カノンの不安
カノンは盗賊を引きずったまま町の門に戻ってきた。門には昨日のおっさんがいた。
「おぉ、カノンちゃんじゃない……え?」
片手を挙げて挨拶しようとして固まるおっさん。それはそうだろう。カノンの後ろには引きずられてボロボロになった盗賊が居たのだから。
「カノンちゃん。このぼろ布みたいになった男たちは一体……」
門番のおっさんが恐る恐る聞く。
「はい。町の外で襲われたので捕まえて持ってきました。私を攫うとか何とか言ってましたので盗賊か何かだと思います」
カノンの言葉を聞いて門番の顔色が変わった。
「盗賊!?か、カノンちゃんは大丈夫か!怪我とかしてないか!?」
「はい、これくらいの相手なら問題ありません。それよりもこれを引き取ってほしいのですが……」
カノンがそういうと、門番のおっさんは頷いた。
「分かった。こいつらはこちらで引き取ろう。おーい!誰か運ぶの手伝ってくれー!」
おっさんは詰所に向かって声をかける。すると、詰所から数人の男たちが出てきて、盗賊たちを回収していった。
「カノンちゃん。済まないが詰所に来てもらってもいいかな?遭遇した場所とかを詳しく聞きたいんだ」
「はい。大丈夫ですよ」
カノンはそう返事をすると、おっさんに続いて詰所に入った。
詰所に入ると、大きめの机に地図が広げられていた。その手前には一人の男が立っている。
「態々済まんな。俺はダジル、この詰所の所長をしている」
「カノンです。Fランクの冒険者をやってます」
「よろしくな。早速で悪いんだが、あの盗賊たちと遭遇した場所を教えてほしい」
ダジルの言葉にカノンは頷くと、ダジルや門番のおっさんに聞かれることに答えていった。
「では研究所からの帰り道で襲われたということだね?」
「はい」
バン!
ダジルとカノンが話していると、詰所の扉が勢いよく開いた。
「カノンちゃーん!」
そんな声とともに入ってきたのはイリスだ。後ろにはグランとロイドの姿もあった。
カノンとダジルは扉が開いた瞬間に自分の武器に手を掛けていたが、入ってきたのがイリスたちと分かると手を離した。
「イリス…さん?」
「ギルドの不正に巻き込まれたって聞いて……大丈夫?怪我とかしてない?」
「だ、大丈夫です……、でも何でここが?」
カノンは本来そのまま冒険者ギルドに戻る予定だった。しかし盗賊に遭遇してしまったため、その引き渡しでここにいるのだ。さっきのセリフの内容からギルドのトラブルの事は知っているようだが、カノンがここに居ることは知らないはずだ。
その疑問に答えてくれたのはロイドだった。
「ギルドで職員の不正が見つかったって騒ぎがあってな。俺たち冒険者も話を聞かれてたんだよ。で、今回巻き込まれた冒険者ってのがカノンちゃんだって分かった訳だ。そしたらイリスのやつがお前を探しに行くって飛び出して、この近くまで来たら……」
そこまで言うとロイドはイリスの方をジト目で見る。
「詰所の前を通った時にカノンちゃんの声が聞こえるじゃない!だから突っ込んだのよ」
イリスは得意げな顔で言う。
いくら何でも屋内の声を聴いただけで人の判別ができるのかと思ったが、そういえばイリスは獣人だった。頭に赤い猫耳が付いている。多分猫系の獣人なのだろう。確かに猫は足音だけでも人を判別できるという。その獣人のイリスが壁を隔てた場所の声からカノンを見つけても不思議はないか。
「しかし詰所とは……いったい何があったんだ?」
グランがカノンに聞いてくる。確かに彼らにとっては不思議だろう。
カノンは研究所からの帰り道の事を掻い摘んで話した。
するとイリスの顔がだんだんと怖くなっていく。
「……ねぇ、その盗賊どもは今どこ?」
門番のおっさんに盗賊たちの場所を聞くイリスの表情は般若のようだ。
「あ、ああ。その奥で取り調べを……」
おっさんが言い終わる前にイリスは奥の部屋に突入していった。奥から男の悲鳴が聞こえてくるのは気のせいだろうか?気のせいと信じよう。
「……えっと、話を戻すと、その盗賊はギルドの関係者とつながっていた可能性があるということだな」
グランが強引に話を戻す。彼らも奥の部屋で起きているであろう惨劇には目をつむることにしたようだ。
「はい。その可能性が高いと思います」
カノンが自信たっぷりに言い切ると、二人は少し困った顔をした。
「やっぱりそうだよな」
ロイドがため息を吐きながら呟く。
その言葉の意味が分からずカノンが首をかしげていると、グランが説明してくれた。
「今回、カノンちゃんはギルドの不正に巻き込まれて、証拠隠滅のために盗賊を差し向けられたってことになる。でもこの盗賊とギルドの職員とのつながりが分からないんだよ」
「繋がり?」
「つまりギルドの職員が盗賊たちに指示を出してカノンちゃんを襲わせたって証拠だな。盗賊自体の処理は簡単なんだが、それとギルド職員繋ぐ証拠がないんだよ」
グランの説明で納得した。別に証拠がなくてもあの職員の方は充分に処分できるのだろう。しかし事実確認に奔走する人たちにとっては頭の痛い問題だ。
「何か証拠を見つければいいんですか?」
『カノン、俺に少し考えがある』
俺がカノンに作戦を伝えると、カノンの目が見開いた。
「カノンちゃん?どうかしたのか?」
カノンの様子を不思議に思ったロイドが聞いてくる。
「考えがあります。上手くいくかどうかは賭けですが」
カノンがそういうと二人は驚いた顔をした。
「それを、説明してくれないか?」
グランがカノンに言う。
カノンは俺の作戦を二人に伝える。この二人がもし無理だと判断したなら諦めることにする。おれはこの二人ほどこの世界に詳しくないのだから。しかしカノンの話を聞いた二人の顔は、明るくなっていた。
「よし!それなら行けるかもしれん!グラン!!お前は今すぐギルドに戻れ!」
ロイドがそういうと、グランは頷いてすぐに詰所を飛び出していった。
「さて、俺たちはイリスちゃんとここの衛兵たちにこの話を伝えて、作戦開始だ」
「はい!」
ロイドの言葉にカノンは真剣な顔で頷いた。
カノンのから作戦を聞いたイリスは、ロイドと一緒にギルドに向かった。
カノンは詰所で待機している。
「大丈夫かな?」
『さあな~。今回の作戦は正直博打みたいなもんだからな。上手くいけば儲けもの。失敗しても失うものはほとんどない。そんな賭けだ』
「でももし上手くいけばあの男にも充分にお返しができる。それならいいかな?」
カノンはそんなことを言いながらも、少し不安そうだ。
『何か気になることでもあるのか?』
俺が聞くとカノンは少し俯いた。
「うん。もし私たちの考えが間違ってて、ギルドと盗賊に本当はなんの関係もなかったら……私、また追い出されるんじゃないかって……」
カノンは声を震えさせながら言った。
なるほど。親に捨てられたカノンにとって、失敗は何より怖いものなのかもしれない。もし相手の不興を買えば、もしくは信用を無くしてしまえば、そんな事を考えてしまうのだろう。
『今回の事は絶対に大丈夫だ。勘違いってのもあり得ないし、もし失敗してもカノンの居場所は変わらないだろう』
これは慰めではなく本心だ。
「……なんで?」
『ここに来た時のイリスを思い出してみろ。あそこまでしてくれる大人なんてそうそういないぞ?』
俺がそういうとカノンも思い出したようだ。イリスがカノンの声を聴いてここに飛び込んできて、カノンの話を聞いて盗賊たちに地獄を見せていたことを。
因みにその盗賊たちは、今は奥にある牢で気を失っている。何が怖かったって、カノンとロイドが部屋に入った時点ではまだ辛うじて意識はあったのだ。しかしイリスが部屋から出て行った瞬間に、盗賊たちは安心したように意識を手放した。
一体どんな事をされていたのか想像したくない。
しかしそれはカノンの為の行動だろう。出会ったばかりのカノンに対してどうしてそこまでしてくれるのかは分からないが、カノンにとっては悪いことではないはずだ。
「うん、ありがとうハク。少し元気出た」
カノンはそういうと微笑んだ。
『あぁ』
カノンの出番まであと少し、その時になれば俺には何もできないかもしれない。しかしばれないようなサポートは全力ですると決めつつ、カノンと一緒に出番を待つのだった。




