南の森の食人植物
カノンとアイリスは崖を渡ったところにある開けた場所で休憩していた。
そこには井戸も設置されており、旅人の休憩場所としてある程度は整備されているようだった。
とは言っても誰も使っていないせいか井戸の水は濁っていて使えなさそうだし、そもそも広場になっているだけで草が生え放題の状態なので、知っていなければ休憩所とは思わないだろう。
「前はここも賑わってたんだけど、今はその面影もないわね」
ふと、アイリスがしみじみと呟く。
「ここに来る間も誰もいませんでしたね」
『他の冒険者の方は迂回しているそうですよ。アイリスはその辺りの説明も受けていたはずですが?』
「あ、あはは~」
笑ってごまかしているが、多分誤魔化せてはいないだろう。
『それにしても、橋が落ちたってのに誰も直しに来てたりしないんだな』
こういうのは出来るだけ早く復旧させるものだと思ったのだが……。
まあ日本の感覚だし、この世界ではそうでもないのかもないが……。
『それについても説明がありました。この辺りに脅威度B相当の魔物が現れたらしいです。橋もそのせいで落ちたようです』
「え!?」
ソルの言葉に座っていたカノンが慌てて立ち上がる。
『大丈夫ですよ。アイリスがいますし、その魔物は戦闘力だけでいえば精々Cランク。カノンさんでも問題なく戦えるでしょう』
「そういえばギルドで聞いたっけ……たしか…マンイーター…だっけ?」
アイリスが思い出したように呟く。
『はい、アイリスがしっかりと説明されてましたよ?』
ソルの棘のある言い方にへこむアイリス。
「マンイーター。植物型の魔物でその名の通り人を食べる。問題なのはその擬態能力ね」
「擬態…ですか?」
「そう、元々植物なんだけど、近くの木そっくりに擬態するのよ。私の気配察知でも判別できないし他の感知スキルもあんまり意味がないわ。だからBランク指定ってわけ」
ということは気を付けるべきは奇襲だな。
気配察知でも引っかからないとなると、いよいよ見つけるのは困難……ん?
そういえばゲームに、まったく同じ見た目のアイテムで実際にカーソルを合わせてようやく判別できるようなものがあったな。
主に古いゲームでは容量の関係でテクスチャを使いまわしていたりもしていたのでそのせいでもあるのだろうが……。
今回も見た目は同じ、でも中身が違うとなれば、同じ手が使えるのではないのだろうか?
カーソルはないが鑑定はある。
鑑定で周りの木々を手当たり次第に鑑定しまくれば行けるんじゃないのか?
というわけで実験がてら鑑定っと……
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木
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木
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木
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木
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マンイーター
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木
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木
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……ん?
何か今、木以外の鑑定結果が出たような……
もう一度鑑定……
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種族・マンイーター
HP・549 MP・649
スキル
特殊系
捕食吸収Lv6・急速成長Lv4・触手伸縮Lv8・高速再生Lv3
固有スキル
擬態Lv3
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いた!
しかも丁度アイリスの真後ろだ。
『アイリス?お前の後ろの木、マンイーターだぞ?』
「え!?嘘!?ファイヤーボール!」
アイリスは反射的にファイヤーボールを放つ。
「ギャアアアアアアアアァァァァ!」
ファイヤーボールが木に直撃した瞬間、悲鳴のような声が響いた。
アイリスは立ち上がるとすぐにバックステップで距離を取る。
「ハク、何で分かったの?」
俺が一安心しているとカノンが聞いてきた。
『あぁ、周りの木に片っ端から鑑定掛けたんだよ。まさかこんな近くにいるとは思わなかったけど』
ファイヤーボールに包まれた木の擬態が切れて、マンイーターの姿が露になった。
大きなウツボカズラと言った感じで、蔓が自由に動いている。
根もあるが地面を這って移動できるようで、炎から逃れようとのたうちまわっている。
『ハクさん、お手柄です』
「ほんとね。私もあれは少しヒヤッとしたわ」
「というか鑑定ってそうやって使うものだったっけ?」
カノンが首を傾げる。
いいんだよそんなことは。
使える物は何でも使ってこその俺だ。
『まあ見つけられたんだ。よかったじゃないか』
そんな会話をしているうちにマンイーターは火を消して蔓をこちらに伸ばしてきた。
「ハク!」
『任せろ!』
確かスキルに触手伸縮があった。
つまりあの蔓が触手と判断されているのだろう。
ならば、触手には触手で対抗する。
俺はカノンの肩からスライムの触手を出してマンイーター目がけて伸ばす。
そして触手同士はそのままぶつかり、スライムの触手が弾かれた。
『ちぃ!触手の扱いは負けかよ』
俺は悪態をつくと弾かれた触手をマンイーターの本体だと思われるウツボカズラに向ける。
『フレイムアロー!』
俺の詠唱に合わせて触手の先から放たれる無数の火の矢。
しかしそれもマンイーターの表面を少し焦がす程度に終わった。
ファイヤーボールで大打撃を与えていたアイリスと比べると、落ち込みそうになってしまう。
これはもはや経験で埋めるしかないのだろうか?
しかし逆に言えば、あれくらいまでは努力でも到達できる範囲なのだろう。
この世界にはスキルやステータスが存在するが、その中には入っていない項目もある。
素早さなどの項目はステータスには存在しないのだ。
そしてステータス自体にはレベルも存在しない。
つまりこれらを上げるにはキメラやスキルテイカーに頼っているだけではだめだ。
鍛錬を積み重ねるしかない。
とはいっても今この場で急に能力を上げられるわけもない。
出来るのは頭を使って戦うだけだ。
「ハク、私が行く?」
『いや、いい手を思いついた』
カノンの提案を断ってから、俺は触手を一旦自分の元に戻した。
マンイーターの触手は俺たちを捕えようと向かってくるが、そんなものは関係ない。
やることは以前ゴブリンの群を焼き尽くした方法と同じだ。
魔法同士を合わせて相乗効果で威力を上げる。
これなら倒せる。
問題は何を合わせるかだ。
植物の弱点としては熱と氷と言ったことろだろう。
氷はまだスキルを持っていないから、熱で行くしかなさそうだ。
とは言っても、普通に火をぶつけても効果は薄い。
木は意外と燃えにくいのだ。
倒木ならまだしも、生きている木は中に水分を大量に含んでいるのでそれが蒸発するまでは燃えない。
薪を一年以上乾燥させるのもそういった理由だ。
なので燃やすにはある程度の規模の炎か、直接内部まで焼くような方法しかない。
今回はやはりある程度の規模の炎で焼くか。
『トルネードカッター!フレイムトルネード!』
対象を切り刻む風の刃を内包した渦と、炎の渦が混ざり合い、マンイーターを直撃した。
「-------っ!!!」
もはや声にもならない悲鳴を上げながら焼かれていくマンイーター。
今回は風の渦で周りを囲んでいるので周囲に被害は殆どでないし、渦の内部の温度は前回のゴブリン戦の物よりも高いだろう。
魔法の維持は高速思考を使えば余裕なので、これなら完全に倒すまで周囲の警戒をする余裕もある。
というか、これで倒せないと少しまずい。
頼むからこれで終わってくれ。
そう願わずにはいられないのだった。




