作戦開始
今回は三人称視点となります
冒険者ギルドの中はてんやわんやになっていた。魔物研究所から連絡があり、カノンの事が伝えられていたからだ。その中にはカノンが依頼を受けた時の状況も含まれており、その確認も込めて何人ものギルド職員が走り回っていた。
何人かの冒険者はいつも通りに依頼を受けて出ていくが、昨日カノンの冒険者登録に居合わせた冒険者は、巻き込まれたのがカノンだと分かると、何人かは依頼も受けずに飛び出していった。
朝方にカノンに依頼を押し付けた職員の男はここにはいない。彼は深夜から早朝までの勤務だったので、今頃は自宅で寝ているはずなのだ。すでに事実確認のために何人かの職員が向かっているが、それを追いかけるように数名の冒険者たちも男の自宅に向かった。
残りの冒険者たちはギルドに残っている。少し前に、イリスたちがカノンを迎えに行ったと聞かされて、その帰りを待っているのだ。もし彼らまで行ってしまうと、万が一何かがあった時に対処ができなくなってしまうのだ。
しばらくすると、職員の男の家に向かった職員達と冒険者たちが戻ってきた。
「どうだ?連れてきたか?」
残っていた冒険者が戻ってきた冒険者と職員に聞く。しかし彼らは難しい顔で首を横に振った。
「すまん。奴の家には誰もいなかった」
「くそ!だったらすぐに探しに行くぞ!」
声を掛けた冒険者が後ろにいる冒険者たちに声を掛けると、彼らは立ち上がり次々に町に出て行った。そのうちの数名は町の外にも探しに行く。
たかが職員の不正で大げさと思うかもしれないが、このギルドを拠点とする冒険者にとってこの問題はけして見逃していい問題ではなかった。なぜなら、もしこの件を適当な落としどころで終わらせてしまうと、ギルドの信用が落ちてしまうし、このまま不正を犯した職員を放置しては今後もギルドに対して同じようなことをするものはいるかもしれない。
そうなればこの町の冒険者はもっと評判のいい他の町に拠点を移してしまうかもしれないし、この町で登録してくれる冒険者もいなくなってしまう。そうなればこの支部に対する本部の評価も最悪になってしまうのだ。
冒険者にとっては、これはギルドの不始末となるが、そのせいで冒険者が不利益を被るのは容認できない。しかもそれがFランクの試験でCランクのロイドを倒し、なおかつかわいい女の子であるカノンなのだからなおさらだ。
なのでカノンの事を知らない一部の冒険者を除いて、殆どの冒険者はこの件の解決のために動いているのだ。
冒険者が走り回っていると、ギルドの扉が勢いよく開いた。ギルドの中にいた人の殆どがそちらを見ると、そこにいたのは息を切らせたグランだった。グランはイリスとロイドと一緒にカノンを迎えに行ったはずだ。普通ならカノンが見つかって一緒に戻ってきたのだろうが、その慌て方から冒険者たちは嫌な予感が頭をよぎっていた。
「グラン!あの嬢ちゃんはどうした!?」
近くにいた冒険者がグランに詰め寄る。
「…カノンちゃんが盗賊に襲われた、いま詰所で休んでる」
息を切らせながらのグランの報告を聞いた冒険者たちもギルドの職員も全員の顔が青くなっていく。
グランの報告は別に間違っていない。確かにカノンは盗賊に襲われて、盗賊を引き渡すついでに詰所で休んでいる。
しかしグランの報告を聞いただけでは、カノンが盗賊に襲われて、詰所に運び込まれたようにも聞こえるかもしれない。というよりも、ここに居るほとんどの者はカノンがまだ幼い少女だと知っているので、まさか盗賊を倒すとは思っていないだろう。
昨日の試験の事を知っていたとしても、正々堂々としたロイドとの戦いはともかく、不意打ちやだまし討ち何でもありの戦いも同じようには戦えないと思っていた。
ハクのおかげでむしろ不意打ちや奇襲を得意としているとは欠片も思っていないだろう。
なのでグランの報告を聞いた全員が勘違いしてくれた。
「か、カノンちゃんは無事なのか!?」
先ほどとは違う冒険者たちも近づいてくる。
「あ、ああ。一応…命に別状はない……」
グレンが言いにくそうに言った。
それを聞いて何かを言いたそうな冒険者たち。しかしその直後、ロイドがギルドに飛び込んできた。そしてそのまま受付に向かう。
「ギルマスはいるか!」
ロイドは険しい剣幕で受付嬢に言う。受付嬢が少し怯えながら頷くと、ロイドはすぐに二階にあるギルドマスターの部屋に飛んでいく。
ホールではまだグランに詰め寄る冒険者たちで溢れかえり、まだまだ混乱は収まりそうにない。
そんな騒ぎをギルドの外壁に耳を当て、路地から聞いていた男がいた。朝にカノンに依頼を押し付けたあの職員の男だ。
男はカノンを始末するように言った盗賊たちが連絡してこないのを不審に感じ、ギルドまで様子を見に来たのだった。この男の家に行ったギルド職員と冒険者たちは、ちょうど入れ違いになっていた。
連絡とはいっても、地球のように電話があるわけではない。ギルドの支部同士のやり取りなどでは、遠距離連絡用の魔道具が存在するのだが、とても高価なうえに使うのに大量の魔力が必要なので、一般には普及していない。なのでこの世界の連絡手段としては、手紙が主になる。街中なら日本でいう郵便局のようなものがあり、もし他の町に連絡を取りたい場合は、町を巡っている商人の荷馬車に乗せて運んでもらうか、もしくはギルドの持っている鳥型の魔物による運搬に頼ることになる。
しかし近距離で一方通行あれば手段がないわけではない。二つで一組の通信用の魔道具が存在し、送信用の魔道具に魔力を込めると受信用の魔道具が反応するものが存在している。勿論それも高価なものではあるのだが、男はギルドの在庫を盗んで盗賊に渡していたのだ。
しかしこの魔道具は、送信できるのは2種類の信号のみで声は伝えられない。なので普通はその二つの信号を成功・失敗のように決めて運用するのが一般的であり、男も同じように運用していた。
なのでこの非常事態に盗賊から連絡がないのもある意味仕方のないことではあった。そんな合図は決めていないのだから。しかしだからこそ、男は焦っていた。
万が一盗賊たちが捕まっていれば、間違いなく自分がGランクの冒険者を盗賊たちに売っていたことがばれるだろう。盗賊たちにすれば隠す意味はない。それどころか、主犯を教えることで自分たちの刑が軽くなるかもしれないのだから。
そして盗賊たちが捕まっていなかったとしても、カノンが生きているというのはまずい。もしそこから朝の情報が漏れたとすれば、いずれは自分が捕まってしまう。しかももし盗賊たちが自分の事をしゃべっていたとすれば、いくら子供の話とはいえギルドは調べるだろう。ギルドに本気で調べられて逃げられるわけがない。
男は冒険者たちに見つからないように、裏路地を通りながら走った。
男は何とか見つからずに目的の場所までたどり着いた。その場所とは衛兵の詰所だ。門の近くのこの詰所は、盗賊や犯罪者を捕まえておくための牢があり、その割に門番以外が使うことは少ないので大きさの割には人が少ない。男はギルドにいた時の情報からそれを知っている。
そしてこの詰所の医務室がどこにあるのかも……。
男は詰所の裏に回り、医務室の窓をのぞいた。そこには今朝方自分が依頼を押し付けた少女、カノンが頭に包帯を巻いてベッドで寝ている姿が見えた。
「よし…見張りはないな」
男はそうつぶやくと窓を開け、医務室の中に入った。そしてカノンのそばまで近づくと、男は懐からナイフを取り出し、逆手に持った。
「悪いな。お前さんに恨みはないが……俺のために死んでくれや!」
男はそういうとカノンの喉元めがけてナイフを振り下ろした。
ギン
「なんで貴方のために死なないといけないんです?」
「な!?」
男が怯えたような声を出す。しかしそれも仕方ない。男のナイフを自分のナイフで受け止めたカノンが、まるで地獄の底から響いてくるような声を出したのだから。
次回からハク視点にもどります




