冒険者のルール
火が収まると、ようやく地上の様子が見えてきた。
「カノンさん……少しやりすぎじゃ……」
「いや、私じゃなくてハクが……」
二人が呆れたように見ているのは、ゴブリンの群がいた場所のはずだ。
しかしそこにはゴブリンどころか、生き物の気配すら存在しない。
あるのは焼け焦げた地面と、木の成れの果ての消し炭だけだ。
『あー、すまん』
思わず謝ってしまう。
これは流石にやりすぎだと言わざるを得ない。
というよりも、そんなに強い魔法は使ってないはずなのだが……。
「降りてみますか?」
「いえ……降りると足が焼ける気がするので……」
マリアの提案にカノンが首を横に振る。
「ハク、魔力はどう?」
『とりあえずまだ大丈夫だが……正直これ以上の戦闘はキツイな』
竜装の発動と、飛行スキルのせいでかなり魔力が持っていかれている。
それに加えてさっきのカノンへの高速再生、あれもかなりの魔力を使ってしまっている。
「とりあえず二人を追いかけますか?」
カノンがマリアに聞くが、マリアは顔を暗くする。
「あいつらは……多分町に逃げ切っていると思っています。不快な思いまでして追いかける必要はありませんよ」
確かにあの二人と会話するだけで精神力がどんどん減っていくような気はする。
「分かりました。とりあえず、町に戻りましょう」
カノンはそう言って森の出口に向かって飛んで行った。
カノンたちが森の外に出ると、遠くの方に人だかりが見えてきた。
「なんだろう?」
『冒険者みたいだな。というか、先頭にいるのロイドじゃねえか?』
先頭には見慣れたいかつい男、ロイドがいる。
カノンは高度を落とすと、ロイドの前に着陸した。
「ロイドさん」
「カノンちゃんか、無事でよかった」
カノンが翼をしまうと、ロイドが安堵したように近づいてきた。
しかしなんでロイドたちはこんなところにいるんだろう?
「よかった。今から探しに行こうとしてたんだよ」
ロイドはカノンに向かっていった。
それを聞いてカノンは首を傾げた。
「あの後ギルドに報告に行ったんだが、流石に異常が起きてる森の中でカノンちゃんだけじゃ危ないと思ってな。すぐに準備を整えてきたんだ」
なるほど、そういうことだったのか。
「あの、少し前に、森から二人組が出てきませんでしたか?」
カノンの後ろからマリアが恐る恐る聞いてきた。
それを聞いたロイドたちはお互いに顔を見合わせた。
「あー、一応見てはいるんだが……」
なにか歯切れが悪い。何かあったのか?
「あいつら森の中でゴブリンの群を倒してきたって言ってたんだよ。その途中で青い髪の女の子が犠牲になったってな……」
青い髪……カノンの事みたいに聞こえるが……。
「どういうことですか?」
カノンが淡々とした声で聴く。
正直言って少しい怖い。
「あ、あぁ。あいつらはそこの嬢ちゃんと同じパーティってのは知ってるだろ?」
ロイドがそういうと、カノンは頷いた。
「その嬢ちゃんがいるところで言っていいことではないんだが、あいつらは少し性格に難があってな」
「少し?」
カノンが思わずつぶやく。
それを聞いたロイドも苦笑いを浮かべた。
「あぁ、確かに少しどころではないんだが……、あいつら二人は人の手柄を横取りする癖があるんだよ」
それを聞いたカノンの表情が一気に不機嫌になっていく。
「いや、昨日の野郎みたいなんじゃないぞ!?強いパーティが露払い的に狩ったゴブリンやオークの素材をはぎ取って自分たちが倒したって言いふらしてるだけだ」
ロイドは慌てて補足した。
確かにそれならそこまで問題にはならない。
基本的に、他の冒険者の採取した素材を横取りするのはただの盗賊行為だが、冒険者が捨てて行った素材については誰にも所有権がないため、そんなには問題視されない。
しかし、それを利用して自分たちの実力を誤魔化すというのは大丈夫なのだろうか?
そんな事をしても、最後に損をするのは自分である。
結局、その実力があるとギルドが認めれば、ランクは上がる。しかし、高ランクの依頼には強い魔物の討伐等が多いらしく、高ランクの依頼を実力不足で受けようものなら間違いなく魔物の餌になってしまうだろう。
「ロイドさんの言う通りです。あの二人はそうやってランクをあげました。とは言っても、私のランクもその恩恵で上がったようなものですから文句も言えませんが……」
マリアは複雑な顔をしている。
個人的にはあまり気持ちのいい方法ではないのだろうが、パーティを組んでいる以上仕方なくそうなっているのかもしれない。
「マリアさんはパーティを抜けた方がいい気がします。そのうち死んじゃいますよ?」
カノンが呆れたようにマリアに言う。
辛辣な言葉だが、事実なのでマリアも反論できないだろう。
「はい、分かっています。ですが……私の能力では……」
「ハク、マリアさんはどれくらいの強さなの?」
『そうだな。比較対象があまりないから伝えにくいが……油断しなければゴブリンの10匹くらいなら倒せるだろう。Eランク程度の能力は保証する』
俺の鑑定の結果だ。
それくらいの保証はしてやる。
「マリアさん。マリアさんの実力は、Eランクの冒険者としてやっていけるぐらいはあるそうですよ。ハクが言ってますから」
カノンがそういうと、マリアは少し驚いたような顔をした。
「私……まだFランクくらいだと……」
「不安なら試してみたらいいと思います。パーティを抜けて、試験を受ければいいじゃないですか」
マリアはそれを聞いて少しだけ考えこんだ。
「そうですね。この一件が片付いたらそうしてみます」
「そういえばロイドさん。あの二人はどうするんですか?」
カノンに話を振られたロイドは、少し考えるようなそぶりを見せた。
「そうだな……とりあえずギルドで話を聞いて、多分冒険者資格の凍結になると思うぞ」
思ったよりも厳しい処分が下ることになりそうだ。
というより、処分される確率の方が低いと思っていた。
「処分できるんですか?」
カノンも疑問に思ったようだ。
「あぁ、理由は二つ。一つ目が、今回のゴブリンの群に対する報告の詐称だ。討伐していないものを討伐したなんて報告をされれば、依頼主への裏切り行為になるし、ギルドの信用も落ちるからな」
なるほど、確かにその通りかもしれない。
今回は森の中なのであまり実感はわかないが、これが村の近くだとしたら、冒険者の言葉を信じて安全だと思った村人が、魔物に殺されることもあるだろう。
そう考えると、当然の処分なのかもしれない。
「二つ目は、まだ推測の範囲でしかないんだが、あの二人が襲われていて、カノンちゃんが応援に入った。そんな感じなんだろ?」
「はい。よくわかりますね」
「まあな。流石に存在しない冒険者を創り出すような真似はしないだろうから、カノンちゃんの事だろ思ったんだ。それに、ここからでも火柱と、その後の炎の竜巻みたいなものは見えていたしな」
確かにあの二つの魔法が見えていたのなら、カノンの実力を知っているロイドはカノンが二人を助けに入ったのだと思うだろう。
「で、流石に犠牲になったって報告はカノンちゃんの事だって分かったし、もし本当にカノンちゃんがやられたのならあいつらは生きているはずがないってのもよくわかってるつもりだ。だからカノンちゃんが戦っている最中に逃げてきたんだってすぐに分かったさ」
そして問題となるのは、逃げたことではないらしい。
むしろ、逃げることは何の問題もないのだ。
これはすべての冒険者に言えることだが、あくまで依頼は自分で選ぶものだ。
なので依頼はランク分けされて難易度が分かりやすくなっているし、ランクを上げるためにもある程度の戦闘力が必要となる。
そして、適正ランクだとしても、冒険者にはその依頼を受ける義務は存在しないのだ。
なぜなら、冒険者は死んだとしても保証も何もないのだから。
だから冒険者は死なないように、慎重に依頼を選ぶ者が多い。
逆に言えば、身の丈に合わない依頼を受けて死んだとしても、自己責任なのだ。
そして、依頼の最中にイレギュラーで手に負えない魔物と出くわしてしまった場合も、逃げることに関しては何ら問題はない。
むしろ、無理だと判断したら逃げることはギルドも推奨している。
なのでそんな事態になっているとギルドに報告をすれば、依頼は一旦取り消されて精査され、ランクや注意事項を修正したうえで張り出されることになる。
ただし今回の場合、自分たちを助けに来た冒険者がまだ戦っている状況で、戦闘は終わり冒険者が死んだと報告している。
この場合、その冒険者がもしも劣勢だとしても、戦闘中となれば応援の冒険者が駆けつけることもできる。
しかし、死んだと報告をされれば応援は出さず、新たに依頼が出されるだけである。
なので、こういった報告を故意に捻じ曲げたりすれば、冒険者資格の剥奪、よくても一定期間の凍結となってしまうのは当然の処置らしい。
「というわけだ。カノンちゃんたちが無事に戻ってきたんだから俺たちが森に入る必要もない。悪いがギルドに一緒に来てほしいんだ」
ロイドにそういわれて、カノンとマリアは同時にうなずいた。
そしてカノンとロイドとマリアの三人はギルドに向かうことになった。
他の冒険者は、念のためカノンの戦闘の跡地を確認しに行くらしい。




