魔装
「ハク、お願いがあるんだけど…」
走りながらカノンが言う。
「魔装、使ってくれない?」
『魔装?別にいいが……』
魔装はアレーナ村で使えるようになったスキルだが、そういえば使ったことはなかった。
「せっかくだし使ってみたいんだけど……」
まさかカノンから提案されるとは思わなかったから少し驚いたが、確かにオーク相手なら検証として十分だろう。
『よし、ただしこのスキルは身体強化を使っていないと使えない。頼むぞ』
「うん」
カノンはそう言って身体強化を発動する。
カノンの身体強化はレベル10だ。
なので能力の上昇値も高い反面、消費する魔力もそれなりに多い。
とは言っても、どうしても魔力の無駄は発生するわけで、その魔力を再利用するのがこの魔装らしい。
やがて、少し離れたところにオークが見えてきた。
何気に見るのは初めてだが、ゲームとかで出てくるイメージはそのままだ。
豚の頭部に人間の胴体を持った、体長3メートルほどの魔物だ。
メタボリックな体型ではあるが、それでも魔物なのでもしカノンが一撃でも受けてしまったらアウトだろう。
「ハク、お願い!」
『よし』
俺はカノンの声に反応して魔装を発動する。
すると身体強化の影響でカノンから溢れていた魔力が再びカノンの体に収束していく。
そしてカノンの服を上から覆うようにコートのように魔力の衣が形成された。
裾の長いコートを羽織っているような恰好ではあるが、その素材は俺の魔力だ。
その証拠として、真っ白な色をしている。
そしてカノンの魔力制御により、圧縮されて安定しているのが分かる。
恐らく強度でいえばカノンの防具などでは足元にも及ばないだろうし、万が一破損しても俺の魔力が続く限り復活する。
少し強力すぎやしないか?
まあ、身体強化と魔力操作を極めないといけないので、普通は無理なのだろうが……。
そして魔力の衣を纏った瞬間、カノンの姿がブレた。
いや、そう錯覚させる速度でオークの群に突っ込み、すべてのオークの首をはねたのだ。
高速思考で思考速度を上げないとカノンの中の俺でも何が起こったのか分からなかった。
「ふぅ~」
カノンは一息ついたように剣を鞘に納め、オークの死体を見る。
「これ凄いね…」
『カノン?なにしたんだ?』
魔装の能力に、あんな高速移動はなかったはずだ。
ただ余剰魔力で追加装甲を作るだけじゃなかったのか?
「えっと、魔力の一部を切り取って……足に集中させただけだよ?」
あっけらかんというカノンだが、そういう問題ではないはずだ。
そもそも魔装で使ってる魔力とは、カノンから溢れた本来空気中に捨てられていく魔力だ。
もしそれを今みたいに自由に動かせるのなら、魔力切れの心配はほぼなくなると言ってもいいはずだ。
「あ~、多分なんだけど、魔力制御のおかげっぽいんだよね……」
俺の考えてることが分かったのか、カノンが困った顔で補足してくれた。
「魔力制御って、これみたいに固まっていれば動かせるみたい」
自分のだけだけど……
とても小さな声でそう聞こえた。
多分、俺の魔力もカノンの魔力の一部として認識されているのだろう。
しかし、つまりカノンは魔装の魔力を利用して加速もできる。
そしておそらく、腕に集中させれば腕力が上がって、攻撃を受ける部分に集中させれば防御力をさらに上げることも出来るのだろう。
キメラスキルを持っている俺が言うことではないが、なんというチートスキル。
しかも魔力に関してはこれからどんどん増えていくだろう。
「でもこれ、使ってる間は魔法は無理そう。これの維持だけで精一杯」
カノンはそう言って魔力の衣をつまむ。
『なるほどな、完全な近接特化になるのか……』
とは言っても、元々身体強化を使っているのが前提条件なのだ。
そこまで不利な内容でもない。
俺はためしにファイヤーボールを撃ってみるが、問題なく使える。
触手も出すことが出来た。
『魔法は俺が担当すれば問題なさそうだな』
「うん、ありがとう。多分竜装も駄目っぽい」
カノンは残念そうに言う。
どうやら竜装とは相性が悪いらしい。
原因は分からないが、それはそのうち判明するだろう。
なので、今度からはどちらを使うのかはよく考えないといけないだろう。
もしくは、戦闘中でも問題ないくらいの発動速度で使えるようになる必要があるか?
そんなことを考えながら俺はオークの死体を収納の中に入れていく。
それと同時に魔装も解除した。
魔装を解除した瞬間、カノンを包み込んでいた魔力の衣は霧散していく。
「ふう、思ったより疲れるね」
カノンはそう言って額を拭うしぐさをする。
確かに魔力制御をフル稼働させ続けるのだから、精神的な負担は相当だろう。
『多分竜装みたいに長時間の発動はできないな。能力も切り札的な強さだし』
魔装の負担からしても、その能力にしても、多用するのは避けた方がいいだろう。
とは言っても、今回のように人気のない場所での練習は必要かもしれない。
「うん、でも、負担は減らせそう。慣れれば行ける」
なにやら珍しく意気込んでいる。
「ここ、覚えてる?」
カノンが突然ある場所を指さす。
『ん?ここは……』
俺はカノンの指さした場所を見て、懐かしい気持ちになった。
そこは、丁度森と平原の境目、俺とカノンが初めて出会った場所だった。
「こんなところだったんだ」
カノンが驚いたように言う。
正直俺も同感だ。
あの時は相当運がよかったのかもしれない。
そうでなければ、サーベルボアとオークに挟まれて二人そろってお陀仏だったかもしれない。
『懐かしいな。まだそう日は経ってないんだが……』
あれからまだ一か月ほどしかたっていない。
しかし、濃い経験をしたせいか、もっと前の事のように感じる。
「あれ?」
ふと、カノンは首を傾げてその方向に歩いていく。
『どうした?』
「まだ残ってる?」
カノンはそう言ってその場所に近づいていく。
そこには白骨となった猪があった。
その角だけはまだ金属のような光沢をもっているが、それ以外は何もない。
「おかしくない?」
『まあ、確かに白骨になるにしても早すぎるし……食われたにしては綺麗に残りすぎだな』
普通に考えて、白骨になるのに一か月は早すぎる気がする。
かといって、オークなどに食われたとすればきれいすぎる気がする。
「ハク、鑑定!」
『わ、分かった』
カノンに言われて白骨死体に対して鑑定を掛ける。
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種族・スケルトンボア
HP・632 MP・165
スキル
怨霊
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怨霊
アンデッド専用スキル
魔力捕食・魔力感知・物理無効の複合スキル
光属性、火属性の耐性がなくなる。昼間に行動不可になる。
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なるほど、アンデッド化していたのか。
『スケルトンボアだってよ』
「なるほどね~放置しちゃってごめんね」
カノンは納得したように呟くと、火属性魔法の詠唱を始める。
「フレイムトルネード」
カノンが魔法を発動した瞬間、炎の渦がスケルトンボアを包み込む。
しかし、俺のフレイムトルネードよりも範囲が狭い気がする。
その代わり威力は高いが……。
スケルトンボアは、昼間のため動けないのだろう。
そのままなんの抵抗もすることなく、炎に焼かれて灰になった。
「ふう」
カノンが一息ついたのを見て、俺はカノンがしたことの想像がついた。
魔力制御で範囲を狭めたのだろう。
ただし消費魔力はそのままなので、魔力が凝縮された結果あの威力になったのだろう。
魔装を使ったせいか、魔法の使い方に磨きがかかってきている気がする。
《怨霊スキルを取得できませんでした。魔力捕食・魔力感知・物理無効に分解して習得します》
おや?
このパターンは初めてだ。
確かに専用スキルなんて持っている奴は初めて倒したが、そのスキルが複合スキルの場合はこうなるらしい。
今日は色々な発見があるな。
魔装の能力もそうだ。
そして今のサーベルボアが変化したであろうスケルトンボアの事もある。
帰ったら調べてみるか。




