるようになった。
擬態というか保護色みたいだが、どうも擬態スキルは形状変化、保護色、隠密のスキルを合わせた複合スキルであるらしい。
因みに隠密は気配遮断に似たスキルだ。
気配遮断と違うのは、気配に加えて痕跡なども隠ぺいできるようになる。
その代わり、気配遮断と比べると気配察知に見つかりやすくなるようだ。
マンイーターが気配察知で見つからなかったのは、植物ということが大きいのだろう。
気配がないわけではないが動物よりも気配の薄い植物だからこそ、アイリスの索敵能力でも見つけることが難しい。
普通、魔物でも人でもそうだが何かを襲おうとするときは殺気が漏れる。
なので戦闘中などは気配察知にもかかりやすくなるし、狩りをしている魔物も見つけやすい。
しかしマンイーターの場合は戦闘でも狩りでもなく、ただの捕食、食事だった。
何かを食べようとする生物としての本能に従って動いているだけなのだろう。
なので元々気配が少なく、擬態スキルの能力で充分だったのだ。
カノンが使う場合は少し力不足だが、今回は脅威度の高い魔物相手というわけではないので問題はないだろう。
……話がそれたがこれでカノンの姿は周りから見えなくなったし、気配も素人には分からなくなった。
そしてカノンが動き回ろうが、その動きの痕跡も発見しにくくなっている。
これで十分だ。
『カノン、周りからはこっちが見えない。屋根の上を通って町の外に向かえ』
「うん、こんなこと出来たんだね」
カノンは感心したように呟くと身体強化を発動させ、屋根に飛び乗ってそのまま走り始めた。
それと同時にカノンを尾行していた男が慌てている気配が伝わってきた。
カノンが屋根に飛び乗った少し後でカノンがいた場所まで来ていたが、そこにカノンがいないことが分かるとどこかに走って行ってしまった。
これで完全に見失っただろう。
ついでに追っていた、尾行していた男を監視するような気配も、そのままどこかに消えてしまった。
こっちは少し不気味ではあるが、今のところ実害もないし放っておくしかないだろう。
もしかしたら犯罪者を捕まえる立場の人間が証拠を押さえるために張り付いていたって言うことも考えられる。
それにもしカノンを狙っていたのだとしても、一応気配は覚えたので近づいてくればすぐにわかるはずだ。
そんなことを考えている間にもカノンは屋根伝いに町を取り囲む外壁を飛び越え、そのまま町の外に着地した。
なんだかカノンの身体強化の性能が上がっているような気がする……。
レベルは俺の身体強化の10なのだから変わらないはずなのだが……。
俺が首を傾げていると、近くにいきなりアイリスの気配が現れた。
俺たちの真上だ。
つまりアイリスたちも外壁を飛び越えた。
俺たちの近くにずっといたのだろうか?




