やる気のない戦い
「おい!」
ロイドの合図を受けて、アインは剣を構えてはいるが何もしてこない。
それどころかカノンに怒鳴る。
「ん?なに?」
カノンも面倒そうにしながらも答える。
「何じゃねぇよ!何で剣も何も持ってねぇんだ!」
どうもカノンが素手で居ることが気に入らないらしい。
「それなら試合が始まる前に言いなさいよ。そもそも、武器を使う冒険者ばかりじゃないよ?」
カノンはため息を吐きながら言う。
「な!魔弱の癖に!」
アインは顔を真っ赤にしているが、それでも向かってこない。
「……行きます」
すると、アインの横にいたセレンがカノンに向かって駆け出した。
とは言っても、重い戦斧など使っているせいで歩くのに毛が生えた程度のスピードだし、それ以前にふらついていて危なっかしいが……。
『おい、あのセレンとかいうの、大丈夫だよな?』
「あれを持てる時点で大丈夫だとは思うけど……」
ゆっくりなので俺たちが会話をする余裕もある。
「竜装」
カノンは小さな声で呟くと、竜装を発動させる。
「……はあ」
なんかやる気のない声と共に、セレンは戦斧を振り上げる。
そしてカノン目がけて振り下ろした。
「で?」
「……!?」
しかしカノンは戦斧の柄を掴むことで止める。
セレンは表情は驚いたものに変わったが、相変わらず声は出さない。
「魔弱が調子に乗るな!ファイヤーボール!!」
カノンとセレンの横から、アインがファイヤーボールを撃ってきた。
今の短時間で移動してから詠唱では出来ないはずなので、動きながら詠唱をしていたということだろう。
「ファイヤーボール」
カノンも同じくファイヤーボールで向かい打つ。
ボン!
ファイヤーボールは空中でぶつかって爆発した。
「な!?なんでお前が魔法を使えんだよ!何かズルしてるな!?」
「なんでそうなるの?」
カノンが呆れたような視線をアインに向ける。
まあ、アインの気持ちも分からなくはないけどな。
ついこの前まで魔法が使えないって見下していた奴が、いきなり魔法を使えば驚くのも分かる。
実際、魔法を発動するための魔道具は存在する。
とは言っても、カノンの自前の魔力だけではその魔道具すら起動できないわけだが。
「ロ、ロイドさん!こいつ反則負けだろ!?」
アインはロイドに言う。
しかしロイドは首を横に振る。
「何言ってんだ?カノンちゃんは魔道具なんて使ってないし、そもそも仮に魔道具を使っていたとしても反則にはならんぞ?それを反則ってんなら、魔導士はみんな反則になっちまうだろうが」
ロイドの口調がなんだか疲れているような気がする。
魔導士などの魔法職の冒険者や騎士の持っている杖の殆どは、魔法の発動を補助する効果のあるものだ。
杖の目的の一つは、もし遠距離メインの魔法の使い手が敵に接近された場合に応急的に鈍器として使用するためというのももちろんあるが、基本的には杖自体に魔法陣などが組み込まれていて、その効果で魔法の威力を上げたり操作性を向上させる目的の物の方が多い。
つまり、杖自体が簡易的な魔道具になっているのだ。
アインはそれを知らなかったのか、もしくはカノンに因縁を付けたいだけなのか……。
ふと、目の前のセレンに目を向けると、彼女も目を丸くしていた。
「……カノンちゃん、すごい」
小さな声でそう呟いたセレンは、ゆっくりと戦斧を引いた。
そしてゆっくりと戦斧を地面に置いて両手を上にあげる。
「……降参します」
「な!?セレン!お前!」
突然の降参に、声を上げたのはアインだった。
「分かった、セレンは隅に移動しろ」
ロイドはセレンを促す。
セレンはそれに頷くとアインを無視してロイドの隣に移動した。
「で?アインはまだやる?」
「と、当然だ!魔弱に負けるか!……」
そう言って詠唱を始めるアイン。
その場から移動もせず、詠唱だけに集中しているように見える。
一応剣を持っているので、カノンが攻撃してきたら剣で受ける積もりなのだろう。
「はぁ……」
カノンはため息を吐くと、地面を蹴ってアインに肉薄する。
魔装は使っていないが、身体強化と竜装の合わせ技ならそれなりの速度が出せる。
「!?」
アインは突然目の前まで迫ったカノンに驚くが、体はすぐには反応できない。
そしてそのまま無防備な腹にカノンの拳を受ける。
「うぐぅ……」
そのまま何もできずに崩れ落ちるアイン。
カノンも手加減しているので大した威力ではない。
音も、ドス、とかではなく、ポス、といった優しいものだった。
しかし、それでもアインの意識を奪うには充分だったようで、アインは地に伏した。
そして勝ったカノンはと言うと……。
「……あれ?」
ポカンとした顔で地面に寝ているアインを見ている。
『どうした?』
「怯ませるだけのつもりだったんだけど……なんか威力上がった?」
どうやらカノン的にはもっと威力は抑えたつもりだったらしい。
気絶させるつもりはなかったようだ。
『あぁ、身体強化がレベル10になってから初めて素手で戦ったからな。多分力加減がつかめていないんだろ』
カノンは身体強化と竜装の合わせ技で戦うことは慣れている。
しかし、身体強化のレベルが上がった後の戦いでは、魔装の実験をしたりしていたため、どうも力加減までは把握できていなかったらしい。
「ロイドさん、私の勝ちでいいですよね?」
カノンがロイドに言うと、ロイドは満足げな表情で頷いている。
「あぁ、カノンちゃんの勝ちだ」
「じゃあこっちは医務室でいいですよね?」
カノンはそう言って気絶しているアインを指さす。
「あぁ、そうだが……俺が連れて行ってもいいんだぞ?」
「いえ、私たちが行きます。ハク、お願い」
『お、おう』
なんか今日のカノンは少し怖い。
俺は触手でアインを掴み、持ち上げた。
「……カノンちゃん?」
セレンが声を掛けてきたが、その声は驚いているようにも聞こえる。
「私にも色々あったんだよ?死にかけたしね」
カノンはそれだけ言うと、アインを持って医務室に向かった。
医務室へアインを放り込んだカノンは、ロンの部屋に戻ってきていた。
そのままギルドを出て行こうとしたのだが、何故か入り口でロンが待ち構えていたのだ。
『で、暇なのか?ギルマスって仕事は?』
「とんでもない。いつも大忙しだよ」
俺の嫌味を飄々と受け流すロン。
少しだけイラっとした。
『しかし、さっきも酒場まで来てたし……暇としか思えないんだが……』
「あぁ、まあ仕方ないよ。ああいった面倒ごとの処理が仕事でもあるしね」
なるほど、確かにあの二人には、カノンをぶつけるのが一番の薬で間違いはないな。
「で、報酬の件なんだけど、ロイド君たちと同じく、一回の試験につき小金貨1枚を支払わせてもらうよ。今回は二人分の試験だったから、2枚だね」
「えっと、そのことなんですけど……」
カノンが言いにくそうに言う。
「今回は報酬はいらないです。私の知り合いの揉め事ですし……」
カノンにそういわれ、ロンは困った顔になる。
「普通ならそういうわけにもいかないんだけど……、そうだなー」
ロンは思案顔になる。
「ギルマス~、入るぞ~」
入り口のドアがいきなり開いた。
そして開けた扉をノックするのはロイドだった。
「ロイド君?それ、ノックの意味ないよね?」
ロンが呆れたように言う。
前にもこんなことがあったが、ひょっとしてロイドはロンで遊んでいるのでは?
「で、どうしたんだい?」
「あぁ、こいつがカノンちゃんに話があるってんで連れてきた」
ロイドはそう言って、誰かに入ってくるよに促す。
「……失礼します」
「セレン?」
カノンが思わず声を漏らす。
入ってきたのはセレンだった。




