久しぶりのFランク依頼
カノンとセレンは町の外に出て、壁伝いに歩いていた。
目的地は、前に一度行ったことのある魔物研究所だ。
書類を魔物研究所に届ける依頼を受けている。
ギルドのFランク依頼を見ていたら、懐かしい依頼を見つけたので受けることにしたのだ。
因みにアインの方はまだ医務室で寝ていた。
なのでもしも目を覚ました場合はロイドとロンに任せることにした。
あいつの図々しさなら依頼の争奪戦でも依頼を勝ち取れるだろう。
カノンに聞いてみた所、カノンをいじめていたのは基本的にアインともう一人の男子だけだったらしい。
セレンはいつもアインの後ろにいたが、特に何かされた記憶はなかったらしい。
なのでセレンにだけであればある程度のサポートは問題ないそうだ。
ただし、アインがそのおこぼれに与ろうとするのなら考えるそうだが……。
そんなことを考えていたら、気配察知に魔物の反応があった。
この反応には覚えがある。
俺が初めて倒した魔物、スライムだ。
『カノン、前方にスライムだ』
「分かった」
カノンはそう返事をすると、横にいるセレンに目をやった。
「セレン、前の方にスライムいるけどどうする?」
カノンが言うと、セレンの肩が跳ねる。
「……ま、魔物?」
セレンが怯えたように呟く。
これでよくFランクになろうと思ったものだ。
「多分アインに押し切られたんだと思うよ?」
俺の考えを読んだのか、カノンが俺の疑問に答えてくれた。
「セレン、スライムは一匹だけだから大丈夫だよ?」
カノンがそう言って前を指さす。
所々に草むらがあり、その一か所だ。
スライムの反応はそこからする。
この辺りに他の魔物の反応はない。
魔物研究所を除けばだが……。
「……カノンちゃんはいつもどうやってるの?」
セレンに言われて、カノンは首を傾げる。
「そういえば、スライムって私も初めてかも……」
それを聞いたセレンの顔から血の気がひく。
一方、俺はこれまで倒した魔物を思い出してみた。
『あぁ、カノンと会った時がサーベルボア、そのあとゴブリンで盗賊。で、ゴブリンの群とファングウルフにオーク……確かにスライムは初めてだな』
「そうなんだよね、ハクは倒したことあるんでしょ?」
『勿論だ。いつも使ってる触手もスライムだしな』
考えてみると、スライムの能力ありきで戦っている気がする。
よく伸びるしある程度の強度もある。
何よりちぎれてもあまり痛くないしすぐに再生できる。
あれ?実はスライムって万能?
知能がないから弱いが、もしも知能を持ったスライムがいたら俺より強いのでは?
「で、スライムってどうやって倒せばいいの?」
少し怖い想像はカノンによって強制終了された。
『どうやってと言われても……俺は触手をハンマーにして叩き潰してた。一応体の真ん中にあるスライムコアってのを潰せばいいはずだ』
「セレン、叩き潰せばいいんだって」
何故そっちだけを教える?
いや、セレンの武器は戦斧だったし、意外といけるのか?
因みにセレンは自前の武器がないので、ギルドで借りた戦斧を持っている。
そのせいか歩くたびにフラフラしているが……。
「……分かった」
セレンはそう言って背負っていた戦斧を構えた。
しかしまだフラフラしていてとても扱えそうにない。
「セレン、身体強化」
カノンが呆れたように言う。
セレンも思い出したのか、身体強化を使った。
すると何とか戦斧を持ち上げて動けるようになった。
「……ありがとう、忘れてた」
「お礼は後、来た」
カノンがそういったのと同時に、草むらからスライムが出てきた。
さて、セレンの初戦闘だが、一応は気を配っておかないとな。
結論から言うと、心配は必要なかった。
戦斧でスライムを叩き潰して終了だった。
スライムの動きは遅いし、戦斧自体も重たいので叩きつけさえすれば間違いなく倒せるようだ。
あれ?確か俺……スライムから必死で逃げ回ったような気が……。
そして追いつめられたような気がするぞ?
竜なのに……。
「……出来た」
俺が落ち込んでいる横で、セレンが嬉しそうにしている。
カノンも一安心といった具合に胸をなでおろした。
その後魔物研究所に書類を届けたカノンたちは、そのままギルドに向かっていた。
もう町には入っている。
帰りは何にも遭遇することはなかった。
というより、遭遇しないのが普通なのだろう。
今回のスライムと言い、前回の盗賊……は意図的だったが、あれはあり得ないはずだった。
「今回はスムーズに行ったね」
カノンがそういうと、セレンは首を傾げる。
「……前は何かあったの?」
「うん、帰りに盗賊に襲われた」
「……!?」
セレンの表情が面白いくらい驚愕に変わる。
「大丈夫だよ、普通はこんなところで盗賊なんて出ないし、Gランクなら町の外には出ないしね」
カノンは普通はと言ったが、裏を返せば普通ではないことに巻き込まれたと言っているようなものである。
「で、まじめな話なんだけど」
カノンは話題を変えようとしたのか、声の調子を変えた。
「……?」
セレンは首を傾げる。
「学校のお金、間に合うの?貯めるだけじゃなくて、生きていくのにも使うんだよ?」
カノンがそういうと、セレンはバツが悪そうに顔を逸らす。
必要な金額は分からないが、Gランクの依頼では不可能に近いのは理解できているのだろう。
Gランクの依頼とは、街中だけに範囲を絞った便利屋のようなものだ。
そしてFランクにはなれない者がそれでも仕事を求めてくるので、ある程度安くても受けてもらえる。
つまり報酬はとても安い。
配達だけで約50ゴールドくらいから、草取りや掃除などで、一日中働いたとしても精々200ゴールドと言ったところだ。
しかもそれが毎日貰えるのならまだいいが、Gランクは依頼の数より冒険者の数の方が多いので、慣れないうちは仕事にありつけない日の方が多くなるだろう。
そうなってくると、恐らく日々の生活だけで精いっぱいになってしまうだろう。
「……多分無理だと思ってる。無理ならアインも一人で行くかなって……」
そういえばセレンは巻き込まれるように冒険者になったはずだ。
つまり、アインが諦めればセレン的には問題なしなのかもしれない。
「あきらめずに勝手に町の外に行っちゃう気がするんだけど」
カノンは嫌な想像をしたのか顔を顰める。
セレンには悪いが、俺もカノンと同意見だ。
アインのように自信に実力が追い付いていない者は、覚悟もなく無茶をする。
そうなってしまえば間違いなく死んでしまうだろう。
「……どうしよう?」
セレンがすがるようにカノンを見る。
しかしカノンにはどうすることもできない。
「説得するか、無理やり連れ帰るしかないと思うよ?私の話は聞かないだろうからセレン一人での説得になると思うけど……」
「……私、無理」
最初からあきらめているセレンであった。
『ま、まあ、最終手段は強制送還だな』
俺がそういうと、カノンも頷いた。
『そういえば、学校って言うくらいだし試験とかないのか?』
ふと気になっていってみた所、カノンも首を傾げた。
「ねぇセレン、学校って試験とかないの?」
「……ある、受かるかどうかは分からない」
セレンは俯きながらいう。
この様子では、恐らく試験内容も知らないのだろう。
まあ、こういうことはロンにでも聞いてみればいいか。




