外の世界へ ~初めてのスライム戦~
ともかくこれで飛行というか滑空ができるようになった。これなら多少の危険があっても何とかなるかもしれない。というよりも何とかしなければいけない。
なぜなら先ほどから自分の体のエネルギーが足りなくなりつつあるような気がしているのだ。
……カッコつけたが、端的に言えば腹が減った。もしこの体が子供や赤ん坊の物だとするのであれば、体を動かすための栄養に加えて成長するための栄養もいるわけなので、腹が減りやすいのも当然かも知れない。
というわけでそろそろ外の世界に繰り出してみようじゃないか。
実は先ほど見渡した時に見つけたのだが、この部屋の端っこに1メートルくらいの大きさの穴があり、そこから風が流れてきているのだ。おそらく外に通じているものと思われる。
俺は意を決すると、その穴を潜った。
その穴を抜けると、巨大な木々が広がっていた。いや、木々が大きいというよりも俺が小さいからそう思えるのだろう。しかし木の種類を見たところ、見たことのあるものが多そうではあるのだが生えている草に関しては全く知らない種類の物が多そうだ。
俺が無知という可能性も高いが、今までの出来事からするとやはりここは異世界ということなのだろう。異世界と言えば『剣と魔法のファンタジー』を連想するが、この世界がそうなのかはわからない。科学が発展した世界に竜がいても不思議はないし、そもそも人間がいるのかも謎である。
というよりもこの周囲に俺以外の動物がいるのかも不明ではあるが、この世界に関しては動物や昆虫などの生き物がいるのは間違いなさそうだ。
何故わかるのかって?
周りの木々をよく見てみると、実をつけているものが多数ある。俺の知っている果物などに似ているものもあるが、それはこの際どうでもいい。大事なのは実をつけているという事実だ。
何故なら、そもそも木の実とは他の動物や虫などの移動できる生き物に食べられることを前提としているのだ。そうして食べられた木の実は動物の体内で消化されていくうちに、動物とともに移動していくわけになるのだが、そのまま種も一緒に運ばれていく。そしてその種は消化できないため、フンと一緒に排泄されて新しい場所で新たな命となるわけだ。
つまり実をつける木々がある時点で動物は存在するし、木の実には動物が集まってくるというわけだ。
待てよ?ここにはそれなりの量の木の実がある。そして動物は獲物や捕食者に見つからないように隠れているのが普通だ。少なくとも今の俺のように捕食者ウェルカム状態ではないだろう。ここで俺は少し冷静に考えてみることにした。
獲物がいない⇒獲物を探す⇒無防備な子供のドラゴン発見⇒ご馳走発見
どう考えても最高の獲物になってしまっている気がしてしょうがない。いったんさっきの洞窟に隠れた方がいいかな?そう考えた俺はすぐに身を翻してさっきの洞窟に戻ろうとした。結果的にはこれが良かった。何故なら背後から忍び寄ってくるスライムを見つけることができたからだ。
「なっ!?」
スライムとの距離は2メートルほど、スライムが草食か肉食かは知らないがじりじりと近づいてきている。
という訳で初めての動物……というかモンスターとの邂逅を果たした俺は、全力でスライムから逃走中という訳だ。しかし改めて考えると最初のエンカウントがスライムでよかったかもしれない。もし最初からボスクラスのモンスターと遭遇していたら、俺は瞬殺されていただろう。
ドラゴンに転生したはいいが、戦闘能力はもう少しどうにかならなかったのか疑問でしょうがない。もしかしたら俺の知らない能力があるのかもしれないが、今更そんなものを確認する余裕はない。今の手札で戦うか逃げ切るしかない。自分の手札を確認してみるか……。
・全力疾走(逃走)⇒使用中
・噛みつき⇒こんな小さな顎でどうしろと……、そもそもスライムに効くのか?
・ひっかく⇒同上
・石を投げる⇒そもそも手ごろな石がない
・滑空⇒平地で使えるか!
・木登り⇒さっきみたいなペースでゆっくり上っていたら簡単に捕まる
……詰んでね?
やばい!碌な手札がありゃしない!戦って倒すのが理想だが、今の俺では数秒で栄養にされてしまう気がする。そもそもスライムから逃げるドラゴンって……
後ろをちらっと見てみると、心なしか先ほどよりもスライムが近づいている気がする。これはさすがにまずい。目線を前に戻すと目の前にはかなりの太さの木があった。多分直径で3メートルほどはあるだろう。さすがにこれを回避しようとすればスライムに追いつかれるかもしれない。かと言って木登りは……
「待てよ…」
そこまで考えていると、俺はふと思い出した。先ほど岩を登った時はあくまで爪を引っ掛ける凹凸を探しながらだった。何故なら岩には爪が食い込まないからだ。しかし、木になら爪は引っかかる。足場を探しながら上るクライミングより、しっかりした足場がある梯子の方が駆け上がれるというものだ。
ならばこの木になら最速で登れるのではないか。スライムとの距離は1メートルもない。このままではどうせ食われる。ならばやってみるしかない。
そう結論付けた俺は走る勢いのまま木に突っ込み爪を使ってよじ登ってみた。爪は深くは食い込ませず、あくまで自重を支えられるだけの最低限で。そうすれば足を上げるときの抵抗が減りスムーズに登れる。
その結果俺は文字通り木を駆け上がった。
「やればできるもんだな…俺…」
俺は思わずそう呟くと、手近な太めの枝に乗り下を見てみた。スライムは木に登ることはできないのか、上に向かって体を伸ばしているが、どう頑張ってもこちらには届きそうもない。
とりあえず一時の安全は確保されたようだ。
さて、安全が確保されたからにはさっさとこいつの対処法を考えねばならん。スライムと言えば雑魚モンスターの代名詞。もしこの世界でもそれが同じなら、比較的簡単に攻撃できるような弱点などがあると思う。
そう考えた俺はスライムをよく観察してみた。その時だった。
----------
種族・ブルースライム
HP・10 MP・10
スキル
同化・捕食吸収・触手伸縮・自己再生
----------
「なんだこれ?」
思わずつぶやいてしまったが、俺の頭の中に何かが浮かんだ。転生物の中ではおなじみの鑑定とかか?
大体お約束だと念じたりすれば詳しく見れたりもするはずだ。そう思った俺はブルースライムの項目をもっと細かく表示と念じてみた。すると……
----------
ブルースライム
スライムの中では最も数の多い種族。弱点は体内にあるスライムコアで、ここが少し傷つくと簡単に死んでしまう。
----------
かなり有益な情報が手に入った。俺はそのスライムコアとかいう弱点を探すべく、スライムを観察してみた。
すると奴の体内のちょうど真ん中に、かなり分かりづらいが球体があった。スライムが半透明だから何とか見えているがその色合いはスライムとほとんど変わらず、輪郭がうっすらと見えているだけだ。
しかしこれで突破口が見えた。つまり投擲なり打撃なりであれを攻撃すれば問題ないわけだ。何か武器になるものはないかと探してみると、今俺がいる枝の上、ちょうど俺でも届きそうな高さに木の実がぶら下がっていた。その木の実はまだ傘が開いていない松ぼっくりのような見た目だ。しかし硬さはドングリ以上であり、これなら投擲物としては充分だろう。
「丁度いい」
俺はその木の実を3つほどもぎ取り、一つを口で咥えて両手に一個づつ持った。
さて、戦闘開始だ!
今の俺の腕力がどれほどの物かは分からない。なので先ず自分の能力を把握する必要がある。俺は右手に持っている木の実をスライムに向かって投げた。最高なのはこれで倒せることだが、そううまくいくとは思っていない。木の実はスライムに向かって一直線に飛んでいき、スライムに命中した。
しかしコアには届かず、スライムに取り込まれたと思ったらその瞬間に無くなった。これはスキル・捕食吸収によるものだろう。
「まあ、予想通りだな」
木の実はスライムの中に完全に取り込まれてからコアまであと少しのところまで進んで吸収された。しかもこちらに向かって体を伸ばしていたのでかなり分厚くなっていた部分だ。
これならいける。
俺は口にくわえていた木の実を右手に持ち替えて、そのまま木から飛び降りた。
俺は飛び降りる瞬間に翼を広げ、スライムの真上から少し移動する。すると当然スライムはこっちに向かって体を伸ばしてくるので、まずそこに向かって木の実を投げる。ただし今度は左手を使って弱めに投げた。
木の実はスライムに半分ほどめり込み、そこで止まった。そのままスライムが取り込んでいくように中に入っていく。予想通りだ。先ほどの木の実を見て分かったが、どうやらスライムには胃がない代わりに体のどこでも消化ができるようだ。しかしそれもある程度体の中心付近に行かなければいけないと先ほど結論付けた。
そして俺はそのまま滑空すると、スライムのコアまでの距離が一番薄いところめがけて木の実を投擲した。もしこれでだめなら今度こそ木登りと滑空の併用で逃げるしかなくなる。
頼む!届いてくれ!
だがそんな俺の願いもむなしく、コアまであと数ミリのところで止まってしまった。しかし木の実が消化されていないのを見ると、まだ消化が必要な深さには届いていないようだ。これならまだいけるかもしれない。
俺は翼をたたんで地面に一気に着地して、足元に転がっていた木の枝を咥えるとスライムに向かって突っ込んだ。
「これなら!どうだ!!」
そして木の枝をスライムに突き刺しそのまま右手を使い押し込んだ。
木の枝は木の実をさらに押し込み、スライムコアに触れた。そしてさらに力を籠めると、スライムコアにわずかにヒビが入り、そのままスライムはコアを残して解けるように消えていった。
「何とか…勝ったか…」
スライム相手に苦戦したことで少し自信がなくなりそうになるが、とりあえずスライムコアを尻尾でつかみ、もう一度木の上に戻った。
こうして俺の異世界での初戦闘は何とか勝利で終わることができた。