VSファングウルフ
村長はフードをかぶった冒険者の正体がカノンと知って、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
「ほ、本当にカノンちゃんかい?ど、どうして冒険者なんて……」
ようやく再起動した村長は、やっと口を開いた。
「えっと、色々ありまして……」
カノンは苦笑いしながら答える。
確かに色々とあったな。
「そ、そうかい。でも、無事でよかった」
ようやく落ち着いてきたらしい村長は、安堵の息を吐いた。
「で、カノンちゃん、どうするの?私たちは殺らなくていいの?」
イリスが何やら物騒なことを言っている。
「えっと、私……というかハクがやる気みたいですので……」
『おう、二人纏めて潰してやる!』
「ほどほどにな……」
グランの呆れたような声はスルーでいいだろう。
「村長さん、私たちが出発して少ししたら、二人に伝えてください。冒険者は魔物の討伐に向かったって」
カノンの言葉に驚いた顔をする村長。
「か、カノンちゃん、それは……」
カノンは微笑んでからフードを被りなおした。
「でも、私の事は伏せておいてくださいね」
「そ、それはいいが、カノンちゃんや、平気か?カノンちゃんさえよければ、また村で…」
「すみません」
村長が言おうとしたことを遮ってカノンが謝る。
村長は、カノンの気持ち次第では村に迎え入れてくれるつもりらしい。
俺としては、その方がカノンの為になる気がするのだが……。
「私、このまま冒険者をしたいですから。それに……。私が村に戻るとまたお父さんたちが暴走しちゃいますから」
「た、確かにそうだけど……それは儂等がなんとか……」
「無理だと思いますよ。説得なんて耳を貸すわけがないですし、力づくでも無理でしょうし、お父さんたち、実力だけはCランクらしいですから」
なおも食い下がる村長に現実を突きつけるカノン。
悔しそうな表情の理由は何だろう?
村にいる無法者のせいか、その無法者から子供を守れない悔しさか。
「だから、少し痛い目を見てもらいますよ。二度と調子に乗らないように」
カノンは暗い笑みを浮かべながら呟く。
声が小さかったので俺にしか聞こえていないと思うが、聞こえた俺は鳥肌が立った気分だ。
「とにかく、二人は私が何とかします。でも、村には住まないです」
カノンはそう言ってグラン達の方を向いた。
「では、行きましょうか」
「えぇ、カノンちゃんがいいのならそれでいいわよ」
「はい、油断しないように頑張ります」
イリスとマリアは力強くうなずく。
グランはと言うと……。
「……あれ?リーダー俺じゃなかったっけ?」
となにやら情けない声を出している。
カノンたちはそのままカノン先導の下、村の水場近くに移動した。
アレーナ村の近くには川が流れており、その川の一部を村を経由させる形で引き込んで水場にしているようだ。
道中のカノンの説明によると、飲み水は基本的に井戸を使っているのだが、この辺りの地下水はあまり潤沢ではなく、洗濯などではここを利用しているらしい。
勿論、ここの水を汲んできて飲み水に使う場合もあるらしいが、ここは洗濯や洗い物をする場所といったイメージがあるらしい。
周りは柵で囲われているが、川を引き込んでいる場所は空いており、この柵も基本的には魔物に襲われそうになった時の逃げ道を確保する目的のようだ。
そしてその柵が見えてくると、その柵の向こうに影が動いているのが見えた。
「あれか?」
ようやく立ち直ったらしいグランがつぶやく。
少し遠いが鑑定は行けそうだ。
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種族・ファングウルフ
HP・316 MP・106
スキル
感覚系
身体強化Lv2・気配察知Lv3・嗅覚探知Lv6・気配遮断Lv4・威嚇Lv2
特殊系
硬化Lv1
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初めて見るスキルがあるな。
一応これらも鑑定っと……。
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嗅覚探知
嗅覚で対象の場所、動きなどを判別できる。レベルが上がると対象の心理状態も判別できる。
気配遮断
気配を断つことができる。同レベルまでの気配察知を無効にする。
硬化
体の一部を硬化させることができる。
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硬化はともかく、のこり二つは厄介そうだ。
嗅覚探知でこちらの居場所はばれているだろうし、気配遮断を使われてはカノン以外には奇襲し放題だろう。
『鑑定ができた。気配察知に気配遮断、嗅覚探知を持ってるぞ。多分こっちの存在はばれているはずだ』
「気配遮断って、たしか気配察知でも見つからなくなるのよね?」
イリスが顔を引きつらせながら言う。
「それは大丈夫みたいです。私の気配察知のレベルの方が高いですから」
確かに俺たちの気配察知はレベル6だ。
だから鑑定した通りなら何の問題もない。
しかし、問題はある。
今まで戦ってきて、同じ種族でも全く同じスキルを持っているわけではないことは分かっている。
この場合、もし気配遮断のレベルが高い個体が潜んでいる可能性も捨てきれない。
一応気配察知を使ってみる。
反応があったのは正面にいるさっき鑑定した奴と、その周りにいる4匹の、計5体だ。
近くの林の中や叢には気配はない。
『気配を探ってみたが、水場に5匹いるだけだ。ただし、他にも隠れている可能性はある』
俺がそういうと、グランが同意したように頷いた。
「ハクも気づいたな。本来はこういった依頼は、もっと時間をかけて調査をするものなんだ。それをしていないから気配察知を使えるカノンちゃん達次第ってわけだ」
「ど、どうしますか?」
マリアが少しおびえたように聞いてきた。
「気配察知に引っかからないんじゃ……手あたり次第?」
カノンの思考が段々と脳筋の発想になっていってる気がするのは気のせいだよな?
まぁ、策ならあるから問題ないが……。
『カノン、とりあえずどれでもいい。一匹倒してくれ。嗅覚探知を手に入れたい』
「そっか、気配察知に引っかからないだけで他の方法なら見つけれるんだ」
カノンは納得したように呟く。
「なら、カノンちゃんに倒してもらった方がいいな。俺たちで援護をして、何匹か注意を引くからカノンちゃんは一匹ずつ確実にやってくれ」
グランの言葉にカノンが頷く。
「イリスは後方から援護、マリアちゃんは俺と一緒に奴らを引き付ける。行くぞ!」
グランの掛け声に三人が頷き、水場で休んでいるファングウルフの群に突っ込んでいく。
ある程度静かに行動する様にしているとはいえ、どうしてもオオカミの耳には聞こえてしまう方な足音は出てしまう。
そして、やはりこちらには気が付いていたのか、ファングウルフたちはすぐに立ち上がり構えた。
「はぁ!」
そんな掛け声とともにカノンが剣を振り上げる。
目標は一番近いファングウルフだ。
「ガゥ!!」
ファングウルフはうなり声をあげるとそのまま回避しようとする。
しかし、手遅れだ。
ザク!
「ガ!?」
半分驚いたような声と共にファングウルフに突き刺さったのは、俺の触手だ。
先端にキラービーの針を作り貫通力を上げ、カノンが剣を振り上げてファングウルフが本能的にその剣を目で追った瞬間にカノンの足首から出したそれを地面すれすれを這わせて突き刺した。
『ちぃ!やっぱり浅いか!』
しかし、流石は野生の本能というべきか、ファングウルフは触手が突き刺さる直前に硬化スキルで皮膚を固めていた。
おかげで触手は内臓まで届いていない。
ダメージとしては充分なのだが、絶命させるには足りなかった。
「まだ!」
カノンは声を張り上げると、振りかぶったままの剣を振り下ろした。
バキッ!
「ギャウ!」
なにやら嫌な音と共に、ファングウルフは左右真っ二つに切り裂かれた。
突き刺さったままだった俺の触手諸共……。
しかし今は触手なんぞ気にしている場合ではない。
というより、さっきの音が気になり剣を見てみるが、剣には刃こぼれもなさそうだ。
「ハク!嗅覚探知を!」
『おう!』
カノンに言われる前に、スキルシェアへのリンクは完了している。
そして俺は触手の先端に猪の鼻を作った。
ゴブリンでもよかったが、何となくこの方が効果がありそうな気がしたからだ。
そしてその触手をあらゆる方向に向けて動かす。
その間にもカノンは次のファングウルフに向かっていった。
今、グランが2匹、マリアが1匹のファングウルフを引き付けてくれている。
イリスもカノンに近づいてきていた1匹を弓で押さえてくれている。
カノンが向かったのはイリスが押さえていてくれた自分に向かってきた一匹だ。
そしてイリスに気を取られたタイミングを付いてカノンがファングウルフをしとめた時、ようやく俺の嗅覚探知に反応があった。
どうやらここのボスらしく、マーキングのせいで同じ匂いが多くて情報の整理に時間がかかってしまった。
動いているその匂いの主の居場所は、イリスの真後ろだった。
『!?イリス!後ろだ!』
「え!?」
イリスが慌てて振り向くと、そこにはイリスに向かって飛びかかる、ひときわ大きなファングウルフの姿があった。




