封印者
ロンに案内されたのは、水晶でできた板のようなものがあるだけの小さな部屋だった。広さは6畳くらい。多分あの水晶の板でカノンの魔力やスキルを測るんだろう。
「いや~、ここに入るのはいつ以来かな」
なぜかついてきたロイドが笑っている。
「僕も久しぶりだよ。このギルドでも封印者は一人だけだったし、彼女は魔力測定を嫌がってたからね」
「彼女?」
ロンの言葉にカノンが反応する。ロンの口ぶりだと、この町にはカノン以外にもう一人封印者がいるということになる。
「そう。冒険者の情報は基本的に明かせないから詳細は省くけど、元々この町には封印者が一人だけいるんだ。とはいっても今は依頼で遠くに行ってるからしばらく戻ってこないけどね」
「あの人はすごいぞ。なんせAランク冒険者だからな」
ロンとロイドの言葉に俺とカノンは驚く。Aランクといえば、英雄と呼ばれるような実力者だ。
「そんな事より、その板の上に手を置いてもらえるかい?」
ロンの言葉にカノンが頷き、右手を板に乗せる。
すると板が光り、空中にカノンの情報が表示された。いつも俺が見ているステータス画面が実際に表示されている物のようだ。
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種族・人間 名称・カノン
職業・封印者・Eランク冒険者 年齢・13
HP・145 MP・5(1037)
スキル
魔力操作Lv10・魔力制御Lv1・剣術Lv2・身体強化Lv2・料理Lv4・〔鑑定Lv3・風属性Lv7・火属性Lv1・気配察知Lv5・威嚇Lv1・毒耐性Lv3・方向感覚Lv6・収納Lv2・解体Lv2・詠唱短縮Lv1〕
固有スキル
竜装Lv1・???(詳細不明)
備考
封印・キメラドラゴン 名称・ハク
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普段俺の見ている画面とあまり差はないようだが、封印されている俺の種族と名前が増えている。というよりスキルのレベルもいくつか上がっているし、カノンの固有スキルに何か増えていた。
俺も鑑定してみるか。
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竜装Lv1
封印されている竜の能力を使用できる。発動中、一時的に竜化する。
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これで納得がいった。さっきのカノンの瞳の変化はこのスキルのせいなのだろう。おそらく身体強化を発動させたときに、無意識でこのスキルも発動していたのではないだろうか?
「これは…」
「キメラドラゴンって…」
ロンとロイドは言葉を失っていた。
何回驚けば気が済むのだろうか?
「一番わかりにくい奴だな」
ロイドがそう言ってため息を吐いた。
ロンも同意するようにうなずいている。
「分かりにくい、ですか?」
「あぁ、キメラドラゴンってのは、竜種と呼ばれる竜の一種であり、合成獣であるキメラの一種でもある」
「竜種を封印している者はこの国にも一人いるので問題ないのですが、キメラは初めてですね。むしろ歴史上初かもしれません」
ロンとロイドの説明に、カノンは首を傾げた。
「キメラは、いないんですか?」
「いないというより、キメラには自我がないのですよ。カノンさんの場合はキメラドラゴンですのであまり関係ありませんが、他のキメラは何らかの理由で二つ以上の魔物が混ざってしまった状態の魔物の事です。特徴として、他の魔物を取り込んでその能力を自分に加えていくのですが、その過程で複数の自我が体に宿ることになるので普通はそこで自我が消滅してしまうんです」
「例外として、竜種のキメラドラゴンと、神獣のキマイラってのが存在している。この二つの種族だけは、相手の自我を取り込まないらしい。とはいえどちらも生まれたばかりの時はスライムより弱いからまず間違いなく成体にはなれないんだ」
ロイドの言葉に俺は少し心を抉られた。確かに俺の初期ステータススライム以下だったけどさ……
「でだ、そんな希少な竜種と出会える奴なんかほとんどいない。それも意思の疎通ができる特殊個体と出会って、封印できるなんて奇跡だ」
ロイドはため息を吐きながら言った。
「てことは私、運がよかったんですかね?」
カノンは苦笑いを返しながら言う。
「そんなレベルではありませんよ。それに、これはキメラ全般に言えることですが、取り込んだ魔物によって弱点や体質?が大きく変わってしまうんです。なのでカノンさんも依頼を受けるときはそれをしっかり覚えておいてください」
そういいながらロンは書類に何かを書き込んでいく。
「測定はこれでおしまいです。何か聞きたいことはありますか?」
ロンの言葉にカノンは少し考えた後、口を開いた。
「ハクの事は…内緒の方がいいんでしょうか?」
カノンの問いに二人は少しだけ考えるそぶりを見せた。
「いえ、絶対に秘密にすべきというものではありません。秘密のままだとカノンさんの戦力も落ちてしまうでしょうし」
「ただ、殆どの封印者は封印者ってのは公にして、種族は非公開にしているから、カノンちゃんもそれで問題ないと思うぞ」
「ありがとうございます」
カノンはそう言って軽く頭を下げた。
「後、もしおすすめの宿とかあったら教えてくれませんか?」
「あぁ、それでしたら、ギルドが提携している宿があるのでそちらを紹介しましょう。この後ですが、報酬の受け渡しもありますので一度受付の方に立ち寄ってください。その時に紹介状をお渡しします」
「ありがとうございます。では、失礼します」
カノンは頭を下げると部屋を出て受付に向かった。
カノンが受付に行くと、いたのは昨日の受付嬢と、イリスとグランだった。
「カノンさん、Eランクへの昇格、おめでとうございます」
カノンを見つけた受付嬢がカノンに言うと、グランは驚きで目を丸くし、イリスに至っては茫然としていた。
「え?だってカノンちゃん…昨日登録したばっか…」
「は、はい。恐らくこのギルドでは最速ではないかと…」
うわ言のようにつぶやき続けているイリスに、何とか声を掛ける受付嬢。
「さすがだよな。これでカノンちゃんもイリスと同じEランクか」
グランが笑いながら言うが、それは多分イリスに止めさしてるぞ。
ほら、横でイリスが崩れ落ちてる。
「……ねぇカノンちゃん、明日くらいにはDランクにならない?」
「はい!?」
イリスの発言にカノンが思わず悲鳴に近い声を上げる。
「…そうすればこの馬鹿も少しは私の気持ちが分かると思うの」
そういいながらグランをにらむイリス。しかしどう頑張っても明日にDランクは不可能だろう。本来ならEランクに上がるのだって一か月くらいはかかると思っていたのに。
「……すまん」
グランも反省したのかイリスに謝る。
「え、えっと、カノンさん。依頼の報酬をお渡ししますのでギルドカードの提示をお願いします」
流石ギルドの受付嬢、なんとか営業スマイルを取り戻してカノンに言った。
カノンが言われた通りにギルドカードを出し、それを見た受付嬢と、横から覗き込んだグランとイリスが固まり……って、何度このやり取りをすればいいんだよ!!
それから何度か同じことを繰り返し、カノンは報酬が入れられた袋を渡された。その中には金貨が5枚と小金貨が5枚入っている。
因みに、
銅貨⇒1ゴールド
小銀貨⇒10ゴールド
銀貨⇒100ゴールド
小金貨⇒1000ゴールド
金貨⇒10000ゴールド
の貨幣価値があるらしい。
つまりカノンがもらったのが合計55000ゴールド、日本円換算で約55万円…こんなにもらっていいのか?
「あの…多すぎないですか?」
カノンも同じことを思ったようだ。恐る恐る受付嬢に聞いている。
「いえいえ、間違いありませんよ。今回、魔物研究所への書類の配達が千ゴールド、そして常時依頼である盗賊の討伐報酬が一人当たり1万ゴールド、その盗賊たちは捕獲だったので、犯罪奴隷として引き渡されるのでその一時金が一人当たり千ゴールド、その主犯を捕まえたことで千ゴールド、ギルドよりその依頼料として2万ゴールドです」
受付嬢が内訳を教えてくれたが、確かに合計で5万5千ゴールドになる。1日ですごい大金を稼いでしまった。
「あ、ありがとうございます」
カノンはお礼を言ってから袋に触れ、収納スキルで収納する。
それをみて受付嬢の顔が驚愕に歪みかけるが、何とか持ちこたえた。慣れてきたのかもしれない。
「収納スキルか…便利そうだよな」
「私たちには無理よ。そもそも魔法使えないんだし」
後ろの二人は驚きを通り越して何か悟ったようなことになっている。そういえばカノンが人前で収納を使うのは初めてだったかもしれない。
「そ、それと、こちらが宿のギルドからの紹介状になります。地図はこちらです」
受付嬢がカノンに二枚の紙を渡してくれた。一つは紹介状で、もう一つは地図のようだ。地図はギルドから宿までの道のりが分かりやすく書かれている。
「これでこちらでの処理はすべて終わりです。盗賊が正式に裁かれた後、カノンさんにも犯罪奴隷として売れた一部が支払われますので、その時はまたご連絡いたします」
「はい。ありがとうございました」
カノンは受付嬢に一礼すると、イリスたちに向き直った。
「今日はご迷惑をお掛けしてすいませんでした。それと、昨日お借りしたお金、お返しします」
カノンがそう言って収納から小金貨を取り出してグランに渡そうとするが、グランは首を横に振った。
「いや、今日の事はカノンちゃんが謝ることじゃないよ。むしろこっちが礼を言いたいくらいだ」
グランの言葉にカノンが首を傾げると、イリスが説明してくれた。
「今日の依頼、私たちとロイドさんは、一時的にカノンちゃんのパーティとして処理してもらったのよ。実際、指示を出してくれたのはカノンちゃんだったから。それで、私たち三人にも報酬が出たのよ。他の冒険者たちよりかなり多めにね」
なるほど、たしかに三人の働きは他の冒険者と同列には扱えないか。
「そんなわけだ。俺たちはカノンちゃんのおこぼれをもらったようなもんだから、それは受け取れない。それでもカノンちゃんの気が済まないのなら…」
グランはそこまで言うとイリスと目を合わせ、二人で頷きあう。
「カノンちゃんが立派な冒険者になった時に、新人を助けてやればいい。俺たちにってんなら、今度一緒にパーティを組ませてくれればそれでいいよ」
「そうそう、カノンちゃんの本気の戦い方も見てみたいしね」
そう言って二人はギルドを出ていく。
「ハク、どうしよう?」
『二人の言う通りにするしかないな。ここで押し付けても失礼だし。それにもし二人と組むとしたらカノンはどうだ』
「よくわからないけど、二人なら大丈夫な気がする」
『なら今度一緒に依頼を受ければいいさ。その時に恩は返せばいい』
俺の言葉にカノンは頷くと、ギルドを出た。行先はもちろん宿屋だ。




