馬車とアンナ
「おお!冒険者の方!よくぞご無事で!」
馬車に近づくと、お爺さんが大喜びで飛び出してきた。
それなりのご老体に見えるが、動きは中々俊敏だったな……。
「あ、皆さんもご無事でよかったです」
お爺さんを見たアンナも、馬車に乗っている人たちの無事を心から喜んでいるようだった。
「えっと……やっぱりお爺さんが言っていた冒険者の人ってアンナさんだったんですね」
「はい。その通りです」
カノンの質問に頷くお爺さん。
俺がいない間に何かあったようだ。
というか、アンナの事をこの馬車の人たちに聞いていたって事か。
そういや俺、アンナがこの馬車の関係者かどうか確認せずにつれてきてしまったような……。
まぁ、あの状況だし馬車というよりカノンの元まで誘導したって感じになるだろうが……。
アンナと馬車の人たちが互いの無事を喜びあっているので、今ならカノンと会話する時間は取れそうだな。
『カノン?この馬車で何があったのか聞いたのか?』
「え?うん。さっきのお爺さんから教えて貰ったけど、少し長くなるかも」
そういいながら小声で説明してくれるカノン。
カノンの話によると、この馬車所謂乗合馬車らしい。
街と街の間を定期運行している乗合馬車で、一般人にとっては比較的に安全に街の間を移動できる手段だ。
その理由は、こういった乗合馬車の御者には元冒険者などの戦える者がなるらしい。
そうすることによって、毎回安定して魔物の脅威を排除できるようになっているようだ。
この馬車の御者も、冒険者を引退した初老の男性がしていたらしい。
しかし今回は、不運なことに山賊に襲われたようだ。
ただし、普通山賊や盗賊は乗合馬車を襲うときには御者は殺さないことが多い。
何故なら、御者を襲ってしまうとその後の馬車の運行自体が出来なくなってしまい、比較的早い段階で討伐隊が編成されてしまうかららしい。
まぁ、殺されないまでも、略奪が終わるまでの間は動けないように拘束されてしまう事が多いらしいが……。
それ以前に、最低限の腕を持っている御者相手に敗走するはめになってしまう盗賊も少なくはないだろうが。
まぁ、連れ去られたり殺される危険のある客に対して、多少安全な立ち位置に居るのは間違いない。
最も、これは乗合馬車に限った話で、他の馬車は御者でも関係ないらしいが……。
で、この馬車は最初山賊に襲われ、正確に言うなら停車させられてしまったわけだ。
そして、今回は御者の男性が簀巻きにされて転がされ、いよいよ乗客に対して略奪をしようとした時、馬車の中から客として乗っていたアンナが飛び出していったようだ。
しかし、飛び出したものの、能力的にはまともに戦うスキル構成ではなさそうなアンナは、少しの時間稼ぎをして切り伏せられてしまったようだ。
そして、山賊たちが馬車の中に入ろうとした時、アンナの血の匂いに惹かれてゴブリンの群が襲来し、それを見た山賊たちはアンナを戦利品として回収して逃げ出した。
その後は馬車に籠城して耐えているところにカノン達が現れたという事らしい。
『なるほどな』
「結構ギリギリだったみたいだよ」
確かにギリギリだっただろう……。
というか、いくつか気になったことがあるのだが……。
『あんまり聞きたくないが……簀巻きにされた御者は?』
「……分からない」
俺の質問にカノンが困ったように答える。
「状況から見てゴブリンに食べられたんだとは思うんだけど、絶対とは言い切れないんだよね」
カノンを補足する様にリーゼが言う。
つまり、食べられた痕跡はなかったという事か……。
『なるほどな……。それと関係があるかどうかは分からんが、他にも気になることはあるな。なんで血の匂いのするアンナを追いかけずに、馬車を襲撃したのかとか、そもそも馬はどうなったのかとか』
よくよく思い出してみると、馬車はあったが馬はいなかった気がする。
「……なんか怖いね」
カノンがそう呟くと、リーゼも賛同する様に頷いた。
まぁ、考えて答えが出るものでもないが、警戒するに越したことはないのだろうな。




