二人の封印者
翌日、まだ日も登らない時間に、カノンは町の南側にある門に来ていた。
あの後結局依頼を受けることになり、早朝には出発することになったのだ。
因みにカノンのランクはしっかりとDランクになった。
この依頼の為だったとはいえ、これでカノンが行きたがっていた雪の迷宮にも入れるようになった。
ランクアップが報酬だとすれば悪くはない。
目的地までは徒歩で約10日ほどかかるらしいので、カノンは宿は引き上げた。
荷物は全て収納に入れている。
多少収納の容量は圧迫してしまうが、大した問題でもない。
しばらく待っていると、町の方からアイリスが走ってきた。
一応日の出前に集合と言い出したのはアイリスで、既に日は出始めている。
言い出した本人が遅刻とかどうなんだと思わないでもないが、アイリスだし仕方ないかと思ってしまう俺がいる。
知り合って二日もたっていないのに早くも慣れてしまったらしい。
「ごめんなさーい!」
そう叫びながら走ってきたアイリス。
少し涙目になっているのはソルに怒られたからだろうか?
『お二人とも申し訳ありません』
ソルにも謝られてしまった。
「いえそんなに待ってませんから……」
カノンは苦笑しながらいう。
『で、この時間だと乗合馬車はないだろうし歩いていくのか?』
この世界、一応日本でいうところの路線バスのような仕組みの乗合馬車が存在する。
町や村を経由しながら大きな町へと出ているのだ。
それを使えば徒歩よりも少しだけ早く到着できる計算なのだが、この時間でそれを使うとも思えない。
「走っていくのよ。その方が速いしね」
涙をぬぐったアイリスが笑顔でそういう。
「は、走って…ですか…?」
それを聞いて顔が引きつるカノン。
まあ当然の反応だな。
『カノン、最悪飛んでいけばいい』
俺はカノンにだけ念話を飛ばす。
いくらアイリスと言えど、空を飛んで追い付けないということはないだろう。
「……分かりました」
少しの葛藤があったようだがカノンは渋々頷いた。
「じゃあしゅっぱーつ!」
アイリスがそういうと彼女の頭に猫耳が生えて、腰のあたりにも尻尾が生えた。
獣装というスキルを使ったのだろう。
……て、スキル在りきかい!
「はい……あれ?」
カノンが返事をしたが、アイリスはすでに走り出していた。
しかも結構速い。
これは油断していると見えなくなりそうだ。
「ハク!魔装で行くよ!」
カノンはそう言って魔装を発動させると、前回と同じ要領で足に魔力を集中させて走り出した。
長距離走のペースなので前よりは少し遅いが、アイリスもペースを落としてくれているのか前を走っている彼女の後ろ姿が段々と大きくなってきた。
「アイリスさん!いきなりすぎますよ!」
アイリスの横に並んだカノンが開口一番文句を言う。
というか、これ普通の冒険者は付いてこれないんじゃ……。
「え?……あ!」
アイリスは横に並んだカノンを見て首を傾げ、すぐに顔が青くなった。
「ごめんなさい、ついいつもの癖で……」
いつもこんなことしてるのか。
というか、それに追い付くカノンって……。
『よく追い付けましたね。もう少ししたらアイリスに引き返させるつもりだったのですが……』
ソルも驚いているらしい。
しかし実は俺も驚いている。
カノンだけが普通に走っている……つもりだ。
『あぁ、正直俺もここまで走れるとは思ってなかったんだ。最悪飛んでいこうと思ってた。とはいっても、後半日くらいしか魔力が持たないけどな』
魔装自体に魔力は殆ど使用しない。
しかし身体強化を使い続けているのだからそれなりに消耗するし、カノンの場合は固定化するだけのはずの魔力を推進力として使っているのでその分だけ消費も激しい。
俺の魔力が多いとは言っても、神獣と比べるのも無理がある。
『はい、分かっています。後一時間ほどで一旦休息をとりましょう。アイリスもいいですね?』
「分かってるって。流石にカノンちゃんの体が持たないだろうしね」
『カノンもそれまで頑張ってくれ。もし無理そうになったら空から行こう』
「分かった、でもそれくらいなら大丈夫。まだ余裕もあるしね」
確かにカノンは息切れしていない。
俺の魔力が元とはいえ、カノンも段々と人から離れて行っている気がする。
本人は気にしていないようだから別にいいんだが……。
なんか将来が心配になってしまう。
俺たちが走っているのは以前ゴブリンの群と戦ったことのある南の森を南北に通っている道だ。
ある程度腕に自信があるのならショートカット出来るのだが、ゴブリンやオークと言った魔物が出るので冒険者以外は基本的に通らない。
カノンたちの場合、速度が速すぎてまったく魔物と出会わない。
というか、なぜか冒険者ともすれ違わないし追い越さない。
今現在カノンたちは車並みのスピードで走っている。
しかも走り始めてから約一時間ノンストップだ。
なので流石に野営をしていた冒険者とすれ違ったり追い抜いたりしてもいいはずなのだが……。
「そろそろ橋があるわ。それを渡ったら休憩しましょー」
「は…はい」
まだまだ元気なアイリスに対してカノンは少し息が乱れてきている。
アイリスは間違いなく人を超えているが、カノンもそろそろかもしれないな。
普通こんなスピードで走れないし、そもそもそれを一時間以上維持するなんてありえないはずだ。
魔力やスキルのある世界だし、速度自体は出せる人間もいるかもしれない。
しかしこんな長時間維持できる奴は普通居ないだろう。
『ところでアイリス?忘れていませんか?』
ふいに聞こえるソルの声。
「ん?何が?」
アイリスは意味が分からずに首を傾げる。
『依頼を受けた時にギルドで説明されましたよね?この先の橋は落ちていて使えないと』
それを聞いたアイリスがわずかに固まり、直後、血の気が失せた。
「…………忘れてました」
『…………』
なんだろう……。
ソルは念話を飛ばしているわけではなさそうなのに、呆れたような感情がこっちにも伝わってくる。
『その橋ってどれくらいの大きさなんだ?』
『大きめのつり橋でした。向こう岸までの距離は……100メートルくらいでしょうか?』
それを聞いて俺は自分の魔力の残量を確認する。
魔装を解除、竜装を発動、飛行スキルで上昇して滑空……。
よし、行ける。
「ハク、竜装で行ける?」
確認が終わったと同時にカノンからの確認が来た。
『あぁ、問題ない』
「じゃあこのまま行きましょうか」
アイリスはカノンが大丈夫だと分かった途端安堵の表情になった。
まあアイリス自身は問題ないか。
ソルも何も言わないし。
そうこうしていると正面に崖が見えてきた。
崖の手前にはつり橋を支えていたと思われる木材の残骸が見える。
『あれか……』
「思ったより広いね」
カノンが呟く。
まあ数字で言われてもイメージしにくいのは仕方ないのだろう。
「じゃあ私から行くわね」
アイリスはそうってさらに加速した。
というか白虎って虎だよな?チーターじゃないよな?
速すぎるんだが……。
既にカノンでは追い付けないだろう。
そしてアイリスはそのまま崖に向かって飛び出し、そのまま向こう岸に渡ってしまった。
崖の向こうは少し広く開けた場所になっており、そこで休憩するようだ。
「じゃあ私たちも行こ」
カノンはそういうと飛び上がって魔装を解除した。
そしてそのまま空中で竜装を発動させ、翼を出して滑空しながらアイリスの元に降り立った。




